岡崎慎司
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|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | |||||||
| 愛称 | オカちゃん、オカ、 ザキオカ | ||||||
| カタカナ | オカザキ シンジ | ||||||
| ラテン文字 | OKAZAKI Shinji | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1986年4月16日(25歳) | ||||||
| 出身地 | 兵庫県宝塚市 | ||||||
| 身長 | 174cm | ||||||
| 体重 | 76kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | FW / MF | ||||||
| 背番号 | 31 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月18日現在。 2. 2011年11月15日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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岡崎 慎司(おかざき しんじ、1986年4月16日 - )は、兵庫県宝塚市出身のサッカー選手。ブンデスリーガ・VfBシュトゥットガルト所属。ポジションはフォワード。日本代表。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入り前
1986年に宝塚市で生まれた。母は元テニス選手で、インターハイにおいてダブルスおよび団体戦優勝を経験している[1]。
小学2年生の時に兄に影響されサッカーを始める。中学の時はクラブチームの宝塚ジュニアFCとけやき台中学校のサッカー部でプレーし県選抜に選ばれた[2]。中学卒業後は兵庫県の強豪である滝川第二高校に進学し、1年次からレギュラーを獲得。全国大会にも出場した[3]。3年次に対戦した星稜高校の本田圭佑とは良きライバル関係となり親友となる。当時は、同期の木島悠、1年後輩の森島康仁と攻撃陣を形成していた。2年後輩には金崎夢生がいる。3年次には、キャプテン(主将)を務めた。
[編集] 清水エスパルス
2005年の高校卒業時、神戸と清水の2クラブから声を掛けられたが、「レベルの高いところでプレーしたい」という本人の意向から、清水エスパルスに入団。加入当時の長谷川監督による評価は「FW8人の中で8番目」であった[1]。2006年元日の天皇杯決勝で公式戦初先発。サテライトで着実に結果を残し、2007年シーズンにはトップチームで主にMFとして起用され、リーグ戦で5得点を決めた。
2008年シーズン序盤は途中交代でのプレーが多かったが、短い出場時間の中でゴールをあげ、シーズン途中からはFWの軸として先発で起用されるようになリ、目標としていた年間10得点を記録し清水のエースと目されるようになった。
2009年は新加入のフローデ・ヨンセンがFWの軸となり、岡崎はFWまたはサイドハーフで起用され、リーグ戦全34試合を含め公式戦41試合に出場した。またJリーグアウォーズでは、清水からは10年振りとなるベストイレブン選出を果たした他、優秀新人賞を受賞し、新人王の受賞資格を得たが、既にプロ5年目で十分な実績を持つ岡崎の選出は物議を醸し、新人王選出基準の見直しが行われるきっかけとなった。
2010年はリーグ戦第2節山形戦において、後半43分にシーズン初ゴールをあげた直後、相手選手と交錯し肘が口を直撃して前歯二本が根本から折れ曲がり負傷退場し次節も欠場するが[4]、その後はコンスタントに出場し、リーグ戦31試合に出場し13得点を挙げた。
[編集] VfBシュトゥットガルト
2011年1月30日、ドイツ・ブンデスリーガのVfBシュトゥットガルトが推定年俸130万ユーロ(1億4500万円)の3年半契約で岡崎を完全移籍で獲得したと発表した[5](代理人スポーツコンサルティングジャパン ロベルト佃)。しかし、清水との契約期間中は「2011年1月31日」までであり、清水は契約の詳細も含め何も聞いておらず、代理人のロベルト佃とも連絡が取れていなかった[6]。シュツットガルトがドイツサッカー協会を通じて行なった岡崎の国際移籍証明書発行依頼では、シュツットガルトとの契約開始日が「2011年1月31日」と記載されていたため、清水は「2011年1月31日」までは岡崎との契約期間中であることを日本サッカー協会(JFA)を通して、シュツットガルトおよびドイツサッカー協会に対して、移籍証明書発行依頼の記載内容が誤りではないかと照会。同時にシュツットガルトにFIFA規則第18-3項第1文及び第2文にあたる所属クラブへの事前通告無く規約違反にあたるなどの問題点があったことから、清水は国際サッカー連盟 (FIFA) の規則に違反していると主張し、JFAから国際移籍証明書が発行されなかった[7]ため、ブンデスリーガ・デビュー戦と見られていた2月12日の1.FCニュルンベルク戦には出場することが出来なかった[8][9]。
同年2月17日、FIFAの裁定により、暫定登録という形で[7]、UEFAヨーロッパリーグの出場が可能となりベンフィカ戦に左MFでフル出場デビュー。2月20日、ブンデスリーガ第23節バイエル・レバークーゼン戦で先発出場し、ブンデスリーガデビューを飾った。それ以降スタメンに定着するも、残留争いの渦中にあったチーム事情により、守備に奔走することが多かったため、中々ゴールを決められなかったが、豊富な運動量と献心的な守備を発揮することで、岡崎加入前まで降格圏をさまよっていたチームは調子を上げていき最終節を待たずに残留を決めた5月6日のハノーファー96戦では決勝点となるブンデスリーガ初ゴールを決めた[10]。最終節のバイエルン・ミュンヘン戦でも得点を挙げチームの1部残留に貢献した(日本人がバイエルン戦で得点を挙げるのは高原直泰以来)。
[編集] 日本代表
[編集] 北京五輪
クラブでの活躍が北京オリンピック代表監督反町康治の目に留まり、7月に北京五輪代表として本大会のメンバーに選出された。同五輪の壮行試合として行われたU-23オーストラリア代表との試合に後半途中から出場し、谷口博之の左クロスをダイビングヘッドで合わせて五輪代表初ゴールを決め勝利に貢献している。本大会でも活躍が期待されていたが無得点に終わった。
[編集] A代表
2008年9月にA代表に初選出され、10月9日のキリンチャレンジカップ・UAE戦にトップ下でスタメン出場しA代表初出場を記録。2009年1月20日アジアカップ予選のイエメン戦で代表初ゴールを決め、6月6日のW杯アジア最終予選のアウェーウズベキスタン戦では、日本の4大会連続のワールドカップ出場を決める決勝ゴールを挙げた[1]。 10月8日のアジアカップ予選、対香港戦およびその約一週間後に開催されたキリンチャレンジカップのトーゴ戦ではハットトリックを記録した[11]。この年、代表では計16試合に出場し15得点をあげ、国際サッカー歴史統計連盟により世界得点ランキング1位に選出された[12]。
2010年に入ってからの代表戦では、6月4日の親善試合コートジボワール戦までA代表がプレーした全10試合のうち[13]8試合でスタメンとして起用されたが、3月3日のアジアカップ最終予選バーレーン戦での1得点のみと結果を出せず、ワールドカップ・南アフリカ大会直前になってレギュラーからサブに降格となった。本大会では全4試合に右サイドハーフとして途中出場し、グループリーグ第3戦のデンマーク戦では、後半42分に本田圭佑からのパスを受けて自身初のワールドカップでのゴールを決め、日本代表の決勝トーナメント進出に貢献した。ワールドカップ後に代表監督に就任したアルベルト・ザッケローニが初めて指揮をとった10月8日のアルゼンチンとの親善試合では決勝点を挙げ1-0での勝利に貢献した。
2011年1月17日のアジアカップグループリーグでのサウジアラビア戦では代表として自身3度目のハットトリックを達成した。この記録は三浦知良に並び歴代2位タイ[14]。同年3月29日に開催されたチャリティーマッチ「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」では、本田からのアシストで2得点目を決めた。
[編集] 人物・プレースタイル
泥臭くゴールを狙うプレー、ダイビングヘッドが武器のストライカー。飛びぬけたフィジカルの強さや走力は持たないものの一瞬でDFラインの裏に抜け出してのシュートも得意としている。運動量が多いため、前線からの激しいチェイシングなど守備能力も高く、フォワードの他にウイング、トップ下およびサイドハーフもこなす[15][16]。宝塚ジュニアFC時代のコーチからプロ入り直前に送られた「一生ダイビングヘッド」という言葉を座右の銘としている[17][18]。 尊敬する選手は同様のプレースタイルで知られる中山雅史であり[19]、代表通算得点で中山に並んだ際には「どれだけ得点を決めてもゴンさん(中山)は超えられません」と語った[20]。ちなみに、岡崎が日本代表で得点を挙げた試合は2011年1月17日のサウジアラビア戦の時点で13試合全勝であった[21]が、2011年9月6日のウズベキスタン戦での引き分けで連勝記録は止まった。
2008年7月に入籍し、翌年1月には第1子が誕生している。2011年1月21日のアジアカップ2011・カタール戦の香川真司の1点目のゴール(岡崎のループシュートを香川が押し込んだ)の際、この日生まれた第2子の誕生をゆりかごダンスで祝った[22]。
[編集] 所属クラブ
- ユース経歴
- 宝塚ジュニアFC
- 2002年 - 2004年 滝川第二高等学校
- プロ経歴
- 2005年 - 2010年
清水エスパルス - 2011年 -
VfBシュトゥットガルト
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2005 | 清水 | 23 | J1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 | 5 | 0 |
| 2006 | 7 | 0 | 2 | 0 | 3 | 0 | 12 | 0 | |||
| 2007 | 21 | 5 | 2 | 0 | 2 | 0 | 25 | 5 | |||
| 2008 | 27 | 10 | 5 | 0 | 2 | 1 | 34 | 11 | |||
| 2009 | 34 | 14 | 4 | 1 | 3 | 2 | 41 | 17 | |||
| 2010 | 31 | 13 | 2 | 1 | 4 | 2 | 37 | 16 | |||
| ドイツ | リーグ戦 | リーグ杯 | DFBポカール | 期間通算 | |||||||
| 2010-11 | シュトゥットガルト | 31 | ブンデス1部 | 12 | 2 | - | - | 12 | 2 | ||
| 2011-12 | 15 | 4 | - | 15 | 4 | ||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 121 | 42 | 16 | 2 | 17 | 5 | 154 | 49 | |
| ドイツ | ブンデス1部 | 27 | 6 | - | 0 | 0 | 27 | 6 | |||
| 総通算 | 148 | 48 | 16 | 2 | 17 | 5 | 181 | 55 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| UEFA | UEFA EL | |||
| 2010-11 | シュトゥットガルト | 31 | 2 | 0 |
| 通算 | UEFA | 2 | 0 | |
[編集] 出場大会
- 高校1年生 全国高校サッカー選手権大会 (ベスト4)
- 高校2年生 全国高校総体 (ベスト16)、全国高校サッカー選手権大会 (ベスト4)
- 高校3年生 全国高校総体 ベスト8 (優秀選手選出)、全国高校サッカー選手権大会 兵庫県大会優勝 (全国大会出場)
[編集] 代表歴
[編集] 出場大会
- 2008年 - 北京オリンピック (グループリーグ敗退)
- 2010年 - 2010 FIFAワールドカップ (ベスト16)
- 2011年 - AFCアジアカップ2011 (優勝)
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 49試合 26得点 (2008年 - )
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2008 | 4 | 0 |
| 2009 | 16 | 15 |
| 2010 | 15 | 3 |
| 2011 | 14 | 8 |
| 通算 | 49 | 26 |
[編集] ゴール
| # | 開催年月日 | 開催地 | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2009年1月20日 | 日本、熊本 | ○2-1 | AFCアジアカップ2011最終予選 | |
| 2. | 2009年2月4日 | 日本、東京 | ○5-1 | キリンチャレンジカップ2009 | |
| 3. | |||||
| 4. | 2009年5月27日 | 日本、大阪 | ○4-0 | キリンカップサッカー2009 | |
| 5. | |||||
| 6. | 2009年5月31日 | 日本、東京 | ○4-0 | ||
| 7. | 2009年6月6日 | ウズベキスタン、タシケント | ○1-0 | 2010 FIFAワールドカップ・アジア最終予選 | |
| 8. | 2009年9月9日 | オランダ、ユトレヒト | ○4-3 | 親善試合 | |
| 9. | 2009年10月8日 | 日本、静岡 | ○6-0 | AFCアジアカップ2011最終予選 | |
| 10. | |||||
| 11. | |||||
| 12. | 2009年10月14日 | 日本、宮城 | ○5-0 | キリンチャレンジカップ2009 | |
| 13. | |||||
| 14. | |||||
| 15. | 2009年11月18日 | 香港 | ○4-0 | AFCアジアカップ2011最終予選 | |
| 16. | 2010年3月3日 | 日本、愛知 | ○2-0 | ||
| 17. | 2010年6月24日 | 南アフリカ、ルステンブルク | ○3-1 | 2010 FIFAワールドカップ | |
| 18. | 2010年10月8日 | 日本、埼玉 | ○1-0 | キリンチャレンジカップ2010 | |
| 19. | 2011年1月17日 | カタール、アル・ラーヤン | ○5-0 | AFCアジアカップ2011 | |
| 20. | |||||
| 21. | |||||
| 22. | 2011年9月6日 | ウズベキスタン、タシケント | △1-1 | 2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選 | |
| 23. | 2011年10月11日 | 日本、大阪 | ○8-0 | ||
| 24. | |||||
| 25. | 2011年11月11日 | タジキスタン、ドゥシャンベ | ○4-0 | ||
| 26. |
[編集] 受賞歴
Jリーグベストイレブン:2009年- 国際サッカー歴史統計連盟(IFFHS)世界得点王:2009年
[編集] CM
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ a b c 岡崎がW杯決めた!執念ヘッドで3戦連発 - スポーツニッポン、2009年06月07日
- ^ サッカー五輪代表・岡崎選手を応援 母校に横断幕 - 神戸新聞、2008年8月2日
- ^ 岡田監督も絶賛! 岡崎2発でのし上がった…キリンカップ - スポーツ報知、2009年5月28日
- ^ http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2010/03/14/08.html
- ^ シュツットガルト岡崎、監督起用前向き「彼のパフォーマンス重要」ZAKZAK 2011年2月12日
- ^ 岡崎シュツットガルト入団会見に清水困惑 - 日刊スポーツ、2011年1月31日
- ^ a b 2011年2月18日の朝日新聞朝刊25面
- ^ “岡崎の独移籍は「規則違反」=前所属のJ1清水が声明-サッカー”. 時事ドットコム (時事通信). (2011年2月13日) 2011年2月13日閲覧。
- ^ “サッカー岡崎デビュー戦外れる 移籍証明書の未発行で”. 岩手日報 (岩手日報). (2011年2月13日) 2011年2月13日閲覧。
- ^ チームの1部残留を決めた移籍後初ゴール、岡崎「初ゴールを決めることができてうれしい」SOCCER KING 2011年5月8日
- ^ 岡崎2戦連続ハット! 釜本、高木以来の快挙だ - スポーツニッポン、2009年10月15日
- ^ 清水・岡崎が09年世界得点王に選出! - 産経スポーツ、2010年1月10日
- ^ 1月6日のアジアカップ最終予選イエメン戦は若手主体のメンバーで行われた
- ^ 岡崎がカズに並んだ 歴代2位3度目ハット スポニチアネックス 2011年1月18日
- ^ 【Jリーグ】貪欲な清水・岡崎「代表ではチャンス」左サイドMF起用に前向き、産経新聞、2009年5月23日
- ^ 清水岡崎代表へ「万能型」で存在感/J1、日刊スポーツ、2009年5月24日
- ^ 南アW杯:「一生ダイビングヘッド」岡崎、決めたい!、毎日新聞、2010年6月24日
- ^ 侍の軌跡 岡崎慎司 2010W杯、神戸新聞、2010年5月14日
- ^ 岡崎2発W杯へ新エース誕生/親善試合、日刊スポーツ、2009年5月28日
- ^ 岡崎:「ゴンさんは超えられない」Goal.com 2011年1月18日
- ^ 岡崎ハット!“全勝神話”継続でB組1位突破 スポニチアネックス 2011年1月18日
- ^ 完全アウェーでも…岡崎の第2子誕生を祝い「揺りかごダンス」スポニチアネックス 2011年1月22日
[編集] 外部リンク
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1 ウルライヒ | 2 酒井 | 3 モリナーロ | 4 クヴィスト | 5 タスキ | 6 ニーダーマイアー | 7 ハルニック | 8 クズマノヴィッチ | 9 イビセビッチ | 11 オデル | 13 ゲブハルト | 14 マーサ | 15 ボカ | 16 トラオレ | 17 デルピエール | 18 カカウ | 20 ゲントナー | 21 ブラールズ | 22 ツィーグラー | 23 シーバー | 24 バ | 27 チェロッツィ | 28 ハイナル | 31 岡崎 | 34 バウアー 監督: ラッバデイア |
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