北島三郎

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北島三郎
基本情報
出生名 大野穣
別名 サブちゃん、親父、原譲二(作詞・作曲時のペンネーム
出生 1936年10月4日(78歳)
出身地 日本の旗 日本 北海道上磯郡知内村(現・知内町
血液型 O型
学歴 東京声専音楽学校卒業
ジャンル 演歌
職業 演歌歌手シンガーソングライター俳優
担当楽器 ギター
活動期間 1962年 - 現在
レーベル 日本クラウン
事務所 新栄プロダクション
1962年 - 1972年
北島音楽事務所
1972年 - )
共同作業者 山本譲二松原のぶえ小金沢昇司ほか
公式サイト 公式ウェブサイト

北島 三郎(きたじま さぶろう、1936年10月4日 ‐ )は、日本演歌歌手俳優作詞家作曲家

「函館の女」に始まる『女』シリーズ、「兄弟仁義」などの『任侠』シリーズなど、数多くのヒット曲がある。本名は大野穣(おおのみのる)。一般にはサブちゃんという愛称で呼ばれている。原 譲二(はら じょうじ)のペンネームでも知られ、自身の楽曲の作詞・作曲ばかりでなく、自身の舞台のシナリオ・演出や、北島ファミリーはじめ、他の演歌歌手への楽曲提供など、マルチな活動を精力的に行っている。

作曲家・船村徹門下出身で、門下生で作る「船村徹同門会」(会長・鳥羽一郎)では名誉相談役を務める[1]

来歴[編集]

デビューまで[編集]

北海道上磯郡知内村(現:知内町)出身。北海道函館西高等学校に進学した。高校時代の北島は、海で溺れた小学生を救助したという逸話がある(この人命救助の件は当時の『函館新聞』にも掲載され、その記事が函館市の北島三郎記念館に飾られている)。高校在学中に函館で開催された『NHKのど自慢』に出場する。この時、鐘は2つだったが、司会の宮田輝から「良い声して学生さんですか?お上手でしたのにねえ…」と優しく声をかけられたことで、「歌やれば歌手の道あるかな?」と思うようになり、結局それが歌手への目覚めの第一歩になったという[2]

1954年、18歳で高校を中退、東京の親族を頼って上京し、当初は東京声専音楽学校1989年、昭和音楽芸術学院に改称。2007年閉校)に入学。しかし歌謡曲志向であったため、渋谷を拠点に流しの仕事をしながらデビューを目指す。この頃に北島が当時都内で下宿していたアパートの大家の娘であった雅子(後の北島音楽事務所社長→副会長)と結婚。1959年11月30日、挙式。北島がレコードデビューする約3年前の挙式だった。式に出席したのは両家あわせて21人だけだった。北島は定収がなく、夫人の両親から結婚を反対されたと後に語っている。

1960年、流しの収入は3曲100円だったが、ある日羽振りのいい客が1000円を出してくれた。礼を言い1曲歌うと「明日、新橋の○○って喫茶店で待っているから来なさい」と声をかけた。その相手は北島の評判を聞きつけた日本コロムビアの芸能部長で、この時、喫茶店で引き合わされたのが作曲家、船村徹だった。この時のことを振り返り北島は「こういうちょっとした出会いなんだけど、わずかな出会いが人生で物凄い出会いになってくる」と語っている[2]。これを契機に船村門下となり、レッスンの日々となる。

1961年、ある日のレッスン前、船村から「今日から他の歌はいいからこの歌を歌え、この歌を勉強しろ。」と譜面を渡される。これが後に最初のヒット曲となった『なみだ船』だった。この年には既にレコーディングも行われ、その場で船村から紹介されたのが新栄プロダクションの社長、西川幸男だった[3]。また、この年にはギター漫才『ゲルピンちん太ぽん太』の“ぽん太”として漫才コンビでのステージも経験している。これは歌の師匠である船村がなかなかデビューのチャンスを得られない北島にステージ度胸をつけさせるため、自ら台本を書き、もう1人の弟子とコンビを組ませ、知り合いの興行師に頼みこんで仕込んだ事で、東北地方の1か月興業の前座芸人として機会を与えられたが3日ほどで「使い物にならない」と帰され、ギャラは一切もらえなかったという。ロカビリー全盛のこの頃、正統派の演歌・歌謡曲の新人はなかなか需要が無く、船村自身「あんなに(売り込みに)苦労した弟子は他にはいなかった。」と述べている[4]

デビュー[編集]

1962年、新栄プロの先輩歌手、村田英雄の「王将」のヒット記念パーティーで歌手としての初舞台を踏む。[5]この年の3月には“呼びやすさ・親しみやすさ先行“で「北海道(北の島)生まれの三郎」という由来のもとに芸名・北島三郎と6月デビューが決定する。ただ、当時の芸能界で、「既婚の新人歌手」はありえなかったため、プロフィール上は独身とした。

同年6月5日日本コロムビアから「ブンガチャ節」(作詞・星野哲郎、作曲・船村徹)でデビューしたがこの第一弾は不発に終わった。北島はレコーディングを済ませていた『なみだ船』を予想していたが、その予想は完全に覆された。「ブンガチャ節」は渋谷などの繁華街流しが歌っていた春歌(猥歌)の歌詞を変えて売り出したもので、発売から1週間で放送禁止となった[6](歌詞の中の“キュッキュキュ~”との合いの手が「ベッドが軋む音」を連想させ卑猥だからという俗説もある)。北島自身は「テレビに3回出たら、放送禁止になっちゃった。」と語っている[2]。そこで8月20日に急遽発売となったセカンド・シングル「なみだ船」がヒット(公称でミリオンセラー[7])し、出世作となる。

1963年秋、日本クラウンの設立と同時に同社へ移籍。クラウンレコード第一回新譜に、美空ひばり[8]らと共に名を連ねる。また、この年紅白歌合戦に初出場。この年、長男が誕生。これを週刊誌にスクープされたことと、事務所社長・西川の勧めもあり、妻子の存在を公表する[9]

人気確立[編集]

1965年、この年の4月に「兄弟仁義」と「帰ろかな」、そして11月に「函館の女」と、この年リリースしたうちの3曲が大ヒットし、演歌歌手としての人気を確立。『兄弟仁義』は東映で映画化され自らも出演。これも大ヒットし、シリーズ化され、主演映画スターとしても活躍するようになる。

1972年10月9日、デビューから10年間所属した新栄プロダクションから独立し、北島音楽事務所を設立。

1978年、「与作」(NHK『あなたのメロディー』で公募)は千昌夫ミノルフォンレコード)との競作[10]となったが、親しみやすい歌詞とゆったりした曲調でヒットし、ファン層を拡大することに成功。

1980年代以降、『腹が丈夫』であったことをシャレにして自ら名づけたペンネーム・原譲二[11]を用いて自ら作詞や作曲、演出を手がけることが多くなってゆく。

1985年8月、飛行機に特設ステージを設け、機内コンサートを開催。なお、飛行機内での本格的コンサートは世界初。

1986年12月、広域暴力団稲川会の新年会に出席していたことが静岡県警の捜査で明らかになり、決定していた第37回NHK紅白歌合戦への出場を辞退する(連続出場回数は23回でストップ)[12][13]

演歌の大御所として[編集]

1989年4月21日1月8日改元により制定された元号平成」にちなんだ楽曲「平成音頭」を発表。約16万枚を売り上げた[14]

1997年7月、北海道寿都町のイメージソング「風のロマン/弁慶岬」を発売、9月には演歌初のCDエクストラとなる「出逢い」を発売する。、

1998年アニメの主題歌(NHKおじゃる丸』主題歌「詠人(うたびと)」を歌うなど、新しいジャンルへも挑戦。

2003年11月29日、八王子観光大使に委嘱。

2006年10月4日古希と『芸道45周年』を祝うパーティーの席上、一番弟子で北島ファミリーの「長男」ともいうべき山本譲二2007年に「暖簾分け」の形で独立させることと、音楽事務所の社長を妻・雅子から長男・龍に交代させることを発表し、周囲を驚かせた。なお、北島は「今後も山本を支援し続けることに変わりはない」と明言している[15]。そうした動きの一方で、同月15日に発売した「あの日時代」がオリコン演歌・歌謡チャート(注・シングルチャートではない)で、最高位1位を記録(同チャート1位の史上最高齢記録を更新)[16]

2009年デジタル放送推進協会の「日本全国地デジで元気!」キャンペーンソングとして「地デジで元気!音頭」を作曲し(原譲二名義)自ら歌った。その縁で翌年6月、総務省から「地デジ化応援隊」メンバーの一人に選ばれた。

2010年3月4日、放送文化の向上に功績のあった人物を表彰する「第61回日本放送協会 放送文化賞」受賞が決定[17][18]3月29日には「北島三郎 特別公演」の名古屋・御園座公演千秋楽で「座長公演4000回」の大記録を樹立した。また、結婚50周年を迎えるこの年の1月、シングル『夫婦一生』をリリースしオリコンチャート10位を獲得、10万枚を売上げた。ソロでは73歳3ヶ月でのシングル・アルバムチャート共に10位以内の獲得は史上最年長での記録である。2010年10月には同曲が日本レコード協会ゴールドディスク認定を受け、日本におけるゴールドディスクの史上最年長記録を更新した[19]

2011年2月22日、第32回松尾芸能賞・大賞を受賞[20]3月29日、授賞式が行われた[21]。同年“芸道50周年”を記念する「北島三郎 特別公演」が東京(日生劇場)、福岡(博多座)、名古屋(御園座)、大阪(新歌舞伎座)の4大劇場で上演され、芝居では人気の高かった演目『清水の暴れん坊』を10年ぶりに再演。75歳にして清水次郎長森の石松の2役に挑んだ[19]

2013年11月25日、この日、第64回NHK紅白歌合戦への通算50回目の出場が発表された事を受け、この出場を最後に紅白への出場を「引退」することを発表した。50回目、自身の喜寿という節目であることや、年々減少する紅白の「演歌枠」など演歌界の危機的な状況を受け、自ら引くことで世代交代を進めたいとの意向もあるとされた。また、美空ひばり五木ひろしと並ぶ、歴代最多の13回目となる大トリを務めることが内定した[22]。実は芸道50周年を迎えた2011年に紅白引退を発表する予定だったが、この時は3月に東日本大震災が発生し翻意した経緯がある[23]

同年12月5日、北島自ら渋谷の日本クラウン本社でこの事に関して会見に臨み、「50回目の出場を区切りに1本の線を引きたい」とし、その理由について「先輩がいつまでも壁になっているのもよくない。歩いてきた道を譲るのも先輩の役目かもしれない」と語るとともに、「多くの人の支えがあって50回もやってこられた。心からありがとうと伝えたい」とファンへの感謝を述べた[24]。これに合わせて、毎年上演してきた座長公演も「公演も決まってるところは頑張ってみるけど、それ以上はきつくなってきた。(座長公演についても)来年いっぱいで線を引いてみようと思う」とスケジュールが決まっている2015年1月の博多座公演を以て勇退する意向を示した[25]。歌手活動については「僕はプロ。『さすがだな』と言われる限りは、80歳でも90歳でも(歌は)やっていきたい」と引退を否定、継続することを表明した[25]

同年12月31日、紅白歌合戦での北島の紅白引退ステージは、紅白両軍のトリ出演後、対戦を越えた「究極の大トリ」としてステージを務め、歌唱後の「紅白卒業宣言」で50.7%の瞬間最高視聴率を記録した[26]。出演後の取材で北島は「これでほっとした。一つ何かが終わった気がする。さみしさもあるが、引退ではないので、次の道をしっかりやろうと思う。紅白(卒業)という一つの線は引いたけれども、これから前を向いて歩いていこうと思う」「生活の歌である演歌を変わらず歌っていく。アメリカのジャズ、フランスのシャンソン、日本の演歌はこれからも変わりません」と、歌手としてのさらなる意欲を語っている[27]

2014年4月21日、新宿区のホテルで「北島三郎最終公演」の制作発表会見を行い、改めて大劇場での1か月間の座長公演から引退する事を正式発表した。ただ、今後も要請があれば短期間の舞台公演には出演し、コンサートは継続する意向を明らかにしている。「北島三郎最終公演」は8、9月に東京・明治座、11月に大阪・新歌舞伎座2015年1月に福岡・博多座で開催。第1部の演目は「国定忠治」、第2部の歌謡ショーでは大規模なセットを組み代表曲を歌う予定で「最後だから、お客さんが“スゲーな”って言ってくれるようなのを豪華版でやりたいね」と抱負を語った。座長公演引退後については「一生懸命この(歌の)道を歩いて、いろんな地方に行って感謝、恩返しの公演を行いたい」としている[28]この公演を完走すると、通算公演数は4578回に達する[29]

同年7月20日、実弟で北島音楽事務所常務取締役だった大野拓克が肝臓がんのため67歳で死去。この2か月前から体調を崩して入院加療を続けており、臨終の際には北島も立ち会った。24日の通夜、25日の告別式では施主を務めている[30]

同年9月23日、明治座で行われた『北島三郎最終公演』夜の部で、通算公演回数4500回を達成。明治座での歌手の座長公演としては国内最多となる。[31]。ちなみに最終公演の演出担当には7月に死去した弟・大野拓克も名を連ねていた[32]

ディスコグラフィー(主な作品)[編集]

  • 1962年
    • ブンガチャ節作詞星野哲郎、採譜:船村徹、編曲:船村 徹〕/泣き虫横丁〔作詞:星野哲郎、作編曲:船村徹〕
    • なみだ船〔作詞:星野哲郎、作編曲:船村徹〕第4回日本レコード大賞新人賞受賞曲バイバイ波止場
    • 東京は船着場〔作詞:高野公男、作編曲:船村徹〕/ギター船〔作詞:星野哲郎、作編曲:船村徹〕
    • さよなら船〔作詞:星野哲郎、作曲:船村徹〕/雨だれぼったん〔作詩:野村俊夫、作編曲:船村徹〕
  • 1963年
    • 亜矢子の唄〔作詞:西沢爽、作編曲:船村徹〕/c/wは「愛のうず潮」(歌:島倉千代子
    • 男の灯り〔作詩:石本美由起、作編曲:上原げんと 〕/そうだろ節〔作詞:星野哲郎、作編曲:上原げんと〕※このシングルよりステレオ盤
    • 男の友情青木光一のカバー)〔作詩:高野公男、作編曲:船村徹 〕/なくな夜からす〔作詩:星野哲郎、作編曲:船村徹〕
    • ギター仁義〔作詞:嵯峨哲平、作曲:遠藤実〕/ジャンスカ節〔作詩・曲 : 遠藤実〕
    • 東京五輪音頭畠山みどりとのデュエット、8社競作。)/c/wは「海をこえて友よきたれ」(歌:藤原良・高石かつ枝・コロムビア合唱団)
    • 銀座の庄助さん〔作詞:三宅辰美、作編曲:いづみゆたか[33]
遠き灯り〔作詞:結城隆磨 、作編曲:いづみゆたか〕※クラウンレコード移籍第1弾。レコード番号CW-2[8]
  • 1964年
    • ソーラン仁義〔作詩:畔田耕吉、作曲:成田武夫、編曲:福田正〕/ギター泣け泣け〔作詩:稲葉爽秋、作曲:木村孤童、編曲:福田正〕
    • 喧嘩辰〔作詞:有近朱実、作曲:関野幾生、編曲:福田正〕/がんす横丁〔作詩:英玲二、作曲:関野幾生、編曲:萩敏郎 〕
    • 三郎太鼓〔作詩:有近朱実、作編曲:島津伸男 〕/田舎へ帰れよ〔作詞:有田めぐむ、作曲:中村貞夫、編曲:福田正 〕
    • 男の情炎〔作詞:英玲二、作曲:関野幾生、編曲:福田正〕/残侠の唄〔作詩:八反ふじを、作編曲:島津伸男〕
    • あばよ東京〔作詞:太刀戸要、作編曲:継正信〕/艶歌船〔作詩:松坂直美、作編曲:継正信 〕
  • 1965年
    • スポーツ音頭〔作詞:乗田正美、作曲:米山正夫〕/c/wは「スパット リンリン」(歌:守屋浩、高石かつ枝)
    • 兄弟仁義〔作詞:星野哲郎、作曲:北原じゅん、編曲:福田正〕 (東映映画「兄弟仁義」主題歌)つらい恋だよ〔作詩:八反ふじを、作編曲:島津伸男〕
    • 帰ろかな〔作詞:永六輔、作編曲:中村八大〕/誰も〔作詩:永六輔、作曲:中村八大、編曲:中村二大[34]
    • 度胸船〔作詩:星野哲郎、作曲:関野幾生、編曲:福田正 〕/男の涙〔作詩:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕
    • 喧嘩花火〔作詩:南沢純三、作曲:関野幾生、編曲:福田正〕/男くじら
    • 浪人独り旅〔作詩 : 結束信二、作編曲 : 阿部皓哉〕NET系『素浪人 月影兵庫』主題歌)c/wは「あと追い笠」(歌:大川ひろみ)
    • 函館の女〔作詩:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕/北海道恋物語〔作詩:南沢純三、作曲:関野幾生、編曲:中村貞夫〕
  • 1966年
    • 男の歌〔作詩:永六輔、作編曲:中村八大〕/恋のカクテル
    • 勝負師〔作詩:星野哲郎、作曲:中村貞夫、編曲:萩敏郎〕/風雪月花
    • 青雲五人男〔作詩:良池まもる、作編曲:島津伸男〕NTV系『青雲五人の男』主題歌)男子有情〔作詩:南沢純三、作編曲:島津伸男〕
    • ド根性大将〔作詩:良池まもる、作編曲:池田耕造〕(松竹映画『ド根性大将』主題歌)やあ しばらく〔作詩:星野哲郎、作曲:中村順範、編曲:福田正〕
    • 裸一貫〔作詩:八反ふじを、作編曲:島津伸男〕/次郎柿ヤイ〔作曲:佐々木貢、作編曲:中村貞夫〕
    • 尾道の女〔作詞:星野哲郎、作曲:島津伸男〕/泣くな男だ
    • 野良の大将〔作詩:馬杉実、作編曲:中村八大〕/男だろ〔作詩:比良九郎、作曲:北原じゅん、編曲:福田正〕
  • 1967年
    • さよならだって明日がある〔作詩:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕/さよなら妹よ
    • 博多の女〔作詞:星野哲郎、作曲:島津伸男〕※北島にとって初のオリコンランクイン。からすとゆりの花
    • 関東流れ唄〔作詞:星野哲郎、作曲:島津伸男〕(東映映画『関東命知らず』主題歌)男人情花〔作詩:星野哲郎、作曲:関野幾生、 編曲:萩敏郎〕
    • 男の一本道〔作詞:星野哲郎、作編曲:安藤実親〕/風雪の唄
  • 1968年
    • 薩摩の女〔作詩:星野哲郎、作編曲:島津伸男 〕/霧島エレジー〔作詩:水沢圭吾、作曲:関野幾生、編曲:小杉仁三 〕
    • 男の潮路〔作詩:相川のぼる、作曲:桜井稔、編曲:福田正 〕/越路の町に赤い灯がともる〔作詩:星野哲郎、作編曲:島津伸男 〕
    • 伊予の女〔作詞:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕/西海旅情
    • 伊勢の女〔作詞:星野哲郎、作曲:島津伸男〕/さすらい花
  • 1969年
    • 浪人まかり通る〔作詞:結束信二、作曲:阿部皓哉〕 (NET系『素浪人 花山大吉』主題歌)※c/wは「風来坊笠」(歌:品川隆二、『花山大吉』エンディングテーマ)
    • 仁義〔作詞:星野哲郎、作曲:中村千里、編曲:重松岩雄〕※売上42.6万枚・週間8位はともにオリコンの自己記録である。
さいはての宿〔作詩:八反ふじを、作曲:中村千里、編曲:植原道雄 〕
    • 加賀の女〔作詞:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕/加賀かっちり
    • 花と狼〔作詩:奥野椰子夫、作曲:関野幾生、編曲:重松岩雄〕フジテレビ系『花と狼』主題歌)
おれの夜明け〔作詩:水沢圭吾、作曲:関野幾生、編曲:清水路雄 〕
さすらい者〔作詞:中山大三郎、作曲:前田利明、編曲:重松岩雄〕
    • 伊豆の女〔作詞:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕/城ケ崎ブルース〔作詩:星野哲郎、作編曲:関野幾生〕
    • 〔作詩:星野哲郎、作曲:中村千里、 編曲:清水路雄 〕※歌手生活10周年記念曲やってこな
  • 1971年
    • なごやの女〔作詩:星野哲郎、作曲:島津伸男、編曲:重松岩雄〕/親父の拳〔作詩:南沢純三、作編曲:島津伸男〕
    • 仁侠〔作詞曲:水城一狼、編曲:牧一雄〕/男の道〔作詩曲:原譲二、編曲:牧一雄〕
    • 男の未練〔作詩:八反ふじを、作曲:中村千里、編曲:岩代浩一 〕/花と命〔作詩:星野哲郎、作曲:中村千里、編曲:岩代浩一〕
    • 渡り鳥いつ帰る〔作詩:阿久悠、作曲:猪俣公章、編曲:小杉仁三〕/肩に二月の雪が舞う〔作詩:阿久悠、作編曲:猪俣公章〕
  • 1972年
    • 波止場〔作詩:星野哲郎、作曲:市川昭介、編曲:成田征英〕/あばよ〔作詩:星野哲郎、作編曲:市川昭介〕
    • 沖縄の女〔作詩:星野哲郎、作曲:島津伸男、編曲:清水路雄〕/島の乙女(みやらび)〔作詩:南沢純三、作曲:前田利明、編曲:清水路雄 〕
    • 冬の宿〔作詩:星野哲郎、作曲:紫しずか、編曲:栗田俊夫〕/別れの子守唄〔作詩:梶野三郎、作曲:野々卓也、編曲:池田孝〕
  • 1973年
    • 宿なしの唄〔作詩曲:原譲二、編曲:福田正〕/君にあげようふるさとを〔作詩:中山大三郎、作曲:山路進一、編曲:清水路雄〕
    • 木曽の女〔作詞:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕/男泣き〔作詩:星野哲郎、作曲:一の木 優、編曲:湯野カオル〕
    • 夕焼け三度笠〔作詩曲:原譲二、編曲:池多孝春〕/居酒屋〔作詩:石坂まさを、作曲:高木勇次、編曲:池多孝春〕
  • 1974年
    • 寒流〔作詩:星野哲郎、作曲:福田マチ、編曲:栗田俊夫〕/〔作詩:山田孝雄、作曲:原譲二、編曲:中村八大〕
    • ふたり旅〔作詩:花山典子、補作詩:星野哲郎〕/かっぱ音頭〔作詩:星野哲郎、作曲:市川昭介、編曲:あかのたちお
    • みちのくの女〔作詩:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕/乗換駅〔作詩:南沢純三、作曲:関野幾生、編曲:清水路雄 〕
    • 〔作詩:関沢新一、作曲:関野幾生、編曲:重松岩雄〕/一騎打
  • 1975年
    • いのち〔作詩:星野哲郎、作曲:島津伸男、編曲:清水路雄〕/男で死ぬ〔作詩:田畑しげき、作曲:大門勝、編曲:清水路雄〕
    • さよなら〔作詩曲:原譲二、編曲:青木望〕/長崎は呼んでいる〔作詩:星野哲郎、作曲:中村千里、編曲:小山恭弘 〕
    • 残雪〔作詩:西郷たけし、作曲:大野一二三、編曲:安藤実親 〕/わかれ話〔作詩:原譲二、作曲:一の木優、編曲:池多孝春 〕
  • 1976年
    • お嫁に行っていいんだよ〔作詩:野本高平、作曲:四方章人、編曲:青木望〕/離愁〔作詩:星野哲郎、作曲:新井利昌、編曲:原田良一 〕
    • 〔作詞:関沢新一、作編曲:安藤実親〕/一騎打※「祝」B面の再カップリング〔作詩:関沢新一、作曲:関野幾生、編曲:重松岩雄〕
    • 丼池人生〔作詩:梅林貴久生、作曲:島津伸男 〕(NHK『丼池太閤記』主題歌)ジャンパー酒場〔作詩:松井由利夫、作編曲:島津伸男〕
  • 1977年
    • 海峡ブルース〔作詩:星野哲郎、作曲:新井利昌、編曲:小杉仁三〕/
    • 終着駅は始発駅〔作詩:佐東たどる、補作詩:星野哲郎、作曲:中村千里、編曲:池多孝春〕※月刊平凡「北島三郎のうたう歌」歌詩募集 入選作
ふるさと〔作詩:星野哲郎、作曲:中村千里、編曲:安形和巳〕
風の峠〔作詩:南沢純三、作曲:関野幾生、編曲:福田正〕
  • 1979年
    • 横浜の女〔作詩:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕/きままな男とはぐれた女〔作詩:松井由利夫、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
  • 1980年
雀のお宿〔作詩:上尾美代志、作曲:船村徹、編曲:丸山雅仁 〕
  • 1981年
    • (作詩:竹内美子絵、補作詩:星野哲郎、作曲:中村千里、編曲:池多孝春)/東京ぐらし〔作詩:星野哲郎、作編曲:島津伸男〕
    • 愛の道〔作詩:八代富子、補作詩:芳野薫、作曲:原譲二、編曲:斉藤恒夫〕/冬の宿〔作詩:星野哲郎、作曲:紫しずか、編曲:栗田俊夫〕
  • 1982年
    • 炎の男 〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕(テレビ朝日系『吉宗評判記 暴れん坊将軍』エンディングテーマ)雪・哀歌
    • 〔作詩:関沢新一、作曲:中村典正、編曲:安形和巳〕/ふるさと※「終着駅は始発駅」B面の再カップリング
    • 日本海〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操 〕/夕陽岬〔作詩:新本創子、作曲:原譲二、編曲:鈴木操 〕
  • 1983年
    • 漁歌〔作詩:山田孝雄、作曲:浜圭介、編曲:清水靖晃〕北原ミレイとの競作[35]漁歌 (インストゥルメンタル)
  • 1984年
    • 夫婦絶唱〔作詩:関沢新一、作曲:中村典正、編曲:丸山雅仁 〕/つくつく法師〔作詩:那須野 巖、作曲:船村徹、編曲:南郷達也〕
    • 神奈川水滸伝〔作詞:星野哲郎、作曲:船村徹〕(東映映画『修羅の群れ』主題歌)修羅の橋
    • まつり〔作詞:なかにし礼、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/木津川〔作詩:佐治裕子、作曲:原譲二、編曲:鈴木操 〕
  • 1985年
    • 男の劇場〔作詩:星野哲郎、作曲:北原じゅん、編曲:池多孝春 〕/栃木歳月〔作詩:荒川利夫、作曲:船村徹、編曲:丸山雅仁〕
    • 激唱 〜 青函トンネル 〜〔作詩:星野哲郎、作曲:船村徹、編曲:南郷達也〕/〔作詩:星野哲郎、作曲:船村徹、編曲:丸山雅仁〕
    • 湯本ブルース〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/箱根のおんな
    • 十九のまつり〔作詩:なかにし礼、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/女がひとり〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
  • 1986年
    • 浪曲太鼓〔作詩:原譲二、補作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:斉藤恒夫〕/海の子守唄〔作詩:新條カオル、作曲:桜田誠一、編曲:斉藤恒夫〕
    • 北の漁場〔作詩:新條カオル、作曲:桜田誠一、編曲:斉藤恒夫〕第28回日本レコード大賞最優秀歌唱賞受賞曲。芸道25周年記念曲。
風の追分
  • 1987年
    • 花の生涯〔作詩:星野哲郎、作曲:船村徹、編曲:丸山雅仁〕※本作品を含む以下4作品を同日(8月22日)リリース。
忍(しのぶ)〔作詩:星野哲郎、作曲:中村千里、編曲:安形和巳〕
    • だまって歩けば〔作詩:石本美由起、作曲:吉田正、編曲:小杉仁三 〕/俺のとなりに
    • 〔作詩:野村耕三、作曲:池山錠、編曲:斉藤恒夫〕/旅路〔作詩:野村耕三、作曲:桜田誠一、編曲:斉藤恒夫〕
    • 息子〔作詩:星野哲郎、作曲:船村徹、編曲:斉藤恒夫〕※日中国交回復十五周年記念曲
夫婦山脈〔作詩:星野哲郎、作曲:船村徹〕
  • 1988年
    • がまん坂〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕(テレビ朝日『暴れん坊将軍III』エンディングテーマ)流転笠
    • 年輪〔作詩:関根一、補作詩:石本美由起、作曲:原譲二、編曲:鈴木 操 〕※「山の歌」作詩募集入選作
三郎杉〔作詞:内田善士、補作詞:石本美由紀、作曲:原譲二〕
    • あじさい情話〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/箱根ヨッシャ踊り
  • 1989年
    • 平成音頭〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/(こころ)〔作詩:星野哲郎、作編曲:船村徹〕
    • 夜汽車〔作詩:木下龍太郎、作曲:原譲二、編曲:斉藤恒夫〕/越後情話〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:斉藤恒夫〕
  • 1990年
    • 〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:斉藤恒夫〕/さがさないで下さい〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:小杉仁三〕※本作品からCDに移行。
  • 1991年
若かりし母の歌〔作詩:星野哲郎、作曲:船村徹、編曲:蔦将包〕
  • 1992年
    • 舵(かじ)〔作詩:石本美由起、作曲:原譲二、編曲 : 前田俊明〕/小春日和〔作詩:志賀大介、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
  • 1993年
    • 〔作詩:志賀大介、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/風の城下町
    • 男道〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/啼くな夜鴉
    • 宴(うたげ)〔作詩:志賀大介、作曲:船村徹、編曲:蔦将包〕/元気をだせよ
    • 拳(こぶし)〔作詩:野村耕三、作曲:原譲二、編曲:鈴木英明〕/一(いち)〔作詩:南沢純三、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
  • 1994年
    • おやじの背中〔作詩:中谷純平、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/こころの母は北斗星
  • 1995年
    • 〔作詩:星野哲郎、作曲:原 譲二、編曲:南郷達也〕/故郷は北の町〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
    • 花虎〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/花虎の道〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
  • 1996年
    • 石狩川よ〔作詩:星野哲郎、作曲:船村 徹、編曲:丸山雅仁〕※芸道35周年記念曲。夕陽に偲ぶ
    • 男一代〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/三年三月
    • 海はいま〔作詞:伝井かほる、作曲:大地土子、編曲:川村栄二※「海の日」記念歌
海へ帰ろう〔作詩:伝井かほる、補作詩:星野哲郎、作曲:鏑木創、編曲:京建輔〕
    • 清き流れ〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕お伊勢さん2000年 記念歌
足跡は明日へ続く〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:松井忠重〕
  • 1997年
    • 〔作詩:久仁京介、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/裏通り〔作詩:沢村友美也、作曲:原譲二、編曲:鈴木操 〕
    • 〔作詩:野村耕三、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁 〕/女房〔作詩:木下龍太郎、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
    • 陽だまり人情〔作詩曲:原 譲二、編曲:鈴木操〕(テレビ朝日系「暴れん坊将軍VII」主題歌)
〔作詩:沢村友美也、作曲:原譲二、編曲 : 鈴木操〕
    • 男の虹〔作詩:星野哲郎、作曲:船村 徹 〕※船村 徹作曲家生活45周年記念曲〔作詩:原 譲二、作曲:船村 徹、編曲:丸山雅仁〕
    • 轍(わだち)〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:川村栄二〕TBS 月曜ドラマスペシャル「秋の旅情サスペンス 丹下晋蔵熱血記 函館望郷編」エンディングテーマ)
塒(ねぐら)
  • 1998年
    • 根っこ〔作詩:鈴木紀代、作曲:原譲二〕/一路(いちろ)〔作詩:鈴木紀代、作曲:原譲二、編曲:鈴木操 〕
    • 詠人〔作詞曲:大地土子、編曲:宮崎慎二〕NHK教育おじゃる丸』主題歌)
※c/wはプリン賛歌(歌:SUS 4、『おじゃる丸』エンディングテーマ)
    • 未来〔作詩曲:大地土子、編曲 :宮崎慎二〕(テレビ朝日系「暴れん坊将軍IX」主題歌)素顔に咲く花
  • 1999年
    • 十和田湖〔作詩:北川文化、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/こなゆきの里〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操 〕
    • 港春秋〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/海よおまえは
  • 2000年
    • のぼり坂〔作詩:北川文化、補作詩:原譲二、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/北のふるさと
    • 2000年音頭〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/一本道〔作詩:沢村友美也、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
    • 約束の夏〔作詞曲:大地土子、編曲:宮崎慎二〕映画『おじゃる丸 約束の夏 おじゃるとせみら』主題歌)詠人(うたびと)
    • 〔作詩:仁井谷俊也、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/北国の街〔作詩:沢村友美也、補作詩:原譲二、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
  • 2001年
    • 人生道〔作詩:仁井谷俊也、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/知床漁港
    • 〔作詞:星野哲郎、作曲:船村徹〕※船村徹作曲生活50周年記念曲四季〔作詩:星野哲郎、作曲:船村徹、編曲:若草恵
    • 妻よ〔作詩:秋浩二、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/故郷(ふるさと)はいま
    • 輝(かがやき)〔作詩曲:大地土子、編曲:宮崎慎二〕(テレビ朝日系「暴れん坊将軍XI」主題曲)あばれ馬〔作詩:山田孝雄、作詩曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
    • 男の精神(こころ)〔作詩:志賀大介、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/やる気で音頭
    • あづま男と浪花のおんな〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
醍醐桜(だいござくら)〔作詩:大和路はるか、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕中村美律子とのデュエット
    • 感謝〔作詩:星野哲郎、作曲:船村徹、編曲:蔦将包〕/〔作詩:新條カオル、作曲:船村徹、編曲:南郷達也〕
  • 2002年
    • 演歌兄弟〔作詩曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/東京しぐれ鳥羽一郎とのデュエット。日本クラウン創立40周年記念曲
    • 次郎長富士〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/次郎長笠〔作詩:関沢新一、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
    • 父親(おやじ)〔作詩曲:遠藤実、編曲:丸山雅仁〕/父は待つ
    • 情(なさけ)〔作詩:宮原哲夫、補作詩・作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/修羅の川
    • 〔作詩:宮原哲夫、補作詩・作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/俺の道〔作詩:下地亜記子、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
  • 2003年
    • 北の男船〔作詩:大屋詩起、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/北の兄弟〔作詩:中村要子、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕
    • 北のわかれ雪〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/c/wは「ふるさとの風はやさしかった」(歌:みち乃く兄弟)
    • 恩返し〔作詩:数丘夕彦、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/ふたつ星〔作詩:岡部美登里、詩曲:原譲二、編曲:蔦将包〕
    • 大河〔作詩:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕※星野哲郎作詞家生活50周年記念曲天命※本作品から12cmCDシングルに移行。
    • 花の兄弟〔作詩:水木れいじ・原 譲二、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
兄貴のふるさと〔作詩:水木れいじ、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕※鳥羽一郎とのデュエット
  • 2004年
    • 〔作詞:沢村友美也・原譲二、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/男 幡随院〔作詩:久仁京介、補作詩・作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
    • 月夜酒〔作曲:下地亜紀子、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/のぞみ酒〔作詩:水木れいじ、作曲:原譲二、編曲:蔦将包 〕
    • 〔作詩:沢村友美也・原譲二、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/門出酒〔作詩:志賀大介、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕
  • 2005年
    • 友情よ(ともよ)〔作詩:大地土子、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁 〕/しぐれ道〔作詩:下地亜記子、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕
    • 〔作詩:志賀大介、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/男伊達
    • 還暦〔作詩曲:木津夢人、編曲:大野弘也〕/剛気
    • とよた夢音頭(祭座ニッポン イメージソング)〔作詩:中谷純平、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
祭りだ!日本〔作詩・作曲:大地土子、編曲:宮崎慎二〕愛・地球博 パートナーシップ事業
    • 風の坂道〔作詞:倉持明生、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/ソーラン鴎〔作詩曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
  • 2006年
    • 男の明日に〔作詞:中島光・原譲二、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/花は黙って咲いている〔作詞:中村要子、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
    • 路地の雨〔作詩:たかたかし、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/望郷ワルツ〔作詞:中村要子、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
    • はぐれ笠〔作詩:たかたかし、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/勘太郎しぐれ〔作詞:中村要子、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
    • 標(しるべ)〔作詞:鈴木紀代、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/願(ねがい)
    • あの日時代〔作詩:倉内康平、作曲:陣内常代、編曲:夏木淳司〕/
  • 2007年
    • あばれ松〔作詩曲:原譲二、編曲:鈴木操〕/無法一代・恋しぐれ〔作詩:久仁京介、作曲:原譲二、編曲:鈴木操〕
※2007年「北島三郎特別公演/あばれ無法松」主題歌。1999年3月リリースシングルの再録音。
    • 風よ〔作詞:野村耕三、作曲:原譲二、編曲:蔦将包〕/男の忘文〔作詩:中谷純平、作曲:原譲二、編曲:蔦将包 〕
    • 灯台あかり〔作詩:奥田龍司・原譲二、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/国東半島
    • ジャンゴ ~さすらい~〔作詞・作曲:Luis Bacalov, Robert Melin & Franco Migliacci、日本語詞:MAKOTO°、編曲:川村栄二〕映画『スキヤキ・ウエスタン「ジャンゴ』主題歌)
鼓動〔作詩・作編曲:MAKOTO°〕
    • ひとすじ〔作詩:久仁京介、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/その名はこゆき〔作詩:数丘夕彦、作曲:原譲二、編曲:南郷達也 〕
  • 2008年
    • 忠治流れ旅〔作詩:久仁京介、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/こぼれ紅
    • 夢人〔作詩曲:大地土子、編曲:宮崎慎二 〕NHK教育『おじゃる丸』オープニングテーマ第2弾)
c/wはぼくらの世界(歌:水町レイコ、『おじゃる丸』エンディングテーマ)
    • 俺らしく〔作詩:麻こよみ、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/ああ・おふくろょ
    • コスモス日和〔作詞:荒木とよひさ、作曲:原譲二、編曲:前田俊明〕/ふたり道〔作詞:鈴木紀代、作曲:原譲二、編曲:前田俊明〕
  • 2009年
    • 波瀾万丈〔作詞:倉内康平、作曲:原譲二、編曲:夏木淳司〕/〔作詞:倉内康平、作曲:陣内常代、編曲:夏木淳司〕
    • 比叡の風〔作詞:いではく、作曲:遠藤実、編曲:庄司 龍〕/大器堂々〔作詞:いではく、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
    • 木曽恋しぐれ〔作詞曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/しのび笠
  • 2010年
    • 夫婦一生〔作詞:仁井谷俊也、作曲 :原譲二、編曲:前田俊明〕/桜月夜〔作詞:麻こよみ、作曲:原譲二、編曲:前田俊明〕
    • 幡随院〔作詞:久仁京介・原譲二、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/ほつれ髪〔作詞:久仁京介、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
    • 海の兄弟〔作詞曲:原譲二、編曲:前田俊明〕/港町〔作詞:久仁京介、作曲:原譲二、編曲 : 前田俊明〕 ※鳥羽一郎とのデュエット
    • 〔作詞:仁井谷俊也、作曲:原譲二、編曲:前田俊明〕/人在りて〔作詞:志賀大介、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕
  • 2011年
    • 男の人生〔作詞:いではく、作曲:原譲二、編曲:前田俊明〕/夢恋あかり〔作詞曲:原譲二、編曲:前田俊明〕
    • おとこの潮路〔作詞:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:前田俊明〕※1968年の曲とは同名異曲男の一念〔作詞:星野哲郎、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
    • さだめ道〔作詞:いではく、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/兄弟達よ
  • 2012年
    • 港雪〔作詞:中谷純平・原譲二、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/男の母港(みなと)〔作詞:やしろよう、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕
    • 職人〔作詞:原文彦、作曲:船村徹、編曲:蔦将包〕/おまえのことが・・・〔作詞:喜多條忠、作曲:船村徹、編曲:蔦将包〕
    • 男橋〔作詞:倉内康、作曲:陣内常代、編曲:夏木淳司〕/東京湾
  • 2013年
    • 男どうし〔作詞:仁井谷俊、作曲:原譲二、編曲:前田俊明〕/兄弟酒場 ※鳥羽一郎とのデュエット
    • ふたり咲き〔作詞:下地亜記子、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/旅なかば
    • 勘太郎笠〔作詞:久仁京介、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕※2013年北島三郎特別公演「伊那の勘太郎 信州ひとり旅」主題歌
里恋からす
    • 百年の蝉〔作詞:田久保真見、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/おとこ節
  • 2014年
    • 人道〔作詞:いではく、作曲:原譲二、編曲:丸山雅仁〕/会津の女 【タイプA】
    • 人道ふるさとへ帰りたいな 【タイプB】※2014年第一弾シングルは、北島にとって初となる「違うテーマのカップリング曲」を収録した2タイプを同時発売。
    • 高尾山〔作詞:いではく、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕/笑顔の花
    • 路遥か〔作詞:大地土子、作曲:大地土子、編曲:丸山雅仁〕/無事でよかった〔作詞:原譲二、作曲:原譲二、編曲:南郷達也〕 ※北山たけしとのデュエット

楽曲提供曲[編集]

作詞・作曲

  • 北山たけし
    • 男の出船
    • 片道切符
    • 勇気の一歩(作詞は、数丘夕彦と共作)
  • 瀬川瑛子
    • 愛の川
    • ふるさと景色
  • 憲三郎&ジョージ山本
  • 原田悠里
    • おんな坂
    • 明日(あす)を信じて
    • 女がひとり
  • みち乃く兄弟
    • みちのく渡り鳥
  • 和田青児
    • 演歌海道(作詞はいとう彩と共作)
    • リンゴのふる里へ
    • 別れの海峡
  • 大江裕
    • 真実この道はるかなり
    • ふる里は いま・・・
    • 今しばし
    • 男の出発(たび)
    • そして明日に(作詞は沢村友美也と共作)
  • 長井みつる
    • 心のふるさと

作曲

  • 北山たけし
    • 筑後川
  • 小金沢昇司
    • 義経伝説
    • まごころの花よ
  • 瀬川瑛子
    • 恋間川
    • 命歌
    • あなたが命
  • 原田悠里
    • ビロードの夢
  • みち乃く兄弟
    • ふるさとに逢いたい
    • みちのく桜
    • ふるさとの風はやさしかった
  • 山口ひろみ
    • ひだまり坂
    • 春は二度来る、三度来る
    • その名はこゆき
    • どうするこの恋
  • 山本譲二
    • えくぼ
    • 長州の男
    • 生きる
  • 島津亜矢
    • 北海峡
    • 大器晩成
    • 温故知新
  • 和田青児
    • 夢一路
    • 望郷歌
    • 人生列車
    • 青春は終わらない
    • 甲州街道の渡り鳥
    • さいはての宿
    • 上野発
    • おやじさん
  • 里見☆しのぶ
    • めぐり逢い函館
    • おんなの桟橋
  • 大江裕
    • のろま大将
    • なんか一丁やったろかい
    • 夕焼け大将
    • 北風大将
    • 青春の翼
  • 底ぬけプレジデンツ(浜田雅功大竹一樹宮迫博之
    • これが恋だと分からずに
    • 男の生き様

作詞・補作詞

  • 山本譲二
    • 夢街道(補作詞)

歌碑・記念館[編集]

『港春秋』の歌碑

出演[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

1963年NHK紅白歌合戦に初出場して以来、2013年で歴代最多の通算50回の出場を数えた。ただし、1986年第37回)に暴力団との交際が明らかになったため自ら同年の紅白出場辞退を宣言、連続出場回数は23回で一旦ストップ。その後1987年から2013年まで27回連続出場であった。なおトリ通算出場回数は13回で、美空ひばり五木ひろしと並び通算1位である。出場年齢は2013年までで歴代3位となった(1位は藤山一郎、2位は美輪明宏)。自身50回目の出場となる第64回を最後に、紅白の舞台から退くことを表明(以後は打診があっても辞退すると発表。特別枠での出演もしないとしている)した[36]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1963年昭和38年)/第14回 ギター仁義 03/25 松山恵子
1964年(昭和39年)/第15回 2 ソーラン仁義 01/25 朝丘雪路 トップバッター
1965年(昭和40年)/第16回 3 帰ろかな 24/25 こまどり姉妹 トリ前 (1)
1966年(昭和41年)/第17回 4 函館の女 07/25 畠山みどり
1967年(昭和42年)/第18回 5 博多の女 21/23 都はるみ
1968年(昭和43年)/第19回 6 薩摩の女 13/23 江利チエミ
1969年(昭和44年)/第20回 7 加賀の女 22/23 都はるみ (2) トリ前 (2)
1970年(昭和45年)/第21回 8 23/24 青江三奈 トリ前 (3)
1971年(昭和46年)/第22回 9 北海太鼓 10/25 島倉千代子
1972年(昭和47年)/第23回 10 冬の宿 23/23 美空ひばり トリ (1)
1973年(昭和48年)/第24回 11 帰ろかな(2回目) 22/22 島倉千代子 (2) 大トリ (2)
1974年(昭和49年)/第25回 12 寒流 14/25 水前寺清子
1975年(昭和50年)/第26回 13 残雪 22/24 都はるみ (3)
1976年(昭和51年)/第27回 14 22/24 青江三奈 (2)
1977年(昭和52年)/第28回 15 終着駅は始発駅 14/24 水前寺清子 (2)
1978年(昭和53年)/第29回 16 与作 19/24 小柳ルミ子
1979年(昭和54年)/第30回 17 与作(2回目) 22/23 都はるみ (4) トリ前 (4)
1980年(昭和55年)/第31回 18 風雪ながれ旅 18/23 都はるみ (5)
1981年(昭和56年)/第32回 19 風雪ながれ旅(2回目) 22/22 森昌子 大トリ (3)
1982年(昭和57年)/第33回 20 なみだ船 20/22 小林幸子
1983年(昭和58年)/第34回 21 漁歌 17/21 八代亜紀
1984年(昭和59年)/第35回 22 まつり 18/20 八代亜紀 (2)
1985年(昭和60年)/第36回 23 十九のまつり 17/20 八代亜紀 (3)
1987年(昭和62年)/第38回 24 18/20 石川さゆり
1988年(昭和63年)/第39回 25 年輪 21/21 小林幸子 (2) 大トリ (4)
1989年平成元年)/第40回 26 夜汽車 20/20 石川さゆり (2) トリ (5)
1990年(平成2年)/第41回 27 27/29 和田アキ子
1991年(平成3年)/第42回 28 北の大地 27/28 石川さゆり (3) トリ前 (5)
1992年(平成4年)/第43回 29 帰ろかな(3回目) 28/28 由紀さおり 大トリ (6)
1993年(平成5年)/第44回 30 まつり(2回目) 26/26 石川さゆり (4) 大トリ (7)
1994年(平成6年)/第45回 31 年輪(2回目) 24/25 石川さゆり (5) トリ前 (6)
1995年(平成7年)/第46回 32 23/25 石川さゆり (6)
1996年(平成8年)/第47回 33 風雪ながれ旅(3回目) 25/25 坂本冬美 大トリ (8)
1997年(平成9年)/第48回 34 24/25 和田アキ子 (2) トリ前 (7)
1998年(平成10年)/第49回 35 根っこ 24/25 安室奈美恵 トリ前 (8)
1999年(平成11年)/第50回 36 まつり(3回目) 27/27 和田アキ子 (3) 大トリ (9)
2000年(平成12年)/第51回 37 帰ろかな(4回目) 27/28 和田アキ子 (4) トリ前 (9)
2001年(平成13年)/第52回 38 山(2回目) 27/27 和田アキ子 (5) 大トリ (10)
2002年(平成14年)/第53回 39 帰ろかな(5回目) 26/27 天童よしみ トリ前 (10)
2003年(平成15年)/第54回 40 風雪ながれ旅(4回目) 28/30 石川さゆり (7)
2004年(平成16年)/第55回 41 25/28 坂本冬美 (2)
2005年(平成17年)/第56回 42 風雪ながれ旅(5回目) 28/29 中島美嘉 トリ前 (11)
2006年(平成18年)/第57回 43 まつり(4回目) 27/27 川中美幸 大トリ (11)
2007年(平成19年)/第58回 44 帰ろかな(6回目) 22/27 天童よしみ (2)
2008年(平成20年)/第59回 45 北の漁場 22/26 一青窈
2009年(平成21年)/第60回 46 まつり(5回目) 25/25 DREAMS COME TRUE 大トリ (12)
2010年(平成22年)/第61回 47 風雪ながれ旅(6回目) 20/22 石川さゆり(8)
2011年(平成23年)/第62回 48 帰ろかな(7回目) 24/25 天童よしみ (3) トリ前 (12)
2012年(平成24年)/第63回 49 風雪ながれ旅(7回目) 24/25 石川さゆり(9) トリ前(13)
2013年(平成25年)/第64回 50 まつり(6回目)[37] 25/25 (対戦相手なし)[38] "究極の大トリ"名目で記録上の大トリの後に登場
注意点
  • 対戦相手の歌手名のカッコ内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にあるカッコはトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

レギュラー番組[編集]

ゲスト出演[編集]

時代劇[編集]

  • 長谷川伸シリーズ 第13話「旅の馬鹿安」(1972年、NET
  • 暴れん坊将軍 I - XIIシリーズ(テレビ朝日) - 江戸町火消し『め組』頭・辰五郎(1978年 - 2002年)
    • VIIIシリーズから江戸町火消肝煎・辰五郎、IXシリーズから江戸町火消総元締・辰五郎として準レギュラーになる。暴れん坊将軍の全てのオープニング(IXシリーズ、XI・XIIシリーズ)・エンディング(Iシリーズ - VIIIシリーズ、Xシリーズ、800回スペシャル、春のスペシャル)も歌っていた。IXシリーズ、Iシリーズ - VIIIシリーズ、Xシリーズ、800回スペシャルの歌詞の作詞、作曲は原譲二(北島三郎)である。

テレビドラマ[編集]

ドキュメンタリー[編集]

  • 遥かなり!演歌道を行く〜北島三郎 紅白50回の軌跡〜(2013年12月30日、NHK総合)[39][40]

舞台公演[編集]

舞台「北島三郎特別公演」を初期より続けており、およそ1ヶ月の期間において行われる。北島自身もシナリオ・演出に関与する時代劇ベースの人情芝居と、北島ワールド全開の歌謡ショーの(北島三郎大いに唄う)2部構成となっている。最後の「まつり」が流れる時の舞台は毎年違うセットである。劇中主題歌は幕が開く前にスクリーンにて歌詞を表示して流している。劇中主題歌はシングルにて販売している。会場として明治座東京都中央区)、梅田芸術劇場大阪市北区)、御園座名古屋市中区伏見)及び博多座福岡市博多区)が使われている。

  • 1968年 次郎長水滸伝
    • 出演者=中村竹弥 花柳小菊
    • 唄いまくる 北島三郎ショウ
  • 1971年 花の兄弟仁義
    • 出演者=由利徹 宮園純子
    • ヒットパレード 北島三郎10年の歩み
  • 1972年 北海の親子星
    • 出演者=近衛十四郎 由利徹
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1973年 あらくれ一代
    • 出演者=葉山良二 由利徹
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1974年 関東十人斬り
    • 出演者=伊藤雄之助 渥美マリ
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1975年 東京番外地
    • 出演者=伊藤雄之助 水島道太郎
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1976年 暴れ石松
    • 出演者=小川知子 水島道太郎
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1977年 上州鴉
    • 出演者=水島道太郎 内田朝雄
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1978年 母恋星
    • 出演者=三益愛子 水嶋道太郎
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1979年 花の喧嘩纏
    • 出演者=高田恭子 水嶋道太郎
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う
  • 1980年 来たのはぐれ鳥
    • 出演者=宮園純子 葉山良二
    • ヒットパレード 北島三郎大いに唄う

テレビCM[編集]

パチンコ・パチスロ[編集]

  • パチンコ
    • CRお祭りサブちゃん(2003年、京楽産業
    • CR粋だね!サブちゃん(2006年、オリンピア[HEIWA BROSブランド])
    • CR北島三郎 魂の唄(2011年、平和
  • パチスロ
    • お見事! サブちゃん/め組のサブちゃん(2004年、オリンピア)
    • 続・お見事! サブちゃん/ノーマルだよ! サブちゃん(2010年、オリンピア)

通信カラオケシステムでの本人出演映像[編集]

  • 2003年頃より、通信カラオケシステムDAMの機種改良に伴い、同機種で配信する北島の代表曲で、背景映像に北島本人が出演する映像が多く採用されている。「与作」「北の漁場」「風雪ながれ旅」など。

声の出演[編集]

マスメディア[編集]

人物[編集]

  • 東京都八王子市暁町にある、総数36部屋の大豪邸に、家族と内弟子と共に住んでいる(“三郎”からの語呂合わせで、36部屋作られた。)。総敷地面積1500坪、総工費20億円のこの豪邸は、しばしばマスコミに取り上げられている。
  • 演歌の振興や後進の育成にも貢献しており、山本譲二小金沢昇司など、北島音楽事務所所属、または北島を慕う演歌歌手によって北島ファミリーが形成されている。ファミリーからは親父もしくは先生と呼ばれている(北島の愛弟子であり、後に娘婿となった北山たけし先生と呼ぶ)。
  • 加山雄三とは親友である。
  • 体質的に酒が全く飲めず、奈良漬を食べただけで酔ってしまう程の下戸。一方で若い頃から大の甘党である。高校時代は白飯に黒砂糖をかけただけの弁当が大好きだった。またコーヒーには大量の砂糖が必需品であり、舞台の前には「飲まないと調子良く歌えない」と漏らす程、炭酸を抜いた三ツ矢サイダーを愛飲している。ある日、北山が舞台前に三ツ矢サイダーをどうしても入手できず、黙って別メーカーのサイダーを北島に差し出したところ、違いを見抜いた北島から怒号が飛んだというエピソードがある。サイダーの炭酸を抜くのも、弟子の仕事の一つである[41][42]
  • 佛所護念会教団信者としても知られている。
  • カーマニアとしての顔もあり、過去にはフォード・ファルコン、ムスタングキャデラックなど、外車を中心に乗用車を購入している。自身がお気に入りでよく運転するのはクレネ英語版のカスタムカーで、北島が旅行先のラスベガスアメリカ合衆国ネバダ州)で展示されているのを見て惚れ込み、日本へ輸入された際に購入したというもので、本人曰く『世界で一台しかない』自慢の愛車である。北島がクレネを運転している際にはよく周囲から「これは何というクルマですか?」と尋ねられることもあると語っている[43]
  • 口癖は「アメリカジャズあり、フランスシャンソンあり、日本演歌あり」。

馬主として[編集]

日本の競馬界では、「キタサン」の冠号で多くの競走馬を所有する馬主としても知られる(登録上の名義は「大野商事」)。中央競馬における勝負服のデザインは、母校函館西高校ラグビー部(自身もラグビー部に属していた)のジャージを模したものである。かつては日本中央競馬会(JRA)のマナー啓発のPRに起用され、2009年5月には東京競馬場で行われた第76回東京優駿の発走前に場内で国歌を独唱した[44]地方競馬でも楠賞全日本アラブ優駿を制したトライバルセンプーとキタサンオーカンなどを所有(トライバルセンプーは夫人名義だが北島も実質的にオーナーに等しい)。川崎競馬場には北島が寄贈した馬の実物大模型[45]「キタサンカワサキ」が展示されている。

主な所有馬

家族[編集]

  • 次男の大野誠は、ロックバンド『1st BLOOD』のボーカル“MAKOTO”として、1988年にデビュー。シングル「American Dream」は北島の「年輪」とオリコンシングルチャートに同時チャートインし、オリコン史上初の「親子同時チャートイン」を記録した[46]。当時既に“MAKOTO”の芸名で活躍していた北野誠がいたが、北島側が北野に“MAKOTO”名義を譲って貰えるよう申し入れをし、北野は芸名を本名に改名した。『1st BLOOD』は2枚のアルバムを発売後、解散。誠はその後『大地土子』のペンネームで、北島の曲の作詞・作曲を手がけている。
  • 三女の領子は『演劇集団 円』を経て『オスカープロモーション』に所属する、女優声優歌手水町レイコである。
  • 愛弟子の一人で北島ファミリーの一員である北山たけしと次女が結婚したため、北山は義息子となった。

北島ファミリー[編集]

  • 山本譲二2007年元日付で北島音楽事務所から独立したが、暖簾分けの形であり北島ファミリーの一員であり続けている。)
  • 原田悠里
  • 小金沢昇司2014年節分明けをもって北島音楽事務所から独立することが発表された。「暖簾分け」の形での独立である。)
  • 和田青児2012年元日付で北島音楽事務所から独立。「暖簾分け」の形で、ファミリーの一角である。)
  • 山口ひろみ
  • 北山たけし(北島の娘婿)
  • 大江裕
  • 長井みつる(28年にわたり北島の付き人を務め、2012年8月22日に北島の詞曲による『影』でデビューした。)
また、かつて北島音楽事務所には、大橋純子もんたよしのり松原のぶえやや、里見☆しのぶ、岸本ゆきえチャダらが在籍していた。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ “北島三郎 船村徹氏同門会であいさつ”. デイリースポーツ ONLINE. (2013年2月27日). オリジナル2013年3月2日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130302151432/http://www.daily.co.jp/gossip/2013/02/27/0005772201.shtml 2014年1月27日閲覧。 
  2. ^ a b c 北島三郎”. 堂々現役 巨匠からのメッセージ/BSフジ (2009年6月20日). 2014年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月6日閲覧。
  3. ^ “新栄プロ西川会長本葬 北島三郎、育ての親に最後のお別れ”. ORICON STYLE. (2013年2月4日). オリジナル2014年3月16日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140316115013/http://www.oricon.co.jp/news/2021307/full/ 2014年3月16日閲覧。 
  4. ^ 番組ダイアログ「船村徹」 - 堂々現役 巨匠からのメッセージ”. BSフジ (2009年12月18日). 2014年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月6日閲覧。
  5. ^ 後年の映画出演でも『兄弟仁義』等の東映任侠路線で多数共演しており、このような縁から、こののちも村田との親交は続いた。
  6. ^ 読売新聞社文化部『この歌この歌手〈上〉運命のドラマ120』社会思想社、1997年、86頁。ISBN 4390116010
  7. ^ 『この歌この歌手〈上〉運命のドラマ120』83頁
  8. ^ a b 移籍を勧められたが、ひばりはコロムビアに留まった。その代わりに「ご祝儀代わり」として『関東春雨傘』が吹き込まれ、記念すべきシングル第1弾(レコードナンバー:CW-1)となった。
  9. ^ 番組ダイアログ「北島三郎」- 堂々現役 巨匠からのメッセージ”. BSフジ (2009年6月20日). 2014年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月6日閲覧。
  10. ^ a b ミノルフォン、KA-1144 c/w 雪ん娘峠
  11. ^ 『我が道 - 北島三郎』第15回 スポーツニッポン 2014年4月16日付22面にて自ら由来を明かしている。
  12. ^ 朝日新聞2011年8月24日朝刊
  13. ^ 北島三郎と渡哲也の決定的な違い”. 溝口敦の斬り込み時評 (2011年11月7日). 2013年12月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月21日閲覧。
  14. ^ 朝日新聞』1990年10月26日付朝刊(東京)。
  15. ^ “山本譲二の独立発表「死ぬ気でやります」”. ZAKZAK. (2006年10月5日). オリジナル2006年10月25日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20061025045051/http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_10/g2006100506.html 2014年5月16日閲覧。 
  16. ^ “北島三郎、演歌・歌謡最年長1位!!”. ORICON STYLE. (2006年10月24日). オリジナル2014年4月19日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140419050109/http://www.oricon.co.jp/news/37911/ 2014年4月19日閲覧。 
  17. ^ “北島三郎さんらに放送文化賞 NHK”. 47NEWS. (2010年3月4日). オリジナル2014年4月16日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140416141151/http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010030401000800.html 2014年4月16日閲覧。 
  18. ^ 日本放送協会 放送文化賞受賞者(第61回 - 第65回)”. NHK. 2014年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月16日閲覧。
  19. ^ a b “芸道50周年記念公演を日生劇場など4劇場で上演=北島三郎、75歳にして次郎長と石松の2役に挑戦”. 連合通信.com. (2011年1月19日). オリジナル2013年3月11日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130311074517/http://rengo-tsushin.com/modules/music/index.php?page=article&storyid=895 2014年4月5日閲覧。 
  20. ^ “第32回松尾芸能賞大賞は北島三郎 優秀賞は中村翫雀、大空祐飛ら”. シアターガイド. (2011年2月23日). オリジナル2011年2月28日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110228093805/http://www.theaterguide.co.jp/theater_news/2011/02/23.php 2013年11月27日閲覧。 
  21. ^ 第32回松尾芸能賞各賞受賞者一覧”. 財団法人 松尾芸能振興財団. 2013年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月27日閲覧。
  22. ^ “北島三郎、紅白引退!節目の50回目大トリで幕「今年で身をひく」”. スポーツ報知. (2013年11月25日). オリジナル2013年11月27日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/liiZK 2013年11月27日閲覧。 
  23. ^ “北島三郎、2年前にも紅白引退決意していた…東日本大震災で翻意”. Sponichi Annex. (2013年12月5日). オリジナル2014年4月16日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140416133952/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/12/05/kiji/K20131205007141880.html 2014年4月16日閲覧。 
  24. ^ “北島三郎さん紅白引退へ 心ある歌を”. NHK NEWS WEB. (2013年12月5日). オリジナル2013年12月5日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131205112955/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131205/k10013606831000.html 2013年12月7日閲覧。 
  25. ^ a b “北島三郎 紅白卒業を正式表明”. デイリースポーツONLINE. (2013年12月6日). オリジナル2013年12月13日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131213024505/http://www.daily.co.jp/gossip/2013/12/06/1p_0006550899.shtml 2014年1月27日閲覧。 
  26. ^ “「紅白」 あまちゃん続編で視聴率50%”. デイリースポーツONLINE. (2014年1月6日). オリジナル2014年1月7日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140107222712/http://daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/01/06/0006618346.shtml 2014年1月27日閲覧。 
  27. ^ “「生活の歌である演歌、歌っていく」北島三郎さんが会見”. 朝日新聞DIGITAL. (2014年1月1日). オリジナル2014年1月1日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140101035701/http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312310397.html 2014年4月16日閲覧。 
  28. ^ “北島三郎「線を引かせてもらいたい」 来年1月で座長公演に区切り”. Sponichi Annex. (2014年4月21日). オリジナル2014年4月22日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140422064921/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/04/21/kiji/K20140421008017750.html 2014年4月22日閲覧。 
  29. ^ “北島三郎 座長公演引退表明 舞台で“サブザイル”結成?”. Sponichi Annex. (2014年4月22日). オリジナル2014年4月22日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140422071714/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/04/22/kiji/K20140422008019660.html 2014年4月22日閲覧。 
  30. ^ “北島三郎の弟・大野拓克さん死去 67歳、事務所の常務取締役”. Sponichi Annex. (2014年7月24日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/07/24/kiji/K20140724008620220.html 2014年9月24日閲覧。 
  31. ^ “北島三郎 座長公演4500回を達成し「感無量」”. Sponichi Annex. (2014年9月23日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/09/23/kiji/K20140923008982220.html 2014年9月24日閲覧。 
  32. ^ “北島三郎「末の弟が先に旅立つなんて…」 大野拓克さん葬儀で号泣”. zakzak. (2014年7月26日). http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20140726/enn1407261001007-n1.htm 2014年9月26日閲覧。 
  33. ^ 当時、市川昭介は日本コロムビアの専属作曲家だったため、この変名を使用している。詳細は『涙を抱いた渡り鳥』のページに記述あり。
  34. ^ 八大の実兄でクラリネット奏者だった。
  35. ^ ミノルフォン、KA-2089 c/w じゃらくの雨 北原は5月発売、北島は2か月遅れの7月発売だった。
  36. ^ “北島三郎 NHKにとっても重要事項だった紅白引退”. Sponichi Annex. (2013年12月5日). オリジナル2013年12月12日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131212151133/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/12/05/kiji/K20131205007140300.html 2013年12月12日閲覧。 
  37. ^ 第64回紅白歌合戦出場歌手”. NHK. 2013年11月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月18日閲覧。
  38. ^ “サブちゃん ラスト紅白で初の“究極大トリ” 勝負超えた存在に”. Sponichi Annex. (2013年12月24日). オリジナル2014年4月7日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140407022215/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/12/24/kiji/K20131224007259040.html 2014年4月7日閲覧。 
  39. ^ “急ピッチで制作中!NHK、サブちゃん紅白卒業特番を30日放送”. SANSPO.COM. (2013年12月11日). オリジナル2014年4月3日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140403115239/http://www.sanspo.com/geino/news/20131211/oth13121105030010-n1.html 2014年4月3日閲覧。 
  40. ^ 「遙かなり!演歌道を行く〜北島三郎 紅白 50回の軌跡〜」”. NHKオンライン コレ見て!ムービー. 2014年4月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月3日閲覧。
  41. ^ 紅白引退の“御大”に意外な過去…北島三郎は漫才師だった!”. Gendai.Net (2013年12月12日). 2014年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月3日閲覧。
  42. ^ “紅白で大トリを務める北島三郎、その歌声の秘けつとは?”. サーチナ. (2009年12月24日). オリジナル2012年7月18日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/udk6 2014年4月3日閲覧。 
  43. ^ 『我が道 - 北島三郎』スポーツニッポン 2014年4月14日付駅売り特別版 20面
  44. ^ “北島三郎がダービー発走前に君が代独唱”. 日刊スポーツ. (2009年6月1日). オリジナル2013年4月27日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/vZTNE 2014年4月3日閲覧。 
  45. ^ 川崎競馬場に実物大の馬の模型が贈呈される”. KEIBA.GO.JP (2008年1月18日). 2013年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月3日閲覧。
  46. ^ オリコン・ウィークリー(編)『小池聡行のオリコンデータ私書箱』オリジナルコンフィデンス、1991年、103頁。ISBN 4871310272

外部リンク[編集]