大杉漣

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おおすぎ れん
大杉 漣
本名 大杉 孝
生年月日 1951年9月26日(57歳)
出生地 日本徳島県小松島市
血液型 B
職業 俳優
ジャンル 舞台・映画・ドラマ
活動期間 1973年 -
公式サイト 公式サイト
主な作品
映画
HANA-BI
犬、走る DOG RACE

大杉 漣(おおすぎ れん、1951年9月27日 - )は、日本の俳優。本名大杉 孝徳島県小松島市出身。小松島市立千代小学校小松島市立小松島中学校徳島県立城北高等学校卒業。明治大学中退。身長178㎝、体重72㎏、血液型はB型。所属事務所は、ZACCO。趣味は、散策サッカー、音楽(特にフォーク)鑑賞、器楽(ギターおよびブルースハープ)、テニスサーフィン。好きな色は座右の銘は「あるがままに」。

目次

[編集] 来歴

[編集] 劇団活動との出会い

1970年代に人気を呼んでいた、蜷川幸雄寺山修司唐十郎らの演劇に通い、1973年、雑誌『新劇』に掲載されていた太田省吾の記事に感銘を受け、太田の劇団員募集広告に応募し研修生として採用される。22歳で、別役実作品『』の「娼婦を買いに来る客A」役で舞台デビューを果たした。1974年、太田省吾が転形劇場を創設するにあたって初期メンバーとして参加。台詞なしに静かに舞台を歩んで演じる「沈黙劇」を原点として、舞台俳優としての本格的な活動を始め、転形劇場での活動に打ち込み全公演に出演した。同劇場の演目『小町風伝』は岸田戯曲賞を受賞している。

[編集] 下積時代

呑み仲間を通じて知己となった高橋伴明に誘われ、1980年に新東宝ピンク映画緊縛いけにえ』で映画俳優としてデビューした。舞台経験を通じて培った表現力と本人の映画俳優への興味から好演し、映画製作関係者への人脈拡大に伴って日活ロマンポルノや新東宝などのピンク映画に積極的に出演するようになった。

1983年、滝田洋二郎監督の『連続暴姦』では演技力が評価され、同年の「ZOOM-UP映画祭」・ピンクリボン賞主演男優賞を受賞した。また、翌1984年、周防正行監督の小津映画リスペクト作品『変態家族 兄貴の嫁さん』では、静けさの中にも狂気をたたえた演技や風かおるとの独特の掛合いなどが評価された。その後も多数のピンク映画に出演したが、1985年6月以降は「にっかつ電車シリーズ」と呼ばれるもの以外の映画への出演を控え、転形劇場における活動に専念した。

しかし、転形劇場の運営は太田省吾一人の才能に頼りがちで興行的にも悪化し、1988年には解散した。大杉は37歳で活動基盤を失ったが、宮沢章夫作品や太田省吾作品への出演、岩松了作品における竹中直人とのコラボレーションなど、演劇界で活動を続けた。

[編集] 俳優としての転機

1989年以降、再び映画界への進出を望んだが、主要な配役を得ることができず、Vシネマなどに多数出演して収入を確保する生活が続いた。

40歳代に入ると自身の俳優としての将来性について深く考えるようになり、種々のステップアップを画策する一環として北野武監督による『ソナチネ』(1993年)のオーディションを受け、合格した。この作品への出演が転機となり、映画における重要なキャストを得るようになった。1997年には、SABU監督の『ポストマン・ブルース』でおおさか映画祭報知映画賞を受賞。1998年-1999年にかけては、北野武監督の『HANA-BI』や、大谷健太郎監督の『アベックモンマリ』、崔洋一監督の『犬、走る DOG RACE』などにおいて実力を発揮し、1999年度の国内各映画賞の助演男優賞を多数受賞して、映画以外にもテレビドラマへの主役・主要キャストとしての出演が増加すると、その名は広く一般に周知されるようになった。

[編集] 300の顔を持つ男

その後は、偉人群像から社会の底辺に生きる人物、公安刑事から体制破壊主義者、堅実なサラリーマンからホームレス学校長からヤクザ、好人物から偏狭な人物、誠実な父親・夫から退廃的な不良中年、精神異常人格障害などを思わせるサイコ色の強い異常人格から変態エロ系の人物まで、様々な役柄を演じ、『300の顔を持つ男』『カメレオン』などの異名を得て、その評判を確固たるものとした。以後は、高橋伴明中村幻児周防正行滝田洋二郎黒沢清井筒和幸等のピンク映画系出身の諸監督から、北野武、SABU、廣木隆一鈴木俊之磯村一路小松隆志三池崇史など、日本映画界の多くの監督作品に登場している。

若い映画製作者への協力もしており、当時は新潟の一高校生にすぎなかった田卷源太監督による企画提案を受け、アマチュア自主製作短編映画『黒いカナリア』の主役として少ない報酬で出演したり、早稲田大学慶應義塾大学の学生が中心となった自主制作映画『Mogera Wogura』へも出演している。

映画から大河ドラマ2時間ドラマ、Vシネマ、インディーズドキュメンタリーナレーションバラエティー番組をはじめ、アジア圏の外国映画や内外合作映画にまで、各ジャンルに出演する活動範囲の広さと多趣味な素顔から、ファン層は幅広い。出演本数も多く、極めて精力的な活動を行っている。

[編集] 受賞歴

1984年

1998年

1999年


[編集] 人物

1951年9月27日徳島県小松島市で誕生する。

「大人の男」のイメージを持つが、座右の銘「あるがままに」に象徴されるように、自然体で飾らない性格であるほか、非常に多趣味である。また演技以外では強い京阪式アクセントで話す。

ユーモアもあり、芸名「漣」の由来について、吉祥寺フォークの重鎮高田渡の長男でスティールギター奏者である高田漣の名から取ったものであるが、かつて「漣(さざなみ)」という商品名のコンドームを自身が使用していたことも由来のひとつであるなどと付け加えることも忘れない。

[編集] 趣味

散策を好み、ロードバイクで一人下北沢新宿渋谷へ気ままに出かけるほか、上京後に最初になじんだ街であるという吉祥寺にはたびたび訪れるという。音楽とスポーツが主な趣味で、音楽ではフォーク、スポーツではサッカーに造詣が深い。

エレファントカシマシのファンとして知られ、音楽鑑賞に留まらず、40歳代には田口トモロヲに誘われて器楽の練習を始め、自ら組んだ「大杉漣バンド」や田口トモロヲとのユニット「Har'G KAITELS(ハージー・カイテルズ)」(「恥をかいている者たち」の意)においてギターブルースハープを手にとり70年代のフォークソングを演奏したり、KAZ BANDと共演している。

高校時代にサッカー部に在籍し、自称「釜本杉山黄金コンビの時代の第一次サッカーブームの申し子」であり、「本当は今でも夢はプロのサッカー選手」とまで言及する。柳沢敦の大ファンで、国内リーグから海外リーグにまで精通している。自己の出身地徳島県をフランチャイズとするJリーグ徳島ヴォルティスの熱狂的なファンで、チームがプロ組織化する前身の大塚FCであった頃から熱心に応援している。また、プロデューサーや映画監督・大物俳優等100名を越えるメンバーを擁するプライベートサッカーチーム「鰯クラブ」に発起人として参加し、キャプテンナンバー「10」の背番号を付けて月1-2回は必ず試合に出場するなど、注力している。近年では、サッカーへの知識の深さが周知され、サッカー関連のテレビ番組に招かれることも多い。2001年に行われたサッカーFIFAコンフェデレーションズカップ日韓大会では、日本戦全6試合の特別ゲストに招かれた。

また、50歳代に映画『Life on the Longboard』で「定年退職後サーフィンを始めた男」を演ずることになり、役作りとして種子島サーフィンの猛特訓を行った経験から、サーフィンも趣味のひとつとなった。

[編集] エピソード

[編集] 映画撮影時のエピソード

  • 井筒和幸監督の『ガキ帝国』(1981年)では、低予算の為に資材が乏しく、自身の出番には僅か4分間分のフィルムしか残っていなかったが、1発勝負でアドリブ入りの演技を成功させ、関係者全員の爆笑を誘った。
  • 周防正行監督の、ピンク映画であるにも関らず小津作品へのオマージュとなっているデビュー作『変態家族・兄貴の嫁さん(お嫁さん日和)』(1984年)では、当時32歳の大杉が60歳超の老人役を好演した。
  • 竹中直人監督の『無能の人』(1991年)で、古本屋の主人役を演じた際、あえて何も演技しない役柄を演じることの難しさを悟った。
  • 崔洋一監督の『犬、走る DOG RACE』(1998年)では、歌舞伎町ロケアメフト選手に本気でタックルされた上、吹き替え無しで本物の産業廃棄液に頭から浸けられた。
  • 『ソナチネ』(1993年)出演者のオーディションにやむを得ぬ理由で遅刻して参加した際、同作監督でオーディションを統括していた北野武に一瞥されただけだったため、自分は完全に不合格だと思っていたのが結果は合格となり、大変驚いたという。
  • 『ソナチネ』は、東京編・沖縄編の二本立ての構成になっており、当初大杉の役「片桐」は東京編のみで演じる設定であったが、北野武監督は大杉の演技を気に入り、東京編の撮影終了日に「片桐、沖縄に行く事になるんだよなぁ」と呟き、急遽シナリオが変更されて「片桐」は全編に出演する事となった。

[編集] その他

  • 2001年FIFAコンフェデレーションズカップにて、フジテレビで特別ゲストとして試合中継に出演した際、同じくゲストとして同席したアーセン・ベンゲルアーセナル監督)から、「大杉さん、あなたが出演した映画『HANA-BI』をロンドンのムービーシアターで鑑賞させて戴きましたよ」と言われ、大変感激した。後に其の事を自らのサッカーコラムで書いていた。
  • 『ネコナデ』(劇場版)の撮影で出会ったスコティッシュフォールドの“トラ”に魅せられ、そのまま自宅で飼うことになった。公式ブログ“zaccoEvent”も“トラ”とチワワの“風”(ふう)のことが中心となっている。なお、『ネコナデ』に登場した“トラ”はオスとメスの兄妹2匹で、大杉家にはメスの方が引き取られた(オスの方も、別の家に引き取られて幸せに暮らしているという)。

[編集] 主な出演

[編集] 舞台

[編集] 転形劇場 (1978年 - 1988年

[編集] 竹中直人の会

[編集] 遊園地再生事業団

[編集] UZURA

[編集] 新国立劇場

[編集] パルコ劇場

[編集] 映画

★ : 主演、 ☆ : 主要キャスト

無印 : 一般映画、 (V) : Vシネマ、 (P) : ポルノ映画

[編集] 映画 1980年代

[編集] 映画 1990年代

[編集] 映画 2000年代

[編集] テレビドラマ

[編集] 世にも奇妙な物語

  • 「顔」- (フジテレビ) - 1992年
  • 「サムライが斬る」- (フジテレビ) - 1992年
  • 「言葉の戦争」(フジテレビ) - 1994年冬の特別編
  • 「君だけに愛を」(フジテレビ) - 1994年秋の特別編
  • 「最後の喫煙者」(フジテレビ) - 1995年冬の特別編
  • 「怪我」(フジテレビ) - 1996年春の特別編
  • 「史上最強の転校生」(フジテレビ) - 1997年春の特別編
  • 「女は死んでいない」(フジテレビ) - 1997年秋の特別編
  • 「5分後の女」(フジテレビ) - 1998年春の特別編
  • 「中学教師」(フジテレビ) - 1998年秋の特別編
  • 「わたし、女優」(フジテレビ) - 1999年秋の特別編
  • 「13番目の客」(フジテレビ) - 2001年SMAPの特別編
  • 「夜汽車の男」(フジテレビ)- 2002年春の特別編
  • 「影の国」(フジテレビ) - 2003年春の特別編
  • 「影が重なる時」(フジテレビ)- 2003年秋の特別編
※「2000年映画の特別編」で上記の雪山にも出演している。

[編集] ドラマ 1980年代

[編集] ドラマ 1990年代

[編集] ドラマ 2000年代

[編集] ナレーション

NHK
TBS
フジテレビ
中京テレビ

[編集] CM

[編集] 金融機関

[編集] 酒造メーカー

  • 黄桜酒造 清酒 「辛口一献」 心の牙編
  • 黄桜酒造 清酒 「辛口一献」 オヤジ倶楽部編
  • サントリー ウイスキー 「ホワイト」
  • サントリー 缶コーヒー「BOSS」地上の星編

[編集] 食品メーカー

2008年には、大杉がトンネル工事の現場監督役でサントリーの缶コーヒーブランドであるBOSSのCMに出た。作業員に扮したジョーンズと共にトンネルの掘削工事に挑むプロジェクトXで取り上げられた黒部ダムの大町トンネル建設を真似た映像になっている。ちなみに、プロジェクトXの主題歌である中島みゆきの地上の星がCMに採用された。

[編集] サービス業流通業

[編集] その他

[編集] 著作

[編集] 外部リンク

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