伊野波雅彦
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| 伊野波 雅彦 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | イノ | |
| カタカナ | イノハ マサヒコ | |
| ラテン文字 | INOHA Masahiko | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1985年8月28日(23歳) | |
| 出身地 | 宮崎県 | |
| 身長 | 179cm | |
| 体重 | 73kg | |
| 血液型 | B型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | 鹿島アントラーズ | |
| ポジション | DF | |
| 背番号 | 19 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2006-2007 2008-現 在 |
FC東京 鹿島アントラーズ |
48 (1) 23 (0) |
| 代表歴2 | ||
| 2006-2007 | 0 (0) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。 2. 2007年12月1日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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伊野波 雅彦(いのは まさひこ、1985年8月28日 - )は、宮崎県出身で鹿島アントラーズ所属のサッカー選手。ポジションはディフェンダー、ボランチ。元日本代表選手。
目次 |
[編集] プレースタイル
センターバック(リベロ、ストッパー)、サイドバック、ボランチなどディフェンシブなポジションの広い範囲でプレーが可能であり、高い身体能力と技術を併せ持つ守備のユーティリティプレイヤー。 カバーリングのスピード、対人守備の強さ、左右両足からの高精度なロングフィードなどセンターバックとしての資質に優れており、3バックでは中央でDFラインの統率も行う。 2008年シーズン終盤に鹿島で定位置を確保、高さとヘディングに優れた岩政大樹とは互いの長所を生かし補完し合うコンビを組みゴール前中央に堅い守備ブロックを築く。
[編集] 来歴
生目台中学時代、宮崎県選抜に選ばれるなど頭角をあらわし、名門・鹿児島実業高等学校に入学。高校卒業後Jリーグ入りを目指して数チームに練習参加するが叶わず、2004年阪南大学に進学。関西学生リーグで活躍をみせると、そのプレーを視察したユース代表監督大熊清(当時)によってワールドユース2005・オランダ大会の日本代表メンバーに無名ながら大抜擢される。本大会での出場機会は無かったが、大会終了後プロ志向を一段と強め、FC東京の練習に参加。2006年から阪南大を休学しFC東京と契約、プロ選手としてJリーグでプレイすることとなった。
ガーロ監督は開幕戦から伊野波をボランチに抜擢し、新人ながらスタメン起用された。守備陣に故障者が多かったこともあり、その穴を埋めるべくサイドバック・ボランチ・センターバックとあらゆるポジションで起用され、左サイドバックで起用された際には精度の高いゴール前へのクロスボールを披露し、第19節のアビスパ福岡戦ではヘディングでプロ初ゴール。自らの持つユーティリティ性を示した。
U-22代表ではキャプテンを務め3バックの中央でDFラインを統率した経験があったが、同年8月31日、イビチャ・オシム監督の選考するAFCアジアカップ2007予選大会の日本代表メンバーにも飛び級で選出された(試合出場はなし)。2007年のアジアカップにも直前で負傷辞退した選手がでたためA代表に緊急招集されたが、まだA代表での試合出場はない。
2008年シーズンより、念願叶って小学生時代からファンであった鹿島アントラーズに完全移籍。序盤はバックアッパーに甘んじ出場機会に恵まれなかったが、終盤にかけてセンターバックのレギュラーポジションを獲得。リーグ優勝に貢献し、プロ入り後初のタイトルを獲得した。
[編集] トピックス
- 3歳から器械体操を習っていた。
- 実家は豆腐店を営んでいる。
- 子供の頃から鹿島アントラーズのファンであった。鹿島がキャンプで伊野波の地元である宮崎を訪れた際には練習を見学に行き、小笠原満男と一緒に写真を撮ってもらった思い出がある。
- 1999年(当時14歳)に、リオデジャネイロでジーコが経営しているブラジルのサッカークラブ、CFZへの10日間の短期留学。
- 翌年の2000年には現・鹿島アントラーズの増田誓志を誘い、再びCFZへ短期留学。
- 季節に関係なく1日2個は必ず食べるというほどアイスクリームが大好物である。
- 2008開幕前、ケジメとして入籍。相手は2歳上で阪南大学時代の友人の紹介で出会った。
- 決してサッカーエリートではなく真面目な努力家として知られており、その人柄は鹿児島実業高校の後輩を始めとしたサッカー選手から慕われている。
- 2009年より森永製菓の「ウイダー」サポート選手に選出された。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
プロ経歴
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2006 | FC東京 | 19 | J1 | 28 | 1 | 5 | 0 | 2 | 0 | 35 | 1 |
| 2007 | FC東京 | 19 | J1 | 20 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 24 | 0 |
| 2008 | 鹿島 | 19 | J1 | 23 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 26 | 0 |
| 2009 | 鹿島 | 19 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 71 | 1 | 10 | 0 | 4 | 0 | 85 | 1 | |
| 総通算 | 71 | 1 | 10 | 0 | 4 | 0 | 85 | 1 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2008 | 鹿島 | 19 | 2 | 0 |
| 通算 | AFC | 2 | 0 | |
[編集] 代表歴
- U-20日本代表
- 2005年 - FIFAワールドユース選手権
- U-22日本代表
- U-23日本代表
- 日本代表
- 2006年 - アジアカップ予選
- 2007年 - アジアカップ2007
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 0試合 0得点(2006 - )
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2006 | 0 | 0 |
| 2007 | 0 | 0 |
| 通算 | 0 | 0 |
[編集] 外部リンク
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