三池崇史

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みいけ たかし
三池 崇史
三池 崇史
生年月日 1960年8月24日(54歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府八尾市
職業 映画監督
ジャンル ホラーコメディバイオレンス
活動期間 1991年 -
主な作品
許されざる者
クローズZERO
クローズZEROⅡ
十三人の刺客
土竜の唄

三池 崇史(みいけ たかし、1960年8月24日 - )は、日本映画監督

来歴・人物[編集]

大阪府八尾市出身。大阪工業大学高等学校横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)卒業。今村昌平恩地日出夫野田幸男西村潔らに師事。1991年のVシネマ『突風!ミニパト隊』で監督デビュー、1995年の『新宿黒社会』で初の劇場用オリジナル作品を手掛けた。コメディからバイオレンス、ホラーなど多岐に渡るジャンルで映画制作を続ける。1998年に、『TIME』誌がこれから活躍が期待される非英語圏の監督として、ジョン・ウーと並び10位に選出。クエンティン・タランティーノイーライ・ロスパク・チャヌクなど、海外の監督にも影響を与える(『殺し屋1』など)。また、オマー・ロドリゲス・ロペスフライング・ロータスなど、海外ミュージシャンにもファンが多いことでも知られる。『極道恐怖大劇場 牛頭』はVシネマとして初めてカンヌ国際映画祭に出品された。旧名は三池モバ。ジャンルを問わず「仕事は来たもん順で受ける」と公言しており、多作である。

その映画制作スタイルは、鮮烈な暴力描写を伴うため、しばしば論争を巻き起こすものの、海外での評価は高い。2001年トロント国際映画祭での『殺し屋1』の上映時には、エチケット袋を観客に配り、暴力描写が自分の持ち味であることをアピールした。海外での受賞は『極道戦国志 不動』でポルト国際映画祭審査員特別賞。『オーディション』でロッテルダム国際映画祭で国際批評家連盟賞とオランダジャーナリズム連盟賞。『カタクリ家の幸福』でジェルミナーレ国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞。『牛頭』で第36回シッチェス・カタロニア国際映画祭審査員特別ビジュアルエフェクト賞など多数。フランシス・コッポラやウェイ・ワンがアジア人監督作品をプロデュースする企画に日本から参加が発表されるなど、ハリウッドからの引き合いもあったが、長期間携わる上に他の仕事に関わることを禁じる契約がある依頼は自分の気質には合わないため、断っているという。

2006年にはアメリカのケーブルテレビ局Showtimeが企画した、ホラー映画の巨匠13人によるオムニバステレビシリーズ『マスターズ・オブ・ホラー』の第1シーズンに、日本人唯一の参加を果たした。しかし、実際に三池が製作した『インプリント〜ぼっけえ、きょうてえ〜』(原作・岩井志麻子)はアメリカのテレビで最も表現規制が緩いとされる有料チャンネルの放送コードにさえ引っ掛かってしまう内容のもので、北米での放映は見送られることとなり、話題となった。また、日本では角川ヘラルド・ピクチャーズ(現・角川映画)配給で映画館公開も計画されていたが、映倫が審査を拒否したため、映倫の審査が必要ないイメージフォーラムで単館上映した。

2007年11月、米『TIME』誌の調査による「Top 25 Horror Movies(ホラー映画ベスト25)」に唯一の日本映画として『オーディション』が選出された。

2014年、第9回ローマ国際映画祭ガラ部門にて、監督作品「神さまの言うとおり」が、日本人初の「マーベリック賞」を授与される事が決定された。[1]

好きな映画監督は黒澤明[2]五社英雄[3]デヴィッド・リンチ[4]ポール・バーホーベン[4]デヴィッド・クローネンバーグ[4]。好きな映画は『燃えよドラゴン[5]、『スターシップ・トゥルーパーズ[4]、『雲霧仁左衛門[2]、『闇の狩人[2]、『七人の侍[2]、『座頭市シリーズ(特に1962年の第1作目)』[2]など。

最近は漫画やアニメを原作とした作品を撮っている。

監督作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

オリジナルビデオ[編集]

舞台[編集]

出演作品[編集]

その他の参加作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

OV[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]