義経 (NHK大河ドラマ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

義経』(よしつね)は、2005年1月9日 - 12月11日に放送された44作目のNHK大河ドラマである。原作・宮尾登美子。脚本・金子成人。主演・滝沢秀明タッキー&翼)。

義経
ジャンル ドラマ
放送時間 日曜20:00-20:45(45分)
放送期間 2005年1月9日-12月11日(全49回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本放送協会
製作総指揮 諏訪部章夫
演出 黛りんたろう 他
原作 宮尾登美子
脚本 金子成人 他
出演者 滝沢秀明
松平健
上戸彩
石原さとみ
南原清隆
うじきつよし
伊藤淳史
海東健
小澤征悦
阿部寛
夏川結衣
鶴見辰吾
中越典子
森口瑤子
白石加代子
萬田久子
市川左團次
草刈正雄
夏木マリ
財前直見
小林稔侍
松坂慶子
平幹二朗
丹波哲郎
中井貴一
高橋英樹
渡哲也 他
オープニング 岩代太郎
テンプレートを表示

目次

あらすじ [編集]


注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。


平治の乱で平清盛に敗れた源義朝の愛妾・常盤御前は、三人の子を連れて京を逃れるが実母が平家方に捕らえられている事を知り、清盛に出頭する。清盛により、末子・牛若(後の義経)との生活を許された常盤であったが、清盛との関係がその正妻・時子の知るところとなり、常盤は清盛の元を去り、牛若は鞍馬寺に預けられる事になった。

清盛を実の父と信じて疑わず、清盛が目指そうとする「新しき国」に淡い憧れを抱いていた牛若は、自分がその敵である義朝の子である事を知り、愕然とする。やがて逞しい青年へと成長し、奥州の藤原秀衡のもとへ身を寄せた義経は、兄・頼朝のもとへ参じて源平の戦いに身を投じる。

しかし、清盛をはじめとする平家方を敵と割り切る事ができない。そして同じ源氏である木曽義仲と戦わねばならない葛藤…、兄弟としての情を求める義経は武家政権のリーダーとして理を重んじる頼朝と徐々にすれ違っていくようになる。

作品内容と反響 [編集]

家族の絆、親子の絆をコンセプトに、疑似家族としての主従の絆、貿易立国の建設を目指す清盛との親子的なつながり、武家政権を樹立するために弟を切らねばならない頼朝の「政治家」そして「兄」としての葛藤と苦悩などを新しい解釈も取り入れて描いた。清盛・頼朝らとの葛藤や義経の想いを描くにあたって「新しき国」との言葉が何度も用いられ、これが物語上でも重要な要素となっている。また老獪な後白河法皇に翻弄される源平双方の悲哀は従来通りで、平幹二朗演じる後白河法皇と夏木マリ演じる丹後局コンビが異彩を放った。

源義経が大河ドラマの題材となるのは1966年の『源義経』以来2回目で、『源義経』の作者である村上元三が資料提供として名を連ねた。原作は2001年平成13年)に発表された宮尾登美子の歴史小説『宮尾本 平家物語』及び『義経』で宮尾原作の大河ドラマ化は初めて。また「源義経」で架空の人物として登場したうつぼが『義経』でも登場(キャラクター設定は別)し、京に住む孤児うつぼを通じた現代の目線からの義経像が描かれた。なお、源平合戦の時代が大河ドラマとして描かれたのは1993年7月から1994年3月の『炎立つ』以来となる。

原作が平家物語であることもあって、平清盛とその妻時子を中心とした平家一族の描写に重点がおかれ、時子と清盛の妾となった常盤御前やその娘廊御方との関係、清盛の遺言を時子が捏造し、安徳天皇をすり替えるなど一族に対する情念が描かれ、宗盛と父清盛との葛藤や弟たちへのコンプレックスなどが丁寧に描写された。一方、義経周辺に関しては、同母兄の全成義円については成人後は全く触れられず、奥州まで伴った正妻はすぐに返した事になり、正妻との間の娘の存在はなかった事になっている。清盛を父のように慕うという設定のため、実の父源義朝の存在はほとんど無視されており、家族愛がテーマでありながら、平家に重点を置くために、主人公義経の家族関係の描写が希薄となる矛盾が見られている。

滝沢の大河ドラマ出演は『元禄繚乱』(1999年吉良義周役)以来で、主演は初。2年連続でのジャニーズ事務所所属タレントの主演となった。また、役の石原さとみ(『てるてる家族』)、建礼門院徳子役の中越典子(『こころ』)をはじめ、戸田菜穂(『ええにょぼ』)、高野志穂(『さくら』)などNHK朝の連続テレビ小説のヒロインが多く出演した。他にも重鎮クラスのベテランから、中堅、若手、アイドル、お笑いに至るまで幅広いキャスティングがされた。

メインディレクター・黛りんたろうの独特の美学に基づいた演出は、「時代絵巻」ともいえる美しい映像表現を生み出した。五条の大橋壇ノ浦の戦い鶴岡八幡宮での舞といった物語のクライマックスとなる場面において、それぞれ桜、金粉紅葉を大量に撒き散らす大胆な演出を試みている。最終回での「義経が自害した後、持仏堂の屋根から“白く輝く光”が噴き出す」という演出は脚本の金子成人との打ち合わせで生まれた。

第1回の一の谷の合戦のシーンでは「播磨国一ノ谷」とクレジットが出たが正しくは「摂津国」である。再放送では「摂津国一ノ谷」と訂正された。ちなみに、古戦場の西にあたる垂水区との境にある境川が、摂津国と播磨国の国境である。

本作で幼年期の義経、即ち牛若丸を演じた神木隆之介は『平清盛』(2012年)において源義経役として出演している。作品を変えて、同一人物を演じるというのは『太閤記』と『黄金の日日』での織田信長高橋幸治)、豊臣秀吉緒形拳)が有名だが、役者の成長に合わせてのキャスティングは『秀吉』(1996年)と『天地人』(2009年)で石田三成を演じた小栗旬以来である。

スタッフ [編集]

義経紀行

キャスト [編集]

義経周辺の人々 [編集]

義経主従 [編集]

  • 牛若→遮那王→源義経上井聡一郎神木隆之介滝沢秀明
    平治の乱で父・義朝が敗れ、母・常盤が清盛の元に投降したため、幼少期を清盛の元で過ごす。そのため、清盛を自分の父親と思い、清盛も牛若に好意的に接していた。後に鞍馬寺に預けられ僧になるべく暮らしていたが、源行家から自らの出生の秘密を知らされる。それから武士として生きることを志し、密かに寺を抜け出し藤原秀衡を頼って奥州に向かう。その途上で元服して義経と名乗る。藤原秀衡を経て、兄・頼朝の下に参陣。頼朝を主として古巣でもある平家を倒す功労者になったものの、戦後処理と弟として自分を扱ってくれない頼朝への不満が募り、価値観の相違で悲劇のヒーローとなってゆく。
  • 武蔵坊弁慶松平健
    無実の罪で寺を追われた事により、その鬱憤を晴らすため道行く人から刀を奪うようになる。あと一本で1000本になるという時に義経に負けたことで、義経の家来になる。以降は文武の才覚を活かして命懸けで義経を守るようになり、その最期も義経を庇いながら立ったまま亡くなるという壮絶なものだった。
  • 伊勢三郎南原清隆
    非常に口が達者で「蟹」というあだ名で呼ばれる。本作では奥州まで義経に付き従い、最期は衣川で義経に向かって蟹の真似をして落命した。
  • 駿河次郎うじきつよし
    元は漁師であった。義経主従の中ではムードメーカーとしての側面を強く持つ。義経に従い衣川で壮絶な最期を遂げる。
  • 喜三太伊藤淳史
    うつぼや義経とは幼馴染で、うつぼに密かな恋心を抱いている。主従の中では最初に義経の家臣となった。最期は衣川で落命。
  • 佐藤忠信海東健
    継信の弟。もとは奥州藤原氏の家臣であったが、義経が奥州を去る際に秀衡から兄・継信と共に預けられる。静が義経と別れる際に静の警護を頼まれるが、守りきることができなかった。鎌倉方から静を奪い返そうとして亡くなった。
  • 佐藤継信宮内敦士
    忠信の兄。屋島の戦いで義経の身代わりに凶弾を食らい討死。
  • 鷲尾三郎→鷲尾義久長谷川朝晴
    一の谷の合戦の折、義経から地形などを尋ねられ、鵯越えの作戦を思いつかせる。

義経をめぐる人々 [編集]

  • うつぼ:守山玲愛上戸彩
    義経の幼馴染で、義経の成長を見守る。神出鬼没で、京から奥州に「来てしまったよ」と現れることもあった。
  • 石原さとみ
    義経の愛妾で白拍子。追われていたところを助けたことが縁で義経と出会い、やがて相思相愛の仲となる。義経が頼朝と対立した際には義経主従と共に逃れるが、子を宿していたこともあり、吉野で義経一行と別れる。その後捕らえられ鎌倉に送られる。義経を思い慕う心は政子を感心させた。なお、本作で「しずやしず」の舞を舞うのは義経の子が埋められた直後である。
  • 常盤稲森いずみ
    義経と能子の母。平治の乱で夫・義朝が敗れ、京から逃れると牛若ら子をつれて敵方に投降。清盛を前に必死に命乞いをする。その美貌を清盛に見初められ、牛若らの命を助けることとなるとともに清盛との間に能子をもうける。しかし平家の雰囲気にいたたまれなくなり一条長成に再嫁。源平合戦のさなかに病に倒れるが、朝廷が未だ武士を軽視ないし敵視する傾向にあったことから、長成に迷惑がかからぬよう自分達が暮らす館へは決して見舞いに来てはならぬと伝え、ついには義経の顔を見ようと病を押して自ら出向いた。それから程なくして亡くなり、その報は義経のみならず、既に都落ちしていた平家の能子にも伝えられた。
  • 源義朝加藤雅也
    義経、頼朝らの父。平治の乱で清盛と戦い、敗れて東国に逃れる途中、尾張で郎党の寝返りによって殺された。京の街を後にする際、常盤に義経ら子供のことを託す。
  • 金売り吉次市川左團次
    商人で、義経が奥州に向かう際に手引きをし、義朝最期の地である尾張で義経が自ら執り行った元服の場にも立ち会った。
  • あかね(吉次の妻):萬田久子
  • 覚日律師塩見三省
    鞍馬寺の僧。武士になりたいという義経を快く送り出す。
  • 鬼一法眼美輪明宏
    義経が鞍馬寺にいた頃の武術の師匠。
  • 千鳥(弁慶の恋人):中島知子
  • まごめ(義久の妹・三郎の恋人):高野志穂
  • 磯禅師(静の母):床嶋佳子
  • (義経の正室):尾野真千子
  • 一条長成(常盤の再婚相手):蛭子能収
  • 今若(義経の同母兄):中村陽介
  • 乙若(義経の同母兄):吉川史樹
  • 杢助(千鳥の父):水島涼太

源氏 [編集]

鎌倉方 [編集]

  • 源頼朝池松壮亮中井貴一
    義経の異母兄で義朝の子。平治の乱で父と共に戦うが敗れ、捕われるも命は助けられ伊豆に流される。その後は妙に飄々とした態度を取りながら流人生活を送っていたが、源行家から平家討伐の書状を受け取り、石橋山の合戦で挙兵。後に義経の合流もあり平家討伐に成功する。平氏討伐は義経や範頼に任せ、鎌倉を拠点として後の鎌倉幕府の基礎作りをした。
    義経に対して兄弟の情を捨て、あくまで一家臣として接しようとした。義経が頼朝に無断で後白河法皇から官位を受けたことがきっかけとなって兄弟の溝は次第に深まり、遂には義経の追討を命ずる。しかし内心では非情に徹していたわけではなく、腰越状を読んだ際や義経の訃報を聞いた際は人知れず落涙していた。
  • 北条政子財前直見
    頼朝の妻で時政の娘。初期は一人称を「儂」と言うなど男勝りな性格で、頼朝を軟弱な人物と見下していたが、後に相思相愛の仲となり頼朝の妻となる。嫉妬深い面もあり、側室の家を焼き討ちさせたこともあった。義経の人間的魅力に危険性を感じ、ドラマの後半では北条氏の権勢を確立するため義経を除こうと目論むなど冷徹な面が目立った。一方で母、あるいは女性として情を優先する場面もあり、大姫と親しい義高の処刑に反対したり、義経と対面させれば大姫の気が晴れるのではと考えひそかに鎌倉へ入れようと取り計らったり、静が頼朝の面前で義経を慕う舞を披露した際にその心構えを称賛したりした。
  • 北条時政小林稔侍
    伊豆の豪族で政子の父。平家から頼朝の監視役を任されている。政子と頼朝の結婚に反対するが、後に頼朝の後ろ盾となって挙兵に協力する。
  • 梶原景時中尾彬
    頼朝の家臣。平家方として石橋山の合戦に参戦し、頼朝が洞窟に隠れているのを見つけながらも武士の情けと見逃す。後に頼朝の家臣となって源平合戦に従軍。軍議では義経としばしば対立し、口論になることもあった。頼朝に讒言したことが義経との兄弟仲を悪化させる一因となった。
  • 梶原景季小栗旬
    景時の子。父・景時と共に源平合戦に従軍。歳が近いこともあって義経に信頼され、また生真面目な性格ゆえ義経の軽率な行動をたしなめる場面もあった。頼朝が景季や範頼に義経と会ってはならぬと命を下した直後、このことを自ら義経に伝えると同時に「鎌倉殿との間に何がござった?」と尋ねたのを最後に、範頼共々物語から姿を消した。
  • 源範頼石原良純
    義経・頼朝の異母兄弟で、義朝の子。「蒲殿」の渾名を貰い、義経と共に各地を転戦。義経が戦線から外された際には西国の平家討伐を一任されるが思わしい戦果を挙げられず、頼朝は再び義経を戦場に戻すことになる。
  • 大江広元松尾貴史
    頼朝の家臣。幕府の体制作りに必要な文官として京より呼び寄せられる。朝廷への対応などで頼朝に助言する。「腰越状」の件では義経に書状を託され、頼朝に手渡した。
  • 善信五代高之
  • 亀の前松嶋尚美
    頼朝の側室。側室の存在を知った政子に家を焼き討ちされ頼朝の前から去る。義経主従とも交流があった。
  • 比企尼二木てるみ
    頼朝の乳母。流人時代の頼朝を息子とともに世話する。
  • 牧の方田中美奈子
  • 土佐坊昌俊六平直政
    弁慶とも面識がある僧で、頼朝の命により義経の暗殺を命じられ、堀川の屋敷を夜襲するが捕われて殺される。この一件により、義経は頼朝との仲が修復不可能であることを悟る。
  • 和田義盛高杉亘
  • 安達盛長草見潤平
    頼朝が流人の頃から付き従っている家人。義経が鎌倉に入れぬまま宗盛や清宗と共に京へ引き返す途中、頼朝の命として宗盛と清宗を直ちに斬首するよう伝えた。
  • 北条宗時姫野惠二
  • 北条義時木村昇
    政子の弟で時政の子。
  • 安田義定真実一路
  • 堀親家徳井優
  • 大姫野口真緒
    頼朝の娘。人質として共に暮らすこととなった木曽義高とは非常に仲が良かった。このため、義高が亡くなった後精神が不安定になった。

木曽方 [編集]

  • 木曽義仲小澤征悦
    源氏の血を引く武将で、義経・頼朝の従兄弟。源行家から平家追討の書状を受け取ると、平家討伐の兵を挙げて北陸方面から都に向けて進軍、平家を京から追い出す。しかし皇位継承に口出しするなど後白河法皇との関係が悪化、遂には法皇を幽閉する。これにより法皇は頼朝に義仲追討の院宣を発する。宇治川の戦いで義経に敗北。逃亡中に討たれさらし首になった。
  • 小池栄子
    義仲の愛妾にして、義仲軍最強の荒武者。兼光、兼平の妹。自らも鎧を身に付け薙刀を持って戦った。宇治川の戦いに敗れて逃れる途中、義仲に諭されて一行と別れた。後に北陸の農夫に嫁ぎ第二の人生を送り、頼朝に追われる義経と再会した。
  • 樋口兼光堤大二郎
    義仲四天王の一人で兼平、巴の兄。
  • 今井兼平古本新之輔
    義仲四天王の一人で巴の兄。義仲が討伐された際、自らも喉に刀を刺して死んだ。
  • 中原兼遠森下哲夫
  • 根井行親市川勉
  • 楯親忠山崎秀樹
  • 木曽義高富岡涼
    義仲の子で頼朝の元に人質に出されていた。頼朝からは高く評価され、大姫と仲が良く義仲討伐後も鎌倉で不自由なく暮らしていたが、一人義仲の件を知らされていなかった大姫が侍女が口を滑らせたのを機に義仲の死を知ったことで、「このままでは義高様も殺される」と早合点した大姫の意により鎌倉から逃亡するが捕えられ、これに失望した頼朝の命により殺された。

その他の源氏方 [編集]

  • 源頼政丹波哲郎
    平治の乱では清盛につき、平氏政権の中で唯一高位にあった。頼朝が髭切だとして清盛に渡した太刀を偽物と見抜く。息子の仲綱が平宗盛から笑い者にされたことなどをきっかけに以仁王を擁して平氏打倒の兵を起こすが、敗れて自害した。
  • 新宮十郎義盛→源行家大杉漣
    義経の叔父。他人を煽ることに長け、利己的で腹黒い人物。以仁王挙兵の際には平家討伐の令旨を持って各地の源氏を廻って蜂起を促した。尾張での平氏との戦いに敗れた際頼朝を頼るが、自分を捨て駒としたことで不満を抱き義仲に味方する。その折に義経を味方に引き入れようとしたが断られた。やがて義仲ともうまくいかなくなり義仲の死後は彼の末路を他人事のように語ったため、義経に苦言を呈された。その後義経が頼朝と対立した際には義経の味方をし、堀川の屋敷が夜討ちを受けた際には駆けつけて加勢した。後に頼朝の命で捕らえられ、「源氏は頼朝だけのものではない」と言い残し処刑された。
  • 那須宗高今井翼
    源氏方の武将。屋島の戦いで義経から弓の腕と慎重な姿勢を見込まれ、平氏の軍船に掲げられた扇を射落とす役目を仰せ付けられ、見事に扇を射落とした。
  • 源仲綱光石研
    頼政の子。宗盛から笑い者にされたことに激怒し、父・頼政と共に戦ったが敗れた。

平家 [編集]

  • 平清盛渡哲也
    平家の棟梁。平治の乱で源義朝に勝利し、平氏政権を樹立。福原への遷都により海運で国を豊かにしようとしていたが、そのやり方には反発も多く後白河法皇との仲も冷めたものとなっていた。かつて命を助けた頼朝が挙兵し、その討伐に息子たちが手こずる中で熱病に倒れ、死の間際に居合わせた時子や宗盛の前で「我が夢、未だ、叶わず」と遺言を残して亡くなった。清盛の国づくりの構想は「新しき国」として義経に受け継がれた。
    本作の清盛は従来の「驕る平家」というイメージから異なる、大いなる夢を抱いた理想家として描かれている。その一方で、病床の重盛から「鬼のごとく激しいものがあった」と評せられる面もあり、平治の乱で頼朝が手放し自らの物とした髭切の太刀が頼政から偽物だと知らされた時や、重盛の死を利用して後白河法皇がその所領を奪って平家の力を削ごうとした時、頼政が以仁王と組んで謀反を起こした時にはそれを露わにしている。
  • 時子松坂慶子
    清盛の後妻。時忠・建春門院滋子の姉。重盛の継母で宗盛・知盛・建礼門院徳子・重衡の実母。清盛が亡くなった後に、清盛が「頼朝の首を我が墓前に供えよ」と遺言したと一同の前で語り、一族の結束を促した。壇ノ浦の戦いで敗色濃厚となった際には安徳帝とその弟の守貞親王を入れ替えさせ、守貞親王を道連れにして入水自殺した。この時、入水自殺を止めさせるよう叫ぶ義経に向けて微笑んだことが、後に義経に帝の入れ替えを悟らせる要因となった。
  • 平重盛勝村政信
    清盛と前妻の子で長男(嫡男)。文武両道且つ温厚な性格で清盛と院や公卿との間を取り持っていたが、子の資盛が殿下乗合事件で恥をかかされると武力でこれに報復した。この時自分が平家の嫡流であることを強く誇りに思っていることを露わにし、清盛からは危うさがあるが頼もしいと大いに喜ばれたが、後に病に倒れ、自らが抱いていた父への思いを打ち明けた後父に先立って病死し、大いに悲しませた。重盛の死とこれに付け込んだ後白河法皇の謀略によって、清盛は「自ら鬼になり申す」と後白河法皇に宣言するほど、過激な手法を用いるようになる。
  • 経子(重盛の後妻):森口瑤子
  • 平知盛森聖矢阿部寛
    清盛の子(四男)で、母は時子。幼少時代は義経とよく遊び、理知的で冷静沈着な面と勇猛果敢な面とを備え持つ武人として描かれている。清盛亡き後は平氏軍の大将として源氏に抵抗。壇ノ浦では義経と死闘を繰り広げるが、最後には敗北を悟り、自分の体に碇を巻きつけて海に身を投じて入水自殺した。義経が西国に落ち延びようとした際には亡霊として現れた。
  • 明子(知盛の妻):夏川結衣
  • 平宗盛伊藤隆大鶴見辰吾
    清盛の子(三男)で、母は時子。清盛が牛若(後の義経)に平氏の子のように接することに不満を持っていた。また、自分が元服した時にはすでに一人前の武士であった異母兄の重盛に対しても、器量の差から劣等感を抱いていた。成長後も父に叱責されることがたびたびあり、後白河法皇に接近するようになる。自分は実は法皇の子なのではないかと思いこんだことすらあった。兄・重盛亡き後清盛の嫡男となり、源氏との戦いの中で時子が清盛の遺言を捏造したことがかえって一門を苦境に追い込んだと苦悩した時には「父上の遺言は、頼朝の首を供えよでは?」と言う一幕もあったが、結局源氏の勢いを抑えることができず平氏は壇ノ浦の戦いで滅亡。自身も子の清宗と共に入水するが、父子共々己が死を覚悟しきれていないことを梶原景季に見抜かれ、助けられた。合戦の後には鎌倉に送られ、命乞いをして源氏の失笑を買う。最期は義経によって刑死。子煩悩で最期の時には清宗の助命を義経に嘆願したり、清宗の安否を尋ねたりしている。
  • 徳子→建礼門院徳子:中越典子
    清盛の娘(次女)で、母は時子。高倉天皇中宮となり、後に安徳天皇を産んで国母となる。壇ノ浦で入水自殺したが助けられた。後に義経から帝のすり替えを見抜かれるが、義経の温情により見逃され、同じく壇ノ浦から生き残った一門の女性達と共に感謝した。
  • 平重衡岡田慶太細川茂樹
    清盛の子(五男)で、母は時子。清盛の命により南都を焼き討ちし、東大寺大仏殿を全焼させる。一ノ谷の戦いで敗れて源氏に捕われて鎌倉に護送され、頼朝と対面している。この時東大寺の件について「父に刃向いし者共に攻め込んだまで」と言うが、頼朝はそれが清盛の名誉を汚さぬよう自分が汚名を被るための嘘と見抜き、彼を鎌倉を起点に築こうとしていた「武士の国」に加えようと考えるほどに絶賛した。しかし、平氏滅亡後に南都衆徒から引き渡しを要請され、頼朝や政子らが「断ることはできても、最終的には全国の寺社を敵に回し、収拾がつかなくなる」という判断から引き渡され、死を覚悟した重衡は今わの際に妻・輔子と涙の別れをする。
  • 輔子(重衡の妻):戸田菜穂
  • 平維盛賀集利樹
    重盛の子で資盛の兄。富士川の戦いで頼朝軍と対峙するが、鳥の羽音を敵の襲撃と勘違いした兵により陣中は混乱。収拾を呼びかけるが結果的に戦うことなく敗走することになる。その後も敗戦を重ねて居場所を失い、出家して入水自殺した。
  • 平資盛小泉孝太郎
    重盛の子で、維盛の弟。壇ノ浦まで一族と共に源氏軍と戦った。
  • 能子山口愛後藤真希
    清盛の娘で母は常盤。義経の異父妹にあたる。領子にいじめられ「源氏との内通を防ぐ」という目的で炭小屋に閉じ込められたこともある。それでも平家一門についてゆき、屋島の戦いでは扇の的を差し出す役目で兄・義経と対峙した。平家滅亡後も一門と生活を共にする。
  • 平時忠大橋吾郎
    時子の弟で、建春門院滋子の兄。平氏政権の中で出世を遂げ、「平氏にあらずんば人にあらず」の言葉を残す。平氏が劣勢になると義経に接近しようとした裏切り者で滅亡後も生き永らえた。
  • 領子かとうかずこ
    時忠の後妻。能子の存在を快く思わず、源氏に内通しているのではないかと疑う場面もあった。最期は壇ノ浦で入水自殺。
  • 平頼盛三浦浩一
    清盛の異母弟。池禅尼の子であることから、頼朝の蜂起後は一門から非難されることもあった。一門の都落ちに際しては同行せず、都に上った義経と対面し、自分の境遇とこれからは鎌倉で頼朝に仕えるとの旨を語った。
  • 平清宗塩顕治渡邉邦門
    宗盛の子。壇ノ浦で父と共に入水するが、捕らえられ助けられた。最期は父とともに刑死。
  • 建春門院滋子中江有里
    時子と時忠の妹。後白河法皇の皇后で高倉天皇の母でもある。若くして薨去し、彼女の死によって、法皇と清盛の関係が悪化することになった。
  • 池禅尼南風洋子
    清盛の継母で、頼盛の実母。本作では清盛との関係はあまり良好ではないとされている。頼朝が亡くなった子に生き写しだとして清盛に命乞いをし、重盛の進言もあって受け入れられた。
  • 平盛国平野忠彦
    清盛の側近。彼の館で幼い牛若丸は清盛や知盛、重衡と触れ合っていた。また、清盛からはその信頼の厚さから、宋の人々を迎える先として館を使われたこともあった。晩年の清盛と酒を片手に昔話を語らった直後、清盛が病に倒れるのを目の当たりにする。
  • 大庭景親伊藤敏八

奥州藤原氏 [編集]

  • 藤原秀衡高橋英樹
    奥州藤原氏三代目当主。義経を奥州に迎え入れてからは父親代わりとなり、平氏から義経を引き渡すよう求められた際には断った。義経が奥州を出立する際に佐藤兄弟を家臣として与える。平家滅亡後、頼朝に追われた義経主従をかくまったがほどなくして病死した。
  • 藤原泰衡渡辺いっけい
    秀衡の子。義経が奥州入りしてからそう経っていない頃、巻き狩りの最中に遭難して義経に救出される。にも関わらず、小心者で度重なる頼朝からの義経を引き渡せという圧力に耐えかねて、義経を襲わせる。義経の死後、義経の骸に向かって大声をあげて許しを乞うている。
  • 藤原国衡長嶋一茂
    秀衡の庶長子で泰衡、忠衡の異母兄。劇中では秀衡の正室に跡継ぎの男児が生まれなかった場合に備えて儲けられた子であると説明されている。義経に泰衡の襲撃があることを示唆して姿を消した。
  • 藤原忠衡ユキリョウイチ
    秀衡の子で泰衡の弟。義経に好意的で、義経と共に鎌倉方と戦うことを主張するが、義経の暗殺を決意した泰衡に殺された。
  • 桔梗(秀衡の妻):鶴田さやか
  • 佐藤元治加世幸市大出俊
    佐藤兄弟の父。義経の帰還後、息子二人を死なせたことで義経の陳謝を受け、同時に二人の遺髪を受け取った。
  • 赤田次郎小林勝彦
  • 河田守継(クレジットは「家臣」のみ):青山義典

朝廷 [編集]

  • 後白河上皇→後白河法皇平幹二朗
    腹黒い人物で、権力を掌握するために源平の対立を利用した。また鎌倉幕府を内側から切り崩すために、義経と頼朝の仲に亀裂を生じさせた。一人称は「御(み)」。
    平治の乱で勝利した平家が大きな力を持った後も、本心では武士を見下しており、源氏と平家の間で戦が起こってからは「源氏と平家、どちらが勝っても構わぬが、都が焼け野原になるのは勘弁や」と語っている。一方、義仲とは対照的に、都育ちで礼儀正しい義経の事は彼の手勢によって助け出されて以来、次第に高く評価し、頼りにするようになった。
  • 丹後局夏木マリ
    法皇の寵愛を背景に政治にも口を出し、法皇に助言する。以仁王が討たれたとの報が入った折には、慟哭する法皇に対して「何もしなかったからこそ、法皇様は何の責めも負わなくていいのです」と慰めた。
  • 平知康草刈正雄
    法皇に仕える近臣。相づちを打つ様に後白河上皇に献策する。鼓の名手で鼓判官とも呼ばれた。義仲に鼓のことで笑われ、不快そうな表情を見せる場面もあった。お歯黒をかねつけている。
  • 以仁王岡幸二郎
    後白河法皇の子。源頼政に擁され挙兵するが、平氏に討伐された。
  • 高倉天皇馬場徹
  • 安徳天皇市川男寅
  • 守貞親王水谷大地
  • 後鳥羽天皇三俣凱
  • 藤原基房中丸新将
  • 任子(基房の娘):楊原京子
  • 藤原成親森源次郎
  • 西光向雲太郎
  • 藤原成経宮内宏道
  • 俊寛村松卓矢
  • 平康頼内田龍磨

京の人々 [編集]

  • お徳:白石加代子
    京で組紐屋を営む。古くから清盛とは交流があり、ふらりと清盛の屋敷を訪ねることもあった。本作の語り(ナレーション)を兼任している。
  • 朱雀の翁(京の裏社会の実力者):梅津栄
  • 手古奈(政子・時子・頼盛の侍女):上原美佐
  • 五足:北村有起哉
    うつぼや喜三太と共に義経と交流。後に清盛の家来として聴力が衰えた彼の「耳」となって情報を収集。清盛が亡くなる直前の命である「庭園を燃やす」ことを実行に移したがその後殺害された。
  • 烏丸(孤児、朱雀の翁の従者):高橋耕次郎
    五足と親しい孤児で義経とも交流。終盤で盲目になり、琵琶を弾いて生きていくと決意した。
  • 大日坊春慶(うつぼの兄):荒川良々
  • 十蔵(吉次の配下):中西良太
  • 熊七(吉次の配下):江良潤
  • 黒漆(平家嫡流の鎧を奪った盗賊):大村波彦
  • 不動(義経が説得した盗賊):清水宏
  • 白鷺(同上):池田鉄洋

その他の人々 [編集]

放送 [編集]

放送日程 [編集]

第1回と最終回は1時間拡大版である。第36回は衆議院選挙特番の為地上波7:15~8:00の放送である。

放送回 放送日 演出 義経紀行 視聴率
第1回 1月9日 運命の子 黛りんたろう 六波羅蜜寺(京都市) 24.2%
第2回 1月16日 我が父清盛 厳島神社(広島県宮島町) 25.5%
第3回 1月23日 源氏の御曹司 木村隆文 鞍馬(京都市) 25.9%
第4回 1月30日 鞍馬の遮那王 黛りんたろう 鞍馬寺(京都市) 23.6%
第5回 2月6日 五条の大橋 五条大橋(京都市) 26.9%
第6回 2月13日 我が兄頼朝 木村隆文 蛭ヶ小島(静岡県韮山町) 24.0%
第7回 2月20日 夢の都 寂光院(京都市) 23.6%
第8回 2月27日 決別 黛りんたろう 小松谷(京都市) 22.2%
第9回 3月6日 義経誕生 中尊寺(岩手県平泉町) 24.3%
第10回 3月13日 父の面影 柳川強 毛越寺(岩手県平泉町) 22.7%
第11回 3月20日 嵐の前夜 医王寺、大鳥城跡(福島市) 22.6%
第12回 3月27日 驕る平家 木村隆文 徳音寺(長野県日義村) 19.6%
第13回 4月3日 源氏の決起 園城寺(滋賀県大津市) 19.0%
第14回 4月10日 さらば奥州 黛りんたろう 平等院(京都府宇治市) 20.1%
第15回 4月17日 兄と弟 対面石(静岡県駿東郡清水町) 21.9%
第16回 4月24日 試練の時 柳川強 鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市) 19.9%
第17回 5月1日 弁慶の泣き所 能福寺(神戸市兵庫区) 20.7%
第18回 5月8日 清盛死す 木村隆文 若一神社(京都市) 19.0%
第19回 5月15日 兄へ物申す 墨俣川古戦場(岐阜県墨俣町) 19.6%
第20回 5月22日 鎌倉の人質 黛りんたろう 伊豆山神社(静岡県熱海市) 19.7%
第21回 5月29日 いざ出陣 倶利伽羅古戦場(富山県小矢部市) 21.0%
第22回 6月5日 宿命の上洛 柳川強 石清水八幡宮(京都府八幡市) 21.7%
第23回 6月12日 九郎と義仲 比叡山延暦寺(滋賀県大津市) 18.9%
第24回 6月19日 動乱の都 木村隆文 法住寺陵(京都市東山区) 20.9%
第25回 6月26日 義仲最期 義仲寺(滋賀県大津市) 19.3%
第26回 7月3日 修羅の道へ 一木正恵 篠山(篠山市) 18.7%
第27回 7月10日 一の谷の奇跡 黛りんたろう 須磨浦公園(神戸市須磨区) 19.5%
第28回 7月17日 頼朝非情なり 柳川強 清水八幡(狭山市) 16.9%
第29回 7月24日 母の遺言 黛りんたろう 牛若丸誕生井碑
胞衣塚(京都市北区)
18.5%
第30回 7月31日 忍び寄る魔の手 大関正隆 養寿院(川越市) 17.3%
第31回 8月7日 飛べ屋島へ 一木正恵 逆櫓の松跡の碑(大阪市福島区) 15.3%
第32回 8月14日 屋島の合戦 木村隆文 安徳天皇社(香川県高松市) 16.9%
第33回 8月21日 弁慶走る 大関正隆 闘鶏神社(和歌山県田辺市) 18.1%
第34回 8月28日 妹への密書 黛りんたろう 西楽寺(山口県下関市) 15.4%
第35回 9月4日 決戦·壇ノ浦 壇ノ浦古戦場(山口県下関市) 21.1%
第36回 9月11日 源平無常 一木正恵 赤間神宮(山口県下関市) 18.8%
第37回 9月18日 平家最後の秘密 木村隆文 長楽寺(京都市東山区) 18.4%
第38回 9月25日 遠き鎌倉 大関正隆 興福寺(奈良県奈良市) 16.3%
第39回 10月2日 涙の腰越状 黛りんたろう 満福寺(鎌倉市) 15.7%
第40回 10月9日 血の涙 一木正恵 朝夷奈切通し(鎌倉市) 13.5%
第41回 10月16日 兄弟絶縁 柳川強 平宗盛胴塚(滋賀県野洲市)
義経元服池(滋賀県竜王町)
15.5%
第42回 10月23日 鎌倉の陰謀 大山祇神社(愛媛県今治市) 13.5%
第43回 10月30日 堀川夜討 大杉太郎 若宮八幡宮社(京都市東山区) 15.3%
第44回 11月6日 静よさらば 木村隆文 吉水神社(奈良県吉野町) 16.5%
第45回 11月13日 夢の行く先 静神社(京都府京丹後市)
神泉苑(京都市)
16.3%
第46回 11月20日 しずやしず 黛りんたろう 羽黒神社
静御前の墓(新潟県栃尾市)
15.6%
第47回 11月27日 安宅の関 柳川強 安宅の関(石川県小松市)
如意の渡(富山県高岡市)
15.0%
第48回 12月4日 北の王者の死 木村隆文 須須神社(石川県珠洲市) 16.9%
最終回 12月11日 新しき国へ 黛りんたろう 義経堂(岩手県平泉町) 19.7%
平均視聴率19.4%(視聴率は関東地区ビデオリサーチ社調べ)

総集編スペシャル [編集]

2005年12月24日25日に放送。滝沢が義経と邂逅する新撮映像と主従座談会の一部が番組の前後に追加された。

放送回 放送日 放送時間
第1部 12月24日 19:30~20:45 義経誕生
第2部 12月25日 16:45~18:00 軍神降臨
第3部 12月25日 19:30~20:45 英雄伝説
  • 主従座談会(2005年12月16日 21:15~21:58 24日 13:05~13:48)

ドラマの描写と異説 [編集]

義経及び周囲の人々の生涯については、歴史的資料及び軍記物語などに残された記述にそれぞれ、かなりの相違がある。そこで、このドラマで採用された解釈と、それとは異なる歴史的あるいは物語上の解釈とを以下にまとめる。全体としてはドラマで採用された解釈が歴史学会の通説に即している場合もあるが、通説に矛盾した後世の創作と考えられる解釈をとっている場合もある。なお「うつぼ」などのこのドラマ固有の架空の登場人物については省略する。

題材 ドラマによる描写 異説による描写
義経の師匠 鞍馬山の天狗の鬼一法眼 師匠は鞍馬天狗。法眼は陰陽道の法師で伝家の兵書『六韜』の持ち主で人間。義経の師匠ではない。義経は法眼の娘と通じて『六韜』を盗み学んだ。(『義経記』他)
弁慶が比叡山を出た理由 比叡山と園城寺の抗争の首謀者として(本当は首謀者ではないのに)責任を取らされた。 弁慶の乱暴狼藉があまりにひどかったので追い出された。(『義経記』)
殿下乗合事件 重盛は激怒し、息子資盛の報復をした。 重盛が制止したが清盛が報復した。(『平家物語』)※ただし、この場合ドラマの方が史実に忠実。殿下乗合事件参照。
義経の元服 源義朝が殺された、尾張国知多郡野間で元服。 平治物語』では近江国蒲生郡(今の竜王町)鏡の宿で元服。
『義経記』では頼朝の母の実家尾張国熱田神宮で元服。
清盛の遺言 「頼朝の首を墓前に供えよ」との遺言を、一門の結束を強めるために時子が捏造する。 「頼朝の首を墓前に供えよ」と遺言する。(『平家物語』)[2]
義仲が死の直前に巴と別れた理由 義高のことを巴に任せるため。 死ぬときまで女を連れていたと言われては恥だと考えたため。(『平家物語』)
巴は女なので逃げる道もあるだろうと考えたため、形見の小袖を故郷の木曾に届けるよう命令した。(能の『』)[3]
義仲の最期 追い詰められて応戦。額を矢で打ち抜かれて死ぬ。 深田に馬の脚を取られた所に額を矢で射られた。(『平家物語』)
自害。(能の『』)
義経の実母・常盤御前 源平戦間に病死。 義経の都落ちの後、義経の妹と共に鎌倉方に一時拘束されている。(『吾妻鏡』)
扇の的 能子(廊御方)が小舟で現れ、那須与一が扇を射落とした。平家はそのまま退却。 美女が小舟で現れ、那須与一が扇を射落とした。その後、平家の武者が与一を褒め称えて舞を舞ったが、義経の命令により与一が武者を射殺した。激怒した平家は再び源氏と戦う。(『平家物語』)
壇ノ浦の戦いでの八艘跳び 平知盛に追い詰められて飛んでいる。[4] 平教経に追い詰められて飛んでいる(『平家物語』)[5]
安徳天皇の入水 壇ノ浦の合戦で入水したのは、すり替えられた弟・守貞親王[6] 安徳天皇は壇ノ浦で入水した。[7]
京での戦 頼朝の命で土佐坊昌俊が義経を襲ったことを聞いたが、京が戦場になるのを避けるため、頼朝と戦わなかった。 頼朝の命で土佐坊昌俊が義経を襲ったことを聞いた後、叔父の源行家らとともに京で頼朝打倒の旗を挙げた。源義経参照。
義経の正妻・郷御前 頼朝との対立時に鎌倉へ帰された。 義経一行とともに平泉へ落ち延び、娘とともに義経に殉じる。(『吾妻鏡』)
舟弁慶 知盛の亡霊を退散。難破の後吉野へ。師匠の鬼一法眼が義経一行を助ける。吉野で静が別れを申し出たため、静と別れる。 吉野で弁慶が静と別れることを提案したため、静と別れる。その後、知盛の亡霊を退散。(能の『舟弁慶』)[8]義経の師匠は登場せず。[9]
忠信の死 静を京に送る役目を任されて義経と別れたが、静を鎌倉方に奪われ、静を取り返すべく奮戦して死ぬ。 吉野で義経の身代わりとなって踏み止まり、義経一行を逃がす。都に潜伏した所を鎌倉側に発見され、奮戦したのち六条堀川で自害。(『義経記』)
鶴岡八幡宮の舞 静は子を出産するが殺される。その後、頼朝の前で舞を舞う。ドラマの頼朝は従来と違い、静の舞を終始無言で見つめているだけで、激怒する描写はない。政子は女性としての立場から、彼女を称賛している。 『吾妻鏡』では先に舞、後で子を出産し殺される。ただし、ドラマの順番は『義経記』と同じ。また、舞を見た際の反応は、政子の場合はドラマと同様だが、頼朝はドラマと違い激怒し、政子になだめられている。
木曽義仲の愛妾・巴御前 落ち延びて北陸の村で第二の人生を送る。 鎌倉方に捕らえられ、和田義盛の妻になってその子を産み、義盛の挙兵による敗死後は尼僧になったという説がある。(『源平盛衰記』)[10]
安宅 関守の富樫は山伏達の正体に気付いたが、泣きながら義経を打擲する弁慶に感動したので不問にした。 ドラマの描写は歌舞伎の『勧進帳』に基づいているが、『勧進帳』のもとになった『義経記』や能の『安宅』では単に関守が騙されただけであり、義経であることが見破られる記述は越中の如意の渡しでのことになっている。
伊勢三郎 衣川で義経を守って討ち死に。[11] 義経一行が平泉に向かうときにはぐれ、畿内で捕らえられて梟首。(『玉葉』)
義経の最期(衣川の館 主従で抗戦の後に一人で自刃。 抗戦せず、正妻の郷御前と実娘とともに自害。(『吾妻鏡』)
  • 平敦盛平教経などは登場せず、敦盛と熊谷直実との一騎打ちは描かれていない。
  • 屋島の戦いでは「弓流し」のエピソードが描かれなかった。
  • 主要な登場人物でも、史談で有名なエピソードが描かれなかったケースとして、梶原景季が挙げられる。景季はドラマの早い段階で登場して義経主従と関係していたが、その最も有名なエピソードである宇治川の戦いにおける佐々木高綱との先陣争いが省かれ、鉦を演奏していたとのエピソードがある鶴岡八幡宮での静の舞のシーンにも登場しなかった。

脚注 [編集]

  1. ^ 宮田は既に故人であるため、作品集の中からオープニングタイトルに「黒髪」「中世」などが、エンドタイトルにはその回の内容に合わせて「厳島神社」「静御前」などが使用された。
  2. ^ 今日では、この遺言の存在自体は当時の武家の慣習からして文学的創作ではないかと、歴史学上疑問がもたれている。
  3. ^ ちなみに手塚治虫の『火の鳥 乱世編』には別れのシーンはないが、義仲は今際の際にドラマと同様、息子のことを巴に頼む。
  4. ^ 『吾妻鏡』では教経は一の谷で戦死したとされるので解釈は近い。ちなみに手塚治虫の『火の鳥 乱世編』でも知盛が追い詰めている。
  5. ^ 『玉葉』では教経は一の谷で死んでいないとされるので矛盾はない。
  6. ^ 『平家物語』は、維盛の息子・六代が斬られて平家の血筋が絶えることで物語を終えるが、この設定では源氏の滅亡後まで平家の血筋が残されたことになる。また、ドラマでは触れられていないが、承久の乱後に後堀河天皇の父親として院政を行った後高倉院が実は安徳天皇だったことになる。
  7. ^ 安徳天皇が実は生きて残っていたという伝説は全国に残り、歌舞伎の『義経千本桜』でも生きていたという説を採っているが、どうやって生き残ったのか明らかにしていない。
  8. ^ 『義経記』でも、静との別れは弁慶が提案したことになっている。
  9. ^ 能の『鞍馬天狗』では、義経の師匠である鞍馬天狗が後に義経を助けることを約束しているので、ドラマの描写はあるいはこの影響かも知れない。
  10. ^ ただし、『吾妻鏡』による義盛の子の生年に合わないので、後世の創作とされている。
  11. ^ 『義経記』と同様の解釈である。

ソフトウェア [編集]

NHK大河ドラマ・ストーリー [編集]

  • 義経 前編・後編

CD [編集]

DVD [編集]

車体広告 [編集]

  • 京阪電車 8000系 「義経」(2005年1月~11月)「弁慶」「静」(2005年2月~12月)
  • 山陽電車 5000系 「源平号」(2005年3月~11月)

外部リンク [編集]

NHK 大河ドラマ
前番組 番組名 次番組
義経