興聖寺 (宇治市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 興聖寺 | |
|---|---|
本堂 |
|
| 所在地 | 京都府宇治市宇治山田27 |
| 位置 | 北緯34度53分24.1秒 東経135度48分49.45秒 |
| 山号 | 仏徳山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 釈迦三尊 |
| 創建年 | 天福元年(1233年) |
| 開基 | 道元 |
| 中興年 | 慶安2年(1649年) |
| 中興 | 永井尚政、万安英種(中興開山) |
興聖寺(こうしょうじ)は京都府宇治市にある曹洞宗の寺院。日本曹洞宗最初の寺院で僧堂がある。山号は仏徳山(ぶっとくさん)。本尊は釈迦三尊。参道は「琴坂」と称し、宇治十二景の1つに数えられている。
目次 |
[編集] 歴史
道元は宋からの帰国後、寛喜2年(1230年)から、深草(現在の京都市伏見区深草)の安養院に滞在していた。天福元年(1233年)、道元は、深草にあった藤原氏ゆかりの大寺院である極楽寺の跡に観音導利興聖宝林禅寺(興聖寺)を開創する。安養院、極楽寺とも現在の京都市伏見区の宝塔寺付近にあったと推定されている。嘉禎2年(1236年)には伽藍を整備し、僧堂が開かれた。
興聖寺は、比叡山延暦寺の弾圧を受け、寛元元年(1243年)、道元が越前に下向して以降荒廃し、住持4代で廃絶した。その後慶安2年(1649年)、淀城主の永井尚政が万安英種を招聘して5世住持とし、朝日茶園のあった現在地に復興したのが今ある興聖寺である。
[編集] 文化財
- 手習観音
[編集] 所在地
京都府宇治市宇治山田27