萬田久子

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まんだ ひさこ
萬田 久子
別名義 万田 久子(読み同じ)
生年月日 1958年4月13日(56歳)
出生地 日本の旗 日本 大阪府
身長 167 cm[1]
血液型 B型
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマCM
活動期間 1980年 -
配偶者 なし(内縁の夫と死別)

萬田 久子(まんだ ひさこ、1958年4月13日 - )は、日本の女優

大阪府大阪市出身。オフィス萬田所属。デビュー当初は、万田 久子と表記されることが多かった。身長167cm、体重47kg、B83、W59、H87(1981年)[1]

人物・略歴[編集]

大阪府立港高等学校帝塚山短期大学卒業。

短大在学中の1978年昭和53年)にミス・ユニバース日本代表に選出された。同年7月、メキシコのアカプルコで行われたミス・ユニバース世界大会に出場したが、同大会では無冠であった。

翌年上京し、タレント活動を開始した。当初は本名ではなく「道頓堀 心子(心斎橋の"心")」という芸名を付けようと事務所の先輩に言われていたが、芸名が決まる前の1980年(昭和55年)、テレビドラマ 『なっちゃんの写真館』(NHK)への出演が決まり、本名のままで女優としてデビューした[2][3]

1987年昭和62年)に交際が発覚した当時妻子のあった佐々木力(後にリンク・セオリー・ジャパンの社長兼CEO、ファーストリテイリンググループ上席執行役員を歴任[4])との不倫の末に1児をもうけ、同年10月にニューヨークで男児を出産。佐々木の離婚成立以後も事実婚を貫いたが、2011年8月9日、佐々木がスキルス性胃がんにより60歳で死去[5]。葬儀の喪主を務める為、4月から金曜レギュラーを務める『笑っていいとも!』(8月12日放送分)を欠席。9月をもって番組を卒業した。

佐々木の生前、東京・自由が丘の住居を新居を立て替えしようとしていたが、地中熱システムを導入するための軟弱地盤に対するボーリング工事に伴う騒音問題などにより、住民側が区に直訴をしたために、工事中断に追い込まれた。それでも建築を強行しようとした矢先に佐々木がなくなったため、更地のままのこされた。[6]この土地は、遺産として佐々木の子供達に分割相続された。[7]

ドン小西は萬田のファッションセンスを「同世代女性のお手本」として高く評価している[8]。投資家としての顔も持ち、有名新興企業の大株主に名を連ねることも多々ある。

愛犬の名前は『クリ』と『モモ』。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK[編集]

日本テレビ[編集]

TBS[編集]

フジテレビ[編集]

テレビ朝日[編集]

テレビ東京[編集]

WOWOW[編集]

映画[編集]

吹き替え[編集]

バラエティ[編集]

CM[編集]

著書[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 週刊サンケイサンケイ新聞出版局 1981年1月29日号 33頁(本人のインタビューを含む記事)。
  2. ^ 2008年10月2日放送回「きよしとこの夜」(NHK)にて本人談
  3. ^ 2011年「HERS」2011年7月号『萬50+2ダッ』(光文社)
  4. ^ 萬田久子の“夫” ファーストリテイリンググループの上席執行役員もスポニチ、2011年8月10日)
  5. ^ 萬田久子ショック 事実婚パートナー死去スポニチ、2011年8月10日)
  6. ^ 萬田久子 亡き夫との「終の住処」建築工事が無念の中止 女性セブン2011年11月3日号
  7. ^ 萬田久子の事実婚夫の遺産 愛人の娘に法定の2.4倍相続 女性セブン2012年7月12日号
  8. ^ 2009年10月5日放送回『しゃべくり007』出演時の「ドン小西が選ぶ オシャレ芸能人ベスト5」より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]