中村憲剛
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 中村 憲剛 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ケンゴ | |
| カタカナ | ナカムラ ケンゴ | |
| ラテン文字 | NAKAMURA Kengo | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1980年10月31日(28歳) | |
| 出身地 | 東京都小平市 | |
| 身長 | 175cm | |
| 体重 | 66kg | |
| 血液型 | O型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | 川崎フロンターレ | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 14 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2003-現 在 | 川崎フロンターレ | 202 (29) |
| 代表歴2 | ||
| 2006- | 37 (4) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月30日現在。 2. 2009年6月17日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
||
中村 憲剛(なかむら けんご[1]、1980年10月31日 - )は、日本のプロサッカー選手。Jリーグディビジョン1 (J1) ・川崎フロンターレ所属。ポジションはミッドフィールダー(主にボランチ)。東京都小平市出身。
家族は妻と1男。
目次 |
[編集] 来歴
小学1年生でサッカーを始め、府中市の府ロク少年団に所属。少年団の先輩には澤穂希がいる。5年生の時に全日本少年サッカー大会でベスト16を経験した。また6年生の時に出場した第8回東京都少年選抜サッカー大会では開会式で選手宣誓を務めたほか、飯尾和也、高橋泰、星大輔らと共に大会優秀選手10名に選ばれた。
その後東京都立久留米高等学校を経て、大学サッカー界の名門中央大学文学部文学科英米文学専攻に進学。大学3年時には、52年連続で守ってきた関東リーグ1部の座を明け渡し2部降格の屈辱を味わったが、大学4年生となった翌年の2002年、チームの主将として2部優勝を果たし一年で1部復帰を決めた。
2003年、テスト生として参加していた川崎フロンターレに正式入団。同シーズン開幕戦となるサンフレッチェ広島戦で初出場、4月9日のモンテディオ山形戦では初得点を挙げた。
入団当初は攻撃的ミッドフィールダーだったが、2004年に関塚隆監督の提案でボランチへコンバート。
2006年、イビチャ・オシムが就任後、A代表に初選出。10月4日のガーナ戦で初出場、10月11日のインド戦で代表初得点を挙げる。また、川崎フロンターレ史上初のJリーグベストイレブンに谷口博之と共に選出された。
[編集] プレースタイル
広い視野と正確なパスで攻撃を組み立てるタイプ。ワンステップで強いボールを蹴ることができ、左右両足遜色なく蹴れることに加えキックモーションが小さいためにカットされにくいパスを出せる。精度の高いミドルシュートも武器の一つである。また、線は太くないが激しいプレッシャーを受けても倒れず、ボールをキープ出来る。本人曰くアンドレア・ピルロのような前線に次々と素晴らしいパスを送り、味方に優位な状況を作り出すというようなプレースタイルである。ボランチの選手ではあるが飛び出すプレーや追い越す動きも多い。左サイドへのパスを好む事から、クラブではジュニーニョを左に置いて攻撃する事が多い。
[編集] 所属クラブ
- ユース経歴
- プロ経歴
- 2003年 - 現 在 川崎フロンターレ
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2003 | 川崎 | 26 | J2 | 34 | 4 | - | 3 | 2 | 37 | 6 | |
| 2004 | 川崎 | 14 | J2 | 41 | 5 | - | 3 | 0 | 44 | 5 | |
| 2005 | 川崎 | 14 | J1 | 29 | 2 | 6 | 2 | 3 | 1 | 38 | 5 |
| 2006 | 川崎 | 14 | J1 | 34 | 10 | 10 | 3 | 2 | 1 | 46 | 14 |
| 2007 | 川崎 | 14 | J1 | 30 | 4 | 3 | 0 | 3 | 0 | 36 | 4 |
| 2008 | 川崎 | 14 | J1 | 34 | 4 | 1 | 0 | 1 | 0 | 36 | 4 |
| 2009 | 川崎 | 14 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 127 | 20 | 20 | 5 | 9 | 2 | 156 | 27 | |
| 日本 | J2 | 75 | 9 | - | 6 | 2 | 81 | 11 | |||
| 総通算 | 202 | 29 | 20 | 5 | 15 | 4 | 237 | 38 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2007 | 川崎 | 14 | 7 | 3 |
| 2009 | 川崎 | 14 | ||
| 通算 | AFC | 7 | 3 | |
[編集] 経歴
- Jリーグ初出場 2003年3月15日 J2 第1節 対サンフレッチェ広島戦(広島ビッグアーチ)
- Jリーグ初得点 2003年4月9日 J2 第5節 対モンテディオ山形戦(等々力陸上競技場)
- J1初得点 2005年8月24日 J1 第20節 対横浜F・マリノス戦(日産スタジアム)
[編集] 個人タイトル
[編集] 代表歴
[編集] 参加大会
- 2007年 アジアカップ2007
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 37試合 4得点(2006年 - )
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2006 | 3 | 1 |
| 2007 | 13 | 0 |
| 2008 | 13 | 2 |
| 2009 | 8 | 1 |
| 通算 | 37 | 4 |
[編集] ゴール
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2006年、10月11日 | インド | ○3-0 | AFCアジアカップ2007予選 | |
| 2. | 2008年、6月14日 | タイ | ○3-0 | 2010 FIFAワールドカップ・アジア地区予選 | |
| 3. | 2008年、9月6日 | バーレーン | ○3-2 | 2010 FIFAワールドカップ・アジア地区予選 | |
| 4. | 2009年、5月31日 | 日本 | ○4-0 | 2009 キリンカップサッカー |
[編集] 人物・エピソードなど
- 好きなアーティストはスキマスイッチ、Mr.Childrenで、スキマスイッチの常田真太郎と交友があり、ウイニングイレブン仲間[2]で、サンフレッチェ広島の佐藤寿人も友人である。
- 高校時代のサッカー部先輩に志村けんがいる[3]。
- 2008年9月25日に長男が誕生した。直後の柏レイソル戦でゴールを決め「ゆりかごダンス」を披露した。これが中村自身のFKからのゴールを含め3回(試合は5-2で勝利)にも及んだことでチームメートの鄭大世に「一体、何人生まれたんだ?」とひやかされた。
- 2009年5月5日、AFCチャンピオンズリーグ2009の川崎フロンターレと天津康師傅の試合で、試合中に天津のトレーナーが飛び出し中村がトレーナーから足蹴りをくらうという被害を受けた。
[編集] CM出演
- コナミ「ウイニングイレブンプレーメーカー2008」(2008年)
[編集] 脚注
- ^ 漢字表記から「けんごう」と誤読されることがあるが、正しくは「けんご」である。
- ^ 公式ブログ 2007年6月27日
- ^ 志村の来歴に詳しいが志村はGKだった。
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||||||||||
|
|||||||

