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| 小川佳純 |
| 名前 |
| 愛称 |
ズミ |
| カタカナ |
オガワ ヨシズミ |
| ラテン文字 |
OGAWA Yoshizumi |
| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1984年8月25日(24歳) |
| 出身地 |
東京都 |
| 身長 |
173cm |
| 体重 |
67kg |
| 血液型 |
O型 |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
名古屋グランパス |
| ポジション |
MF |
| 背番号 |
10 |
| 利き足 |
右足 |
| クラブチーム1 |
| 年 |
クラブ |
App (G) |
| 2007-現 在 |
名古屋グランパス |
56(14) |
1. 国内リーグ戦に限る。2009年6月24日現在。
■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
小川佳純(おがわ よしずみ、1984年8月25日 - )は、東京都出身のサッカー選手。名古屋グランパスに所属。ポジションはMF。
[編集] 来歴
東京都杉並区にある宝陽幼稚園でサッカーを始める[1]。宝陽幼稚園サッカー部の先輩Jリーガーの山田卓也、南雄太、三田光に次ぐ4人目のプロサッカー選手。杉並区立富士見丘小学校3年の時に三菱養和SC千歳船橋スクールに入団[1]。中学進学前にヴェルディジュニアユースのセレクションを受けたが選考不通過となったため、三菱養和ジュニアユースでプレーを続けた[1]。3年次に初の全国大会となったクラブジュニアユース選手権でベスト8を経験[1]。
高校は千葉県のサッカー名門校である船橋市立船橋高等学校に進み、第57回国民体育大会少年の部で優勝、第81回全国高校サッカー選手権大会で優勝を果たす。レギュラーで他の選手は全員体育科だったが、小川はただ1人普通科の理系クラスであった。高校卒業後は明治大学商学部に進学し、関東大学選抜にも選ばれた[1]。名古屋グランパスエイトとサガン鳥栖から練習帯同のオファーがあり練習に参加[1]、鳥栖からは良い返答がなかったが名古屋からは再度の練習参加のオファーが届き[1]、2006年11月、名古屋とプロ契約。
- 2007年シーズン
- 初出場はリーグ戦の第22節大宮アルディージャ戦、同第27節柏レイソル戦で初得点を挙げた[2]。リーグ戦11試合に出場、2得点を挙げた。
- 2008年シーズン
- 新監督のドラガン・ストイコビッチに見出されレギュラーを掴み、チームの中盤を任されるようになった。同年夏には日本代表の強化合宿にも参加している。Jリーグ第31節で対戦した柏レイソルの石崎信弘監督は試合終了後に「小川は本当にうまいねぇ、なんで代表に呼ばんのかねぇ」とコメント、そのプレーぶりに賛辞を送った[3]。
- 最終的にリーグ戦では11ゴール11アシストを挙げ、優秀新人賞に選ばれた。同年にプロ入りした大学の2年後輩の長友佑都、市立船橋高校時代の同期生の原一樹も優秀新人賞に選ばれ、近しい3人で新人王を争い小川が新人王を獲得した。また、小川はJリーグベストイレブンとのダブル受賞であった。
- 2009年シーズン
- ストイコビッチ監督がかつて名古屋で背負い、代名詞とも言われた背番号10を継承してシーズン開幕に臨んだ。試合で激しいマークを受ける機会も増したことや、背番号10の重圧もあり[要出典]前年のようなプレーができず、前半戦最後の5月24日ジュビロ磐田戦では2回の警告を受け累積退場となった。小川自身だけではなく、ストイコビッチ監督下のチームにおいても初めての退場であった[4]。
[編集] プレースタイル
2008年にストイコビッチ監督が就任すると司令塔に指名される。アシストだけではなく自ら得点に絡み、2008年はFW以外では最多となる11得点を挙げた[5]。華麗なプレーから「ピクシーの後継者」とも呼ばれたが、小川自身は「プレースタイルが違う」と否定している[6][7]。
正確なロングキックなど卓越したテクニックを持ち[6]、高い戦術理解力を武器に相手守備陣の隙を付くプレーや、シンプルで要領が良いプレーが持ち味[8]。反面、サッカー選手としては小柄でスピードも特別秀でておらず[8]、接触プレーは得意ではない[4]。
中盤のサイド(特に左サイド)でのプレーを得意とし、ドリブル突破も武器の1つ[8]。ミドルシュートも特徴で、市立船橋高校時代の第81回全国高校サッカー選手権大会決勝では、平山相太を擁する国見高校の3連覇を阻止する30メートルのシュートを叩き込んでいる[9]。また、プロ入り後の2008年5月3日のガンバ大阪戦でも、左サイドから25メートルのシュートを決めている[6]。
小川自身はクロスの精度と、セットプレーのキッカーとしての精度の向上を課題としている[要出典]が、かつてFKの名手だったストイコビッチ監督の教えで、精度は向上し、2008年のホーム最終節であるコンサドーレ札幌戦で、ゴール正面のFKを直接決めた。
[編集] 所属クラブ
- ユース経歴
- プロ経歴
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 |
| 年度 |
クラブ |
背番号 |
リーグ |
リーグ戦 |
リーグ杯 |
オープン杯 |
期間通算 |
| 出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
出場 |
得点 |
| 日本 |
リーグ戦 |
ナビスコ杯 |
天皇杯 |
期間通算 |
| 2007 |
名古屋 |
29 |
J1 |
11 |
2 |
2 |
0 |
2 |
0 |
15 |
2 |
| 2008 |
名古屋 |
29 |
J1 |
33 |
11 |
9 |
2 |
3 |
0 |
45 |
13 |
| 2009 |
名古屋 |
10 |
J1 |
12 |
1 |
|
|
|
|
12 |
1 |
| 通算 |
日本 |
J1 |
56 |
14 |
11 |
2 |
5 |
0 |
72 |
16 |
| 総通算 |
56 |
14 |
11 |
2 |
5 |
0 |
72 |
16 |
[編集] 個人タイトル
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
|
Jリーグ ベストイレブン 2000年代 |
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| 2000 |
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| 2001 |
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| 2002 |
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| 2003 |
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| 2004 |
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| 2005 |
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| 2006 |
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| 2007 |
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| 2008 |
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