伊野波雅彦

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伊野波雅彦
名前
カタカナ イノハ マサヒコ
ラテン文字 INOHA Masahiko
基本情報
国籍 日本
生年月日 1985年8月28日
出身地 宮崎県
身長 179cm
体重 73kg
血液型 B型
選手情報
在籍チーム 鹿島アントラーズ
ポジション DF
背番号 19



Template(ノート 解説)サッカー選手pj

伊野波雅彦(いのは まさひこ、1985年8月28日-)は、宮崎県出身で鹿島アントラーズ所属のサッカー選手。ポジションはディフェンダーボランチ。U-22日本代表ではキャプテンを務め3バックの中央でDFラインを統率。2006年には飛び級でA代表にも選出され、2010年FIFAワールドカップ出場を期待されている。現在U-23日本代表選手。

目次

[編集] プレースタイル

センターバック(リベロ、ストッパー)、サイドバック、ボランチでプレー出来、高い身体能力と技術を併せ持つ守備のユーティリティプレイヤー。 驚異的なカバーリングのスピード、対人守備の強さ、高精度なロングフィードなどセンターバックとしての資質に優れているが、鹿島の4バックのサイドバックではより積極的な攻撃参加の意識とクロス精度の向上が課題といえる。

[編集] 来歴

生目台中学時代、宮崎県選抜に選ばれるなど頭角をあらわし、名門・鹿児島実業高等学校に入学。高校卒業後Jリーグ入りを目指して数チームに練習参加するが叶わず、2004年阪南大学に進学。関西学生リーグで活躍をみせると、そのプレーを視察したユース代表監督大熊清(当時)によってワールドユース2005・オランダ大会の日本代表メンバーに無名ながら大抜擢される。本大会での出場機会は無かったが、大会終了後プロ志向を一段と強め、FC東京の練習に参加。2006年阪南大を休学しFC東京と契約、プロ選手としてJリーグでプレイすることとなった。

ガーロ新監督にボランチのスタメンに抜擢され、新人ながら開幕戦からスタメンを確保している。

プロ初ゴールは2006年 Jリーグディビジョン1 第19節 アビスパ福岡戦。石川直宏の左CKを打点の高いヘディングで豪快に決めた。

2006年8月31日、AFCアジアカップ2007予選大会(9月3日対サウジアラビア代表、9月6日対イエメン代表日本代表メンバーに選出される。

2008年シーズンより鹿島アントラーズに完全移籍。

[編集] トピックス

  • 3歳から器械体操を習っていた。
  • 1999年(当時14歳)に、リオデジャネイロにあるジーコが経営するブラジルのサッカークラブ、CFZへの10日間の短期留学。
  • 翌年の2000年には現・鹿島アントラーズの増田誓志を誘い、再びCFZへ短期留学。
  • 季節に関係なく1日2個は必ず食べるというほどアイスクリームが大好物である。
  • 2008開幕前、ケジメとして結婚。相手は、2歳上(24歳)で、家事手伝いある。阪南大学時代の友人の紹介で出会った。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2006 FC東京 19 J1 28 1 5 0 2 0 35 1
2007 FC東京 19 J1 20 0 4 0 0 0 24 0
2008 鹿島 19 J1
通算 日本 J1 48 1 9 0 2 0 59 1
総通算 48 1 9 0 2 0 59 1

[編集] 代表歴

[編集] 外部リンク

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