本田圭佑
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| 本田 圭佑 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ケイスケ | |
| カタカナ | ホンダ ケイスケ | |
| ラテン文字 | HONDA Keisuke | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1986年6月13日(23歳) | |
| 出身地 | 大阪府摂津市 | |
| 身長 | 182cm | |
| 体重 | 74kg | |
| 血液型 | AB型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ||
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 10 | |
| 利き足 | 左足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2004-2007 2008-現在 |
90 (11) 50 (18) |
|
| 代表歴2 | ||
| 2008- | 6 (1) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2009年3月11日現在。 2. 2009年6月10日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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本田 圭佑(ほんだ けいすけ、1986年6月13日 - )は、大阪府摂津市出身のサッカー選手。所属チームはVVVフェンロー。ポジションはミッドフィールダー。
目次 |
[編集] 来歴
小学校2年からサッカーを始め、地元の摂津FCに入団。中学生時代にはガンバ大阪ジュニアユースに所属し安田理大、家長昭博らとプレーした[1]。ユースチームへの昇格の内定が出なかったため、星稜高校へと進学[2]。1年時に全日本ユース選手権で準優勝、3年時の第83回全国高等学校サッカー選手権大会では石川県勢としては初のベスト4入りの原動力となった[2]。2004年には特別指定選手として名古屋グランパスエイトの練習に帯同。ナビスコカップなどの公式戦にも起用され数試合出場を果たした。
複数のJリーグクラブから勧誘を受け[2]、2005年シーズンから名古屋とプロ契約。開幕戦から先発出場しアシストを決め、翌2006年にはレギュラーに定着し、A代表にも飛び級で初招集された(出場はなし)。 2007年北京五輪アジア予選では、主力として五輪出場権獲得に貢献した。
2008年1月、さらに高いレベルでのプレーを求めてオランダ1部リーグのVVVフェンローへ移籍。入団会見ではオランダ語で挨拶をするなど報道陣を沸かせた後、その日のうちに試合[3]に出場。移籍第2戦目ではフル出場するなど、期待の高さをうかがわせた。5月、VVVフェンローの次シーズン2部リーグ降格が決定。
2008年6月、ワールドカップ3次予選のバーレーン戦でA代表初出場。8月に行われた北京オリンピック本大会では一次リーグ3試合すべてに出場するも、チームは3連敗で決勝トーナメント進出を逃し、自身もオランダ戦で決勝点となるPKを与えてしまうなど不完全燃焼の大会となった。
2008年-2009年シーズンは2部に降格したVVVに残留した。チームで主軸として活躍し、開幕から首位を独走するチームの原動力となった。シーズン途中からはフリーキッカーとキャプテンを任された。4月24日の対ハーレム戦で勝利し、2部優勝と1年での1部復帰を成し遂げた。リーグ戦計36試合に出場した中で、16得点13アシストをあげた活躍が評価され、2部リーグにおける年間最優秀選手賞(MVP)を受賞した[4]。次シーズンからはVVVから移籍し同国の強豪チームでのプレーを希望しており、PSVアイントホーフェンなどからオファーを受けているとクラブ幹部がコメントしている[5]。
2009年5月27日のキリンカップの対チリ戦でA代表初ゴールを記録。
なお本田に興味を示しているとされるのはPSV以外にもアヤックス、AZ、VfLヴォルフスブルク 、アンデルレヒト、ガラタサライなどであるといわれている。
[編集] プレースタイル
屈強なフィジカルを持ち(「基本的に小さいころからサッカーは倒れたら負けというつもりでやってきた。」[6]とも語っている)、キック力に優れ、スルーパス、ロングパス、シュートの能力、なによりフリーキックの精度が高く、無回転とカーブする球を蹴り分けることができる。また全ての中盤のポジションと、サイドバック[7]も務めユーティリティ性に優れている。
VVVフェンローに移籍後はセンターハーフも務め、同僚のカラブロから「ゴールが少ない」と批判をうけた後は自らゴールを狙っていく姿勢を強めたと語っている。
[編集] 人物
利き足と生年月日が一緒である家長昭博とはジュニアユースの同期生であり、親友として互いに尊重しあう間柄[8]である。
勝気な性格であり、その発言は時にビッグマウスともとられてしまう。北京五輪の予選リーグで敗退が決まった後の消化試合では数名の選手と共に反町監督の指示に造反していた事を明かし、メディアで物議をかもした[9]。しかし、そのような背景にはサッカーに対する非常に高い向上心があり、これまでのインタビューでも、ガンバ大阪ユースに昇格出来なかった時の悔しさや、学生時代から常に世界で活躍するプロサッカー選手を見据えていたことなどを度々語っている。
東京オリンピックにカヌー競技のカナディアンペアで出場した本田大三郎は伯父であり、その息子でレスリングのフリースタイルで3大会連続のオリンピック出場経験を持つプロレスラーの本田多聞は従兄弟になる[2]。2008年7月に元保育園勤務の女性と結婚した。[10]オランダでは夫婦の他に日本から連れてきた柴犬のテツと共に生活している。
プライベートでは、いつも両腕に腕時計をつける癖がある。理由は「Classicを追い求めているため」というよくわからないもの[11]。なお別の番組では理由を「ボディバランスを保つため」と語っていたが[12]、これは本人によれば「ボケたつもりがツッコミを入れられず流されてしまった」ものだという[11]。
[編集] 所属クラブ
- 摂津フットボールクラブ
- ガンバ大阪ジュニアユース
- 2002年 - 2004年 星稜高校
- 2005年 - 2007年 名古屋グランパスエイト

- 2008年 - VVVフェンロー

[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2004 | 名古屋 | 39 | J1 | 0 | 0 | 1 | 0 | - | 1 | 0 | |
| 2005 | 名古屋 | 24 | J1 | 31 | 2 | 2 | 0 | 2 | 0 | 35 | 2 |
| 2006 | 名古屋 | 24 | J1 | 29 | 6 | 4 | 2 | 1 | 0 | 34 | 8 |
| 2007 | 名古屋 | 24 | J1 | 30 | 3 | 3 | 0 | 2 | 0 | 35 | 3 |
| オランダ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2007-08 | VVV | 29 | エールディヴィジ | 14 | 2 | - | - | 14 | 2 | ||
| 2008-09 | VVV | 10 | エールステディヴィジ | 36 | 16 | 1 | 0 | - | 37 | 16 | |
| 通算 | 日本 | J1 | 90 | 11 | 10 | 2 | 5 | 0 | 105 | 13 | |
| オランダ | エールディヴィジ | 14 | 2 | - | - | 14 | 2 | ||||
| オランダ | エールステディヴィジ | 36 | 16 | 1 | 0 | - | 37 | 16 | |||
| 総通算 | 140 | 29 | 11 | 2 | 5 | 0 | 156 | 31 | |||
- 2004年は特別指定選手として出場。
[編集] タイトル
- VVVフェンロー
- エールステディヴィジ優勝:1(2008-2009)
- 個人
- エールステディヴィジMVP:1(2008-2009)
[編集] 代表歴
[編集] 出場大会
- U-20日本代表(2005年)
- FIFAワールドユース選手権・オランダ大会(ベスト16)
- U-21日本代表(2006年)
- U-22日本代表(2007年)
- U-23日本代表(2008年)
- 北京オリンピック・サッカー(グループリーグ敗退)
- 日本代表
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 6試合 1得点(2008年 - )
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2008 | 1 | 0 |
| 2009 | 5 | 1 |
| 通算 | 6 | 1 |
[編集] ゴール
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2009年5月27日 | 日本、大阪 | ○4-0 | キリンカップサッカー |
[編集] 関連項目
- 大阪府出身の人物一覧
- ガンバ大阪の選手一覧#下部組織出身者
- 特別指定選手としてJリーグクラブに登録された選手一覧
- 名古屋グランパスエイトの選手一覧
- 日本国外のリーグに所属する日本人サッカー選手一覧
- U-20サッカー日本代表
- オリンピックサッカー日本代表選手
[編集] 脚注
- ^ 本田圭佑という男。、安田理大公式ブログ、06/19/2008
- ^ a b c d 一人立つ、夢への舞台 サッカー・本田圭佑さん、朝日新聞、2008年7月14日
- ^ 偶然にも相手は昨年まで名古屋の監督だったセフ・フェルホーセンが監督を務めるPSVアイントホーフェン。
- ^ 本田が最優秀選手 サッカーオランダ2部、共同通信社、2009年5月15日
- ^ 本田にPSVからオファー!VVV幹部明言、サンスポ、2009.4.28
- ^ VVVの本田圭佑「おれは“特別な存在”になる」 (1/2) 、スポーツナビ、2009年1月16日
- ^ 2006年は、チームの事情などから左サイドバックを務めることが多かった。
- ^ WEBサッカーマガジン 本誌連動インタビューより
- ^ 3戦全敗1次L敗退、反町監督に選手造反 (2/2ページ)、サンスポ、2008.8.14
- ^ 本田圭佑、7月に結婚していた ブログで発表
- ^ a b 『S☆1・スパサカ』(TBSテレビ)2009年7月4日放送分での小倉隆史との対談による。
- ^ 『NEWS ZERO』(日本テレビ)2009年6月18日放送分
[編集] 外部リンク
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