橋本英郎

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橋本 英郎 Football pictogram.svg
名前
愛称 ハシ、ハッシー、ハシモ
カタカナ ハシモト ヒデオ
ラテン文字 HASHIMOTO Hideo
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1979年5月21日(35歳)
出身地 大阪府大阪市
身長 173cm
体重 68kg
選手情報
在籍チーム ヴィッセル神戸
ポジション MF
背番号 27
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2011
2012-
ガンバ大阪
ヴィッセル神戸
287 (18)
()
代表歴2
2007-2010 日本の旗 日本 15 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月3日現在。
2. 2010年9月7日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj


橋本 英郎(はしもと ひでお、1979年5月21日 - )は、大阪府大阪市出身のプロサッカー選手Jリーグヴィッセル神戸所属。ポジションミッドフィールダー。元日本代表大阪市立大学経済学部卒業。

来歴[編集]

府内でも有数の進学校である大阪府立天王寺高等学校から大阪市立大学経済学部に進み、卒業している。

ガンバ大阪Jr.ユースからガンバ大阪ユースを経て、1998年ガンバ大阪トップチームに昇格。ユース時代の同期生には稲本潤一新井場徹がいる。ただ、ユース在籍時からトップの公式戦に出ていた二人と違い、橋本は月給10万円の練習生契約で加入した(同期入団の播戸竜二も練習生契約であった)。

稲本がアーセナルFCに移籍した2001年ごろから右ウイングバックやボランチとして徐々に出場機会を増やし、2005年にはレギュラーに定着してクラブ初のリーグ優勝に貢献し、同年の日刊スポーツの評論家と担当記者によって選ばれる「ミスターGAMBA 黄金の脚賞」に選ばれた。2006年からG大阪に加入した明神智和とは激しいポジション争いを演じたが、ダブルボランチとして共存することもあり、試合中にボランチから左サイドバックや右サイドハーフにポジションチェンジを行うことができる柔軟性を発揮し、その後も主軸として活躍。

2007年には2月1日の日本代表候補トレーニングキャンプメンバーに選ばれ、3月19日には正式に代表に選出された。6月1日モンテネグロ戦(キリンカップ)で、後半44分に鈴木啓太との交代でかつてのチームメイトである宮本恒靖、稲本潤一が背負っていた背番号5で途中出場し、代表初出場を果たした。

2008年にはFIFAクラブワールドカップ2008準決勝でヨーロッパ王者のマンチェスター・ユナイテッドとの試合に先発フル出場し、1ゴール1アシストの大活躍を見せた。ちなみに2008年度の公式戦得点はこの1点のみであった。

2010年、J1リーグ戦でクラブタイ記録となるリーグ戦6試合連続ゴールを記録するなど、自己最多の8ゴールを決める活躍を見せた。なお、この連続ゴールでガンバの公式応援番組『GAMBA TV〜青と黒〜』の年末特別企画『GAMBA TV アウォーズ』では、選手とサポーターが選ぶベストプレー賞を受賞し、2度目の「黄金の脚賞」を受賞した。

2011年は2月のキャンプ中に右膝前十字靭帯損傷という重傷を負ったことで[1]、シーズン大半を棒に振り、8カ月後に復帰するも調子は安定せず、この年のリーグ戦出場はわずか4試合に留まった。そして、同年限りでジュニアユース時代から20年を過ごしたG大阪を退団。

2012年よりヴィッセル神戸へ完全移籍[2][3]。 J1開幕戦、古巣ガンバとの対戦では勝ち越しゴールを決めた。この年は当初左サイドハーフ、後にボランチとして出場機会を得たが、低調なパフォーマンスに終始しチームもJ2に降格となる。

2013年も引き続き神戸に残留。自身初のJ2でのプレーとなった。ホーム開幕戦では終盤にセンターバックとして出場[4]

人物・エピソード[編集]

  • 2008年12月25日に会社員の女性と結婚。2009年10月16日に第1子の長女が誕生[5]
  • 実兄の橋本紀郎は日本のアメフトリーグ・Xリーグアサヒ飲料チャレンジャーズでディフェンスバックやキッカーとしてプレーし、引退後にはアシスタントコーチを務めていた。
  • 実祖父の橋本三郎は田村駒系企業の奈良県御所町(現・御所市)に所在する工場長をしていたまま朝日軍を保有している田村駒社長・田村駒治郎からの預かりを受けて選手をその工場の職員として従事させる事で球団を維持していたが、1946年、田村から連絡がなかった以上に独立し、大部分の朝日軍選手を母体にゴールドスターを結成してプロ野球参入に成功させた。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1998 G大阪 31 J 0 0 0 0 0 0 0 0
1999 J1 4 0 1 1 1 0 6 1
2000 27 5 0 0 0 4 1 9 1
2001 17 0 2 0 3 0 22 0
2002 18 0 7 0 2 1 27 1
2003 23 1 4 0 1 0 28 1
2004 27 1 7 0 4 0 38 1
2005 33 1 10 1 3 0 46 2
2006 28 0 2 0 4 0 34 0
2007 34 3 9 0 4 0 47 3
2008 34 0 4 0 4 0 42 0
2009 31 4 2 0 5 0 38 4
2010 29 8 1 0 3 0 33 8
2011 4 0 2 0 1 0 7 0
2012 神戸 24 1 3 0 0 0 27 1
2013 J2 -
通算 日本 J1 311 19 54 2 39 2 404 23
日本 J2 -
総通算 311 19 54 2 39 2 404 23

その他の公式戦

  • 2006年
  • 2007年
    • スーパーカップ 1試合0得点
  • 2009年
    • スーパーカップ 1試合0得点
  • 2010年
    • スーパーカップ 1試合0得点
国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2006 G大阪 27 6 1 -
2008 11 0 3 1
2009 6 0 -
2010 4 0 -
2011 0 0 -
通算 AFC 27 1 3 1

その他の国際公式戦

経歴[編集]

Jリーグ

日本代表

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ガンバ大阪

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 15試合 0得点(2007年 - 2010年)


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2007 3 0
2008 2 0
2009 8 0
2010 2 0
通算 15 0

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ MF27 橋本英郎選手のケガについてガンバ大阪オフィシャルサイト、2011年2月14日
  2. ^ MF橋本英郎選手 来季よりヴィッセル神戸へ完全移籍のお知らせガンバ大阪オフィシャルサイト、2011年12月11日
  3. ^ ガンバ大阪よりMF橋本英郎選手移籍加入決定のお知らせヴィッセル神戸オフィシャルサイト、2011年12月11日
  4. ^ 【神戸】橋本初CB完封勝利に貢献/J2日刊スポーツ、2013年3月10日
  5. ^ 誕生橋本英郎オフィシャルブログ、2009年10月19日

外部リンク[編集]