中邑真輔

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中邑 真輔
プロフィール
リングネーム 中邑 真輔
本名 中邑 真輔
ニックネーム 選ばれし神の子
選ばれし救世主
解き放たれた求道者
身長 188cm
体重 103kg
誕生日 1980年2月24日(29歳)
出身地 京都府中郡峰山町
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 レスリング
トレーナー 木戸修
デビュー 2002年8月29日
  

中邑 真輔(なかむら しんすけ、男性、1980年2月24日 - )は、日本新日本プロレス(以下新日本)所属のプロレスラー総合格闘家。画家。京都府峰山町(現・京丹後市)出身。京都府立峰山高等学校青山学院大学卒業。

目次

[編集] 来歴

青山学院大学ではレスリング部と美術部に同時に在籍し、レスリング部で主将を務め活躍した。画家としても展覧会に出展している。

2002年新日本プロレスに入団(同期は山本尚史田口隆祐後藤洋央紀長尾浩志)。同年8月29日日本武道館における安田忠夫戦でデビュー。レスリングでの実績とデビュー前に総合格闘技のトレーニングを行っていた事から、当時の新日本の格闘技路線の申し子として期待を受け、デビュー戦後はシリーズには帯同せずLA道場で総合格闘技のトレーニングを重ねるという新人としては異例の待遇を受けた。

2002年12月31日INOKI BOM-BA-YE 2002におけるダニエル・グレイシー戦で総合格闘技初参戦、2003年5月2日新日本「アルティメット・クラッシュ」でヤン・ノルキヤと対戦し総合格闘技初勝利を収める。

2003年6月13日高山善廣が所有していたNWFヘビー級王座に挑戦、同年8月にはデビュー1年にも満たないキャリアながらG1 CLIMAXへの出場抜擢など、次期エース候補として強力なプッシュを受けた。2003年12月9日大阪府立体育会館大会で天山広吉を破り、初挑戦にしてIWGPヘビー級王座を獲得。デビューから史上最速、最年少での王座獲得という記録を打ち立てる。同年大晦日のK-1 PREMIUM Dynamite!!ではアレクセイ・イグナショフと対戦するが、イグナショフの膝蹴りを受けダウンし、すぐに立ち上がるもレフェリーの平直行が即座にTKO判定を下し敗北。中邑側はこの判定を不服として、審議の結果無効試合とされる。2004年1月4日高山を破ってNWFヘビー級王座を奪取(その後封印)。2004年5月22日K-1 ROMANEXでイグナショフと再戦しギロチンチョークで勝利。

この頃から同じく次期エース候補である棚橋弘至柴田勝頼と共に「新闘魂三銃士」として売り出されるようになったが、翌年の柴田の退団によって団体の新三銃士構想は立ち消えとなった。

2006年3月、会社は無期限の海外遠征に出すことを決意。この遠征は元IWGP王者の肩書が団体・対戦相手を制限するため、覆面レスラーとして行うと発表された。かつては海外遠征からの帰国後、王者となるのが日本プロレス界におけるレスラーの格上げの常套手段であったが、中邑の場合はこの手順を逆転させた稀な例である。

帰国後は蝶野正洋とタッグを組み、ベビーフェイスからヒールへの路線変更を図った。また、半年間の海外修行でビルドアップされた肉体に合わせ、コスチュームもロングタイツからショートタイツに変更。

2006年12月10日、ライバル棚橋の持つIWGPヘビー級王座に挑戦するが、ドラゴン・スープレックスで敗れ王座返り咲きはならなかった。

2007年3月、頸椎を傷め戦線を離脱。2007年8月12日、G1 CLIMAXの両国国技館において、準決勝で永田裕志に敗北。その代償も大きく、肩鎖関節靭帯断裂および脱臼で3か月間の絶対安静と診断された。

2008年1月4日、棚橋を破り第48代IWGPヘビー級王者となる。2月17日にはカート・アングル腕ひしぎ逆十字固めで破り、IWGPを統一した。これに伴い4代目のIWGPベルトの制作が決定した。また3月30日、棚橋を腕ひしぎ逆十字固めで破り2度目の防衛に成功するが、4月27日、武藤敬司にムーンサルトプレスで敗れ、3度目の防衛に失敗しIWGPヘビー級王者から陥落。

2008年6月、G1に向け「スピードとスタミナを増やしたい」として8kg減量した。

2009年1月4日、新日本・東京ドーム大会でプロレスリング・ノア三沢光晴とタッグマッチで初対戦。

2009年2月15日、棚橋とのIWGPヘビー級選手権に敗れ、奪取失敗。しかし、試合内容はグラウンドの攻防・技の切り返しなど総じてファンからの評価が高く、「棚橋対中邑のベストバウト」と言われるほどの内容となった。

2009年4月5日真壁刀義との試合中矢野通が突然リング上にあがり真壁を椅子で攻撃。試合後、中邑は矢野と共に退場。(真壁は側頭部を割られ担架で退場)

後にCHAOSの一員に。コスチュームも黒のロングタイツに、風貌も変わった。

[編集] 芸術家として

中邑はペインティングを得意としている。 学生時代からレスリング部と美術部を掛け持ち、双方で活躍してきた。岡本太郎にインスパイアされWEB上で彼の描く「プロレスラー」という作品が公開されている。そして自ら描いた100点を越える絵画をもって、以下の絵画展を主催する。

  • 『TOKYO WRESTLING ARTS』中邑真輔 vs ロジャー・ミカサ 現代美術展
  • 2008年12月12日 - 18日
  • 東京・青山SPACE INTART GALLERY

[編集] その他

また今でこそ総合格闘技色の強いスタイルであるが学生時代はインディーから女子プロレスまで追いかける生粋のプロレスマニアであった。 LLPWの旗揚げ当時のメンバーを暗唱できるなど、知識も豊富である。

なおインタビューにおいて、ファン時代にスコーピオのファンサービスに感銘を受け、プロになった現在、彼のファンサービスの良さを目標にしていると語っている。

他にも、テレビにも度々出演しており、『恋するハニカミ』(相手は「当時は年下」の夏川純)や『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』などのバラエティ番組マクドナルド資生堂unoのCMに出演した。

ちなみに、大学時代は渋谷の焼き鳥屋でアルバイトをしていた。

[編集] 得意技

ランドスライド
肉体改造後のフィニッシュ・ホールド。ファイヤーマンズキャリーで相手をかつぎ、前方へ後頭部から背中にかけて叩き付ける。ハリケーン・ドライバーと同型の技
シャイニング・トライアングル
肉体改造前のフィニッシュ・ホールド。相手が片膝を立てて屈んでいる状態で、相手の片膝を踏み切って相手の上体に跳びつき素早く三角絞めを極める。
スタンド式腕ひしぎ十字固め
シャイニング・トライアングルを決め、そこから首に巻きつけた足を外して腕ひしぎ十字固めに移行する。この技で天山を破り、史上最年少でのIWGP戴冠となった。
エルニーニョ
片足をセカンドロープに乗せた状態からのムーンサルトプレス。技名の由来は2004年のG1 CLIMAXに向け、「エルニーニョ現象を起こす」とマスコミに向けて発したコメント。
羅骭下(らかんか)
コーナーから放つ、相手の顔面に向けてのニー・ドロップ。2004年のG1 CLIMAXにおける永田戦で初公開、永田を下す。なお、技名は漢方薬の原料である羅漢果をもじったものとされる(「骭」は「脛(の骨)」の意)。
腕ひしぎ十字固め
デビュー時から愛用している必殺技。特に相手のラリアット等を切り返しての跳びつき腕ひしぎ十字固めは非常に素早くフィニッシュとして絶大な効果を発揮している。
リバースパワースラム
相手を背後から抱え上げ、パワースラム状に投げ落す技。綺麗に決まれば相手はパワースラムと表裏逆に落ちる事となり、顔面や胸部等をマットへ打ち付けるのだが、タイミングや角度によっては相手が頭部や肩から先に落ちている場合もあり危険な技とも言える。
ムーンサルトプレス
エルニーニョではなくムーンサルトプレスを放つことが稀にあるが、アナウンサーはエルニーニョと言ってしまう事が多い。
ダブルアーム式パイルドライバー
ダブルアームで抱え上げ、そのまま自身が尻から着地し相手の頭をマットに落下させる危険技。2008年1月4日の棚橋戦で初公開。

その他にも総合参戦時には「玄米ドライバー」なる技を予告していたが、未だに公開していない。

[編集] タイトル

  • IWGPヘビー級王座(第34代、第48代。第34代獲得時に於ける23歳8か月での戴冠は史上最年少記録)
  • NWFヘビー級王座(第21代・獲得後、封印)
  • IWGP U-30無差別級王者(第2代・獲得後、封印→返上)
  • IWGPタッグ王座(パートナーは棚橋)

[編集] 入場テーマ曲

  • Subconsciousess
  • Moving City(旧テーマ)

[編集] 総合格闘技

総合格闘技 戦績
5 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
3 0 3 0 0 0 1
1 0 1 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
アレクセイ・イグナショフ 2R 1:51 ギロチンチョーク K-1 ROMANEX 2004年5月22日
アレクセイ・イグナショフ 無効試合 K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!! 2003年12月31日
シェーン・アイトナー 1R 4:29 キーロック Jungle Fight 1 2003年9月13日
ヤン・"ザ・ジャイアント"・ノルキヤ 2R 3:12 ギロチンチョーク 新日本プロレス『ULTIMATE CRUSH』 2003年5月2日
× ダニエル・グレイシー 2R 2:14 腕ひしぎ十字固め INOKI BOM-BA-YE 2002 2002年12月31日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
天山広吉
棚橋弘至
IWGPヘビー級王者
34代目
48代目
次代:
天山広吉
武藤敬司
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