アサヒ飲料チャレンジャーズ

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アサヒ飲料チャレンジャーズは、尼崎市を本拠地にする日本社会人アメリカンフットボールリーグXリーグに所属するチームである。1978年創部。

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[編集] 創成期

1978年桃山学院大学OBによって結成されたシルバータイガースというクラブチームに始まる。チーム名の由来は、桃山学院大学の「ヘルメットが当時銀色だったこと」と、結成時の「部員の多くが阪神タイガースファンであったこと」に由来する。1989年にはミキハウスとスポンサー契約を結び、ミキハウスレッドベアーズに名称変更。1993年には、スポンサーがアサヒビール飲料(当時)に代わりアサヒビール飲料ワイルドジョーに再び名称変更する。この頃から、支援体制の強化によってコーチングスタッフ、入団選手に有力な人材が集まるようになる。

[編集] 強豪への道

アサヒビール飲料がスポンサーとなった1993年以降、着実に進められてきたチーム強化策が結実するのが、日本社会人リーグがXリーグに名称変更して2年目の1998年シーズンである。京大出身の藤田智ヘッドコーチ(現:富士通ヘッドコーチ)の指揮の下、この年、Xリーグの挑戦者として挑むべく、アサヒ飲料チャレンジャーズに名称変更して参加した秋季リーグ戦の初戦で松下電工を完封で下すという、誰もが予期し得なかったサプライズを見せ、その後も立て続けにマイカル、サンスターと連勝を続け、前年度5位から一気にXリーグ西地区初優勝を遂げ、FINAL6へも初進出。それまで4位以下が通例で、2部降格も幾度も経験しているチームがリーグ戦全勝優勝を遂げた成果は大きな話題を呼んだ。翌1999年も西地区を全勝で連覇、それまで松下電工に次ぐ2番手の位置を争っていたサンスターファイニーズ(現:SRC神戸ファイニーズ)、マイカルベアーズ(現:クラブベアーズ)の両チームが、それぞれの事情により、2000年シーズン以降、次第に凋落していくのと入れ替わるように、一躍、西地区の首位を争う存在となり、松下電工と並び、関西のみならず、Xリーグの強豪の一角を占めるチームとして広く認知されるようになる。

[編集] 悲願の日本一

2000年、春季トーナメントであるグリーンボウルを初制覇したチャレンジャーズだったが、Xリーグ西地区優勝を松下電工インパルスに明け渡し、リーグ2位となる。しかし、FINAL6ではアサヒビールリクルートを連破し、初出場の社会人選手権でもリーグ戦で敗れた松下電工を下し、Xリーグ初制覇、その勢いのまま、ライスボウルでも法政大学を大差で下し、初の日本一を果たす。2001年も松下電工との再戦となった社会人選手権で連覇を達成するが、ライスボウルでは、後に一時期チャレンジャーズでもプレーするLB石田力哉が主将を務める関西学院大学に敗れ、ライスボウル連覇は逃す。

[編集] ライバル、松下電工インパルス

近年関西の2強を形成しているといえるのが松下電工インパルスとチャレンジャーズである。関西では俗に「春は飲料が強く、秋は電工が強い」ともいわれている。事実、西地区の秋季リーグ戦では、松下電工の連覇を阻止する事が出来ず(2007年現在8連覇)、2006年度においては2敗を喫してリーグ3位に終わり「チャレンジャーズ」に改名後初めてFINAL6進出を逃している。

[編集] 近年の状況

2001年の社会人日本一以降、チャレンジャーズは優勝から遠のいており、2004年以降はFINAL6でも1回戦敗退が続いている。2007年シーズンは前年敗れた内外電機に苦戦しつつも雪辱したが、松下電工には完封で敗れ、最終戦のSRC神戸に3対0で勝利し、リーグ2位を辛うじて確保したものの、FINAL6の1回戦でオンワードスカイラークスに0対20で完封負けした。2008年シーズンより前年までアサヒビールシルバースターに所属した関西学院大学ファイターズ出身のQB有馬隼人が移籍し話題となる。

[編集] 過去5年の秋季リーグ戦成績

年度 所属 順位 ポストシーズン(ファイナル6以降)
2003 Xウエスト 4 1 2位 2回戦敗退(対オンワードスカイラークス)
2004 Xウエスト 4 1 2位 1回戦敗退(対アサヒビール)
2005 Xウエスト 4 1 2位 1回戦敗退(対アサヒビール)
2006 Xウエスト 3 2 3位
2007 Xウエスト 4 1 2位 1回戦敗退(対オンワードスカイラークス)

[編集] チーム名の変遷

期間 チーム名称
1971年 - 1988年 シルバータイガーズ
1989年 - 1992年 ミキハウスレッドベアーズ
1993年 - 1997年 アサヒビール飲料ワイルドジョー
1998年 - 現在 アサヒ飲料チャレンジャーズ

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