石橋貴明

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石橋 貴明
ニックネーム タカさん
生年月日 1961年10月22日(50歳)
出身地 日本の旗 日本東京都板橋区成増
血液型 A
身長 182cm
方言 共通語
最終学歴 帝京高等学校
出身 お笑いスター誕生
コンビ名 とんねるず
トリオ名 矢島美容室
グループ名 野猿
相方 木梨憲武
芸風 漫才コント
立ち位置 左(たまに右)
事務所 アライバル
活動時期 1980年 -
同期 そのまんま東コロッケ小柳トム
過去の代表番組 うたばん
今夜、宇宙の片隅で
第四学区
イシバシ・レシピ
作品 メジャーリーグ2
他の活動 歌手俳優
配偶者 鈴木保奈美
親族 穂のか(実娘)
弟子 佐々木主浩

石橋 貴明(いしばし たかあき、1961年(昭和36年)10月22日 - )は、日本お笑いタレント司会者歌手俳優、芸能事務所社長。

目次

[編集] 概要

[編集] 略歴

東京都葛飾区で裕福な家庭に生まれるも、小学一年の時、父・武夫の経営する「石橋化成」が倒産板橋区成増移住夜逃げ)し、それ以降は極端な貧乏生活を強いられる[5]

小学6年生の時『アフタヌーンショー』の「ちびっ子ものまね大会」に出演。その後、中学生・高校生時代には『ぎんざNOW!』など素人参加番組に多く出演した。この頃からお笑いタレントとしての道を意識し始める。

帝京高等学校進学後は、7歳上の兄の影響で野球を始め、野球部に入部する。「帝京の秘密兵器」として甲子園を目指したが秘密のまま終わる(スポーツ番組でよくネタにする)。交遊のある高校時代の2年後輩にヤクルトスワローズ元投手の伊東昭光がいる。

高校の同級生の木梨憲武貴明&憲武を結成。所ジョージ司会の『ドバドバ大爆弾』に出場するも、あと一息のところで賞金100万円を獲り逃がす。その後も木梨と共にコンビとして『お笑いスター誕生』など素人参加番組に出演。

高校卒業後は「元々サービスするのは好き」という自分の性格と父親の勧めもあり、「ホテル センチュリーハイアット東京(現・ハイアットリージェンシー東京)」に就職。

就職後も、木梨と共に素人参加番組に挑戦を続ける。就職してから約4ヵ月後、就職していたセンチュリーハイアット東京を辞め、木梨と「とんねるず」を結成してプロデビュー。デビューに当たっては、父親に「大学に行ったつもりで4年間だけチャンスが欲しい」と強く申し出たという。

この時期、友人の近藤伸明(現・ブラザー・コーン)に紹介してもらい、あのねのねに弟子入りを志願するが断られている。また佐藤B作が主催した劇団東京ヴォードヴィルショーに入団を志願するも、佐藤から「俺は君の歳の頃にヴォードヴィルを造ったんだ。自分でやらなきゃダメだよ。」と諭されこちらも断念した。また高校卒業前には、担任教師から卒業後の進路としてお笑い芸人への道を薦められ、その気があれば毒蝮三太夫を紹介すると言われたが、「毒蝮三太夫の弟子は全員芸名にヘビの名前を入れなければならない」ことが気に入らず、断ったと言う。

そして1982年4月、「お笑いスター誕生!!」で念願の10週勝ち抜きでグランプリを獲得した。プロデビュー後2、3年は下積みの日々を過ごしたが1985年に本格ブレイク。

以降「オールナイトフジ」「夕やけニャンニャン」(共にフジテレビ系列)の出演などで若者のカリスマ的存在となり、一気にスターの階段をかけ上っていく。1984年 - 1986年に深夜ドラマの草分けである『トライアングル・ブルー』に相方の木梨、可愛かずみ川上麻衣子柄沢次郎前田耕陽等と出演する。1980年代後半以降は向かう所敵なし状態で、レギュラー番組が次々に当たり社会現象を巻き起こすほどの影響力を与えるまでになり、今日まで活躍を続ける国民的人気のお笑いコンビとなっていった。

1988年、元モデルの前妻と入籍。妻との間に1989年には娘で今は女優の穂のかをもうける。

1998年、現妻で当時女優の鈴木保奈美と再婚。(後に、鈴木との間に娘を3人もうける。)

2005年、『MLB主義』で共演した牛島和彦監督が率いる横浜ベイスターズのエグゼクティブ・アドバイザーに就任(以前は読売ジャイアンツのファンだった)。

2008年8月28日、MCを担当していたTBSの『うたばん』が1996年10月15日の放送開始以来500回の節目を迎えた。番組はその後2010年3月23日まで13年半続いたが番組は終了した。2010年4月から9月まで放送された後続の音楽番組である『ザ・ミュージックアワー』を含めて丸14年に渡るTBSを代表する長寿音楽番組となった。

その他コンビとしての略歴はとんねるずを参照のこと。

[編集] 芸風・仕事

[編集] 伝説

若かりし時代の石橋は「超」がつくほどの暴れん坊で、日本テレビ界史上後にも先にもこれしかないであろう伝説を数多く残している。

1985年1月19日放送の「オールナイトフジ」で『一気!』を熱唱中、石橋がテレビカメラを何度も揺すっているうちに、バランスが崩れてフロアに横倒しとなった。倒れたカメラはスタッフがすぐに立て直すも、とんねるずの二人は顔面蒼白。木梨は「俺しらねーよ…」と何度もつぶやき、曲終了後、MC陣がその場をどうにか取りつくろった。カメラは一見故障していないように見えたが、倒れた際の衝撃により結局廃棄処分となり、カメラとレンズ合わせて当時の価格で約1,500万円を弁償するハメになった。保険はあったものの、当時のカメラマンが報告書に「とんねるずの悪ふざけ」と書き、結局降りなかったという。その後、フジテレビの歴史や過去の番組を振り返る特番等で、このシーンが何度も放送されている。しかしながら、とんねるず(特に石橋)が(問題児として)広く知られるようになり、ブレイクのきっかけになった出来事と言える[6]

同年10月17日放送の「ザ・ベストテンin静岡」で生放送に出演したとき、2位で登場したとんねるずに対して客席は総立ちに。とんねるずはスタッフの担ぐ御輿の上に乗り、客席の間の通路を通ってステージに向かう演出であったが、警備の不備なども重なり御輿に観客が殺到して衣装を引っ張るなどしたために石橋が御輿に乗れず、逆上して観客に掴みかかる事態にまでなった。怒り心頭の石橋は生放送中にもかかわらず、ステージ上で観客に対して「馬鹿野郎!」「ふざけんじゃねぇぞ、この野郎!」「てめぇら最低だ!」などと罵声を浴びせたり衣裳の飾りを客席に投げつけたりし、木梨のフォローも構わず、「雨の西麻布」を怒鳴り声で歌った。石橋の態度に対し番組宛に抗議が殺到し、翌週の放送で石橋が謝罪した。これも石橋の暴れん坊ぶりを象徴した事件と言える[7]

また、2001年7月21日放送の「FNS27時間テレビ」では、石田弘(通称:ダーイシ)に扮する石橋が、港浩一(通称:小港)に扮する木梨とのパター対決でゴルフボールを大型モニターに激突させ破壊している。オールナイトフジでは顔面蒼白となっていた二人だが、このときはほとんど動じず、そのまま石田と港のキャラを演じつづけた[8]

[編集] 共演者へのイジり

芸能界きっての傍若無人で、かなり強烈な稀有の「イジり」キャラのタレントとして有名。芸能界の同じようなキャラとしては横山やすし上岡龍太郎やしきたかじんなどが挙げられるが、関東のお笑いタレントの中ではこれほどの「イジり」キャラは石橋の他にはさほど見受けられない。また、言葉遣いや行動等が独創性に富んでおり上に挙げられたタレントらとも一線を画す立ち位置を築いている。大抵イジりの矛先はお笑い芸人だと思われがちだが、石橋はアイドル、歌手、俳優、スポーツ選手、更には番組スタッフや素人とジャンルを問わない。

石橋の特徴として「メインよりもその横にいる埋もれがちな人をトコトンいじる」ということが目立つ。とんねるずのみなさんのおかげでしたの「食わず嫌い王決定戦」で若手芸人コンビが出ると、どちらかというと目立たないほうにスポットを当てたり(例:DonDokoDon平畠雨上がり決死隊蛍原、など)、「うたばん」でバンドが出演する際には、ボーカルではなくベーシストドラマー(例:LUNA SEA真矢PENICILLIN・O-JIRO、など)、の特異な外見に注目したり、ジャニーズ系のアイドルグループが来れば中心人物の横にいそうな「天然キャラ」っぽいメンバーを好む傾向がある(大野智KAT-TUN中丸雄一V6坂本昌行関ジャニ∞安田章大Hey! Say! JUMP知念侑李など)。

その「イジリ」により、多くのタレントやスポーツ選手を芸能界でブレイクさせたという功績もある。さかのぼると「オールナイトフジ」のオールナイターズや「夕やけニャンニャン」のおニャン子クラブといったアイドルグループのメンバーやプライベート、グループ内事情などを容赦なく切り込んでいったのが初めである。また「とんねるずのみなさんのおかげです」のコントで共演した女優も普段演技では見られない素顔の部分を石橋による執拗なイジリによって引き出されてその後ブレイクを果たすきっかけにもなっている(新人だった宮沢りえ観月ありさともさかりえ松嶋菜々子など)。「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」では、定岡正二錦野旦輪島大士らを徹底的にイジり、バラエティ界での彼らの面白さを引き出した。モーニング娘。に対しては、メンバー個人にオリジナルのあだ名をつけるなどして独特のイジり方をし、一時期フィーチャリングされた保田圭絡みの企画が何度か放映された。

しかし、「イジれる相手」ならば人も場所も選ばず、勢い余って不謹慎や厳しい言葉を発してしまい、騒動を起こしてしまうことがしばしばある。『新春かくし芸大会』が何年ぶりかで生放送をした際にゲストとして出演したミッキーマウスに対して「どうせ中におっさんが入っているんだろ」と発言し、頭をつかんで脱がそうとしているところで急遽CMに入るハプニングがあり、それが原因で「東京ディズニーランドに出入り禁止」になるという都市伝説が生まれるほどの物議をかもす[9]フジテレビ1993年F1モナコGP中継にゲスト出演した際に、アイルトン・セナびいきが過ぎたためか、同レース中にライバルのアラン・プロストミハエル・シューマッハにアクシデントが発生したときに、「オレがプロストのタイヤに穴開けときました」「シューマッハ、やってもぉた!」などそのことを露骨に喜ぶような言動が大顰蹙を買ってしまい、視聴者やF1ファンからの抗議が殺到して、以後のF1中継に呼ばれることがなくなってしまったり[10]、「みなさんのおかげです」共演者に名誉毀損で告訴された(石橋側の謝罪により、後に提訴取り下げ)こともある。「うたばん」にて、ZONEMIZUHOに「チンチンの先」というあだ名を付けてしまい、放送後「未成年タレントに下品なあだ名を付けたのは余りにも可哀相」「明らかにセクハラ」とテレビ局に抗議が届き、後日テレビ局が「メンバー並びに視聴者に不快感を与え、申し訳なく思っています」と謝罪する事件を起こしたこともある[11]

[編集] 音楽活動

自身の音楽活動としては、「NHK紅白歌合戦」において別名義で2回の初出場をしている(1991年:とんねるず、1999年:野猿)。1997年には「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」発のユニットで工藤静香と組んだ“Little Kiss”の「A.S.A.P.」(オリコン初登場3位)、また同年に定岡正二・デビット伊東と組んだ“ANDY'S”の「FREEDOM」(作曲:佐野元春)(オリコン初登場10位)をリリースし、人気を博した。Little Kissでは当時ヒット曲を輩出していた宝石会社のCMソングに起用され、PVでの過激な二人の絡みや、生放送音楽番組「ミュージックステーション」で間奏中にキスをして話題になった。ANDY'Sでは河村隆一HOUND DOGライブに飛び入り参加した。後に“関東裸会三羽烏”や、松田聖子との“SEIKO with Crazy.T”でCDリリースをしている。公式のCDリリースのなかったものとしては「矢島工務店」がある(担当)。この矢島工務店の流れを汲み、2008年には、「とんねるずのみなさんのおかげでした」での企画として「矢島美容室」が結成され、メンバーのプロデュースを行っている。

[編集] 俳優活動

映画「メジャーリーグ2」では謎の日本人選手「タカ・タナカ」として出演。続編にあたる「メジャーリーグ3」にも出演した。これは、第1作が世界でヒットした作品だったが、日本での興行成績がふるわなかったために、そのテコ入れとしての起用であった。これがきっかけで石橋は本場のメジャーリーグ選手やファンから「あの日本人選手」として知名度を得た。その後三谷幸喜脚本、西村雅彦飯島直子とのトリプル主演だった1998年「今夜、宇宙の片隅で」や、議員秘書に焦点を当てた2001年「レッツ・ゴー!永田町」でドラマの主演を演じる。その後も映画やテレビドラマなどコンスタントに出演。

[編集] その他

  • 毎年、夏に開催されるFNSの日のフィナーレ恒例の「フジテレビ新人アナ披露」では「2001年は21世紀最初の年」ということで立会人を担当した。現在の所、芸能人がフジ新人アナ披露の立会人を担当したのはこの回だけである。
  • 「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」では「バラエティ番組でのテロップ編集」を導入、「うたばん」ではカメラワーク・CGを最大限に利用するなど、現在のテレビバラエティでは常套手段となった手法をいち早く取り入れた(前者のテロップ編集に関しては探偵ナイトスクープが先にテロップ編集を取り入れているなどローカルでは目立ちつつあった)その一方で「第四学区」「石橋貴明のレディオイシバシーノ(仮)」のような編集一切なしのトーク一本の番組もこなす。
  • 芸能人長者番付(高額納税者ランキング)で1997年から2001年まで5年連続1位を獲得。
  • 最近ではとんねるずとしての活動は縮小傾向にあり、特別番組のメインや「イシバシ・レシピ」「MLB主義」(共にTBS)など単独での仕事が多くなっている。

[編集] 人物

[編集] 趣味・嗜好

番組で出身地である板橋区や東武東上線に関連したゲストが来ると、必ずと言っていいほど東上線など地元ネタを絡めたトークを始める(その際、相方の木梨が負けじと同じく出身地である祖師ヶ谷大蔵について勝手にトークに割り込み、石橋が逆に呆れてしまうパターンもある)。過去放送されていたトーク番組「第四学区」においても古舘伊知郎と板橋区トークを展開した。他にも、globeと番組で共演した際には、メンバーの小室哲哉と「早実(早稲田実業)VS帝京」の話になったことがある(小室は早稲田実業出身)[12]。トーク相手の地元ネタや出身地などを笑いに変えることが目立つ。

とんねるず自体が「高卒」をウリにし石橋自身も貧乏だったという環境だったため、育ちの良い芸能人には非常にコンプレックスを感じており、トーク中に皮肉を込めた羨望の言葉を発することも。その反動からか、食べ物の嗜好や趣味などは相方の木梨と比べると高級志向な物が多い。

またオセロに造詣が深く、番組内で以前、ゲストの瑛太との対局風景がテレビで流れた(結果は惨敗)[13]。また生ダラでもサダーズ(定岡正二&輪島大士)との対戦にオセロを指定したことがある。

最近は料理にも興味をもっており、休日には合羽橋に料理道具をよく買いに行っている。将来は自分の料理店を開きたいという願望を抱いている。

嫌いなものはらっきょう。木梨はもともとはらっきょうが好きだったが、石橋のらっきょう嫌いが影響して、木梨まで嫌いになってしまった。

相方の木梨共々、絶叫マシンが苦手。乗ると吐いてしまうらしく、とんねるずのみなさんのおかげでしたのモジモジくんでの企画で、絶叫マシンを賭けたゲームをやった際も、勝ったものの巻き添えをくらいかけ、全力で逃げていき、結局乗らなかった。

子供の頃はあべ静江の大ファンで下敷きに写真を入れていた。

[編集] スポーツ

スポーツ好きとしても知られており、様々なスポーツ(プロ野球メジャーリーグ競馬オリンピックボクシングプロレス相撲など)に関する知識が豊富である。1999年秋〜2000年秋に計3回放送された「FNS番組対抗!春秋の祭典スペシャル」(とんねるず司会)では「タカvsカルトQ」という、石橋がほかの出演者全員と早押しクイズを対決するという企画があり、そこでスポーツ問題が多数出題され、1999年秋・2000年春の2回の放送ではほとんどの問題で石橋がことごとく早押しを決めて正解した。

プロ野球は読売ジャイアンツファンだが、妻で女優の鈴木保奈美が大の横浜ベイスターズファンであることや親交のある牛島和彦が同球団監督に就任したため、横浜を応援していた時期もあり、(牛島からの依頼で)同球団のファン獲得・選手のプロモーション企画の提案・集客促進をするEA(エグゼクティブ・アドバイザー)も務めた過去がある。

スポーツ観戦にも積極的で2006年3月に米国で開催された第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝の「日本対キューバ」戦においてはスケジュール多忙の中、1泊3日という「弾丸ツアー」を強行して日本が世界一になる瞬間を見届けた。ちなみに、会場で観戦する姿がテレビを通じて放映された。さらに3年後の第2回WBCにおいても、日本ラウンドの日韓戦の試合においてもテレビを通じて放映された。そのため、スポーツ選手や関係者とは多くの友人が存在し、特に社会人野球時代から友人関係にある野茂英雄投手とは旧知の仲で知られ、大リーグ入団の際、当時マスコミなどから非難を浴びていた野茂英雄をアメリカまで駆けつけて激励したエピソードがある。現在にいたるまで野茂との交流は続いており、野茂もとんねるず関連の番組には積極的に出演している。芸能人との野球対決で何度か投手としてマウンドに立ったことがあり、その時は時速120km台の直球を投げていた。

そんな中、芸能人やスポーツ関係者の中でも唯一松岡修造だけには苦手意識を持っている。傍若無人でツッコミ屋な性格を持つがゆえに、様々なタイプの芸能人との絡みができる石橋だがマイペースの熱血漢という松岡のキャラクター・性格からか、松岡が石橋出演の番組に出ると石橋のツッコミにも全く動じずにことを運ぶシーンが繰り返された。

最近はゴルフにも熱心で2006年「とんねるずのみなさんのおかげでした」内でのスペシャル企画『石橋貴明 GOLF世界一へ〜セント・アンドリュースへの挑戦〜』でコーチとして知り合った谷原秀人とは仲が良く、石橋は谷原をゴルフの師匠と呼んでいる。企画が始まった2006年の「アルフレッドダンヒル・リンクス選手権」には準備不足から出場は出来なかったが、翌2007年の当大会に谷原とのプロアマペアで日本代表として出場した。ちなみに得意技はパターである。

[編集] ものまねの対象として

石橋の特徴的な声質は、しばしばものまね番組などでターゲットにされている。有名どころでは、最初に石橋のモノマネを始めた松村邦洋で、とんねるず好きであった松村が、「夕やけニャンニャン」や「とんねるずのオールナイトニッポン」など、特に1980年代の荒々しい時代を得意とする。その後、コージー冨田原口あきまさがさらに微細な喋り方の癖や、仕草の特徴を捉えたものまねをしている。コージー冨田を気に入った石橋は、プライベートでも麻雀仲間として付き合いがある。一方原口は木梨のモノマネもレパートリーに持ち、一人とんねるずもこなす。

[編集] その他

  • 中学生の時、『8時だヨ!全員集合』の公開収録を見学、当時長髪だった志村けんを見て「あの長髪の奴、つまんねぇよ」と言っていたことを、志村けんのエッセイで明かされている[14]
  • タバコは、マイルドセブンを吸っていたが2005年から禁煙している。
  • 子供の頃からテレビっ子で、そして意外なことに幼少の頃いじめられっ子であった(ライブのMCでの発言)。
  • 貧乏でも終生誇りを捨てなかった父・武夫を、貴明は現在も尊敬しており、父は常に貴明の味方であったという。中学時代にテレビに出たことを学校側が問題視したが、武夫は「帰宅した後は学校の管轄外だ! 帰宅後の子供の行動は私が責任を持つ。それを学校がとやかく言うことか!」と怒鳴り込んだこともある。そんな父は貴明がデビューしてまもなく死去し、その当日に友達と遊び歩いていた貴明はそれを知って「最後の最後に親不孝をした」と、死に目に会えなかったことを後悔したという[15]
  • 「『とんねるずのみなさんのおかげです』をレギュラーにしてほしい」と一人フジテレビの社長室に直談判しに乗り込んでいったことがある。なお、この際「俺も一緒に直談判した!」と「みなさんのおかげでした」エグゼクティブプロデューサー石田弘が関係者に語っていたらしいが、特番でフジテレビ会長(当時社長)の日枝久によって否定されている。
  • 2005年までに公表されていた高額納税者ランキングにおいて俳優・タレント部門のトップ常連であり、相方の木梨憲武と共にランキング上位に顔を出していた。1980年以降の20年間の芸能人生涯所得ランキングは、1位の小室哲哉に続き2位にランキングされている。
  • 2004年堀江貴文ライブドア社長(当時)が近鉄バファローズ買収を表明した際、広島のテレビ番組に出演し、その番組の中で堀江の提案に好意的であるということを発言した[16]
  • 輪島大士の再婚を番組で支援したこともある[17]
  • 毎年キャンプを主催している。このキャンプにはテレビやラジオなどで付き合いがある関係者やその家族を招き、本人が自慢の腕をふるってごちそうを振舞っている。
  • 家宝の一つとして、世界に名を残したF1ドライバーアイルトン・セナのヘルメットを持っている。これは1993年秋に「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」で行われたカート対決で、石橋がセナに勝ったら間近に控えた日本GPで使用したヘルメットをもらえるという約束をしていたもので、対決では鼻の差で石橋が先にチェッカーを受け公約を果たすことになった。セナは1993年日本GPで見事優勝。セナ自身これが日本GPラストランとなる。実際にヘルメットが石橋の手に届いたのはセナが1994年5月1日に事故死したサンマリノGP後であり、当時契約していたSHOEIの関係者によって届けられ、そこにはセナからのメッセージが入った手紙も届けられた。「第4学区」の特別版である「第4学区スポーツ」では大事な家宝として一度ヘルメットを披露している。
  • テレビでは傍若無人で暴れん坊なイメージを持つが、テレビの本番以外などはとても礼儀正しく、面倒見が良いことで知られる。うたばんに大泉洋が出演した時、本番では「絶対に北海道から出てくるなよ!」など暴言を吐きまくっていたが、本番終了後は「東京には出てこないのか? 絶対に成功するだろうから出てこいよ。頑張れよ!」と応援されてビックリしたと、大泉は公式の日記で書いている。また野猿が出演した時、アンケートで石橋派か木梨派かというアンケートがされた時、石橋派が8人、木梨派が1人という結果が出た。メンバーからは「ふだんは面倒見が良い」「タカさんの方がよくしてくれる」などの答えが出ていた。

[編集] 出演作品

石橋貴明としての出演作品を記載。コンビでの出演作品はとんねるずの項目を参照。(ゲスト出演番組は除く)

[編集] 過去の出演作品

[編集] テレビ番組

レギュラー番組
  • 石橋貴明・男塾(1996年5月28日 - 1996年9月17日、TBS)
  • うたばん(1996年10月15日 - 2010年3月23日、TBS)
  • 第四学区(1999年4月- 9月・2000年4月- 9月、フジテレビ
  • イシバシ・レシピ(第1期2003年10月 - 2004年3月、TBS)
  • MLB主義 (2004年、TBS)
  • イシバシ・レシピ2(第2期2005年1月 - 3月、TBS)
  • MLB主義'05(2005年、TBS)
  • イシバシ・レシピ(第3期2005年10月3日 - 2006年3月27日、TBS)
    • メジャーシーズン中は『MLB主義』、シーズンオフには『イシバシ・レシピ』というローテーションで交互に放送されていた。
  • MLB侍(2008年7月26日 - 9月28日、TBS)
  • ザ・ミュージックアワー(2010年4月20日 - 9月14日、TBS)

[編集] ラジオ

[編集] スペシャル番組

判明分のみ(ゲスト出演番組除く)

[編集] ドラマ

[編集] 映画

※括弧内は左から初公開年月・興行会社を表記。

[編集] 音楽作品

単独で活動しているもののみ。コンビでの音楽作品は「とんねるず」を参照。

[編集] 書籍

[編集] DVD

  • 銃声 LAST DROP OF BLOOD (2003年11月21日発売)
  • ブラックジャックによろしく〜涙のがん病棟編〜(2004年7月22日発売)
  • 星野仙一物語 〜亡き妻へ贈る言葉 (2005年9月25日発売)
  • メジャーリーグ2 (2000年6月21日発売)
  • メジャーリーグ2 (2004年3月5日 発売)
  • メジャーリーグ お買い得パック <初回限定生産>(2004年3月5日発売)
  • メジャーリーグ3 (2000年7月19日発売)
  • メジャーリーグ3 (2004年3月5日発売)
  • メジャーリーグ2 <期間限定生産> (2005年9月30日発売)
  • メジャーリーグ2 <期間限定生産> (2006年6月2日発売)
  • メジャーリーグ3 <期間限定生産> (2006年6月2日発売)
  • イシバシ・レシピ 前編(2005年2月16日発売.2003年よりTBS系列にて放送分全24回の前半12回分を収録)
  • イシバシ・レシピ 後編(2005年2月16日発売.2003年よりTBS系列にて放送分全24回の後半12回分を収録)
  • イシバシ・レシピ2 (2006年1月18日発売.2005年1 - 3月放送分を収録)

[編集] ものまねレパートリー

[編集] 石橋貴明のものまねをする芸能人

[編集] 脚注

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  1. ^ 2010年3月25日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでしたとんねるず結成30周年スペシャル」内の『食わず嫌い王決定戦とんねるず対決スペシャル』より。本人曰く「ツナマヨ自体は好きだが、おにぎりとの組み合わせが苦手」とのこと。
  2. ^ 2011年8月4日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでした」内の『大竹、指輪を買う』より。
  3. ^ とんねるず『とんねるず 大志』
  4. ^ [1] 「とんねるず石橋長女、穂のか女優デビュー」SANSPO.COM(2008年11月11日)
  5. ^ とんねるず『とんねるず 大志』
  6. ^オールナイトフジ』1985年1月19日放送
  7. ^ 『「ザ・ベストテンin静岡』1985年10月17日放送
  8. ^FNS27時間テレビ』2001年7月21日放送
  9. ^新春かくし芸大会』1996年1月1日放送
  10. ^F1グランプリ』1993年5月23日放送
  11. ^うたばん』2002年3月28日放送
  12. ^ 『うたばん』2002年2月14日放送
  13. ^とんねるずのみなさんのおかげでした』2009年1月9日放送
  14. ^ 志村けん『変なおじさん』
  15. ^ とんねるず『とんねるず 大志』
  16. ^KEN-JIN』2004年7月9日 - 7月23日放送
  17. ^とんねるずの生でダラダラいかせて!!』1996年3月27日放送

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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