テヘラン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| テヘラン تهران Tehran |
|||
|---|---|---|---|
|
|||
| 愛称 : "The city of 72 nations" | |||
| 位置 | |||
![]() テヘランの位置 |
|||
| 座標 : | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 州 | テヘラン州 | ||
| 市 | テヘラン | ||
| 市長 | Mohammad Bagher Ghalibaf | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 市域 | 686km2(265mi2) | ||
| 都市圏 | 18,814km2(7,264mi2) | ||
| 標高 | 1,200m(3,900ft) | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (現在) | ||
| 市域 | 11,050,000人 | ||
| 市街地 | 7,705,036人 | ||
| 都市圏 | 13,413,348人 | ||
| 公式ウェブサイト : http://www.tehran.ir/ | |||
テヘラン(ペルシア語: تهران ; Tehrān)は、西アジア、イランの首都でありかつテヘラン州の州都。人口11,050,000人。北緯 35°40'、東経 51°25' (35.667, 51.41667)に位置する。
テヘランはイランの文化的中心でもあり、多数の博物館、美術館、宮殿、文化センター、高等教育機関を擁する。宗教的中心でもあり、モスクのみならず、キリスト教の教会やユダヤ教のシナゴーグも各所にみられる。住民の大多数はシーア派イスラム教徒。
テヘランの住民は、ペルシア人のほか、アゼルバイジャン人、アルメニア人、ユダヤ人など。住民の98.3%はペルシア語を話す。
目次 |
[編集] 地理
イラン高原の北西部の、標高1200 mほどの地点にある。北部にアルボルズ山脈がそびえ、その山麓に位置する。寒暖が激しい。西アジアにおける道路交通の結節点であり、またイランの鉄道網の中心である。
[編集] 歴史
- 13世紀頃までは小さな村に過ぎなかったが、1796年にガージャール朝のもと首都となる。
- 20世紀に入りパフラヴィー朝のもとで近代化が推し進められて発展し、イラン革命以前には「中東のパリ」と評されるまでの栄華を誇った。
- 第二次世界大戦中の1943年にはテヘラン会談が開かれた。
- イラン・イラク戦争中はイラク軍によりスカッドミサイルが打ち込まれ、被害が出た。
[編集] 経済
イラン国内産業の半分以上がテヘランに基盤をおいている。主な産業は、自動車製造、電子機器および部品製造、武器製造、繊維、砂糖、セメント、化学など。またカーペット製造と家具製造も盛んである。テヘラン近郊には石油精製所が位置する。
[編集] 交通
アジアハイウエーや各種鉄道、地下鉄が通る。空港もある。近年、交通渋滞にも悩まされている。
[編集] 姉妹都市
[編集] テヘラン路
大韓民国のソウル特別市江南区にあるテヘラン路の名称の由来になっている。1977年6月にテヘラン市長が訪問した際、ソウルとテヘランの地名を冠した通りを1つずつ作ることになってソウルにテヘラン路が作られた。同じくテヘランにはソウル路(Seoul Street)がある。
[編集] 関連項目
[編集] ギャラリー
|
ソウル特別市にあるテヘラン路の表示 |
[編集] 外部リンク
- テヘラン市公式サイト (ペルシア語)(英語)


