野沢拓也

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野沢拓也
名前
カタカナ ノザワ タクヤ
ラテン文字 NOZAWA Takuya
基本情報
国籍 日本
生年月日 1981年8月12日(27歳)
出身地 日本の旗茨城県笠間市
身長 176cm
体重 70kg
血液型 B型
選手情報
在籍チーム 日本の旗鹿島アントラーズ
ポジション MF
背番号 8
利き足 右足
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

野沢拓也(のざわ たくや、1981年8月12日-)は、茨城県笠間市出身で鹿島アントラーズ所属のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。元日本代表選手。

目次

[編集] 来歴

若きゲームメーカーとして鹿島アントラーズユース在籍中の1997年9月3日、ガンバ大阪戦(万博)で高校1年生ながらトップ登録、およびベンチ入りメンバーに入った。 (但し、このときは同日にガンバ大阪戦とシンガポールで行われたアジアクラブ選手権:ゲイラン・ユナイテッドFC戦の2試合をこなす必要があり、さらにW杯アジア地区最終予選の日本代表メンバーであった名良橋晃秋田豊相馬直樹が代表の日程の関係上試合出場ができずに、2チームの選手をそろえるには大幅に人数が足りなくなったため。試合出場はなく、試合後すぐにトップ登録抹消となっている。)

その後、高校3年生となった1999年に再び2種登録選手の形でトップ登録が行われ、同年初出場を果たす。その後は小笠原本山など鹿島の厚い選手層の陰に隠れ、怪我などもあり伸び悩んでいたが、2005年からは1.5列目やFW、ウイング的な役割で起用され、新境地を開いた。

小笠原が移籍する際には後継者に指名され、レギュラーとしての地位を築き、2006年12月2日に行われたジュビロ磐田戦(カシマ)では、自身初となるハットトリックも達成。

2006年11月11日A代表に初選出された。

2007年シーズンより、前年まで小笠原がつけていた背番号8を受け継ぐこととなった。自身の誕生日である8月12日のヴァンフォーレ甲府戦ではバースデーゴールを挙げ、その得点がチームのリーグ戦通算900得点という記念ゴールにもなった。

[編集] プレースタイル

鹿島のファンタジスタとも言われており、日本人随一とも噂されるその卓越したテクニックは、鹿島TD時代のジーコに「天才」と称され、前監督のトニーニョ・セレーゾも驚愕し「カリオカ」というあだ名を付けたほど。完調であれば左右両足からのパス、ドリブル、シュートと手が付けられないほどの能力を発揮するが、調子の波が今後の課題。2005年には二桁得点を記録したように、ゴールを奪う能力も開花し、近年は運動量も増加。さらにチーム事情や戦術に応じて、ボランチから最前線までのポジションをこなすポリバレント性も見せる。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1999 鹿島 34 J1 1 0 0 0 0 0 1 0
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯 オープン杯 期間通算
1999 CFZ
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2000 鹿島 25 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2001 鹿島 25 J1 5 0 0 0 2 1 7 1
2002 鹿島 25 J1 13 0 6 2 3 0 22 2
2003 鹿島 25 J1 5 0 1 0 4 2 10 2
2004 鹿島 25 J1 16 2 7 3 3 1 26 6
2005 鹿島 25 J1 28 10 2 0 3 1 33 11
2006 鹿島 25 J1 29 9 11 1 3 0 43 10
2007 鹿島 8 J1 29 5 6 1 5 0 40 6
2008 鹿島 8 J1 27 3 2 0 2 0 31 3
2009 鹿島 8 J1
通算 日本 J1 153 29 36 7 25 5 214 41
ブラジル
総通算 153 29 36 7 25 5 214 41
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2002-03 鹿島 25 2 1
2008 鹿島 8 6 4
通算 AFC 8 5
  • 1999年はユース所属

[編集] 経歴

[編集] 代表歴

  • U-19日本代表(2000年)
  • U-21日本代表(2002年)
  • 日本代表(2006年)
    • アジア杯2007予選

[編集] 試合数

国際Aマッチ 0試合0得点


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2006 0 0
通算 0 0

[編集] その他

2008年シーズン最終節(×コンサドーレ札幌)にスタメンで出場。34分にミドルシュートを決める。チームはそのままこの1点を守り切り、優勝を果たした。ゴール後は、ベンチの田代とFUJIWARAの原西さんのギャグのパフォーマンスを披露。試合後にはサポーター席を写真に撮るなど、ユーモラスな一面がある。2007年優勝時にはチャンピオンメダルを授与された後、サポーターに向かってメダルを見せびらかし、その後飛び上がって喜びを体いっぱいに表現していた。

[編集] 外部リンク

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