毛越寺
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| 毛越寺 | |
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本堂 |
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| 所在地 | 岩手県西磐井郡平泉町字大沢58 |
| 位置 | 北緯38度59分16.14秒 東経141度6分28.88秒 |
| 山号 | 医王山(いおうざん) |
| 宗派 | 天台宗別格本山 |
| 本尊 | 薬師如来 |
| 創建年 | 嘉祥3年(850年) |
| 開基 | 慈覚大師円仁 |
| 札所等 | 奥州三十三観音番外札所 |
| 文化財 | 特別史跡、特別名勝 |
毛越寺(もうつうじ)は、近年になって復興された岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の寺院。開山は慈覚大師円仁、現在、本尊は薬師如来、脇侍は日光菩薩・月光菩薩が安置されている。「毛越寺境内 附 鎮守社跡(もうつうじけいだい つけたり ちんじゅしゃあと)」として史跡に指定されたのは、1922年(大正11年)10月12日。現在では、国の特別史跡、特別名勝に指定されている。
2001年に世界遺産登録の前提となる暫定リストに「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」の一部として記載された。2005年7月には史跡の追加指定がなされた。2008年の第32回世界遺産委員会の審議では、登録延期が決定した。
目次 |
[編集] 沿革
850年(嘉祥3年)、中尊寺と同年に円仁が創建。その後大火で焼失して荒廃したが奥州藤原氏第2代藤原基衡夫妻、および子の第3代藤原秀衡が壮大な伽藍を建立した。中世の歴史書『吾妻鏡』によれば、「堂塔四十余宇禅房五百余宇」があり、円隆寺と号せられる金堂・講堂・常行堂・二階惣門・鐘楼・経蔵があり、嘉祥寺その他の堂宇もあって、当時は中尊寺をしのぐ規模だったという。
以後、鎌倉幕府にも保護されたが、1226年(嘉禄2年)の火災、さらには1573年(天正元年)に兵火にあい、長年の間、土壇と礎石を残すだけとなっていた。現在の本堂は1989年(平成元年)に平安様式に則って再建されたものである。
毛越寺境内遺跡は、1954年(昭和29年)より5か年にわたって全面的に発掘調査がなされ、その規模や構造などの全容がほぼ解明されている。その調査結果は、『吾妻鏡』などの文献資料ともよく合致する。
それによれば、遺跡は、現在の毛越寺の境内にあり、旧来の姿をとどめており、土塁・南大門跡苑池・金堂跡その他の堂跡の保存状態はきわめて良好である。とくに金堂跡は桁行7間、梁間6間に復原される礎石がほぼ完全にほぼ遺存しており、土壇の四周には基壇地覆石がめぐらされ、雨落溝の構造ものこっている。左右には翼廊跡があり、前方に折れてその両端にそれぞれ楼の跡も残っている。その他の堂宇の礎石もよく残り、その浄土庭園は、平安時代末期の遺構として、毛越寺のシンボルとなっており、苑池も橋脚をのこして中島・庭石については旧態をよく示して、平安時代の伽藍形式を示すものとして学術上の価値が高い。こんにち伽藍復原図として知られる図像は、1954年以来の発掘調査によって検出された考古資料をもとに描かれたものである。
[編集] 交通
[編集] 拝観について
- 拝観できる時間:4月5日~11月4日 8:30~17:00 11月5日~4月4日 8:30~16:30
- 拝観料:500円
[編集] 宿院
これまで毛越寺には宿坊(ユースホステル兼業)が併設されていたが、老朽化が著しいとの事情により2007年11月20日をもって営業を終了した。
[編集] ギャラリー
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遣水、曲水の宴が行われたと言われる。 |
[編集] 関連項目
- 瑞鳳寺 - 旧本尊の釈迦如来三尊が安置されている
- 日本の寺院一覧
- 日本の寺の画像一覧
- 北海道・東北の史跡一覧

