テヘラン
| テヘラン تهران Tehran |
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|---|---|
| 愛称 : The city of 72 nations | |
| 位置 | |
![]() テヘランの位置 |
|
| 座標 : 北緯35度41分46.28秒 東経51度25分22.26秒 / 北緯35.6961889度 東経51.42285度 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | テヘラン州 |
| 市 | テヘラン |
| 市長 | Mohammad Bagher Ghalibaf |
| 地理 | |
| 面積 | |
| 市域 | 686km2(265mi2) |
| 都市圏 | 18,814km2(7,264mi2) |
| 標高 | 1,200m(3,900ft) |
| 人口 | |
| 人口 | (現在) |
| 市域 | 11,050,000人 |
| 市街地 | 7,705,036人 |
| 都市圏 | 13,413,348人 |
| 公式ウェブサイト : http://www.tehran.ir/ | |
テヘラン(ペルシア語: تهران ; Tehrān、英語:Tehran)は、西アジア、イランの首都でありかつテヘラン州の州都。人口11,050,000人。北緯 35°40'、東経 51°25' (35.667, 51.41667)に位置する。
テヘランはイランの文化的中心でもあり、多数の博物館、美術館、宮殿、文化センター、高等教育機関を擁する。宗教的中心でもあり、モスクのみならず、キリスト教の教会やユダヤ教のシナゴーグも各所にみられる。住民の大多数はシーア派イスラム教徒。
テヘランの住民は、ペルシア人のほか、アゼルバイジャン人、アルメニア人、ユダヤ人など。住民の98.3%はペルシア語を話す。
目次 |
[編集] 歴史
この町の起源ははっきりはしていないが発掘調査からは紀元前6000年の住居跡が見つかっている。9世紀には村があったが、近郊のレイ(Rey)がもっとも栄えた都市であり、テヘランは何ら注目を浴びていなかった。13世紀、レイがモンゴルに襲撃されると人々はテヘランに避難、「レイの人々のテヘラン」などといわれた。14世紀、テヘランは名の知られた町になり1404年、カスティーリャ王国の大使がサマルカンドに赴く途中にこの町に立ち寄った。これが西洋人がこの町に足を踏み入れた最初である。この時代までは町には城壁がなかった。17世紀にはサファヴィー朝の支配者たちの住居も作られた。タフマースブ1世はバザールと城壁を作った。しかしアッバース1世がウズベクとの戦いに行くためにテヘランを通ったとき、王は病気となり、その後、王に嫌われた町となってしまった。18世紀、ザンド朝のカリーム・ハーンはテヘランに宮殿とハーレムの建設を命じ、政府機関も移転する予定であったが、都は最終的にシーラーズになってしまう。テヘランがイランの首都になったのは1795年、ガージャール朝のアーガー・モハンマド・シャーがこの地で戴冠したときである。
第二次世界大戦中、ソ連軍とイギリス軍がテヘランに入場、1943年には連合国首脳がテヘラン会談を行った。
戦後、モハンマド・レザー・パフラヴィーは近代化を進めるためにゴレスターン宮殿やオールドテヘラン地区の建物、城壁や城などは不要、と考え多くが取り壊され、ビルに建て替えられたり、大通りに姿を変えた。バザールも半分以下に縮小された。イラン・イラク戦争ではスカッドの標的となり、度重なる空襲もあり甚大な被害を出した。同時にテヘランには難民が集まり、混乱をきたした。イラン・イラク戦争当時はソ連式の集合住宅が無計画に作られ、テヘランはさらに歴史的建造物を失った。現在では50階を越えるアパートなど超高層建築のビルが増えている。高さ435mの新しいランドマーク・ボルジェ・ミーラードも完成した。
[編集] 地理
イラン高原の北西部の、標高1200 mほどの地点にある。北部にアルボルズ山脈がそびえ、同山脈およびイランの最高峰であるダマーヴァンド山から南西に66kmはなれた山麓に位置する。南には中央砂漠が広がっている。
おおまかにいって、標高の高い市の北部は高級住宅地、南部は下町となっている。
東京都市圏と緯度がほぼ一致する。 例えば、テヘラン中央駅(北緯35度39分31秒 東経51度23分51秒 / 北緯35.658514度 東経51.397455度 )と渋谷駅(北緯35度39分31秒 東経139度42分05秒 / 北緯35.658514度 東経139.70133度 )が同緯度にある。
[編集] 気候
ケッペンの気候区分ではステップ気候(BSk)に属する。冬季は寒く、1981~2010年平年値での1月の平均気温は5.1度、最低気温極値は-21°Cにもなる。冬季は降水量も多いため積雪になることもあり、付近の山々はスキー場となっている。一方、夏季は乾燥していて非常に暑く、7月の平均気温は31.2度、最高気温極値は43度である。
| テヘラン(1961~1990年)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 ℃ (°F) | 18 (64) |
23 (73) |
30 (86) |
33 (91) |
37 (99) |
42 (108) |
43 (109) |
43 (109) |
39 (102) |
34 (93) |
29 (84) |
20 (68) |
43 (109) |
| 平均最高気温 ℃ (°F) | 7.2 (45) |
9.9 (49.8) |
15.4 (59.7) |
21.9 (71.4) |
28.0 (82.4) |
34.1 (93.4) |
36.8 (98.2) |
35.4 (95.7) |
31.5 (88.7) |
24.0 (75.2) |
16.5 (61.7) |
9.8 (49.6) |
22.5 (72.5) |
| 平均最低気温 ℃ (°F) | −1.1 (30) |
0.7 (33.3) |
5.2 (41.4) |
10.9 (51.6) |
16.1 (61) |
20.9 (69.6) |
24.0 (75.2) |
23.0 (73.4) |
19.2 (66.6) |
12.9 (55.2) |
6.7 (44.1) |
1.3 (34.3) |
11.2 (52.2) |
| 最低気温記録 ℃ (°F) | −21 (-6) |
−16 (3) |
-9 (16) |
2 (36) |
3 (37) |
8 (46) |
14 (57) |
11 (52) |
8 (46) |
3 (37) |
-7 (19) |
-12 (10) |
-21 (-6) |
| 降水量 mm (inches) | 37.2 (1.465) |
34 (1.34) |
37.4 (1.472) |
27.8 (1.094) |
15.2 (0.598) |
2.9 (0.114) |
2.5 (0.098) |
1.4 (0.055) |
0.9 (0.035) |
13.7 (0.539) |
20.6 (0.811) |
36.3 (1.429) |
229.9 (9.051) |
| 出典: [4] 2011-08-28 | |||||||||||||
[編集] 経済
プライスウォーターハウスクーパースの公表した調査によると、テヘランの2008年の都市GDPは1270億ドルであり、世界第47位である[1]。イラン国内産業の半分以上がテヘランに基盤をおいている。主な産業は、自動車製造、電子機器および部品製造、武器製造、繊維、砂糖、セメント、化学など。またカーペット製造と家具製造も盛んである。テヘラン近郊には石油精製所が位置する。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
テヘラン中央駅からはヨーロッパ方面も含めて24時間列車が運行されている。
[編集] 空港
メヘラーバード国際空港が市の西部にある。国内線や巡礼者用の空港で、空軍基地も兼ねている。市の南50kmにエマーム・ホメイニー国際空港があり、ほとんどの国際線はここに発着する。
[編集] 地下鉄
テヘラン地下鉄は1999年に開通し、現在では4路線(1号線、2号線、4号線、5号線)あり中近東最大の路線網となっている。さらに、2路線(3号線、7号線)が建設中、2路線(6号線、8号線)が計画中であり、全部で8路線となる計画である。女性専用車両がある。
[編集] バス
市長の肝いりで、2008年からBRTと呼ばれる道路上にバス専用のレーンが作られ、そこにバスが運行されている。バス専用レーンはフェンスで囲われているため一般の車両は全く進入できず、バスだけが道路上を高速で走行する。現在は3路線で、バス停は60ヶ所ある。
アジア初であったトロリーバスも健在である。
[編集] スポーツ
収容人員が90,000人を越えるアザディ・スタジアムがある。市内にはイランサッカーリーグに加盟する4つのプロチームがある。車で10分のところには標高3800mから滑り降りるスキーリゾートのトチャルを初め、ディジン、シェムシャークなどスキー場が多い。
[編集] 風景
[編集] 姉妹都市
ロサンゼルス、アメリカ合衆国
イスタンブル、トルコ
モスクワ、ロシア[2]
ソウル、大韓民国[3]
北京、中華人民共和国[4]
カラカス、ベネズエラ
ロンドン、イギリス[5]
プレトリア、南アフリカ共和国[6]
マニラ、フィリピン[7]
ミンスク、ベラルーシ[8]
ハバナ、キューバ[9]
ドバイ、アラブ首長国連邦[10]
ドゥシャンベ、タジキスタン[11]
[編集] 関連項目
[編集] ギャラリー
[編集] 脚注
- ^ プライスウォーターハウスクーパースによる都市のGDP
- ^ http://el.mos.ru/cgi-bin/pbl_web?vid=2&osn_id=0&id_rub=2368&news_unom=35877
- ^ [1][リンク切れ]
- ^ http://www.danwei.org/archives/001506.html
- ^ http://www.hoteleslondres.org.es/londonhotels/Sister
- ^ http://www.dfa.gov.za/foreign/Multilateral/profiles/persian.htm
- ^ “Sister Cities of Manila”. © 2008–2009 City Government of Manila. 2009年9月2日閲覧。
- ^ “Каталог организаций — Минский городской исполнительный комитет”. Minsk.gov.by. 2010年9月25日閲覧。
- ^ “Tehran, Havana named sister cities”. Payvand.com (2006年11月22日). 2011年3月15日閲覧。
- ^ [2]
- ^ [3][リンク切れ]
[編集] 外部リンク
- テヘラン市公式サイト (ペルシア語)(英語)
