レアンドロ・ドミンゲス・バルボーザ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
レアンドロ・ドミンゲス Football pictogram.svg
名前
本名 Leandro Domingues Barbosa
愛称 レアンドロ[1]
ニーヤン[1]レドミ
カタカナ レアンドロ・ドミンゲス・バルボーザ
ラテン文字 LEANDRO DOMINGUES
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 1983年8月24日(31歳)
出身地 ブラジルの旗 バイーア州ヴィトリア・ダ・コンキスタ
身長 173cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 名古屋グランパスエイト
ポジション MF (OH) / FW
背番号 33
利き足 右足
ユース
1995-2000 ブラジルの旗 ヴィトーリア
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2006 ブラジルの旗 ヴィトーリア 89 (27)
2007-2009 ブラジルの旗 クルゼイロ 23 (7)
2008 ブラジルの旗 ヴィトーリア (loan) 15 (3)
2009 ブラジルの旗 フルミネンセ (loan) 0 (0)
2009 ブラジルの旗 ヴィトーリア (loan) 30 (8)
2010-2014 日本の旗 柏レイソル 107 (40)
2014- 日本の旗 名古屋グランパス
1. 国内リーグ戦に限る。2014年6月15日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

レアンドロ・ドミンゲス・バルボーザ(Leandro Domingues Barbosa, 1983年8月24日 - )は、ブラジルバイーア州ヴィトリア・ダ・コンキスタ市出身のプロサッカー選手Jリーグ ディビジョン1名古屋グランパスエイト所属。ポジションはミッドフィールダーフォワードFC岐阜所属のクレイトン・ドミンゲスは実弟。

来歴[編集]

12歳の時からECヴィトーリアの下部組織に所属し、2001年、トップチームへ昇格[2]

2006年ブラジル全国選手権セリエCに降格したクラブを1年でセリエBへ昇格させる原動力となり、翌年、セリエAクルゼイロECへ移籍した[2][3]

2008年、当時の監督であったアジウソンとの関係が悪化し、ミナスジェライス州選手権のタイトルを獲得した後、セリエAに昇格していたヴィトーリアへ復帰[3]

2009年フルミネンセFCへ移籍するが、出場機会に恵まれず、再びヴィトーリアへ戻った[3]

2010年ネルシーニョ監督が獲得を熱望したこともあり[4]J2柏レイソルへ移籍。「(J2でプレーするのは)反則」と言われるほどの圧倒的なパフォーマンスで首位を独走するチームを牽引し[4]、クラブ初のJ2優勝・1年でのJ1復帰に貢献した。

2011年、J1の舞台でも引き続き質の高いプレーを続け、前年の成績を上回るリーグ戦15得点を記録。Jリーグ史上初となる昇格1年目でのJ1優勝を達成し、自身もJリーグ最優秀選手賞を受賞した。

2012年、シーズン終盤に右膝内側側副靭帯を損傷[5]。約1ヶ月間離脱を余儀なくされたが、リーグ戦10得点を記録し、2年連続でJリーグベストイレブンに選出された。

2013年、シーズン中に3度の負傷で戦線離脱したこともあり、リーグ戦では移籍後最小となる12試合2ゴールに留まった。

2014年、練習の遅刻やトラブルなどがあり解雇、それにともない名古屋グランパスへ移籍[6]

プレースタイル[編集]

シュート、パス、ドリブル、プレースキックオフ・ザ・ボールの全てを高いレベルでこなせるオールラウンダー[7][8]。ゲームコントロールに長け、視野が広く、プレー選択の判断も早い[9][10]

テクニシャンながらシンプルなプレーを好み、派手なプレーを見せることはほとんどない[9]

人物[編集]

  • 既婚者であり、右腕には息子の名前のタトゥーを入れている[7]。自身がゴールを決めた時は、このタトゥーにキスをすることが恒例となっている。
  • 来日してからしばらく車を持たず、練習場やスタジアムまで徒歩で通っていた。本人はその理由について「練習場から歩いてこれる距離に家がありますし、どこへ行くにも日本は電車網が繋がっています。東京に行くにしても、車より電車の方が早く着きますしね。それに、日本は危険なところが少なく、家の近くでなんでもモノが揃いますから」と語っている[11]
  • 日本の浴場に置いてある「小さなイス」を気に入っている[11]
  • 本気とも冗談ともつかないナルシスト的な発言をすることが多く、2012年柏レイソル公式プロフィールに記載されていた「レイソル選手でNo.1のイケメン」というお題に「」と回答しているほか、「あなたの『モテキ』はいつだった?」という質問に対しては「いつもそうだった」と答えている[12]。また、2011年のリーグ優勝記念に行われたビールかけの際には、チームメイトからプレーを褒めちぎられた後に「これで顔がよければなぁ」と冗談を言われ、「うそ!?自分ではイケてると思うんだけど……」と返したという[13]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯 オープン杯 期間通算
2001 ヴィトーリア セリエA -
2002 -
2003 -
2004 -
2005 セリエB -
2006 セリエC -
2007 クルゼイロ セリエA 23 7 - - 23 7
2008 ヴィトーリア 15 3 - - 15 3
2009 フルミネンセ 0 0 - - 0 0
ヴィトーリア 30 8 - - 30 8
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2010 11 J2 32 13 - 3 4 35 17
2011 10 J1 30 15 2 0 3 3 35 18
2012 28 10 3 4 2 2 33 16
2013 12 2 1 0 1 0 14 2
2014 5 0 1 0 - 6 0
名古屋 33 -
通算 ブラジル セリエA 68 18 - - 68 18
日本 J1 75 27 7 4 6 5 88 36
日本 J2 32 13 - 3 4 35 17
総通算 175 58 7 4 9 9 191 71

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2011 10 - 3 1
2012 7 5 -
2013 6 3 -
通算 AFC 13 8 3 1

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ブラジルの旗 ECヴィトーリア
ブラジルの旗 クルゼイロEC
日本の旗 柏レイソル

個人[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]


外部リンク[編集]