久御山町

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くみやまちょう
久御山町
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
久世郡
団体コード 26322-2
面積 13.86 km²
総人口 15,507
推計人口、2014年11月1日)
人口密度 1,120人/km²
隣接自治体 京都市宇治市城陽市八幡市
綴喜郡宇治田原町
町の木 さざんか
町の花 さつき
他のシンボル なし
久御山町役場
所在地 613-8585
京都府久世郡久御山町島田ミスノ38番地[1]
北緯34度52分53.2秒東経135度43分58.1秒
久御山町役場
外部リンク 久御山町

久御山町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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久御山町(くみやまちょう)は、京都府南部、久世郡に位置する

地理[編集]

町域は全体的に、巨椋池を干拓した平地である。町の北部に宇治川、町の南部に木津川。宇治川は主に京都市との境界線を形成し、木津川は城陽市・八幡市との境界線を形成している。

京都盆地の東西中心線上にあり、盆地を形成する北・東・西の山地から離れている関係で気候は穏やか。京都市内の夏の蒸し暑さは全国的に知られているが、久御山町の場合、町の北部を覆う広大な干拓田が一種の冷却装置として作用し、若干涼しく感じられる。冬季においては山が遠いため、隣接する地域で小雪が降る場合でも、久御山町では降らないことがある。

「三郷山財産区」と呼ばれる飛地が宇治市宇治田原町の隣接する地域に存在する。定住者は居らず、京都府の施設「府民スポーツ広場(通称みどりが丘)」として用いられている。1988年の京都国体では馬術の競技会場となった。

歴史[編集]

  • 1954年(昭和29年)10月1日 佐山村と御牧村が合併して久御山町となる。
町名は「世郡」「牧村」「佐村」から採った。

久御山町合併に先立ち、1951年(昭和26年)、久世郡を構成している宇治町、槇島村、小倉村、大久保村、と宇治郡東宇治町の2町3村が合併して宇治市が誕生した。その後城陽市が1972年(昭和47年)に市制移行により久世郡は1町のみとなった。

行政[編集]

  • 町長:信貴康孝(2012年から)
  • 町議会:定数14人

郵便局[編集]

産業[編集]

農業[編集]

町域の北半分は巨椋池干拓田という広い稲作地帯となっている。国道1号線より西側では近郊農業が盛んである。特に大根は「淀大根」という地域ブランドとなっている。国道1号線が町内を貫通している関係で、消費地に素早く出荷できる。久御山町の農業の発展に道路網は大きく貢献しており、2000年代になって相次いで開通した新しい道路網により、今後の見通しは明るい。

近年開業した大規模小売店舗の敷地内にも久御山町の野菜の直販コーナーが設けられ、徐々に知名度が上がりリピーターを確保する程までに成長している。

工業[編集]

町内に久御山工業団地があり、主として金属加工・プラスチック加工、食品製造などの事業所が多い。町内(および周辺域)で「横受け」と呼ばれる業務連携が定着しており、会社の枠を超えた人的交流が見られる。有名企業の工場が多くあり、新しい道路網が使えるようになり、さらに工業面での期待がふくらんでいる。

一部の大きな工場では地方からの「留学生」を受け入れている。これは地方で工業を営む家の子が学校を卒業した後、現場実践を通じて事業承継に耐えうる技術を身につけさせるために久御山町の事業所に数年間送り込むというものである。

久御山町内の工業事業所は黒煙を吐き続けるようなものがなく、環境負荷は比較的小さいといえる。また工業は久御山町の財政に大きく貢献し、地方交付税を受けない健全財政を支えている。

工業の力が商業に大きく勝っている関係で、工業系事業所の経済団体として久御山町工業会が長く運営されてきたが、2003年に工業会が商工会と統合した。その結果、より濃密な企業間交流が促進されることにつながっている。

商業[編集]

イオンモール久御山

かつては個人商店や小規模な食品スーパーと、国道1号線沿線にガソリンスタンド・中古車販売店がいくつかあるくらいで、商業面が弱く、宇治市や京都市、八幡市に多く依存していたが、ジャスコ久御山ショッピングセンター(現:イオンモール久御山)、ロックタウン(現:イオンタウン)久御山店などの大規模な商業施設がオープンしてからは逆に周辺市町からの来客も発生し、商業面が強化された。

しかしそれと同時に、従来から営業していた小規模な商店は壊滅的な状態に陥った。地元資本のスーパーでは、京都市との境目に位置するスーパーイワキが健闘している。

漁業[編集]

巨椋池が干拓されるまで、この地域は豊かな漁場だった。船の出入りする場所は協定されるが、一旦船を出したら獲れるだけ獲ってよいという説があるほど多種多様な淡水魚の宝庫だった。度重なる水害にかかわらず人々が去らなかったのはこの恵みによるものである。巨椋池が干拓された時点で漁業の歴史は終結し、農業に転換された。

久御山町に本社を置く企業[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

海外

地域[編集]

人口[編集]

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、4.18%減の15,916人であり、増減率は府下26市町村中16位、36行政区域中25位。

Demography26322.svg
久御山町と全国の年齢別人口分布(2005年) 久御山町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 久御山町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
久御山町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 8,766人
1975年 11,540人
1980年 16,345人
1985年 19,136人
1990年 18,798人
1995年 18,133人
2000年 17,080人
2005年 16,610人
2010年 15,916人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

隣接している自治体・行政区[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

京阪電気鉄道京阪本線が、八幡市 - 間で久御山町域をほんのわずか(数十メートル)横切っているものの駅は設けられていない。ただし宇治川以北の地域では、徒歩圏内に淀駅がある。

バス路線[編集]

近鉄京都線大久保駅、京阪本線淀駅中書島駅からのバス路線(京都京阪バス)および、久御山町のってこバスが運行している。

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

上津屋橋
  • 荒見神社式内社): 社殿は江戸時代に再建。入口には幕末七卿の1人である東久世通禧が起毛した社標が建てられている。また、この地が題材となったと思われる、万葉集九巻に収録されている歌「巨椋の入江響むなり射目人の伏見が田井に雁渡るらし」が刻まれた歌碑も建立されている。
  • 上津屋橋(通称流れ橋):木津川に架かり、対岸の八幡市とを結ぶ木造橋。増水時に、流木で橋がせき止められ堤防が決壊しないように、橋脚を残し橋桁が流される構造で有名。時代劇の撮影も時々行われる。
  • 雙栗神社
  • 珠城神社
  • コカ・コーラウエスト京都工場エコラ館
  • KTCものづくり技術館
  • まちの駅クロスピアくみやま

通信[編集]

久御山町では2つの市外局番が用いられている。若干の例外はあるが、御牧小学校区が075-63x(NTT淀ビル収容)、佐山・東角小学校区は0774-4x(NTT新田別館収容)の区域になる。両者の接点に久御山町役場があるので、役場には075と0774双方の電話回線が導入されている。

これは弊害を伴った。0774-4xは宇治市の南部(広野町、大久保町、伊勢田町など)にも用いられており、久御山町の当該区域から119を回すと宇治市の消防本部につながってしまい、本来通話したい久御山町の消防本部につながらなかった。この回避策として、当該区域には119ではない普通の電話番号として久御山町の消防本部にかける方法が提供され、大きな文字で印刷したシールが各戸に配布された。

1990年代中期に電話局において宇治市の回線・久御山町の回線をそれぞれ分離して収容することでこの問題は解消された。しかしこの方法はNTT西日本の定額通信サービスフレッツISDN提供開始について、0774-4xが対象エリアとなった際、「0774-4xかつ宇治市内」という区分となった。フレッツADSLの提供開始についても同様の問題が生じた。

出身者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 2009年までは「久世郡久御山町大字島田小字ミスノ38番地」と表記した。同年3月28日より久御山町の住所表記から「大字」「小字」の表記が削除された。広報くみやま平成21年2月特集号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]