宇治市

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うじし
宇治市
Byodo-in Uji01pbs2640.jpg
Flag of Uji, Kyoto.svg
宇治市旗
Uji Kyoto chapter.JPG
宇治市章
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
団体コード 26204-8
面積 67.55km²
総人口 187,812
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 2,780人/km²
隣接自治体 京都市城陽市
綴喜郡宇治田原町久世郡久御山町
滋賀県大津市
市の木 イロハモミジ
市の花 ヤマブキ
他のシンボル 市の鳥 : カワセミ
市の宝木 : 茶の木
宇治市役所
所在地 611-8501
京都府宇治市宇治琵琶33番地
北緯34度53分3.7秒東経135度47分59.3秒座標: 北緯34度53分3.7秒 東経135度47分59.3秒
宇治市役所
外部リンク 宇治市役所

宇治市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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宇治市(うじし)は、京都府の南部に位置する。世界遺産ともなっている平等院宇治上神社等の文化財や宇治茶等の特産品で知られる。西側に巨椋池干拓地があり、現在は農地と住宅街になっている。

地理[編集]

宇治川(橘島と塔の島)
宇治市中心部周辺の空中写真。1987年撮影の8枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

隣接する自治体・行政区[編集]

京都府

滋賀県

歴史[編集]

  • 1942年(昭和17年)4月1日 - 宇治郡宇治村が同郡笠取町を編入合併し、東宇治町と改称する[3]
  • 1951年(昭和26年)3月1日 - 久世郡宇治町・槇島村・小倉村・大久保村・宇治郡東宇治町の2町3村が新設合併して、新たに宇治市が成立する[3]

地名の由来[編集]

宇治市成立へ向けての合併と京都市への編入議論[編集]

現在の宇治市となるべく合併した地方自治体は、いずれも小規模な町村であったため早くから合併の機運があった。

のちに合併の中心となる久世郡宇治町は1922年(大正11年)、同郡大久保村との合併決議および府知事への上申書提出を可決した。一方、大久保村でも同様の決議が行われたが村内で反対集会が行われるなど意見がまとまらず、その機会を得なかった[4]1930年(昭和5年)には、府知事の諮問をもとに久世郡が宇治町と槇島村の合併を計画したが、これも実現しなかった。一方、宇治郡に属していた山科町や醍醐村が1931年(昭和6年)に京都市へ編入されるさい、同郡宇治村(のちの東宇治町)も京都市への編入を打診されたが実現しなかった。なお、同郡笠取村は京都市への合併を希望していたが実現しなかったため、軍需輸送のために建設された道路で直結していた宇治村と1942年(昭和17年)に合併し、東宇治町となった。[5]

第二次世界大戦後、地方自治体の権限の拡大にともない教育や警察などの財政負担がより大きくなったため、合併へ向けての機運の盛り上がりのほか、その研究が様々な立場から行われた。1949年(昭和24年)、府会議員全員を委員とする調査委員会により出された試案は、槇島村・小倉村・大久保村および東宇治町が宇治町を中心とする枠組みの中で合併するというものであり、この案をもって合併へ向けて動き出した[6]。なお、合併協議の中では綴喜郡宇治田原村・田原村(いずれも現在の宇治田原町)や久世郡淀町(現在の京都市)および同郡佐山村・御牧村(現在の久御山町)または久世郡寺田村・久津川村・富野荘村(いずれも現在の城陽市)を含める案も検討されている[7]

一方、この合併協議の中では京都市への編入についても議論されている。特に、生活圏が同一となる地域もある東宇治町内の住民には京都市への編入という意見が依然として強く、府の世論調査では積極的および消極的な意見を含めると町民全体の88パーセントにもおよんだが、町議会は宇治町を中心とする合併に向けての決議をいち早く行った。なお、同時期には町関係者と京都市や府関係者などとの協議も行われている。[8]

結局、財政面など自治体運営の合理化に寄与することや、特産品である「宇治茶」の振興を一体的に図れること[9] などが決め手となり、1951年(昭和26年)3月1日、各町村が合併し宇治市となった。なお、京都市への編入に関する議論は市制施行後も常に議会での討議がなされるなどくすぶり続けたが、編入を掲げた市長に対し不信任案が提出され、その後の選挙で編入反対派の革新系候補が勝利することにより議論は終息した[10]

平成の大合併における議論[編集]

いわゆる平成の大合併においては、宇治市と城陽市・宇治田原町・井手町の枠組みでの議論がなされた。

2002年(平成14年)に設置された合併協議会では、上記の4市町および八幡市・京田辺市・久御山町という枠組みで協議が行われたが、のちに上記4市町での枠組みとなった[11][12]。しかし交渉がまとまらなかったため2007年(平成19年)11月、合併協議会は解散した。[13]

人口[編集]

Demography26204.svg
宇治市と全国の年齢別人口分布(2005年) 宇治市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 宇治市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
宇治市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 103,497人
1975年 133,405人
1980年 152,692人
1985年 165,411人
1990年 177,010人
1995年 184,830人
2000年 189,112人
2005年 189,591人
2010年 189,609人
総務省統計局 国勢調査より

1960年代前半から京阪神の住宅都市として脚光を浴び、市内各地で宅地造成が相次いで行われた。これにともない著しい人口増加がはじまり、1979年8月には15万人を、1998年9月には19万人を超えた。市が策定し2011年から実施している「第5次総合計画」では、「第1次総合計画」から盛り込まれている『みどりゆたかな住みたい、住んでよかった都市』という都市像を引き続き基本理念としつつ、国全体で減少傾向と予測される人口動向に対応し、市街化地域を拡大しないほか大幅な人口増加を前提としない(計画終了年度の2021年における設定人口は18万人あまり)など、情勢に即した計画が策定されている[14]。 平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、0.01%増の189,609人であり、増減率は府下26市町村中5位、36行政区域中9位。

行政[編集]

  • 市長 - 山本正(1期目)
    • 歴代市長[15]
      • 山崎平次(1951年(昭和26年)4月16日 - 1954年(昭和29年)10月18日)
      • 池本甚四郎(1954年(昭和29年)11月5日 - 1958年(昭和33年)11月4日)
      • 新庄義信(1958年(昭和33年)11月5日 - 1970年(昭和45年)11月4日)
      • 田川熊雄(1970年(昭和45年)11月5日 - 1974年(昭和49年)3月8日)
      • 渡辺博(1974年(昭和49年)4月8日 - 1976年(昭和51年)11月7日)
      • 島田正夫(1976年(昭和51年)12月19日 - 1980年(昭和55年)12月18日)
      • 池本正夫(1980年(昭和55年)12月19日 - 1996年(平成8年)12月18日)
      • 久保田勇(1996年(平成8年)12月19日 - 2012年(平成24年)12月18日)
      • 山本正(2012年(平成24年)12月19日 - )
  • 市議会 - 定数28人

主な行政機関

不祥事[編集]

  • 誓約書強要 - 2012年3月13日、宇治市の職員が生活保護の申請者に対し、異性との同棲禁止、妊娠出産禁止等の誓約書を強要させていたことが判明した[16]

経済[編集]

産業[編集]

  • 茶業 - 宇治茶
    • 開発により市内の茶農地は減少しているが、茶匠の名跡の多くが市内にあり、伝統的な産業となっている。
  • 玩具トランプ)・家庭用ゲーム機 - 任天堂
    • 市内3箇所に工場を立地しており、カードゲーム類の製造・ゲーム機の修理サービス拠点・部品保管用に使用されている。産業会館においても、小規模ながら他の地元企業とともに商品展示を行っている。
  • 繊維 - ユニチカ
    • 宇治川の豊富な水源と広大な事業用地を確保できることから1925年(大正14年)12月、日本レイヨン株式会社(当時)の宇治工場が完成。翌年2月より操業開始し、主にレーヨンナイロンなどの化学繊維を製造した。近年は規模を縮小しつつも、ポリエステルフィルムやプラスチック製造に特化した工場として稼働しており、ユニチカの基幹事業を担っている。
  • 自動車
    • かつて市内には日産自動車の子会社である日産車体京都工場が立地していたが、グループ会社の再建計画にともない1999年(平成11年)に閉鎖された。現在、自動車関連の産業は同社の子会社であるオートワークス京都ゼロが立地している。また、久御山町にかけての連続した敷地には日産京都自動車大学校など、日産関連の施設が多い。

友好都市[編集]

括弧内は、国名と友好都市提携年月日。

地域[編集]

健康[編集]

  • 平均年齢:42.1歳(2005年国勢調査[17]

大規模公園施設[編集]

教育[編集]

宇治茶の産地であることから、公立の小中学校ではそれに因んだ地域教育が実施されている。その一環として、校内の蛇口から茶が出る「茶飲み場」が設けられており、食育に活用されている[18]

小学校[編集]

中学校[編集]

高等学校[編集]

大学・短期大学[編集]

支援学校[編集]

専門学校[編集]

金融機関[編集]

銀行[編集]

協同組織金融機関[編集]

日本郵政[編集]

農協・生協[編集]

  • 京都やましろ農業協同組合

交通[編集]

鉄道[編集]

旧来の宇治郷に近く、市役所への最寄り駅でもあるJR奈良線宇治駅が代表駅だが、利用者数では近鉄京都線大久保駅が一番多い。

向島駅) - 小倉駅伊勢田駅大久保駅 - (久津川駅
六地蔵駅) - 木幡駅、黄檗駅、三室戸駅宇治駅
桃山駅) - 六地蔵駅 - 木幡駅 - 黄檗駅 - 宇治駅 - JR小倉駅 - 新田駅 - (城陽駅
石田駅) - 六地蔵駅

路線バス[編集]

道路[編集]

市の西部を国道24号が南北に通る。また、東西には京滋バイパスが通過しており、市内には東から順に笠取IC宇治東IC宇治西IC巨椋ICがある。京滋バイパスは瀬田東JCT名神高速道路に、大山崎JCTで名神高速道路および京都縦貫道と接続しているほか、久御山JCTを介して第二京阪道路などと接続している。

主な住宅地[編集]

市東部
市北部
  • 槙島地区の一部
市中央部
市西部
  • 羽拍子町・南陵町・伊勢田町界隈
市南部
  • 大久保町の一部(平盛地区)

情報・通信[編集]

名所・旧跡[編集]

平等院鳳凰堂
宇治上神社
浮島十三重石塔

観光スポット[編集]

博物館等施設[編集]

祭事・催事[編集]

郵便番号[編集]

宇治市出身の有名人[編集]

タレント・アナウンサー
スポーツ選手

参考文献[編集]

  • 『宇治市史 4』 - 宇治市(1978年)

脚注[編集]

  1. ^ 現在の隠元橋付近。
  2. ^ 林屋辰三郎・吉村亨・若原英弐 著『宇治川』p.178 - 光村推古書院、1980年8月 ISBN4838100523
  3. ^ a b 宇治市史 p.561(表48)
  4. ^ 宇治市史 p.547
  5. ^ 宇治市史 p.548-549
  6. ^ 宇治市史 p.550
  7. ^ 宇治市史 p.555
  8. ^ 宇治市史 p.558ほか
  9. ^ 宇治市史 p.560
  10. ^ 宇治市史 p.579
  11. ^ 府南部4市町合併協議へ 住民に長所・短所示せ(取材ノートから) - 京都新聞(2005年7月15日付、2010年2月14日閲覧)
  12. ^ 市町村合併 -当分の間、合併しません- - 久御山町
  13. ^ 宇治市・城陽市・井手町・宇治田原町における取組み経過 - 京都府
  14. ^ 第5次総合計画について - 宇治市(2011年5月16日更新、同年6月7日閲覧)
  15. ^ 第3章 市長公室(市政概要 平成21年版) - 宇治市
  16. ^ 【共同】2012年3月13日付「生活保護申請で女性に誓約書 「異性との生活禁止」」
  17. ^ 第1章 市勢(市政概要 平成21年版) - 宇治市
  18. ^ 平成21年度第2回宇治市食育推進計画策定委員会議事録(3.意見交換より) - 宇治市

関連項目[編集]

(上記と重複する部分もあるが便宜のため主要な関連項目を列記)

外部リンク[編集]