太田吉彰
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| 太田 吉彰 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ヨシ | |
| カタカナ | オオタ ヨシアキ | |
| ラテン文字 | OHTA Yoshiaki | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1983年6月11日(26歳) | |
| 出身地 | 静岡県浜松市浜北区 | |
| 身長 | 175cm | |
| 体重 | 68kg | |
| 血液型 | A型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ジュビロ磐田 | |
| ポジション | MF、FW | |
| 背番号 | 7 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2002- | ジュビロ磐田 | 101 (21) |
| 代表歴2 | ||
| 2007- | 0 (0) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2007年12月1日現在。 2. 2007年9月11日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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太田 吉彰(おおた よしあき、1983年6月11日 - )は、静岡県浜北市(現浜松市浜北区)出身で、ジュビロ磐田所属のサッカー選手である。ポジションはMF。
目次 |
[編集] プレースタイル
爆発的とも言える走力と、強靱なスタミナで右サイドを駆け抜けるサイドアタッカーとして売り出したが、縦突破を警戒されるようになってからは、中央や逆サイドでのプレーも増えて、単なるサイドアタッカーを脱皮しつつある。
クロスボール以外にも右45度からのシュートやミドルシュート、キレのあるドリブルでの打開も得意にしている。またそのスタミナを生かし守備にも貢献する。
[編集] 来歴
静岡選抜で太田と一緒にプレーした経験がある長谷部誠らが証言しているように、元々はトップ下の選手だった。しかしジュビロユースに加入後、トップ下では自分に将来がないと感じ、ずっと目標としてきた兄・圭輔と同じようなサイドアタッカーに転身することを決断する。当時はスタミナもそこそこ、足も特に速いわけではなかったが、トレーニングで自身の肉体を変貌させ、高校3年時には今のようなプレースタイルの選手になり、FWやサイドハーフでプレーして得点を量産。本人も予想もしていなかった(3年までポジションを取れなかったため)トップチーム昇格を果たす。
クロスの精度や守備力に難があったが、ひたむきに練習を重ねて磐田の世代交代の波に乗りトップデビューを果たすと、初先発の試合でいきなりゴールを決めるなどして一気にレギュラー格に定着。2005年シーズンはMF陣最多得点をマーク、2006年はアジウソン体制で完全に攻撃の中心として位置付けられ、2007年からは再びFWもこなすようになるなど、現在の磐田を支える選手の1人である。しかし2008年シーズンは右サイドの駒野友一の移籍加入と、4月に練習試合で前十字靭帯断裂の怪我を負ったためシーズンの大半を棒に振ってしまっている。
2007年、4月15日、日本代表候補トレーニングキャンプに初招集。2007アジアカップ日本代表メンバーに選出された。
[編集] アラカルト・エピソード
- お祭り好きで、地元での浜松まつりの練りに参加するのが恒例だったと言う。ただしトップチームに定着してからは、観る方に回っていることも多いとか。
- 高校時代は肉体強化のトレーニングの一環として自宅から学校へ行くにも、ユースの練習場に行くのも常に自転車で、「バスと競争するトレーニング」までしていた。それを重ねているうちに、バスより速く走る自転車乗りになってしまった。
- 風貌がスピードワゴンの井戸田潤に似ているとの声もある。
- 三白眼である。
- 太田兄弟の共通の趣味に釣りがある。2006年のリーグ戦中断中には、清水と磐田の応援番組共同で太田兄弟の釣り対決という番組が放送された。
[編集] 所属クラブ
- 1996年 - 1998年 ヤマハジュビロサッカースクールJrユース
- 1999年 - 2001年 ジュビロ磐田ユース
- 2002年 - 現 在 ジュビロ磐田
[編集] 経歴
- 2003年12月14日 - プロ公式戦デビュー(天皇杯) - 佐川急便東京SC戦(ヤマハスタジアム)
- 2004年10月17日 - リーグ戦初出場 - FC東京戦(国立霞ヶ丘陸上競技場)
- 2004年10月24日 - プロ初ゴール(Jリーグ) - アルビレックス新潟戦(ヤマハスタジアム)
[編集] 代表歴
- 2007年 - アジアカップ2007
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2002 | 磐田 | 31 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2003 | 磐田 | 17 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 |
| 2004 | 磐田 | 17 | J1 | 7 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 9 | 1 |
| 2005 | 磐田 | 17 | J1 | 30 | 7 | 2 | 0 | 2 | 0 | 34 | 7 |
| 2006 | 磐田 | 17 | J1 | 32 | 9 | 8 | 1 | 3 | 0 | 43 | 10 |
| 2007 | 磐田 | 7 | J1 | 32 | 4 | 6 | 1 | 2 | 1 | 40 | 6 |
| 2008 | 磐田 | 7 | J1 | 1 | 0 | 2 | 0 | 1 | 1 | 4 | 1 |
| 2009 | 磐田 | 7 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 102 | 21 | 19 | 2 | 10 | 2 | 131 | 25 | |
| 総通算 | 102 | 21 | 19 | 2 | 10 | 2 | 131 | 25 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2004 | 磐田 | 17 | 1 | 0 |
| 2005 | 磐田 | 17 | 3 | 0 |
| 通算 | AFC | 4 | 0 | |
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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