谷口博之

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谷口 博之 Football pictogram.svg
名前
愛称 タニ
カタカナ タニグチ ヒロユキ
ラテン文字 TANIGUCHI Hiroyuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1985年6月27日(26歳)
出身地 神奈川県横須賀市
身長 182cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 横浜F・マリノス
ポジション MF
背番号 29
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
2004-2010
2011-
日本の旗 川崎フロンターレ
日本の旗 横浜F・マリノス
190 (40)
()
1. 国内リーグ戦に限る。2010年12月16日現在。
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谷口 博之(たにぐち ひろゆき、1985年6月27日 - )は、日本プロサッカー選手Jリーグ横浜F・マリノス所属。ポジションはミッドフィールダーボランチ)。妻はCMモデル・女優の松木里菜

目次

[編集] 来歴

神奈川県横須賀市出身。友人の影響でサッカーを始め、小学生の時に地元のサッカー少年団・鴨居SCに入団。中学時代を横浜F・マリノスジュニアユース追浜、高校時代を横浜F・マリノスユースで過ごす。当時はキャプテンも務めていたが、トップチームへの昇格には至らず(この年ユースからの昇格は0人だった)、事前にオファーを受けていた当時J2の川崎フロンターレに入団した。

元々は攻撃的な選手だったが入団1年目の2004年ディフェンダーとしてシーズン半ばから起用され、11月23日ヴァンフォーレ甲府戦にてヘディングで初得点を挙げる。

2005年、シーズン序盤にボランチとして抜擢され、そのままレギュラーに定着し25試合に出場。2006年は攻撃面で才能を開花させ、チーム3位の13得点を記録。チームはリーグ戦を2位で終え、谷口は優秀選手賞に輝き、中村憲剛と共に、フロンターレ初のベストイレブンに選ばれた。また、ナビスコカップでも優れたプレーを見せ「ニューヒーロー賞」を受賞した。

2006年6月に行われたトゥーロン国際大会のU-21日本代表メンバーに選出され、試合に出場。同年11月のドーハアジア大会、対U-23パキスタン代表戦では2ゴールを挙げた。2008年には北京オリンピック日本代表に選出。

川崎では2009年までボランチのポジションを確保していたが、2010年は稲本潤一の加入や横山知伸の台頭により、出場機会が減少。出場機会を求めて移籍を志願し、2011年にユース時代の古巣となる横浜F・マリノスに完全移籍。

[編集] 人物

目標とする選手はロイ・キーン(元アイルランド代表[1]

[編集] 所属クラブ

ユース経歴
  • 鴨居SC
  • 1998年 - 2000年 横浜F・マリノスジュニアユース追浜
  • 2001年 - 2003年 横浜F・マリノスユース
プロ経歴

[編集] 個人タイトル

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2004 川崎 29 J2 11 1 - 2 0 13 1
2005 J1 25 5 4 1 2 0 31 6
2006 33 13 8 0 1 0 42 13
2007 31 2 5 2 3 0 39 4
2008 31 10 4 0 2 1 37 11
2009 32 8 5 0 4 0 41 8
2010 27 1 4 0 3 0 34 1
2011 横浜FM
通算 日本 J1 179 39 30 3 15 1 224 43
日本 J2 11 1 - 2 0 13 1
総通算 190 40 30 3 17 1 237 44
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2007 川崎 29 7 0
2009 9 1
2010 6 2
通算 AFC 22 3

[編集] 経歴

[編集] 備考

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 川崎時代の選手プロフィールより
  2. ^ 松木里菜 Jリーガーと“オメデタ婚”、デイリースポーツ、2009年4月7日
  3. ^ 川崎F・谷口 あのCM美女とできちゃった結婚 スポーツニッポン、2009年4月6日
  4. ^ 松木里菜が川崎F谷口と結婚、妊娠3カ月、日刊スポーツ、2009年4月6日
  5. ^ 谷口博之選手に第二子(女児)誕生
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