U-20サッカー日本代表

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U-20サッカー日本代表(あんだーとぅえんてぃ(にじゅう)サッカーにほんだいひょう)は、日本サッカー協会(JFA)によって編成される20歳以下のナショナルチームである。

目次

[編集] 歴代監督


[編集] 成績

[編集] AFC U-19選手権の成績

AFC U-19選手権(2004年まではAFCユース選手権)には、1959年の第1回大会から全ての大会に参加。3大会(1982年、1984年、1986年)連続での予選敗退はあったが、それ以外は全て本大会出場を果たしている。しかし、優勝は1度もない(準優勝は6度経験)。


[編集] FIFA U-20ワールドカップの成績

FIFA U-20ワールドカップ(2005年まではFIFAワールドユース選手権)には1979年大会に開催国として初出場を果たすが、以降は16年間、本大会出場から遠ざかる。1995年大会で2度目の本大会出場(初めてアジア予選を通過しての本大会出場)を果たして以降は2007年大会まで7大会連続で本大会出場を果たしたものの、2009年大会は本大会出場ならず。

1979年と2001年大会を除いては全て1次リーグ通過を果たしており、中でも1999年大会では準優勝に輝いている。

FIFA U-20ワールドカップ
開催年 ラウンド 試合数 得点 失点
チュニジアの旗 1977年 アジア予選敗退 - - - - - -
日本の旗 1979年 グループリーグ敗退 3 0 2 1 2 1
オーストラリアの旗 1981年 アジア予選敗退 - - - - - -
メキシコの旗 1983年 アジア予選敗退 - - - - - -
ソビエト連邦の旗 1985年 アジア予選敗退 - - - - - -
チリの旗 1987年 アジア予選敗退 - - - - - -
サウジアラビアの旗 1989年 アジア予選敗退 - - - - - -
ポルトガルの旗 1991年 アジア予選敗退 - - - - - -
オーストラリアの旗 1993年 アジア予選敗退 - - - - - -
カタールの旗 1995年 ベスト8 4 1 2 1 6 6
マレーシアの旗 1997年 ベスト8 5 2 1 2 12 9
Flag of Nigeria.svg 1999年 準優勝 7 4 1 2 11 9
アルゼンチンの旗 2001年 グループリーグ敗退 3 1 0 2 4 4
アラブ首長国連邦の旗 2003年 ベスト8 5 3 0 2 6 10
オランダの旗 2005年 ベスト16 4 0 2 2 3 5
カナダの旗 2007年 ベスト16 4 2 2 0 6 3
エジプトの旗 2009年 アジア予選敗退 - - - - - -
34 13 10 12 50 47

[編集] FIFA U-20ワールドカップ日本代表選手

本項目ではFIFA U-20ワールドカップ(旧・FIFAワールドユース選手権)に出場したU-20代表選手について記述する。

[編集] 1979年日本大会

1979年日本大会では、松本育夫監督の指揮の下、尾崎加寿夫水沼貴史柱谷幸一風間八宏柳下正明鈴木淳らが出場した。2分1敗でグループリーグ3位となり、決勝トーナメント進出は果たせなかった。

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 鈴木康仁
2 日本の旗 DF 金子久
3 日本の旗 DF 越田剛史
4 日本の旗 DF 柳下正明
5 日本の旗 DF 沖宗敏彦
6 日本の旗 DF 中本邦治
7 日本の旗 MF 杉山誠
8 日本の旗 MF 田中真二
9 日本の旗 MF 宮内聡
10 日本の旗 MF 鈴木淳
11 日本の旗 FW 高橋貞洋
No. Pos. 選手名
12 日本の旗 GK 山口悟
13 日本の旗 MF 名取篤
14 日本の旗 MF 風間八宏
15 日本の旗 FW 猿沢茂
16 日本の旗 MF 水沼貴史
17 日本の旗 FW 尾崎加寿夫
18 日本の旗 FW 柱谷幸一

[編集] 1995年カタール大会

1995年カタール大会では、奥大介山田暢久下田崇らの世代。また、2歳年少の飛び級ながら中田英寿松田直樹が全試合でスタメン出場した。グループリーグを突破し準々決勝でブラジルに1-2で破れるが、同大会での初のベスト8進出は日本サッカー界にとって明るい話題となった。また、DFの中心選手の田中誠は怪我の影響によりメンバーから外れている。後にトルシエジャパンの主力として活躍する森岡隆三も代表に選出されていたが、試合出場は無い。監督は田中孝司

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 本田征治
2 日本の旗 DF 秋葉忠宏
3 日本の旗 DF 大森健作
4 日本の旗 DF 森岡隆三
5 日本の旗 DF 松田直樹
6 日本の旗 DF 山田暢久
7 日本の旗 MF 熊谷浩二
8 日本の旗 MF 大塚真司
9 日本の旗 FW 安永聡太郎
10 日本の旗 MF 伊藤卓
11 日本の旗 FW 大木勉
No. Pos. 選手名
12 日本の旗 DF 山西尊裕
13 日本の旗 DF 萩村滋則
14 日本の旗 FW 薮田光教
15 日本の旗 MF 中田英寿
16 日本の旗 DF 鈴木和裕
17 日本の旗 MF 奥大介
18 日本の旗 GK 下田崇

[編集] 1997年マレーシア大会

1997年マレーシア大会では、宮本恒靖中村俊輔柳沢敦明神智和戸田和幸山口智らの世代。前大会に出場した中田・松田は年齢的には参加資格を満たすものの、前年のアトランタオリンピックに参加していたため、当時の大会規定で出場できなかった(後にこのルールは撤廃)。その一方、一世代下から永井雄一郎南雄太が参加し、主力として活躍した。彼らを山本昌邦監督が率いて臨み、準々決勝でガーナに破れるが二大会連続でベスト8進出を成し遂げた。

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 小針清允
2 日本の旗 DF 御厨景
3 日本の旗 DF 西政治
4 日本の旗 DF 戸田和幸
5 日本の旗 DF 宮本恒靖
6 日本の旗 MF 城定信次
7 日本の旗 MF 明神智和
8 日本の旗 MF 広山望
9 日本の旗 FW 福田健二
10 日本の旗 FW 柳沢敦
11 日本の旗 FW 山下芳輝
No. Pos. 選手名
12 日本の旗 MF 山口智
13 日本の旗 MF 大野敏隆
14 日本の旗 DF 古賀正紘
15 日本の旗 FW 永井雄一郎
16 日本の旗 MF 中村俊輔
17 日本の旗 MF 長田道泰
18 日本の旗 GK 南雄太

[編集] 1999年ナイジェリア大会

1999年ナイジェリア大会では、前年のフランスW杯にも出場した小野伸二を中心に、のちにA代表に名を連ねる本山雅志高原直泰小笠原満男遠藤保仁中田浩二稲本潤一加地亮酒井友之播戸竜二、二大会連続出場の永井雄一郎・南雄太らを擁した、いわゆる「黄金世代」が、フィリップ・トルシエ監督の指揮の元に準優勝という日本サッカー史上に残る快挙を成し遂げた。大会の直前に主力であった金古聖司市川大祐を負傷と疾病で欠き、また稲本も負傷の回復途上でコンディションが整わないなど不安視される要素も多かったが、その穴を感じさせぬ各選手の活躍と戦術の機能ぶりが目立った。精神面・戦術面双方の支柱であったキャプテン小野を警告累積による出場停止で欠いた決勝ではスペインに0-4で完敗したものの、小野・本山は大会ベストイレブンにも選出された。

また、準々決勝のメキシコ戦で、日本の鮮やかなプレーに興奮した観客が試合終了後選手を祝福しようとピッチになだれ込むハプニングがあったことに代表されるように、この大会における日本の試合の質は高かった。グループリーグのイングランド戦では照明灯の半分が突然ダウンし薄暗い中での試合が強行される、決勝トーナメント一回戦のポルトガル戦では後半開始早々、交代3人枠を使い切ったポルトガルのキーパーが負傷退場し急遽、フィールドプレイヤーが代わりにキーパーになり10人で戦うなどの珍事もあった。

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 榎本達也
2 日本の旗 DF 手島和希
3 日本の旗 DF 辻本茂輝
4 日本の旗 DF 石川竜也
5 日本の旗 DF 加地亮
6 日本の旗 MF 稲本潤一
7 日本の旗 MF 酒井友之
8 日本の旗 MF 小笠原満男
9 日本の旗 FW 高原直泰
10 日本の旗 MF 本山雅志
11 日本の旗 MF 遠藤保仁
No. Pos. 選手名
12 日本の旗 MF 中田浩二
13 日本の旗 MF 小野伸二
14 日本の旗 FW 永井雄一郎
15 日本の旗 FW 高田保則
16 日本の旗 FW 播戸竜二
17 日本の旗 DF 氏家英行
18 日本の旗 GK 南雄太
-- 日本の旗 GK 曽ケ端準

[編集] 2001年アルゼンチン大会

2001年アルゼンチン大会では、佐藤寿人駒野友一石川直宏前田遼一山瀬功治らの世代。西村昭宏監督の指向する攻撃的サッカーで挑んだが、大久保嘉人阿部勇樹今野泰幸茂庭照幸といった既にJリーグの各クラブで主力の位置にあった選手を怪我で欠いた事もあって、グループリーグ突破は成らなかった。この年代は1999年FIFA U-17世界選手権の出場を逃し、ワールドユースでいきなり世界と戦うことになった事から「強化の谷間」という意味で「谷間の世代」と呼ばれていたが、前三大会で果たした決勝トーナメント進出を逃 したことで、「実力的な谷間」という意味が付きまとう様になった。しかし、この年代からは多くの日本代表選手を輩出し中核を担っている。

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 藤ヶ谷陽介
2 日本の旗 DF 池田昇平
3 日本の旗 DF 中澤聡太
4 日本の旗 DF 茂庭照幸
5 日本の旗 DF 羽田憲司
6 日本の旗 DF 駒野友一
7 日本の旗 MF 青木剛
8 日本の旗 MF 森崎和幸
9 日本の旗 FW 田原豊
10 日本の旗 MF 石川直宏
11 日本の旗 FW 佐藤寿人
No. Pos. 選手名
12 日本の旗 MF 永井俊太
13 日本の旗 MF 山瀬功治
14 日本の旗 FW 前田遼一
15 日本の旗 FW 平本一樹
16 日本の旗 MF 森崎浩司
17 日本の旗 FW 飯尾一慶
18 日本の旗 GK 黒河貴矢
19 日本の旗 DF 那須大亮

※当初、選出されていた茂庭照幸は怪我のため登録解除、代わりに那須大亮を登録

[編集] 2003年UAE大会

2003年UAE大会では、現実主義の大熊清監督が就任し、前大会の出場を直前の怪我で逃した今野泰幸を中心に永田充小林大悟川島永嗣角田誠徳永悠平成岡翔らの世代を率いた。田嶋幸三の提唱する「15秒ルール」や「ロングボール」哲学に基づいたサッカーで挑み、グループリーグを突破しベスト16ラウンドでは韓国に勝利。準々決勝でブラジルに大敗するもベスト8の成績を残した。大会向きの堅実なサッカーで結果を出したとはいえ、ヨハン・クライフや海外クラブのスカウトなどに酷評されるほどお粗末な試合内容でもあった。なお、韓国戦勝利の立役者である坂田大輔は4得点を挙げ大会得点王に輝き、ACミランからもオファーが届いた。また、2歳年少ながら飛び級で招集された平山相太もその存在感を見せつけた。

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 川島永嗣
2 日本の旗 MF 徳永悠平
3 日本の旗 DF 角田誠
4 日本の旗 DF 菊地直哉
5 日本の旗 DF 永田充
6 日本の旗 MF 今野泰幸
7 日本の旗 MF 成岡翔
8 日本の旗 MF 小林大悟
9 日本の旗 FW 茂木弘人
10 日本の旗 FW 坂田大輔
11 日本の旗 FW 阿部祐大朗
No. Pos. 選手名
12 日本の旗 GK 岡本昌弘
13 日本の旗 DF 近藤直也
14 日本の旗 MF 山岸智
15 日本の旗 MF 鈴木規郎
16 日本の旗 DF 栗原勇蔵
17 日本の旗 FW 宇野沢祐次
18 日本の旗 MF 谷澤達也
19 日本の旗 FW 平山相太
20 日本の旗 MF 山口慶

[編集] 2005年オランダ大会

2005年オランダ大会では二大会連続で出場した平山相太を中心に、水野晃樹梶山陽平家長昭博本田圭佑カレン・ロバート西川周作らを擁し、前回大会に引き続いて大熊清監督が指揮を取って挑んだ。日本はグループリーグを2分1敗の勝ち点2と言う成績だったが、同グループ1位通過のオランダを除く3カ国が2分1敗の勝ち点2で並び、結果得失点差で辛うじてグループリーグを2位で通過する事となった。しかし決勝トーナメントの初戦(ベスト16)で、モロッコに0-1で敗退。結局、大会を通じて1勝も出来ずに大会を終える結果となった。大会後に大熊監督が「チーム立ち上げ時からの選手に情が入ってしまった」と振り返ったように、選手起用にやや硬直的な面が見られた。

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 松井謙弥
2 日本の旗 DF 水本裕貴
3 日本の旗 DF 吉弘充志
4 日本の旗 DF 小林祐三
5 日本の旗 DF 増嶋竜也
6 日本の旗 MF 伊野波雅彦
7 日本の旗 MF 梶山陽平
8 日本の旗 MF 中村北斗
9 日本の旗 FW 平山相太
10 日本の旗 MF 兵藤慎剛
11 日本の旗 FW カレン・ロバート
No. Pos. 選手名
12 日本の旗 MF 水野晃樹
13 日本の旗 MF 苔口卓也
14 日本の旗 MF 本田圭佑
15 日本の旗 MF 船谷圭祐
16 日本の旗 DF 柳楽智和
17 日本の旗 MF 家長昭博
18 日本の旗 GK 山本海人
19 日本の旗 FW 前田俊介
20 日本の旗 FW 森本貴幸
21 日本の旗 GK 西川周作

[編集] 2007年カナダ大会

2007年カナダ大会では、長年ユース年代の代表にコーチングスタッフとして参加した吉田靖が監督に就任した。チーム立ち上げからしばらくは地域選抜相手にも苦しい試合をするなど、U-20W杯への出場すら危ぶまれていたが、最終的にはJ1クラブのレギュラーやA代表招集選手を複数輩出するなど個の力がアップし、また豊富な運動量に裏打ちされた連動した動きと速い展開を武器にする洗練された戦術を身につけた。

グループリーグではFIFA主催の世界大会において日本サッカー史上初めて2試合で突破を決めたが、決勝トーナメント初戦では、この大会を準優勝したチェコ相手に2点をリードしながら追いつかれ、PK戦に敗れた。前回とは対照的に1敗もすることなく(PK敗退は記録上引き分け扱い)同じベスト16で大会を去ることになったが、FIFAフェアプレー賞を受賞した。

ゴールを決めたときに行うビリーズブートキャンプなどのパフォーマンスでも注目を集め、明るいチームカラーから「調子乗り世代」「悪ガキ世代」「お調子者世代」と評された。また全4試合を戦ったヴィクトリアでも人気は高く、日本代表のユニフォームは完売した程であった。

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 林彰洋
2 日本の旗 DF 内田篤人
3 日本の旗 DF 安田理大
4 日本の旗 DF 福元洋平
5 日本の旗 DF 槙野智章
6 日本の旗 MF 森重真人
7 日本の旗 MF 梅崎司
8 日本の旗 MF 田中亜土夢
9 日本の旗 FW 河原和寿
10 日本の旗 MF 柏木陽介
11 日本の旗 FW ハーフナー・マイク
No. Pos. 選手名
12 日本の旗 FW 森島康仁
13 日本の旗 DF 柳川雅樹
14 日本の旗 FW 青木孝太
15 日本の旗 MF 青山隼
16 日本の旗 MF 藤田征也
17 日本の旗 MF 太田宏介
18 日本の旗 GK 武田洋平
19 日本の旗 MF 平繁龍一
20 日本の旗 DF 香川真司
21 日本の旗 GK 桐畑和繁

[編集] AFC U-19選手権日本代表選手

[編集] 2008年サウジアラビア大会

FIFA U-20ワールドカップ2009は、その前年2008年に開催されたアジア予選で準々決勝で敗退し、1995年大会以来の8大会続けての出場権獲得はならなかった。

AFC U-19選手権2008のメンバー

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 権田修一
2 日本の旗 DF 鎌田翔雅
4 日本の旗 DF 金井貢史
5 日本の旗 DF 村松大輔
6 日本の旗 MF 青木拓矢
7 日本の旗 MF 香川真司
8 日本の旗 MF 水沼宏太
11 日本の旗 FW 遠藤敬佑
12 日本の旗 MF 下田光平
13 日本の旗 DF 岡本知剛
14 日本の旗 MF 山本康裕
15 日本の旗 FW 柿谷曜一朗
No. Pos. 選手名
16 日本の旗 DF 薗田淳
17 日本の旗 FW 宮澤裕樹
18 日本の旗 MF 鈴木惇
20 日本の旗 MF 河野広貴
21 日本の旗 GK 松本拓也
23 日本の旗 GK 大谷幸輝
25 日本の旗 FW 永井謙佑
29 日本の旗 MF 木暮郁哉
36 日本の旗 DF 大野和成
40 日本の旗 MF 原口元気
50 日本の旗 DF 吉田勇樹

[編集] 2010年大会

AFC U-19選手権2010 (予選)のメンバー

No. Pos. 選手名
1 日本の旗 GK 中村隼浦和レッズユース
2 日本の旗 DF 田中優毅日本体育大学
3 日本の旗 DF 高橋祥平東京ヴェルディ
5 日本の旗 MF 酒井高徳アルビレックス新潟
6 日本の旗 MF 菊池大介湘南ベルマーレ
9 日本の旗 FW 重松健太郎FC東京U-18
10 日本の旗 MF 六平光成中央大学
11 日本の旗 FW 住田貴彦大分トリニータ
12 日本の旗 DF 古林将太湘南ベルマーレユース
13 日本の旗 DF 扇原貴宏セレッソ大阪U-18
14 日本の旗 DF 平出涼FC東京U-18
15 日本の旗 DF 阿部巧FC東京U-18
No. Pos. 選手名
16 日本の旗 MF 大崎淳矢サンフレッチェ広島ユース
17 日本の旗 MF 茨田陽生柏レイソルU-18
19 日本の旗 MF 加藤大三菱養和サッカークラブユース
20 日本の旗 MF 古田寛幸コンサドーレ札幌ユースU-18
21 日本の旗 GK 川浪吾郎柏レイソルU-18
22 日本の旗 FW 高木俊幸東京ヴェルディユース
23 日本の旗 FW 永井龍セレッソ大阪U-18
25 日本の旗 MF 山崎直之FC東京U-18
28 日本の旗 DF 寺岡真弘ヴィッセル神戸ユース
29 日本の旗 DF 岩田修平名古屋グランパスU-18
30 日本の旗 GK 荻野賢次郎京都府立峰山高等学校

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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