ハーフナー・マイク

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ハーフナー・マイク Football pictogram.svg
Mike Havenaar - 2011 (cropped).jpg
名前
愛称 マイク
ラテン文字 HAVENAAR Mike
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1987年5月20日(27歳)
出身地 広島県広島市
身長 194cm
体重 86kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 コルドバ
ポジション FW (CF)
背番号 24
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2009 日本の旗 横浜F・マリノス 26 (0)
2008 日本の旗 アビスパ福岡 26 (7)
2009 日本の旗 サガン鳥栖 33 (15)
2010-2011 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 63 (37)
2012-2014 オランダの旗 フィテッセ 79 (25)
2014- スペインの旗 コルドバ 0 (0)
代表歴2
2005-2007
2011-2013[1]
日本の旗 日本U-20
日本の旗 日本
3 (1)
17 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年7月22日現在。
2. 2013年10月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ハーフナー・マイクオランダ語: Mike Havenaar, 1987年5月20日 - )は、広島県広島市出身のプロサッカー選手プリメーラ・ディビシオンコルドバCF所属。日本代表ポジションフォワード

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

オランダ出身の父ディド・ハーフナーが、マツダSC(現サンフレッチェ広島)でコーチ兼任選手としてプレーしている時期に、広島で生まれた。

コンサドーレ札幌U-15では西大伍とホットラインを形成し多くのゴールを奪った。中学生時に既に同学年で一番の高身長であったが、そこから短期間でさらに身長が伸びたためランニングフォームが成長に追い付かず苦しんだ。父の移籍に伴って横浜F・マリノスユースに移り、2006年にマリノスのトップチームに昇格した。同年にはU-18日本代表に招集され背番号9番のエースストライカーを任された。

Jリーグ時代[編集]

マリノスではレギュラーポジションを獲得することができず、U-20日本代表でも2007年U-20ワールドカップでは森島康仁の控えに甘んじた。

2008年アビスパ福岡期限付き移籍[2]ピエール・リトバルスキー監督の下で大久保哲哉と共に攻撃の中心としてFW・サイドMFで出場し、26試合で7得点を挙げた。翌2009年にマリノスへ復帰したが[3]、新加入の渡邉千真の活躍もあり5月にサガン鳥栖へレンタル移籍し[4]、同じくマリノスからレンタル移籍した山瀬幸宏と共に2トップを組んでゴールを量産し、シーズン15得点を上げチームに貢献した。

2009年シーズン終了後に複数のJ1、J2クラブから勧誘を受けた中でヴァンフォーレ甲府へ完全移籍。20得点を挙げてJ2得点王に輝き、エースストライカーとして甲府のJ1昇格に大きく貢献した。

2011年シーズンも甲府に残留。リーグ戦では得点王となったジョシュア・ケネディの19得点に次ぐ日本人トップの17得点を挙げJリーグベストイレブンに選出された。クラブでの活躍を受けて、2011年8月に行われた日本代表合宿に初招集され[5][6]、9月2日のワールドカップアジア3次予選北朝鮮戦(埼玉)でA代表初出場を果たした[1]10月11日タジキスタン戦(長居)では代表初ゴールを含む2得点を挙げ、チームの勝利に貢献した[1]

フィテッセ[編集]

2011年12月21日に、オランダ1部・エールディヴィジフィテッセに2年半契約で完全移籍した[7]。2012年1月27日のPSV戦でエールディヴィジでの初ゴールを挙げた。2012-13シーズンは、開幕から好調を維持し、エールディヴィジ所属の日本人選手では過去最多となる11得点を挙げる活躍を見せた。2013-14シーズンも2季連続で二桁得点を記録した[8]

コルドバFC[編集]

2014年7月22日、スペインリーガ・エスパニョーラコルドバCFへ2年契約で完全移籍[9]。2014年8月25日、リーグ戦開幕戦のレアル・マドリード戦に1トップで先発し、スペインデビューを飾った。10月に行われる日本代表のジャマイカ戦、ブラジル戦で代表復帰。

私生活[編集]

ハーフナー・ディド名古屋グランパスエイトジュビロ磐田で活躍した元Jリーガーで、現在は韓国の水原三星ブルーウィングスのGKコーチを務めている。ハーフナー親子はジーコジュニオールに次いで史上2組目、日本人としては史上初の親子Jリーガーである。母ギッダもアスリートで陸上7種競技オランダチャンピオンになった経験がある。ハーフナー家2男1女の長男で、弟ハーフナー・ニッキは名古屋グランパスに所属する。また、U-17日本代表にも選出されている[10]1993年に一家で日本国籍を取得した[11]FIFAのインタビューに対し、父とはサッカーについてよく話すが、自身のキャリアや移籍などの決断について父から特別な影響を受けたことはないと語っている[12]

子供の頃は家庭ではオランダ語、インターナショナルスクールでは英語、日常生活とサッカーでは日本語を使用したためトライリンガルとなった。日本語が母語で[7]、頭で考える時は日本語を使う。

なお、戸籍上の本名が片仮名で登録されているため、名前の漢字表記は公式には存在しないが、中国語圏では哈維納爾 邁克という表記で名前が報じられている。

2011年5月16日に一般女性と結婚し[13]、8月5日に第一子となる長女が誕生した[14]

サポーターには自身を「マイクと呼んで欲しい」と呼びかけている。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2006 横浜FM 20 J1 9 0 6 0 0 0 15 0
2007 15 0 4 1 0 0 19 1
2008 福岡 J2 26 7 - 0 0 26 7
2009 横浜FM 39 J1 2 0 0 0 - 2 0
鳥栖 35 J2 33 15 - 2 2 35 17
2010 甲府 14 31 20 - 1 0 32 20
2011 J1 32 17 2 1 0 0 34 18
オランダ リーグ戦 リーグ杯 KNVBカップ 期間通算
2011-12 フィテッセ 14 エールディヴィジ 15 5 - 1 0 16 5
2012-13 32 11 - 3 1 35 12
2013-14 32 10 - 2 0 34 10
スペイン リーグ戦 国王杯 オープン杯 期間通算
2014-15 コルドバ 24 プリメーラ -
通算 日本 J1 58 17 12 2 0 0 70 19
日本 J2 90 42 - 3 2 93 44
オランダ エールディヴィジ 79 26 - 6 1 85 27
スペイン プリメーラ -
総通算 227 85 12 2 9 3 248 90

その他公式戦

  • 2012年
    • エールディヴィジ プレーオフ 2試合0得点
  • 2014年
    • エールディヴィジ プレーオフ 2試合0得点

その他の国際公式戦

記録[編集]

タイトル[編集]

個人タイトル[編集]

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 17試合 4得点 (2011 - )[1]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2011 5 2
2012 4 1
2013 8 1
通算 17 4

ゴール[編集]

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2011年10月11日 日本、大阪 タジキスタンの旗 タジキスタン ○8-0 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
2.
3. 2012年9月6日 日本、新潟 アラブ首長国連邦の旗 UAE ○1-0 キリンチャレンジカップ2012
4. 2013年3月23日 カタールドーハ カナダの旗 カナダ ○2-1 親善試合

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]