森重真人

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森重 真人 Football pictogram.svg
名前
愛称 モリゲ[1]、モリゾー
カタカナ モリシゲ マサト
ラテン文字 MORISHIGE Masato
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1987年5月21日(27歳)
出身地 広島市安佐北区[2]
身長 183cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム FC東京
ポジション MF (DH)[3] / DF (CB)[3]
背番号 3
利き足 右足[3]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2009 大分トリニータ 73 (05)
2010- FC東京 133 (12)
代表歴2
2004  日本 U-17
2005-2007  日本 U-18/19/20
2008  日本 U-23
2013-[4] 日本の旗 日本 15 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年3月1日現在。
2. 2014年10月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

森重 真人(もりしげ まさと、1987年5月21日 - )は、広島市安佐北区出身のプロサッカー選手[5][6]JリーグFC東京所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)[3]ディフェンダー(DF)[7]日本代表

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

広島市西区三篠町生まれ[8]。3人兄弟の次男[9][10]。兄の影響により、8歳(小学校3年生)の時にサッカーを始める[11][1]。当時は肩まで伸びた長髪をなびかせ、ひときわ周囲の目を引き、「三篠のロン毛」と呼ばれた[9][12]。三篠小学校4年の時、同市安佐北区口田に引越す[8]。隣家は渡大生の実家だった[8]。少年サッカーの強豪広島高陽FCに所属し全国大会に出場した[9]。中学時にはサンフレッチェ広島ジュニアユースに所属。同期には槙野智章左山晋平などがおり、当初はFW[13]槙野と2トップを組んでいたが[11][14]、3年生になる頃[15]月岡利明監督によって守備的MF(ボランチ)にコンバートされ主力として活躍した[16]。 

しかし、ユース[注 1]の昇格は逃す[5][18]。昇格に漏れた経緯を今でも詳しく思い出せない程のショックを受けたが、上野展裕監督から「サンフレッチェにスカウトしてもらえるようにがんばれ」と言葉を添えられ[18]、また高校からの方がプロ入りに近付けると前向きに考え[14][19]広島皆実高等学校に進学。1年生の頃から守備的MFとして試合経験を重ね、2年生以降は中心選手として活躍し、U-17サッカー日本代表に選出された[18]。高校の2年先輩には吉弘充志がいる。

大分トリニータ[編集]

世代を代表するボランチとして成長したが広島からの声は掛からず[18]、大分スカウトの片野坂知宏から誘いを受け、2006年大分トリニータへ入団。ボランチとして加入したが[3]シャムスカ監督は森重をセンターバック(CB)として起用[20]。フィジカルと空中戦の強さはチームメートの梅崎司からも高く評価されていた[21]。10月にはAFCユース選手権2006日本代表に選出され、グループリーグ第2戦の対タジキスタン戦で梅崎からパスを受け豪快なミドルシュートを決めるなどの活躍を見せ、日本の準優勝に貢献。

2007年シーズン後半より大分でのスターティングメンバーに抜擢され、最終節の対新潟戦ではプロ初得点を挙げた。

2008年からは退団した三木隆司に代わって、3バックの中央で定位置を確保すると[13][14]MFとして養った守備の判断力と攻撃のセンスを発揮し、急成長[5]。このポジションについて本人は「試合の流れを見て、読んで、相手のボールを奪う。先読みしてコースに入ってインターセプトしたり…というのが、自分に備わっている(ため合っている)」と語っている[22]。同年2月には飛び級で[20]U-23日本代表に選出。トゥーロン国際大会でアピールに成功し[23]、同年開催の北京オリンピックメンバーにも選出され、グループリーグ全3試合に出場。アメリカ戦で決定機を逸するなど[24][25] 結果を残すことはできなかったが、日本サッカー協会アドバイザーのイビチャ・オシムは、守備面での能力(身体能力、精神力、ユーティリティー性[注 2])を高評価していた[25]9月29日森島康仁と共にA代表に選出[26]岡田武史日本代表監督からは「球出しのセンスがあり、ボール際もかなり戦える」と評された[27]。大分のナピスコカップ優勝にも貢献した。リーグ戦最小失点となる堅守を築いた一方でラフプレーが多く、リーグ戦では11枚ものイエローカードを受けており[28]、カードの多さについては本人も課題に挙げていた[29]

FC東京[編集]

2009年のシーズン終了後チームのJ2降格や深刻な経営難が表面化したため移籍を決意。川崎浦和との競合の末[30][31]2010年からFC東京に移籍することが発表された[7]。FC東京では、主に4バックの右CBに入り今野泰幸とコンビを組んでいたが、新人のキム・ヨングンのCB起用が増えるのに併せて層の薄いボランチに配される機会も多かった。ボランチでのプレーについて、城福浩監督は中盤の選手としての運動量[32]大熊清監督は90分通してのアグレッシブさを課題に挙げており[33]、必ずしもベストな選択ではないことをうかがわせていたが、湘南反町康治監督からは「ボールを動かす力があるし、ドリブルでひとつ持ち運ぶことができる。」[34]LDUキトのエドガルド・バウサ監督から「ディフェンスをしながら攻撃にも参加するという二重の役割をよくこなしていた。」[35] と、敵将から高く評価されることがしばしばあった。東京でもセットプレーなどでのターゲットになることが多く、FC東京での初得点はショートコーナーからのクロスを合わせたヘディングによるものだった。

2011年からは、大熊より「遊びで蹴っているのを見たら明らかに(チームで)一番うまい[36]」とフリーキックのキッカーに指名され[37]、ターゲット役と併行して務め、直接FKでの得点も挙げた。また前年のプレーを自省し[38]地道なステップワークの練習を重ねるなど[39]ラフプレーの改善に取り組み[40]、出場停止を1試合にとどめ[41] チームでの公式戦最多出場を記録した[42]

ラフプレーの減少については、小学校時代に所属していた高陽FCの代表から「あんなプレーするな。子どもに胸張ってあれが先輩だとよう言えん」と諭されたことが転換点だという[43][44]しかし、2014FIFAワールドカップブラジル大会で日本代表が1分け2敗という大惨敗を喫した結果論では、この小学校時代の高陽FCの監督の発言は、森重から世界に通用する守備、DFとしての資質を失わせて、日本国内、Jリーグだけで通用するいわゆる「お嬢さんサッカー」に成り下がったという世界のサッカーを知るサッカー関係者によって疑問視されている。なぜならば、世界のサッカーの主要リーグでは、ラフプレーなど当たり前で、そういった激しいぶつかり合いの中で力を発揮できる選手が良い選手として評価され、UEFAチャンピオンズリーグ、コパリベルタドーレス、欧州選手権、コパアメリカ(南米選手権)、FIFAクラブワールドカップ、FIFAワールドカップなどの世界のビッグな大会では、そういったラフプレー中でも力が発揮できる選手しか通用しなかったからである[要出典]

2012年は今野の退団もあり、DFリーダーとして最終ラインを統率[45]。前年に続いて公式戦チーム最多出場[46]

2013年よりランコ・ポポヴィッチ監督に指名され、主将を務めた[47][48]。心身両面に安定感を身に付けて[49][50]大分在籍時から続いた守備の粗さを克服[51]。7月には東アジアカップ2013の日本代表に選出され、2009年1月以来約4年半ぶりに[50][19]A代表復帰。同月21日の中国戦で国際Aマッチ初出場を果たした[19]韓国戦では跳躍力を活かした[52]空中戦やビルドアップ[53] 出色の活躍を見せ[54]日本の同大会初優勝に貢献しアルベルト・ザッケローニ代表監督からの評価[注 3]を高めた[55]

2014年は、世界仕様に近付くために激しさ[56]と緻密さを磨き[57]、同年6月開催のW杯ブラジル大会の日本代表メンバーに選出された[43]。硬直化していた守備陣の中で[58]力強さと配球力を発揮して[59]主力を脅かす存在となり[60][55]、本大会第1戦コートジボワール戦ではフル出場。しかし懸命に体を張った守備も及ばず[61][62]逆転負けを喫した。第2戦・第3戦は出場機会が無く、グループリーグ敗退に終わった。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2006 大分 15 J1 2 0 0 0 0 0 2 0
2007 20 1 3 0 2 1 25 2
2008 6 28 3 7 1 0 0 35 4
2009 23 1 2 0 0 0 25 1
2010 FC東京 3 30 3 8 1 5 0 43 4
2011 J2 37 6 - 6 3 43 9
2012 J1 33 2 4 0 1 0 38 2
2013 33 1 5 0 2 0 40 1
2014
通算 日本 J1 169 11 29 2 10 1 208 14
日本 J2 37 6 - 6 3 43 9
総通算 206 17 29 2 16 4 251 23

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2012 FC東京 3 7 0
通算 AFC 7 0

その他の国際公式戦

タイトル[編集]

クラブ
個人

代表歴[編集]

出場大会[編集]

試合数[編集]

  • 国際Aマッチ 15試合 1得点 (2013年 - )[4]


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2013 6 0
2014 9 1
通算 15 1

ゴール[編集]

# 開催年月日 開催地 対戦国 勝敗 試合概要
1. 2014年3月5日 日本東京 ニュージーランドの旗 ニュージーランド ○4-2 キリンチャレンジカップ2014

出演[編集]

映画[編集]

アニメ[編集]

関連書籍[編集]

  • 2011年3月『高校サッカー聖地物語 僕らが熱くなれる場所』(講談社、安藤隆人) ISBN 4062167034

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ 当時の広島ユースは"ユース史上最強では"といわれた黄金時代であった[17]
  2. ^ 前述のボランチ、CBに加え、同大会のオランダ戦ではサイドバックを務めていた。
  3. ^ 東アジアカップ日本代表DFの中で、翌年開催のワールドカップメンバー入りを果たせたのは森重のみ。
出典
  1. ^ a b 『FC東京ファンブック2010』 アサヒオリジナル2010年、36頁。
  2. ^ 森重真人 - 日刊スポーツ
  3. ^ a b c d e 選手データベース - ウェイバックマシン(2008年12月1日アーカイブ分) - WEBサッカーマガジン(2008年2月21日)
  4. ^ a b “森重 真人”. サッカー日本代表データベース. http://www.japannationalfootballteam.com/players_ma/masato_morishige.html 
  5. ^ a b c <4>森重真人(大分トリニータ、広島・皆実高出) 北京五輪特集 - archive.today サッカー男子 - 中国新聞(2008年7月22日)
  6. ^ 森重 真人 - 日本代表選手 - 北京オリンピック - SANSPO.COM
  7. ^ a b 森重真人選手 完全移籍加入決定のお知らせ - ウェイバックマシン(2010年1月14日アーカイブ分) - FC東京(2009年12月11日)
  8. ^ a b c 週刊サッカーダイジェスト』2014年2月18日号、P.39-43
  9. ^ a b c “森重真人物語〈上〉”. 中国新聞: p. 17. (2014年5月14日) 
  10. ^ 学校法人 西導寺学園 みささ幼稚園
  11. ^ a b 森重真人(FC東京)「我慢とたゆまぬ努力が生んだ、ゲームの支配者」 - サッカーキング(2012年9月21日)
  12. ^ “ジャパンフラッグ~蒼き流れ~⑦”. 日刊スポーツ: p. 9. (2014年4月19日) 
  13. ^ a b 本誌連動インタビュー「FIELD」スペシャル版 - ウェイバックマシン(2008年12月20日アーカイブ分) WEBサッカーマガジン (2007年11月9日)
  14. ^ a b c 駆ける魂 (中) プロの壁に「この野郎!」FC東京・森重真人 (1/2) 日本経済新聞 (2014年4月26日)
  15. ^ FC東京・森重真人 試合が楽しみで毎日ワクワクしてた子どもの頃 サカイク (2013年10月3日)
  16. ^ 「あの頃僕は 槙野智章」、ASSIST2010年夏号、P.36
  17. ^ 『サッカーマガジン』2008年08月05日号8頁、nikkansports.com > 全日本ユース選手権特集 - 高校サッカー2003部活とクラブの融合に成功した男 広島ユース監督・森山佳郎の退任-1
  18. ^ a b c d “森重真人物語〈中〉”. 中国新聞: p. 16. (2014年5月15日) 
  19. ^ a b c FC東京・森重真人 自分の武器を磨いて自信を持ってプレーしたい サカイク (2013年10月4日)
  20. ^ a b 大分の森重「本当にビックリ」 - ゲキサカ(2008年2月10日)
  21. ^ プレシーズンマッチ対 慶南FC 戦プレビュー J's GOAL (2006年8月6日)
  22. ^ J's GOAL×NTT西日本:スペシャルインタビュー 〜14〜 森重真人 (大分) - J's GOAL(2008年10月30日)
  23. ^ 今度はボランチ!U-23森重が途中出場で2得点に絡む - ゲキサカ(2008年5月30日)
  24. ^ “森重、痛恨シュートミス サッカー男子1次リーグ”. 中国新聞 (中国新聞社). (2008年8月8日). オリジナル2013年9月3日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/53k24 
  25. ^ a b オシム氏が日本北京世代4人を欧州に推薦 - 日刊スポーツ(2008年9月14日)
  26. ^ a b キリンチャレンジカップ2008 ALL FOR 2010! (10/9vsUAE代表@新潟) 2010FIFAワールドカップ南アフリカ アジア最終予選 (10/15vsウズベキスタン代表@埼玉) 日本代表 メンバー - 日本サッカー協会(2008年9月29日)
  27. ^ 日本代表メンバー発表 岡田監督会見 キリンチャレンジカップ UAE戦、W杯・アジア最終予選 ウズベキスタン戦 - スポーツナビ(2008年9月29日)
  28. ^ 2008Jリーグ ディビジョン1 警告・退場・出場停止 - Jリーグ公式ウェブサイト(2008年12月6日)
  29. ^ a b c Tokyo Mania 第39回 森重真人選手インタビュー - 182Channel(2010年4月21日)
  30. ^ 森重大分退団へ、東京入りを決断”. 日刊スポーツ (2009年12月9日). 2009年12月13日閲覧。
  31. ^ 森重 東京入り決定的 - 東京中日スポーツ(2009年12月9日)
  32. ^ 【J1:第15節 FC東京vs磐田】城福監督(FC東京)記者会見コメント - J's GOAL(2010年7月28日)
  33. ^ 【J1:第25節 FC東京vs湘南】大熊監督(FC東京)記者会見コメント J's GOAL (2010年10月3日)
  34. ^ 【J1:第14節 湘南vsFC東京】反町監督(湘南)記者会見コメント - J's GOAL(2010年7月25日)
  35. ^ 【スルガ銀行チャンピオンシップ FC東京vsリガ・デ・キト】バウサ監督(リガ・デ・キト)記者会見コメント - J's GOAL(2010年8月4日)
  36. ^ 週刊サッカーマガジン増刊 FC東京J1昇格記念号』 ベースボール・マガジン社2011年、9頁。
  37. ^ 今季の森重はFKも蹴る!! 超攻撃的CBへ脱皮はかる 東京中日スポーツ (2011年4月27日)
  38. ^ 駆ける魂 (中) プロの壁に「この野郎!」FC東京・森重真人 (2/2) 日本経済新聞 (2014年4月26日)
  39. ^ ザックジャパンの主力DF候補 森重真人が飛躍のために決別したもう一人の自分とは (4/4) SoccerMagazine ZONE (2014年4月14日)
  40. ^ 森重“変身”今季警告0 カードコレクター返上 東京中日スポーツ (2011年6月15日)
  41. ^ 警告・退場・出場停止 Jリーグ (2011年12月3日)
  42. ^ 選手出場記録 Jリーグ (2011年12月3日)
  43. ^ a b “森重真人物語〈下〉”. 中国新聞: p. 21. (2014年5月16日) 
  44. ^ NHKサンデースポーツ」2014年4月27日放送
  45. ^ F東京:「J2白書2011」をスタジアムで限定販売!! 森重真人選手編 - J's GOAL(2012年3月16日)
  46. ^ 選手出場記録 - Jリーグ(2012年12月1日)
  47. ^ 【F東京】森重、新主将フライングゲット!異例の開幕1か月前指名 - ウェイバックマシン(2013年2月14日アーカイブ分) スポーツ報知 (2013年2月7日)
  48. ^ ポポビッチ監督「主将は森重」 東京中日スポーツ (2013年2月7日)
  49. ^ 恩師・海外組からの刺激を成長に変える森重真人。定着を目指すザックジャパンで目指す未来 (3/3) フットボールチャンネル (2013年9月20日)
  50. ^ a b 【23人のサムライ】森重真人 (27)「1対1」に定評 MSN産経ニュース (2014年5月24日)
  51. ^ 日本代表のセンターバックに食い込めるか? 森重真人に期待される「1対1」のディフェンス力 (2/3) フットボールチャンネル (2013年7月21日)
  52. ^ 守備光る山口蛍&森重/日刊アウォーズ 日刊スポーツ (2013年12月27日)
  53. ^ 山口 豊富な運動量でMVP選出! 森重も代表定着へアピール成功 スポーツニッポン (2013年7月29日)
  54. ^ FC東京・森重真人は、守備崩壊のザックジャパンを救える男か スポルティーバ (2013年8月19日)
  55. ^ a b 駆ける魂 (上) 慢心なし、常に崖っぷち FC東京・森重真人 (1/2) 日本経済新聞 (2014年4月26日)
  56. ^ 駆ける魂 (上) 慢心なし、常に崖っぷち FC東京・森重真人 (2/2) 日本経済新聞 (2014年4月26日)
  57. ^ 駆ける魂 (下) 剛かつ柔、ボール操る FC東京・森重真人 (2/2) 日本経済新聞 (2014年4月26日)
  58. ^ ザックジャパン総括(1)メンバーの硬直化と3-4-3の誤算 ゲキサカ (2014年6月30日)
  59. ^ 森重 納得のフル出場! 今野&吉田とも安定したプレー スポーツニッポン (2014年5月28日)
  60. ^ 森重、完封勝利に貢献レギュラー候補に デイリースポーツ (2014年5月28日)
  61. ^ 【W杯・試合採点】日本対コートジボワール (グループC) フットボールチャンネル (2014年6月15日)
  62. ^ ドログバ“オーラ”にCB陣やられた 森重「臆病になった」 スポーツニッポン (2014年6月16日)
  63. ^ AFCアジアカップ2011カタール予選 (1/20vsイエメン代表@熊本) 日本代表 森重真人選手(大分トリニータ)、阿部勇樹選手(浦和レッズ)離脱 - 日本サッカー協会(2009年1月17日)
  64. ^ SAMURAI BLUE(日本代表)アジアカップ2011カタール 予備登録メンバー - 日本サッカー協会(2010年12月6日)
  65. ^ AFCがW杯予選予備登録メンバーリストを公表、宮市や中澤、闘莉王の名も - ゲキサカ(2011年9月3日)
  66. ^ 【変更】テレビアニメ「がんばれ!おでんくん」に森重真人選手が登場! FC東京 (2014年6月14日)
  67. ^ FC東京・森重真人と「おでんくん」が夢のコラボ! 果たしておでんくんはユニフォームを着られるのか? フットボールチャンネル (2014年5月17日)
  68. ^ FC東京、おでんくんとコラボ 森重とそっくり!?で実現 スポーツニッポン (2014年5月13日)

外部リンク[編集]

特集・インタビュー
個人成績・プロフィール