中田秀夫
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| なかた ひでお 中田 秀夫 |
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| 生年月日 | 1961年7月19日(50歳) |
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| 出生地 | 岡山県浅口郡金光町 |
| 国籍 | |
| 職業 | 映画監督 |
| ジャンル | ホラー、サスペンス |
中田 秀夫(なかた ひでお、1961年7月19日 - )は、岡山県浅口郡金光町(現・浅口市)出身の映画監督。
目次 |
[編集] 略歴
- 金光学園高等学校卒業。1980年、東京大学理科1類に入学し工学部応用物理学科に進学が内定していたが、進路を変更し教養学部アジア学科卒業。在学中に蓮實重彦の映画ゼミに参加し、大きな影響を受ける。
- 1985年に、にっかつ撮影所に入社。助監督を経て、1992年に『本当にあった怖い話』で監督デビュー。
- 同年、文化庁芸術家在外研修員として渡英。1995年に帰国するが、渡英中に製作を開始したジョセフ・ロージーのドキュメンタリー『ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男』が完成したのは1998年だった。
- 帰国後に『女優霊』を監督し、1998年に発表した『リング』が大ヒット。現在では黒沢清や清水崇らと並ぶ、Jホラー(ジャパニーズホラー)の代表の一人と目されている。
- 2003年、『ラストシーン』で芸術選奨新人賞受賞。
- 『リング』は、アメリカでリメイクされた。この作品は他の監督(ゴア・ヴァービンスキー)の手なるものだったが、続編である『ザ・リング2』では自身が監督を務め、念願のハリウッド・デビューを果たしている。このハリウッド滞在時に味わった違和感を、のちにドキュメンタリー映画『ハリウッド監督学入門』にまとめた。
- また、『仄暗い水の底から』もアメリカで『ダーク・ウォーター』としてリメイクされている。
[編集] 人物
- デビュー作が『本当にあった怖い話』シリーズの一作であったり、出世作も『女優霊』というホラー作品であり、何よりも『リング』の監督であることからホラー(専門)監督と見なされることが多いが、本人に取り立ててホラー映画指向はなく「本当に撮りたいものはホラーではない」と公言している。実際はメロドラマ志向の人であり、手塚治虫原作『ガラスの脳』はそれが結実した念願の企画でもある。
- 映画ファンだったころからロマンポルノの巨匠小沼勝監督の作品を愛好し、日活の助監督時代にも小沼に師事した。もっとも小沼監督の現場は凄惨で、「(小沼に)殺意を抱いた」と冗談まじりに回顧している。2000年に小沼作品のドキュメンタリー映画『サディスティック&マゾヒスティック』を撮った。
- 撮影中は、常に頭にタオルを巻いていることが多い。
[編集] 監督作品
[編集] 映画
- 女優霊(1996年)
- (裏)盗撮ナンパ道(1996年、オリジナル・ビデオ作品)
- 暗殺の街・極道捜査線(1997年)
- ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男(1998年、16mm作品)
- リング(1998年)
- リング2(1999年)
- ガラスの脳(2000年)
- サディスティック&マゾヒスティック(2000年)
- カオス(2000年)
- 仄暗い水の底から(2002年)
- ラストシーン(2002年)
- ザ・リング2(2005年)
- 怪談(2007年)
- L change the WorLd(2008年)
- ハリウッド監督学入門(2009年)
- インシテミル 7日間のデス・ゲーム(2010年)
- Chatroom/チャットルーム(2010年)
[編集] テレビドラマ
- 本当にあった怖い話 「幽霊の棲む旅館」「呪いの人形」「死霊の滝」(1992年)
- 学校の怪談f 「霊ビデオ」「保健室」(1997年)
- 愛と不思議と恐怖の物語「進路指導室」(2002年)
- 濹東綺譚(2002年)
- 怪奇大作戦 セカンドファイル「人喰い樹」(2007年、NHK)
[編集] 助監督作品
- ビー・バップ・ハイスクール(1985年)
- ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌(1986年)
- 箱の中の女2(1988年)
[編集] 出演作品
[編集] 映画
[編集] 外部リンク
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