麒麟 (お笑いコンビ)

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 麒麟
メンバー 川島明
田村裕
結成年 1997年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1998年 -
出身 NSC大阪校20期
出会い NSC
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才
ネタ作成者 川島明
現在の代表番組 麒麟の部屋
よしもと劇場
過去の代表番組 ダイ麒千飯
オモシロ好奇心☆どろんぱ!
ドッカ〜ン!など
同期 トータルテンボス
アジアン
サンドウィッチマンなど
受賞歴
2001年 笑わん会優秀賞
2001年 M-1グランプリ5位
2002年 ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞
2003年 上方お笑い大賞新人賞
2003年 M-1グランプリ8位
2004年 NHK上方漫才コンテスト優秀賞
2004年 NHK新人演芸大賞大賞(演芸部門)
2004年 上方お笑い大賞最優秀新人賞
2004年 M-1グランプリ3位
2005年 上方漫才大賞新人賞
2005年 MBS新世代漫才アワード優勝
2005年 M-1グランプリ3位
2006年 M-1グランプリ3位
2008年 BGO上方笑演芸大賞広告代理賞
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麒麟(きりん)は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本部(東京吉本)所属のお笑いコンビ

2006年9月30日の単独ライブ「麒麟デシタ」を最後にbaseよしもとを卒業。当面はどこの劇場及び団体にも拠点を置かずに活動する模様(ヨシモト∞より)。

目次

[編集] メンバー

川島明(かわしま あきら、1979年2月3日 - )京都府宇治市出身、AB型。身長179cm。ボケ、ネタ作り担当。立ち位置は向かって右。2010年頃から、ピン芸人・麒麟川島としてのテレビ出演が多い。競馬ファン

田村裕(たむら ひろし、1979年9月3日 - )大阪府吹田市出身、O型。身長180cm。ツッコミ担当。立ち位置は向かって左。2011年7月7日に、23歳の一般人女性と結婚。

[編集] 概要

1999年10月結成(尚、「M-1グランプリ2001」ではコンビ結成年を1997年10月と紹介、他に1997年12月や1999年12月等諸説ある。)コンビ結成年度には諸説あるものの、M-1グランプリ2008のスタッフブログによると、2008年のM-1では「麒麟は、来年がラストイヤーであるが、今年最後の年という心意気で挑んでいる」と記載。そのため、1998年 - 1999年結成という形になる。

共に大阪NSC第20期生。同期にアジアンソラシド吉本新喜劇西科仁らがいる。互いの第一印象は、川島→田村「アホ」、田村→川島「気持ち悪い」とあまり良いものではなかったが、川島のネタの発想を気に入った田村が、悩んだあげく声を掛けたのがコンビ結成のきっかけ。川島としては、明るくてどんどん前に出る人間が苦手だったため、当初田村の積極性がイヤだったが、断る勇気もなくズルズルとコンビを続けた。コンビ結成後のNSCのクラス分けでは、最低のCクラスに最後まで在籍。

最近は、「川島は自分が考え込む性格のため、自分と同じように考え込む性格だとコンビとして成立しないのではないか、と思い“何も考えないアホ”を探していた。ある日、川島がNSCで1人でネタをやっていると自分のネタで1人大笑いしている田村を見つけた。だが、本当にアホかどうかわからない、と慎重にいこうとしていた。その日にNSCの講師にネタを褒められ、川島が帰ろうとしていると、後ろから肩を叩いて『お前面白いなぁ、コンビ組んだってもええで』という声がした。振り返ってみると田村がいた」というエピソードを話していることが多い。このときの田村の「上から目線」に川島は「(探していた)アホが現れた」と感じ、田村とコンビを結成することに決めたと話していたこともある。舞台登場の挨拶時に必ず川島がマイクに口を近づけ低音ボイスで言う「麒麟です」が掴みの基本ギャグだが、最近はそのバリエーションが増えている(下記「ネタ」参照)。安定感のある漫才が特徴。また、短めの漫才をパターンを変えて繰り返す2部構成、3部構成の漫才もある(「漫才に小説の要素」「コンビの仲」など)。川島がボイスを田村がジェスチャーを担うことや、川島が田村をいじり倒すようなボケを放ち、それに田村が抵抗のツッコミをするといった形が多い。また、漫才の終わりに田村が「もうええわ」と言った後、川島がもう一度ボケて、田村が突っ込んだ後にそのまま礼をする漫才もある。

ネタの中で川島は、田村をかりんとうや10円玉など茶色いものに例えることが多い(下記「茶色いもの」参照)。また、田村の願いが「2本脚で立てたらいいな」や「早く人間になりたい」であると言ったり、服を着ていて「珍しい」など、人間ではないような言い方をする。さらには、後頭部がえのきに似ているとして「妖怪えのき小僧」、「妖怪小豆小僧」と呼んだこともある。結成当初はコント中心の活動であまり認められなかったが、漫才中心にしてから徐々に頭角を現し、2000年頃よりbaseよしもとの舞台に出演し始めた。2008年7月11日ヨシモト∞水曜2部MC:POISON GIRL BAND(神保町花月舞台出演のため休演)のMC代行を行い、2008年2月1日付でサブ・レギュラー昇進。隔週水曜日1部担当を行うことになった。2010年6月、田村は1か月休暇を取った。川島によると肌の治療のため、温泉に行っていたらしい。[1]

[編集] M-1グランプリ

M-1グランプリ決勝には過去5回進出。第2回(2002年)、第7回(2007年)、第8回(2008年)は準決勝敗退。なお、各審査員の得点はいずれも100点満点。

第1回(2001年)大会 決勝5位【出番:7番目 得点:741 / 1000点(特別審査員の合計点は542 / 700点)】
キャッチフレーズは「無印(ノーマーク)」。
吉本興業社員にも知られていなかった無名のダークホースとして決勝進出を果たす。決勝では前半の件を全て後半のフリに使うという異色の漫才で臨む。結果は5位だったが、審査員の松本人志には「これ(得点)はもうしょうがないんですか? 僕は今までで(当日の決勝進出者の中で)一番良かったですね」(松本は今大会での自己最高得点75点を付けた)、ラサール石井には「このネタをやるとは凄く勇気がある(松本、鴻上尚史も同調していた)[2](優勝した中川家と同じ「90点」をつけていた)、島田紳助には「僕個人の評価は(中川家に次ぐ)2番目だった」と絶賛され[3]、会場からは大きな拍手が起きた。無名の彼らは翌年、瞬く間にブレイクした。このことから、翌年以降M-1の決勝に進出した無名のコンビは「麒麟枠」と称されるようになった
第3回(2003年)大会 決勝8位【出番:2番目 得点:554 / 700点】
キャッチフレーズは「返り咲き」。
様々な身の回りの機械に川島が声を当てるネタを披露したが、3人の審査員が最低得点(南原清隆の76点、ラサール石井の78点、大竹まことの75点)を付け、最下位の千鳥と僅か2点差という散々な結果に終わった。なお、M-1グランプリ決勝でのネタ時間は4分以内とされていた(ただし、当時はあくまでも目安程度だった)にもかかわらず、約5分30秒ものネタを披露してしまっためか、採点後の審査員の講評は無かった。その後も5分以上のネタを披露するコンビがいたため[4]か、第5回大会からはネタ時間が厳守されるようになった。
第4回(2004年)大会 決勝3位【出番:9番目 得点:634 / 700点】
敗者復活戦を制しての決勝進出。
「癒しの空間」というネタを披露し、敗者復活枠にもかかわらず3人の審査員が優勝したアンタッチャブルに次ぐ2番目に高い得点(大竹まことの89点、島田洋七の92点、中田カウスの96点)を付け、ファーストラウンド3位通過で初の最終決戦進出を果たす。審査員の西川きよしには「最近見た麒麟の中では一番面白かった」、中田カウスには「去年で終わってるかと思ったけど、よう頑張ったわ」と評された。最終決戦では2番目に登場し、田村が24時間テレビのマラソンランナーに扮するネタを披露したが、票の獲得には至らなかった。
第5回(2005年)大会 決勝3位【出番:8番目 得点:646 / 700点】
キャッチフレーズは「M-1チルドレン」。
田村が野球選手に扮するネタを披露し、3人の審査員が最高得点(大竹まことの90点、ラサール石井の95点、中田カウスの97点)、さらに4人の審査員が優勝したブラックマヨネーズに次ぐ2番目に高い得点(島田紳助の88点、松本人志の90点、渡辺正行の91点、島田洋七の95点)を付け、ファーストラウンド2位通過で2年連続最終決戦進出を果たす。特にオチが高く評価されたようで、司会の今田耕司からは、「まさに『バシーン!!』と決まったオチでしたね。」と絶賛され、審査員達もその言葉をコメントに流用していた。大竹まことには「あんなオチ見たことない」、中田カウスには「あのオチで3点持って行きよったわ」と評された。最終決戦では1番目に登場し[5]、田村がファッションモデルに扮するネタを披露したが、票の獲得には至らず、ファーストラウンドでは13点の大差を付けていた笑い飯に逆転されて3位に転落した。
第6回(2006年)大会 決勝3位【出番:4番目 得点:627 / 700点】
キャッチフレーズは「空腹のファンタジスタ」。
田村がボクサーに扮するネタを披露し、島田洋七は優勝したチュートリアルに次ぐ2番目に高い得点(92点)を付け、ファーストラウンド3位通過で3年連続最終決戦進出。余談だが、4位の笑い飯は麒麟に僅か1点差で敗退し、麒麟と対照的にこの年から3年連続最終決戦進出を逃している。審査員の渡辺正行には「安定していて余裕も感じられる」、島田洋七には「家庭で見ていたら相当面白いと思う」と評された。最終決戦では1番目に登場し、田村が探検隊の隊長に扮するネタを披露し、田村が途中で噛んだことも笑いにする余裕と実力を見せ付けたが、票の獲得には至らなかった。M-1グランプリとの関わりは深く、4年連続で決勝進出(第3〜6回、ただし第4回は敗者復活枠)し、そのうちの第4〜6回は最終決戦進出(3年連続最終決戦進出を果たしたコンビは麒麟のみ)しているが、いずれの最終決戦でも票を獲得できず、特に第5回では上記のようにファーストラウンド2位から最終決戦で逆転されて3位に転落したため、「2本目(最終決戦)のネタが弱い」と評されることがある。ただし、2本目のネタが良くても、ファーストラウンドで上位3位以内に入らなければ優勝の可能性は無いため、2本目のネタが1本目に比べて弱いのは当然とする見方もある[6][7]決勝進出回数5回は笑い飯(9回)に次いで2番目に多く、準決勝進出回数8回は笑い飯、千鳥(共に9回)に次いで3番目に多い。また、準決勝進出率100%のコンビの中では最も準決勝進出回数が多い[8]

しかしM-1での好成績とは裏腹に、2011年のTHE MANZAIでは2回戦で早くも苦杯を嘗めた。M-1で最終決戦に進出経験があるコンビで2回戦敗退は彼らとハリガネロック(2001年2位)のみである。

[編集] ネタ

[編集] 麒麟です

川島が掴みとして、漫才中に必ず言う「麒麟です」のバリエーション。

  • いきなり川島が無関係な話を始め、肝心な所で「麒麟です」。
  • 怖い話を始め、話の山場辺りに「バーッと走ったら……あ、忘れてた。麒麟です」。
  • 馬のモノマネをしてからの「麒麟です」。
  • 通常は低音の声であるところを、普通の声で「麒麟です」。
  • 大きく息を吸って勢いをつけての「麒麟です」。
  • 低音の声のまま、「麒麟です、よろしくお願いします」まで言ってしまう。
  • 「えっ、麒麟って誰?」
  • (賞レースで「続いては麒麟さんです」と紹介を受けて、)「麒麟さんです」。
  • 鼻で笑ってから「麒麟です」。
  • 川島が「せーの、麒麟です」と言いながら、田村と2人で右手を伸ばして(麒麟をイメージ)、足を横に出す(その時川島の左手はマイクにそえる)。
  • 単独ライブ(キリリン!)では、「キリリンです」。

[編集] 茶色いもの

ネタ中に田村が川島に例えられる茶色いもの。

など


[編集] 受賞歴

その他
  • M-1グランプリ2001 決勝進出 - 5位
  • M-1グランプリ2003 決勝進出 - 8位
  • M-1グランプリ2004 決勝進出 - 3位
  • M-1グランプリ2005 決勝進出 - 3位(決勝1回戦の時点では2位)
  • M-1グランプリ2006 決勝進出 - 3位(3年連続最終決戦進出の大会記録を樹立)
  • 爆笑オンエアバトル 第6回チャンピオン大会 (2004年) 6位
  • 爆笑オンエアバトル 第7回チャンピオン大会 (2005年) 6位

[編集] 現在の出演番組

[編集] テレビ

レギュラー
準レギュラー

[編集] 過去の出演番組

[編集] テレビ

ゲスト出演
単発番組
  • 目撃!麒麟のめったに見られんめずらシーン!(毎日放送)
  • 麒麟の地獄温泉〜ケータイクエスト〜(読売テレビ)
  • 麒麟 On Sale!
  • ホームレス中学生 ドバイへ行く!(2008年10月26日、フジテレビ)
  • 世界が集結!大須コスプレパレードど〜んと生放送!(2011年8月6日、テレビ愛知)

[編集] ラジオ

[編集] CM

[編集] CD

小室哲哉と多数芸人のコラボレーションCD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
  • サイクリング リサイクル
テレビ東京系アニメ『ケロロ軍曹』7代目エンディング曲(第117話 - 141話)。ひらがな表記の「きりん」という名での発売である。作詞も担当(作詞のクレジットは漢字で「麒麟」と表記されていた)。プロデュースは「ガチコラ」でもプロデュースを担当した小室哲哉。こちらにもカップリングとして「rice to life」が入っている。
吉本芸人による「秘密のケンミンSHOW」オリジナルバージョンCD

[編集] ビデオクリップ

  • YO-KING「世界の元 -Album Version-」(2010年10月13日発売アルバム「楽しい人は世界を救う」に収録、川島はパラパラ漫画担当)

[編集] DVD

  • 『キリン!キリン!キリン!』(2004年)…同年7月に大阪MIDシアターで行われた単独ライブを収録。
  • 『キリリン!』(2006年)…2005年8月に大阪のなんばHATCHで行われた単独ライブを収録。
  • 『新風baseよしもとネタトウタ2004』(2004年)…2004年秋、Zepp Osakaで行われた新生baseよしもとを記念するライブを収録。
  • 『ガチコラ』(2006年)…小室哲哉と多数芸人のコラボレーションDVD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
  • バトルオワライヤル(YOSHIMOTO WORKS)
  • ダイナマイト関西2006 〜オープントーナメント大会〜(R and C、2006年12月6日
  • M-1グランプリ2001完全版 〜そして伝説は始まった〜
  • M-1グランプリ2002完全版 〜その激闘のすべて〜伝説の敗者復活戦45組をすべて収録
└敗者復活戦のみ。
  • M-1グランプリ2003完全版 〜M-1戦士の熱き魂〜
└川島が「サンバ・デ・ジャネイロ」を歌った部分は著作権上の理由で完全にカット。
  • M-1グランプリ2004完全版 〜いざ!M-1戦国時代へ“東京勢の逆襲”〜
  • M-1グランプリ2005完全版 〜本命なきクリスマス決戦!“新時代の幕開け”〜
  • M-1グランプリ2006完全版 史上初!新たなる伝説の誕生〜完全優勝への道〜
└決勝1回戦で川島がロッキーのテーマ「Gonna Fly Now」を歌った部分は著作権上の理由で音声カット。
  • 『ジラフ』(2008年)…2007年8月に新宿スペースゼロで行われた単独ライブを収録。
  • 『かわしまんざい たむらいぶ』(2009年)…2008年8月に大阪のなんばHATCHで行われた単独ライブを収録。

[編集] ライブ

2003年
  • 10月15日 - 「麒麟デス」(baseよしもと/大阪)
  • 12月14日 - 「麒麟どす」(baseよしもと/大阪)
2004年
  • 02月29日 - 「麒麟だど」(baseよしもと/大阪)
  • 04月25日 - 「麒麟ザマス」(baseよしもと/大阪)
  • 05月21日 - 「キリンタン」(baseよしもと/大阪)1Hトークライブ
  • 07月27日 - 「キリン!キリン!キリン!」(baseよしもと/大阪)
  • 11月04日 - 「麒麟ナス」(baseよしもと/大阪)
2005年
  • 08月16日 - 単独ツアー「キリリン!」(SHIBUYA-AX/東京)
  • 08月23日 - 単独ツアー「キリリン!」(なんばHatch/大阪)
  • 09月19日 - 単独ツアー「キリリン!」(都南文化会館 キャラホール/岩手)
  • 09月21日 - 単独ツアー「キリリン!」(徳島市立文化センター/徳島)
  • 09月22日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん 明日、祝日やしよってって〜」(baseよしもと/大阪)田村のみ
2006年
  • 01月03日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん お年玉残っているうちにみにきてや〜」(baseよしもと/大阪) ※田村のみ
  • 03月03日 - 「第一回田村裕」(baseよしもと/大阪)田村のみ
  • 03月28日 - 「いちねんぶ麟」(baseよしもと/大阪)
  • 05月05日 - 「第二回田村裕」(baseよしもと/大阪)田村のみ
  • 09月30日 - 「麒麟デシタ」(baseよしもと/大阪)base最後の舞台
  • 10月16日 - 「麒々麟々」(なかのZERO 大ホール/東京)
  • 10月17日 - 「麒々麟々」(御堂会館/大阪)
  • 11月15日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
2007年
  • 01月24日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 02月21日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 03月19日 - 「TOKYO麒麟ショー」(SPACE107/東京)
  • 04月22日 - 「ルミネ麒麟ルミネ麒麟」(ルミネtheよしもと/東京)
  • 05月28日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 06月25日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 08月05日 - 「ジラフ」(なんばグランド花月/大阪)
  • 08月20日 - 「ジラフ」(新宿スペース・ゼロ/東京)
  • 09月03日 - 「TOKYO麒麟ショー」(SPACE107/東京)
  • 10月29日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 11月26日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
2008年
  • 04月01日 - 「春麒麟」(草月ホール/東京)
  • 05月24日 - 「皐月麒麟」(ルミネtheよしもと/東京)
  • 08月09日 - 「麒麟漫才ライブ〜かわしまんざい、たむらいぶ〜」(道新ホール/札幌)
  • 08月17日 - 「麒麟漫才ライブ〜かわしまんざい、たむらいぶ〜」(イムズホール/福岡)
  • 08月20日 - 「麒麟漫才ライブ〜かわしまんざい、たむらいぶ〜」(なんばHach/大阪)
  • 08月31日 - 「麒麟漫才ライブ〜かわしまんざい、たむらいぶ〜」(品川ステラボール/東京)
2009年
  • 03月20日 - 「TOKYO麒麟ショー」(草月ホール/東京)
  • 03月30日 - 「OSAKA麒麟ショー」(そごう劇場/大阪)

[編集] 脚注

  1. ^ 2010年6月2日配信よしもとオンラインより
  2. ^ M-1グランプリ2001完全版 〜そして伝説は始まった〜 Disc 2 YRBY-50010〜11
  3. ^ 一方で最低得点を付けた審査員もいた(青島幸男の75点、春風亭小朝の65点)。
  4. ^ 決勝で時間超過のネタをしたコンビは麒麟と笑い飯だけであった。ちなみに2001年の麒麟のネタも2003年の笑い飯の最終決戦のネタも実は5分を超えていた。
  5. ^ ちなみに、最終決戦の順番を自由に選べるようになった第5回以降、ファーストラウンド2位通過で1番目の出番を選んだのは彼らだけであった。ちなみに1番を選んだ理由は今田耕司がこの年からファーストラウンドの順位順に自由に順番を選べることを知らずに各々の芸人に「何番目にネタをしたいですか?」と質問し、麒麟は「何番でもいい」と答え笑い飯は「トップ(1番)だけは嫌や」と言っていたからであった。
  6. ^ 第9回大会において、島田紳助は「笑い飯は、さっきのネタ(最終決戦で披露した『チンポジ』と連呼するネタ)をやっていたら、たぶん決勝(最終決戦)には来ていないだろうし、やはり1本目は最高のネタ(鳥人)をぶつけるしかないのだから、そこは本当に本人達にとっても難しいところなのだろう。」と言っていたことがある。
  7. ^ また、第6回大会で優勝したチュートリアルの徳井義実は、最終決戦のネタ(チリンチリン)について1本目のネタ(冷蔵庫)が良かったから2本目もウケた、だから今見るとあまりいいネタではないという趣旨の発言をしたことがある。
  8. ^ 麒麟より多く準決勝に進出した笑い飯、千鳥は共に第1回大会で2回戦敗退を経験している。

[編集] 外部リンク

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