柏木陽介

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柏木 陽介 Football pictogram.svg
名前
愛称 ヨースケ
カタカナ カシワギ ヨウスケ
ラテン文字 KASHIWAGI Yosuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1987年12月15日(24歳)
出身地 兵庫県神戸市
身長 175cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 浦和レッドダイヤモンズ
ポジション MF
背番号 8
利き足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
2006-09
2010-
日本の旗 サンフレッチェ広島
日本の旗 浦和レッドダイヤモンズ
112 (18)
34 (4)
代表歴 2
2010- 日本の旗 日本 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月13日現在。
2. 2011年9月2日現在。
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柏木 陽介(かしわぎ ようすけ、1987年12月15日 - )は、日本サッカー選手。兵庫県神戸市生まれ、揖保郡御津町(現:たつの市)育ち。Jリーグ浦和レッドダイヤモンズ所属。ポジションはミッドフィールダー広島県立吉田高等学校卒業。日本代表。

目次

[編集] 来歴

[編集] プロ入り前

兵庫県神戸市生まれ、揖保郡御津町育ち。小中学校の同級生には木下真吾がいた。中学3年時、ヴィッセル神戸ユースに進もうとしていたが、サンフレッチェ広島からスカウトされ、ユース寮などの練習環境に惹かれ、テストを経て2003年広島ユースに加入。その当時は体がかなり細かったこともあり[1]、関西圏チームのどこからも具体的なスカウトはなかった。

元々は攻撃的なMFの選手だったがボランチへコンバートされ、高校2年からレギュラーを掴み、チームの中軸としてユースチームで高円宮杯全日本ユース選手権の初制覇、日本クラブユース選手権の連覇を達成し、高校3年次には2種登録選手としてナビスコカップに出場。またU-17、U-18日本代表にも選出。

[編集] サンフレッチェ広島

2006年に広島のトップチームに昇格。同期入団は橋内優也槙野智章趙佑鎮ら。6月にミハイロ・ペトロヴィッチが監督に就任すると、「若手を積極的に起用する」という方針[2]から攻撃的MFとしての出場が増加し、レギュラーに定着する[3]。17試合に出場し、シーズン終盤の快進撃に貢献した。11月にはAFCユース選手権2006に出場し、3得点4アシストを挙げる。この活躍を受けてペトロヴィッチからは、「広島のダイヤモンド」[4]と称された。

2007年4月15日、日本代表強化合宿でオシムジャパンの候補に初選出[5]。同年、2007 FIFA U-20ワールドカップに出場。10番を背負いセントラル・ミッドフィールダー[6]として 、サイド梅崎司田中亜土夢守備的なボランチ青山隼と共に中盤を構成し「調子乗り世代」の主力として活躍、決勝トーナメント進出を果たす[7]。それが認められ、同年北京オリンピックアジア予選メンバーに選ばれ予選突破に貢献する[1]。柏木本人がブンデスリーガへの移籍を希望していた[8]ほか、シーズン終了後に広島のJ2降格が決定したことから複数クラブからのオファーがあった[9][10]が、最終的に広島に残留した。

2008年には背番号が27から10に変更された。なお、広島の背番号10は代々高木琢也久保竜彦ウェズレイらストライカーの選手が背負っており、中盤の選手が10を背負うのは柏木が初めてであった。北京五輪代表候補にも名前が挙がっていたが、序盤の怪我による不振から北京五輪本大会のメンバーには選ばれなかった[11]

2009年はJ1復帰初年度でありながら4位と躍進した広島の攻撃の中心として活躍したが、ブログにメールアドレスと電話番号を載せてしまうという不祥事もあった[12]

[編集] 浦和レッズ

2009年12月15日、浦和レッズへの完全移籍が両チームから発表された[13][14]。柏木はこの移籍について、ステップアップのためのものとコメントしている[13]。なお、契約満了をもっての移籍であったため移籍金は発生せず、トレーニング育成費として浦和から広島に4800万円が支払われた[15]。同年12月21日にはアジアカップ最終予選イエメン代表戦に向けたA代表に初招集された。

2010年1月9日、埼玉スタジアムで浦和への加入記者会見が開かれた[16]。背番号はかつて浦和に大きな貢献をもたらした広瀬治小野伸二アレックスといった選手達が付けていた8に決定した。シーズン開幕直後は不慣れなサイドでの起用、本職のトップ下に入っても周りの選手とのコンビネーションや広島と浦和のサッカースタイルのギャップに苦しみ、なかなか本領を発揮することが出来ずにいた。しかし、8月末に阿部勇樹レスター・シティFCに移籍した影響もあって手薄になったボランチで起用されるようになってからはゴールに絡む場面が増えるなど徐々に本領を発揮出来るようになっていった。尚、浦和移籍後初ゴールは5月5日のJリーグ第10節、名古屋グランパスエイト戦の後半3分に記録している。最終的にこのシーズンは公式戦全試合出場したエジミウソンに次ぐ、公式戦43試合に出場した。

2011年1月、AFCアジアカップ2011に出場する日本代表に選出[17]トップ下を勤める本田圭佑の負傷により、グループリーグ第3戦サウジアラビア戦に同ポジションで先発出場した。この試合は大勝し献身的なプレーは評価された[18]一方得点やアシストはつかず、本田の復帰により以後の出場は無かった(日本はこの大会優勝)。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2005 広島 35 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2006 27 17 1 1 0 1 0 19 1
2007 31 5 7 0 4 1 42 6
2008 10 J2 31 4 - 4 0 35 4
2009 J1 33 8 5 3 2 1 40 12
2010 浦和 8 J1 34 4 6 0 3 0 43 4
2011
通算 日本 J1 115 18 20 3 10 2 145 23
日本 J2 31 4 - 4 0 35 4
総通算 146 22 20 3 14 2 180 27
  • 2005年 ユース所属

その他の公式戦

[編集] 経歴

[編集] タイトル

[編集] 代表歴

[編集] 出場大会

[編集] 試合数

  • 国際Aマッチ 3試合 0得点 (2010- )


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2010 1 0
2011 2 0
通算 3 0

[編集] 出演

[編集] CM

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 読売新聞 (2007年10月16日). “走る中盤攻守のキーマン”. 2009年7月1日閲覧。
  2. ^ Yahoo!スポーツ (2009年3月6日). “広島が“魅せるサッカー”でJ1に挑む”. 2009年7月1日閲覧。
  3. ^ 中国新聞 (2008年2月19日). “柏木、左脚故障 開幕は微妙”. 2009年7月1日閲覧。
  4. ^ サンフレッチェ広島. “PickUpPlayer 柏木陽介”. 2009年6月27日閲覧。
  5. ^ 日刊スポーツ (2007年4月15日). “「気を失うほどの選手ではない」:オシム語録”. 2009年7月1日閲覧。
  6. ^ Nummber Web. “「さばくボランチ」で存在感を示す!遠藤を追う柏木陽介の自覚と決意。”. 2011年3月23日閲覧。
  7. ^ Yahoo!スポーツ (2007年6月27日). “柏木陽介、飛躍へのターニングポイント”. 2009年7月1日閲覧。
  8. ^ MSN産経ニュース (2007年9月9日). “U-22柏木陽介がブンデス移籍熱望!すでに大物代理人と契約”. 2009年7月1日閲覧。
  9. ^ 日刊スポーツ (2007年12月7日). “浦和が広島MF柏木獲りへ”. 2009年7月1日閲覧。
  10. ^ 日刊スポーツ (2007年12月14日). “広島MF柏木に柏からオファー”. 2009年7月1日閲覧。
  11. ^ スポニチアネックス. “五輪落選の柏木、金崎が“逆転招集””. 2009年7月1日閲覧。
  12. ^ http://supportista.jp/2009/03/news15174510.html
  13. ^ a b サンフレッチェ広島 (2009年12月15日). “柏木陽介選手の移籍についてのお知らせ”. 2009年12月16日閲覧。
  14. ^ 浦和レッドダイヤモンズ (2009年12月15日). “柏木陽介 選手、加入のお知らせ”. 2009年12月16日閲覧。
  15. ^ スポーツ報知 (2009年12月16日). “広島・柏木が浦和に完全移籍…年俸4000万円3年契約”. 2009年12月16日閲覧。
  16. ^ 浦和レッドダイヤモンズ (2010年1月9日). “柏木陽介、レッズ加入記者会見で決意を語る”. 2010年1月10日閲覧。
  17. ^ 浦和レッドダイヤモンズ (2010年12月24日). “日本代表”. 2010年12月30日閲覧。
  18. ^ Nummber Web. “「さばくボランチ」で存在感を示す!遠藤を追う柏木陽介の自覚と決意。”. 2011年3月23日閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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