中村憲剛

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中村 憲剛 Football pictogram.svg
名前
愛称 ケンゴ
カタカナ ナカムラ ケンゴ
ラテン文字 NAKAMURA Kengo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1980年10月31日(31歳)
出身地 東京都小平市
身長 175cm
体重 66kg
選手情報
在籍チーム 川崎フロンターレ
ポジション MF
背番号 14
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
2003- 川崎フロンターレ 291 (41)
代表歴 2
2006- 日本の旗 日本 57 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2012年1月24日現在。
2. 2012年2月24日現在。
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中村 憲剛(なかむら けんご[1]1980年10月31日 - )は、東京都小平市出身のプロサッカー選手Jリーグ川崎フロンターレ所属。ポジションミッドフィールダー(主にボランチ)。

家族は妻と1男1女。

目次

[編集] 来歴

小学1年生でサッカーを始め、府中市府ロクサッカー少年団に所属。少年団の先輩に澤穂希、後輩に保坂一成がいる。5年生の時に全日本少年サッカー大会でベスト16を経験した。また6年生の時に出場した第8回東京都少年選抜サッカー大会では開会式で選手宣誓を務めたほか、飯尾和也高橋泰星大輔らと共に大会優秀選手10名に選ばれた。

その後東京都立久留米高等学校を経て、大学サッカー界の名門中央大学文学部文学科英米文学専攻にスポーツ推薦枠を受験し、進学を決める[2]。大学3年時には、52年連続で守ってきた関東リーグ1部の座を明け渡し2部降格の屈辱を味わったが、大学4年生となった翌年の2002年、チームの主将として2部優勝を果たし一年で1部復帰を決めた。

2003年、テスト生として参加していた川崎フロンターレに正式入団。同シーズン開幕戦となる広島戦で初出場、4月9日山形戦では初得点を挙げた。

入団当初は攻撃的ミッドフィールダーだったが、2004年関塚隆監督の提案でボランチへコンバート。

2006年イビチャ・オシムが就任後、A代表に初選出。10月4日ガーナ戦で初出場、10月11日インド戦で代表初得点を挙げる。以後、日本代表メンバーに定着している。また、川崎フロンターレ史上初のJリーグベストイレブン谷口博之と共に選出され、以降4年連続でベストイレブンを受賞している。

2009年5月5日、AFCチャンピオンズリーグ2009において、天津康師傅との試合中に天津のトレーナーが飛び出してきて、そのトレーナーから足蹴りをくらうという被害を受けた。

2010年2月23日、AFCチャンピオンズリーグ2010城南一和戦での負傷により戦線離脱。検査の結果、下顎骨骨折と診断されて、南アフリカワールドカップのメンバー入りが危ぶまれたが、4月14日には予定よりも早く復帰を果たし、5月10日、ワールドカップ最終メンバーに選出された。本大会では決勝トーナメント第一戦のパラグアイ戦に後半途中から交代出場した。

2011年10月11日の2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選タジキスタン戦では約1年ぶりに先発出場すると、2年ぶりの得点を含む1得点3アシストの活躍でチームの大勝に貢献した[3][4]

[編集] 人物・エピソードなど

[編集] 所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2003 川崎 26 J2 34 4 - 3 2 37 6
2004 14 41 5 - 3 0 44 5
2005 J1 29 2 6 2 3 1 38 5
2006 34 10 10 3 2 1 46 14
2007 30 4 3 0 4 0 37 4
2008 34 4 1 0 1 0 36 4
2009 32 4 3 0 1 0 36 4
2010 27 4 3 1 1 0 31 5
2011 30 4 2 0 1 0 33 4
2012
通算 日本 J1 216 32 28 6 13 2 257 40
日本 J2 75 9 - 6 2 81 11
総通算 291 41 28 6 19 4 338 51
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2007 川崎 14 7 3
2009 9 3
2010 3 0
通算 AFC 19 6

[編集] 経歴

[編集] 個人タイトル

[編集] 代表歴

[編集] 出場大会

[編集] 試合数

  • 国際Aマッチ 57試合 6得点 (2006年 - )


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2006 3 1
2007 13 0
2008 13 2
2009 12 2
2010 11 0
2011 4 1
2012 1 0
通算 57 6

[編集] ゴール

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2006年10月11日 インド インドの旗 インド ○3-0 AFCアジアカップ2007 (予選)
2. 2008年6月14日 タイ タイの旗 タイ ○3-0 2010 FIFAワールドカップ・アジア予選
3. 2008年9月6日 バーレーン バーレーンの旗 バーレーン ○3-2
4. 2009年5月31日 日本 ベルギーの旗 ベルギー ○4-0 キリンカップサッカー2009
5. 2009年9月9日 オランダ ガーナの旗 ガーナ ○4-3 親善試合
6. 2011年10月11日 日本 タジキスタンの旗 タジキスタン ○8-0 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選

[編集] 出演

[編集] CM

[編集] 映画

[編集] 出版

[編集] 執筆書籍

[編集] 関連書籍

[編集] 脚注

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  1. ^ 漢字表記から「けんごう」と誤読されることがあるが、正しくは「けんご」である。
  2. ^ 永遠のサッカー小僧 中村憲剛物語 (森沢明夫著、講談社)
  3. ^ 中村:「チームに貢献できた」Goal.com 2011.10.12
  4. ^ 中村憲剛、本田圭佑とのトップ下並存へ 背番号14のもたらす効果と課題を考えるスポーツナビ 2011.11.13
  5. ^ 公式ブログ 2007年6月27日
  6. ^ 志村の来歴に詳しいが志村はGKだった。
  7. ^ 子育て雑誌がイクメン日本代表憲剛を取材、日刊スポーツ、2010年8月13日発行。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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