岡村隆史

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岡村隆史
本名 岡村隆史
生年月日 1970年7月3日(44歳)
出身地 大阪府大阪市東淀川区
血液型 B型
身長 155.6cm
方言 関西弁共通語
最終学歴 立命館大学経営学部第二部中退
出身 NSC大阪校9期
コンビ名 ナインティナイン
相方 矢部浩之
芸風 漫才コント(ボケ)など
立ち位置
事務所 吉本興業
活動時期 1991年 -
同期 くりぃむしちゅーよゐこ
宮川大輔 ほっしゃん。など
現在の代表番組 めちゃ×2ユルんでるッ!
東野・岡村の旅猿シリーズ
作品 無問題
他の活動 俳優
配偶者 未婚

岡村 隆史(おかむら たかし、1970年7月3日 - )は、日本お笑いタレント俳優であり、お笑いコンビナインティナインボケ担当。相方は矢部浩之

大阪府大阪市東淀川区出身。吉本興業(東京本社)所属。独身。吉本総合芸能学院 (NSC)の第9期生(ただし、授業料未納により退所)。身体能力の高さを生かしたコミカルな動きや顔芸などビジュアル的な笑いを得意とする。

愛称は、おかむおかっち岡ちゃん岡ピー。主に高校時代の同級生や先輩からオカチン。相方の矢部は年下であることもあり普段は岡村さんと呼ぶがたまに小ちゃいおっさんおじいちゃんと呼ぶ。

来歴[編集]

大阪府立茨木西高等学校に進学し、ディエゴ・マラドーナに憧れサッカー部に入部。同校の1学年先輩に矢部浩之の実兄・矢部美幸がいた。2年生時に矢部浩之が後輩として入部し、先輩後輩として付き合いが始まる。当時の友人たちとは卒業後も付き合いがあり、ラジオ番組の中でもコンビの共通の話題として度々ネタにしている。

一浪の末、立命館大学関西外国語大学大阪芸術大学に合格。本人は大阪芸術大学に進みたかったが、父の勧めで立命館大学経営学部二部へ進学。しかし、相方の矢部に誘われて吉本興業のタレント養成所・NSCに入所し、大学は1年次で中退した。

NSC入学時の願書の自己PR欄には「必ずトップに立ち、ダウンタウンのようになって見せます」と書いていた。

1990年
矢部浩之ナインティナインを結成。吉本印天然素材に参加し東京進出。
1992年
第13回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。感極まった岡村は司会の桂三枝(現・六代目桂文枝)にインタビューされると号泣した。
1999年
めちゃ×2イケてるッ!』の企画で筑波大学体育専門学群を受験しようとしたが、センター試験の結果により受験ができなかった。そのため早稲田大学第二文学部を受験するも不合格となる。
ASAYAN』収録中、ハエを捕まえようとして転倒し右肩を骨折。
2000年
カードをスキミングされ、60万円相当の被害にあう。岡村自身は現金主義者で、カードの使用は月に4〜5万円程度。カードの利用額を不審に思った信販会社からの連絡により発覚した。
2002年
スポーツ新聞に爆笑問題田中裕二と岡村が犬猿の仲、という記事が掲載される。『ぐるぐるナインティナイン』で爆笑問題の田中裕二がゲストで出演した際にパロディコントで再現。実際は共演する機会も多く、私生活でゴルフに行く間柄である。
2004年
3月末に住んでいたマンションの自宅が空き巣の被害に遭うが、被害品はなかった。
2010年
6月5日、体調不良を訴え、自身が出演予定だった舞台『二人前』を延期することを発表した[1]。また、6月24日生放送の『ナインティナインのオールナイトニッポン』や、7月3日放送の『めちゃ×2イケてるッ!』の収録を体調不良を理由に欠席。
翌週の7月1日生放送の『ナインティナインのオールナイトニッポン』[2]や、7月17日放送の『めちゃ×2イケてるッ!』にて一旦復帰するも、その後も体調不良が続いたため、2010年7月12日に検査入院し、15日に当面の間休養することが所属事務所から発表された[3]。報道時点で復帰は未定としていた。
7月17日、『めちゃ²イケてるッ!』の企画「めちゃイケアウトレットパーク」で僅かに収録に参加。
11月26日、所属事務所が翌27日放送(24日収録)の『めちゃ²イケてるッ!』にて芸能活動を再開することを発表[4]、5ヶ月の休養から復活した。その後、他の番組にも順次復帰を果たす。
2013年
11月2日未明、神戸市中央区クラブで、飛び入りでDJをしている時に、何者かにビール瓶を投げつけられ頭部を負傷し、病院で手当てを受けた。兵庫県警察生田警察署傷害罪容疑で捜査する事態に発展した[5]
2014年
2月、終演間際のフジテレビ系『笑っていいとも!』で司会のタモリに直談判して不定期レギュラーの座を射止めた[6]

人物[編集]

芸風[編集]

小さい体から繰り出されるハイテンションなキャラクターが特徴。岡村は「(小さい体に産まれたことに)感謝ですよね。他人と同じ踊りを踊っても、体が小さいから滑稽に見える」と自己分析している[7]

また、『めちゃ²イケてるッ!』(フジテレビ系列)で多々見せるお笑いや企画に真面目に取り組む様も特徴的で、演出家片岡飛鳥は「お笑い番組なのに真面目に取り組むところがもはや芸風」と評している[7]

俳優活動も行っており、主演作「無問題」など映画には15本以上出演している。いっぽうテレビドラマ出演に関しては消極的である。

憧れている人物は高倉健ビートたけし志村けんとんねるずダウンタウン

一時期は松本人志に憧れしゃべりを目指していたが、「しゃべっておもろい芸人はたくさんいる。自分は動きで笑わしたい」と思い修正する。

めちゃイケのコーナー「やべっち寿司」では、ビートたけしの鬼瓦権造のキャラをオマージュした格好をしている。後にビートたけしが扮する本家、鬼瓦権造が同コーナーに出演し共演を果たす。

1999年度に受賞した日本アカデミー賞で「将来は高倉健さんのような立派な俳優になりたいです」と語った。同年に受賞し、同席していた高倉健は立ち上がって拍手をし「頑張って下さい」とエールを送った。高倉とは2012年8月25日公開の映画『あなたへ』で念願の共演を果した[8]

著名人に扮したコントキャラクター

身体的特徴[編集]

身長156.5cmだが、岡村家(隆史は長男)では一番身長が高いという。この低い身長から少年時代に競馬騎手にならないかと誘われたことがあり[要出典]2001年にはJRAジョッキーのCMキャラとして新人騎手を演じた。

即興でダンスの振り付けを覚えたり、普通は一年掛かると言われる競馬(キャンター)が3日足らずで出来たりするなど、芸能界屈指の運動神経の持ち主である。小学生時代に体操教室(オリンピックメダリストとなった男子体操の西川大輔も在籍していた)に通っていたり、中学生時代にブレイクダンスに明け暮れていたりしたのが基礎となっている。

2013年末には、専門医による薄毛治療に取り組んでいることを明かした[9]

趣味・嗜好[編集]

テレビ・ネタ
テレビを見ることが好きで、芸能界に入る目的のひとつがテレビに出たかったからというものである。他の芸人のネタを使ってしまうことが多く「パクリ芸人」という異名を持つ。ただし岡村が番組で使い続けたことによりブレイクした芸人も多数おり、誰も知らないネタを発掘するという現象も起きている。
ダンス
中学生時代はマイケル・ジャクソンに憧れてブレイクダンスを始め、大阪の「Angel Dust Breakers」に所属し、梅田阪急ナビオ前で毎夜練習に明け暮れて関西2位になる。当時は茶色くした長髪で「キッド」の愛称で呼ばれていた。『めちゃ×2イケてるッ!』の企画やキリンビバレッジ・NUDAのCM、応援ゲストとして出演した第57回NHK紅白歌合戦等で、切れ味の鋭いダンスを披露している。
模型作り
小さいころから模型を作ることが趣味で、戦車のプラモデルでジオラマを作っていた。田宮の模型小冊子に投稿したこともある。
釣り
父の影響で始めた。『ぐるナイ』では釣りをテーマとした企画を年に数回放送している。芸人仲間と共に東京湾に船で夜釣りに出かける。1級船舶免許を取得している。
ゴルフ
2005年に『めちゃイケ』の企画で行われた横峯さくらとのゴルフ対決以降、プライベートでもよくゴルフをしている。
沖縄旅行・スキューバダイビング
沖縄によく足を運んでおり、大好きな土地としている。沖縄でスキューバダイビングをすることが多い。近年ではまとまった休日がある度に、沖縄でスキューバを楽しんでいる。その頻度があまりにも多いため、『めちゃイケ』で沖縄禁止令が出されたがその後も沖縄に渡っている。また、沖縄のことについては、ガレッジセールゴリとやり取りをする仲である[要出典]
新石垣空港PR大使
2013年3月7日に開港した「南ぬ島石垣空港」のPR大使に就任し、就任式を2013年3月8日に同空港で行われた。大使就任の接点は、十数年前ロケで石垣を訪れて以来毎年訪れていることを挙げていた。なお、マスコミ発表によると石垣市公認のPR大使と報道されているが、石垣市のHP上には、この件に関する記載はない。
テレビゲーム
ジャンルを問わず幅広くプレイしている。ラジオで『ときめきメモリアル』や『パラッパラッパー』、『バイオハザードシリーズ』は短期コーナーを作るほどハマっていた。
音楽鑑賞
学生時代から久保田利伸の大ファンで、最も好きな邦楽曲は渡辺美里の「My Revolution」である。また、休養中にドラマ『ゲゲゲの女房』を見ていた影響で最近ではいきものがかりのファンを公言しており[10]ザテレビジョン(2011年4月号)のインタビューで相方の矢部に「岡村さんはいきものがかりのありがとう聴き過ぎです。こないだのロケで岡村さんのありがとう待ちありましたやん!」 と言われたほど。
洋楽には疎く、大人になってからカーペンターズを初めて聴き感動したエピソードが『めちゃイケ大百科事典』(2001年 扶桑社刊)に掲載されている。
熱帯魚
オールナイトニッポンの中でコーナーになるほど。
テレビ鑑賞(特にバラエティ)
お笑い芸人であるため芸の勉強ということもあるが、好んでいろいろなお笑い系の番組を観ている。休養中はNHKの番組ばかりを見ていたという。
ラジオ番組リスナー
高校時代に『とんねるずのオールナイトニッポン』のリスナーであった。ネタハガキも投稿していたが、一回も読まれたことがなかった。ペンネームは「ビーンとこけし」。後にこのペンネームは自身が担当しているラジオ番組の「ナインティナインのオールナイトニッポン」で番組本「ナインティナインのオールナイトニッ本」に掲載するネタを募集するコーナー名として使用された。
ネット
以前は相方の矢部と共に“アナログ芸人”と自称するほどパソコンネットなどに関する事柄には疎かったが、2008年2月、それまで持っていたデスクトップタイプのウィンドウズ機に加えてノートパソコンMacBookを購入。これを機にネットの基本操作をマスターし、“デジタル芸人”を自称するようになった。ただし、これはあくまでお洒落である自分を演出するためのことで、自分がやりたいことを達成して以降、パソコンとは距離を置いている。また、ブログTwitterなどに対して否定的な発言が目立ち、特に炎上について神経質になっている[11]
2010年春の主演映画『てぃだかんかん〜海とサンゴと小さな奇跡〜』公開時には期間限定のブログをラフブロGREE内に開設しており、更新期間が終了すると閉鎖し、過去ログもアクセス不能になった。
2014年6月、Instagramを公開開始。「旅猿」で撮影した写真などを公開している。[12]
少女時代
少女時代に非常にハマっている。「少女時代と会って話がしたい」という理由で、矢部が司会を務める音楽バラエティ番組『1番ソングSHOW』に少女時代を呼ぶよう提案した。ただ最近はメンバーの交際宣言や活動停止等の影響で、少し距離を置いている。
明日、ママがいない
『明日、ママがいない』への批判に疑問視しており、「これで放送中止になったら、もうテレビの未来はないです」「我々テレビで仕事する人間としましては、これ以上テレビの発展は見込めなくなりました」と辛辣な意見を述べた[13]。なお、相方の矢部は岡村の意見に同意している。

性格[編集]

人見知りする性格だが、収録ではそれを感じさせないほどのハイテンションで臨む。カメラが回っている時(アッパー)とそれ以外(ダウナー)との落差が非常に大きく、その差を他の芸人からネタにされることがある。

30代になってからは交友の幅を広げているようで、岡村は「20代は心のシャッターを閉めてたんですけど、(30代になってからは)ビックリするような人とゴルフ行ったりするし、いろんな人と食事するようになった」と語っている[7]

同じことを何回も繰り返して言う癖がある。

長期休養について[編集]

2010年に体調不良により約5ヶ月の長期休養をした。岡村本人は「(頭が)パッカーンってなった」と表現している。加療当時の詳細はテレビ・ラジオ番組で岡村自身が語っているものの、2014年現在、病名は発表されていない。

出演した映画『てぃだかんかん』の過密プロモーション、一人舞台『二人前』の準備などで多忙が続いた2010年6月ごろから体調が悪化。憔悴しきりながら仕事を休もうとしない岡村を見かねた矢部が、フジテレビでスタッフも見守る中「休みましょう」と休養を勧めた。岡村は当初「休養だけはしない」と仕事の継続を懇願していたが、大谷マネージャーの勧めもあり検査入院し、その後休養することとなった。この際、岡村の疲労は完全にピークに達しており、楽屋に矢部が戻ると岡村がテーブルの上に座り、矢部に財布の中のお金を見せて(十分な収入があるのに)「俺、お金ないねん。どうしたらええやろ」と騒ぎ始めたという。矢部はこの光景を間近で見て、決断したという。

これにより岡村は療養生活に入った。一人舞台をはじめ、予定されていたスケジュールはすべてキャンセルされた。

復帰後[編集]

一時期、番組中に何かミスをしたり、罰ゲームを受けさせられたりそうになるとたびたび「ブランクがある」「主治医に止められている」「これ以上やったら頭がパーンとなる」と病気をネタにして言い訳していた。

「すべっても自分だけのせいじゃない」「すべってもいいんかな?」と思うようになり、そのせいで周りからポンコツになったと言われるようになった。

一日に三度漢方薬を飲んでいる。芸能界きってのヘビースモーカーであった(アメリカンスピリットを愛飲していた)が、病気を機に完全禁煙した。禁煙の影響もあって口寂しさから甘いもの(特にアイスクリーム、チョコモナカ)を食べまくり体重が激増した。マネージャーが差し入れで持ってきたアイスクリーム数個をその日のうちに完食してしまう程であった。太ったことで体つきが出川哲朗に似てきたと度々いじられ、『めちゃイケ』では2度にわたり出川との相撲対決が行われた。『ぐるぐるナインティナイン』では2011年5月・8月にダイエット企画が行われた。

休養前に予定されていた一人舞台『二人前』は、その後何もアナウンスされておらず、事実上の公演中止となっている。

出演[編集]

コンビでの出演歴についてはナインティナインを参照。

テレビ[編集]

 過去
 ドラマ

映画[編集]

インターネット配信[編集]

  • めちゃ×2ユルんでるッ!(2013年3月27日 - 、ゼロテレビ

ラジオ[編集]

作品[編集]

CM[編集]

書籍[編集]

 連載
  • papyrus(雑誌)(幻冬舎、2006年2月号-2008年10月号)
    • 「岡村隆史のトーク出稽古『現闘者』」
グラビアインタビュー記事

ミュージカル[編集]

CD[編集]

PV[編集]

参考文献・出典[編集]

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  1. ^ オリコンニュース「ナイナイ岡村、体調不良で初の一人舞台延期」(2010年6月5日)
  2. ^ オリコンニュース「ナイナイ岡村、体調不良から2週間ぶりラジオ復帰 休養中は里帰りでリフレッシュ」(2010年7月2日)
  3. ^ 岡村隆史さん:体調不良で休養 復帰未定 毎日新聞 2010年7月15日閲覧
  4. ^ ナインティナイン・岡村隆史復帰のお知らせ
  5. ^ ナインティナイン:岡村さんが頭部負傷…ビール瓶投げられ”. 毎日jp (2013年11月3日). 2013年11月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月3日閲覧。
  6. ^ ナイナイ岡村、『いいとも!』不定期レギュラー獲得の裏話明かす「ホンマのガチ」”. オリコン (2014年2月21日). 2014年2月26日閲覧。
  7. ^ a b c KING講談社 2005年5月
  8. ^ 岡村隆史、憧れの高倉健と12年越しの共演実現! 映画.com(2012年4月23日)
  9. ^ ビジネスジャーナル(2013年12月27日付、2014年1月2日閲覧)
  10. ^ いきものがかりは『ゲゲゲの女房』の主題歌(ありがとう)を担当している。
  11. ^ “岡村隆史が「もうやめよう、ツイッターとか」 高岡韓流発言や「嵐」のホテル騒動に言及”. J-CAST. (2011年8月12日). http://www.j-cast.com/2011/08/12104331.html?p=all 2011年8月13日閲覧。 
  12. ^ ネット上では公開をアナウンスする場がなく、ベッキーが代わりにアカウントを告知した。
  13. ^ ナイナイ岡村、「明日ママ」批判に疑問……「放送中止になったらテレビの未来はない」RBB TODAY(2014年1月24日). 2014年2月8日閲覧。
  14. ^ とんねるずと違い、過去にはナインティナインとしてのレギュラー出演経験がある。

外部リンク[編集]