小松政夫

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小松 政夫
本名 松崎 雅臣
ニックネーム 小松の親分
生年月日 1942年1月10日(70歳)
出身地 日本の旗 日本,福岡県福岡市博多区
方言 博多弁
最終学歴 福岡県立福岡高等学校
定時制課程普通科卒業
師匠 植木等
出身 RKB放送劇団
芸風 コント
事務所 渡辺プロダクション(過去)- オフィスPSC
活動時期 1962年 -
過去の代表番組 シャボン玉ホリデー
笑って笑って60分
みごろ!たべごろ!笑いごろ! 他多数
他の活動 俳優

小松 政夫(こまつ まさお、1942年1月10日 - )は、日本コメディアンタレント俳優。本名、松崎 雅臣(まつざき・まさおみ)。愛称は親分さん小松の親分(自らのコントから)。

福岡県福岡市瓦町(現博多区上川端町)出身。オフィスPSC所属。

目次

[編集] プロフィール

[編集] 生い立ち

現在のキャナルシティ博多(当時は、鐘紡福岡工場)の近くで育つ。実父は、地元の実業家で名士でもあり、小松が通う小学校のPTA会長なども務めたが、早くに病死し、以後、貧窮をきわめた。しかし、家の前の焼け跡でよく行なわれていた露天商の口上をよく見聞し、サクラがいるのも知っていたという。それらが自然と身につき、学生時代から現在に至るまでの小松の明るさや笑いのセンスを作った旨、語っている(朝日新聞『人生の贈りもの』より)。

福岡県立福岡高等学校定時制課程普通科卒業。その頃は、亡父が懇意にしていた菓子店石村萬盛堂で働くなどして生計を支える。[1]高校の頃では、陽気で努力家でもあったといわれる。RKB毎日放送の劇団に所属後、1961年に俳優を目指し上京する。魚河岸など様々な職業を経験し、横浜トヨペットのセールスマン時代に公募により植木等の付き人兼運転手となり、その後芸能界入りする。

様々な営業職を転々としたが、最後の自動車セールスマンは、他業種からの引き抜きによるものだった。教習所と交渉し、免許を5日で取得させる手はずまで整えて、免許の無い人まで車を買わせるなど、セールストークに長けた(NHK・ラジオビタミン「ときめきインタビュー」で語る)。そういった顧客とのセールストークや会社内での上司との丁々発止のやりとりは、周囲の人気に押し上げられて(さらに後に数々のギャグの礎となり)、芸人を志す。セールスマン時代は、初任給1万円の時代に月給12万円を稼いでいたが、植木等の付き人兼運転手時代の月給はわずか7,000円だった。

[編集] デビュー

デビューは、『シャボン玉ホリデー』。きっかけは、同番組に出演していた植木についていった際、最年少の小松青年はスタッフにからかわれた。その時、飛び出したアドリブ「知らない知らない知らなぁ〜い」がプロデューサーの目に留まり、翌日の収録時には台本に出番があったという。

付き人兼運転手からタレントに転身する際は、植木等から「明日から来なくていいから。マネージャーも契約も全部済ませてあるから。」とあまりに突然のことだった。「そろそろデビューする頃か」などの前フリも無く、何年ぐらいで独り立ちできるかも知らず、覚悟すら出来ていなかった。言われた後は運転中に涙がボロボロと零れ、運転に支障が出るほどで植木に謝罪するも、植木は優しくそれを制した。目にワイパーが欲しいぐらいだった、とNHK・ラジオビタミン「ときめきインタビュー」で小松自身が語った。

その後、キャバレーホステスの会話や学校の担任など、身近な人からヒントを得たギャグや、レギュラー番組のコーナーからヒットした「電線音頭」(1976年発売)「しらけ鳥音頭」(1978年発売、60万枚を売り上げた)、物真似十八番淀川長治)で一躍人気コメディアンとなる。

正式なコンビというわけではなかったが、伊東四朗との息の合ったコンビは、1970年代を代表するギャグの一つとして、今なお語り継がれている。『みごろ!食べごろ!笑いごろ!』や『笑って!笑って!!60分』では「小松の大親分」など数々の名コントを演じた(先の「電線音頭」や「ずんずんずんずん〜小松の大親分♪(ニントス〜はここから)」など)。

[編集] 「お呼びでない」

植木等の代表的なギャグである「お呼びでない」が生まれるきっかけを作ったのも、小松である。植木等の付き人時代、植木が出演していた生放送の『シャボン玉ホリデー』でのショートコントの最中、勘違いして出番前ではないのに「出番です」と植木に言ってしまい、植木がつい舞台に出てしまった。当然、周囲は植木の登場に唖然としたが、その瞬間に植木は機転を利かせて「お呼びでない・・・こりゃまた失礼致しました」とアドリブを放った[2]。傍で見ていたプロデューサーは大爆笑し、以後、毎回のように使われるようになった。

なお、上記のエピソードについて、小松自身はこのような事実はないと否定的な発言をしている。植木の「お別れの会」の弔辞でも、「お呼びでないは小松がきっかけだとオヤジ(植木)さんはおっしゃっていたようですが、私はオヤジさんの出番を間違えるようなことはしていないと思うのです。」と述べている。そして「事実でなくても自分のために作ってくれたエピソードであり、本当に感謝している」とも語っている。

[編集] 「お笑い」の遍歴

一言で「お笑い」といっても、彼の携わった笑いは、時代と共に若干変化している。

1960年代は、クレージーキャッツの取り巻きの一人として活躍した、テレビ歌謡バラエティ全盛時としての笑い。

1970年代は、本来畑違いである軽演劇出身の伊東四朗との掛け合いによる、B級テイスト溢れるコント系バラエティとしての笑い。

1980年代は、タモリ団しん也イッセー尾形などといったピン芸人達との交流で培ったサブカルチャーの要素が入った、一風洒落た感じの笑い。

1990年代以降は、笑いそのものからは遠ざかり、本格的な俳優路線に入り現在に至る。

現在もバラエティやテレビドラマ、舞台など多方面で活躍中である。伊東が小松を「こんなに引き出しのある人はいないんだから」と評したことがあるが、数多くのギャグの引き出しも健在である。

[編集] その他

地元の博多祇園山笠には、現在でもよく参加している。かつては出身の岡流に属すが、岡流が途絶えた後は、知り合いの多い中洲流れに参加する(2009年の博多祇園山笠で、NHK生中継出演の際の本人談話)。

2011年6月20日に社団法人 日本喜劇人協会新会長に選出された[3]

[編集] ギャグ

  • 「どうして!どうしてなの!おせーて!」(焼き鳥屋のカウンターで別れ話をするカップルの会話より)
  • 「もーイヤ、もーイヤこんな生活!」(ホステスの会話より)
  • 「どーかひとつ」(女性専門に自動車を売り上げていた同僚のセールストークより。 対面する相手の両肩に手を置き、膝を曲げて軽く押さえる)
  • 「ながーい目で見てください」(オカマの独り言より、両目尻を手で横に引っ張り長く延ばしながら)
  • 「知らない!知らない!知らない!もー」(セールスマン時代にいた厳つい風貌の上司の会話より)
  • 「ニンドスハッカッカ、マー!ヒジリキホッキョッキョ!トーベトベトベガッチャマン〜、[4]ガ〜ッチャマンニマケルナ、マケルナガッチャマン、ワ〜!」(最初の2フレーズは小学校時代の担任の女の先生が小松を励ました時に使った、一種のおまじないより)
  • 「表彰状、あんたはエライ! 以下同文…」(「あんたはエライ!」は、旧日本兵の小野田寛郎が戦後29年ぶりにフィリピンルバング島から帰国した際に、空港で小野田の母親がかけた言葉がヒントになったといわれる)
  • 「悪りーね、悪りーね、ワリーネ・デイートリッヒ
  • 「よーやる、よーやる、よーやるゼリー
  • 「まー随分ね!随分随分随分ね!」(「どんだけ〜」や「言うよねぇ?」と似た用法か)
  • 「上手だね、上手だね、西方じょうずだね。東方xxxxだね。福岡県出身、鼻くそ部屋」(xxxxはシーンによって異なる)
  • 「暗いね、暗いね、アイネ・クライネ・ナハトムジーク!」(モーツァルトの曲より)
  • 「そーでしょ?そーでしょ?そりゃそうだモン」

[編集] 主な出演作品

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ

[編集] 映画

[編集] テレビコマーシャル

[編集] レコード・CD

  • デンセンマンの電線音頭/同カラオケ(1976年12月)共演伊東四朗‐テレビ朝日「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」より
  • しらけ鳥音頭/哀愁の一丁がみ小唄(1977年11月)‐テレビ朝日「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」より
  • タコフン音頭/同カラオケ(1980年11月)‐テレビ朝日「歌謡ドッキリ大放送」より
  • 電線レゲエ/デンセンマンの電線音頭(1995年10月)
  • 小松の親分

[編集] 吹き替え

[編集] ラジオ

[編集] 舞台

ほか

[編集] インタビュー連載

  • 朝日新聞夕刊『人生の贈りもの』2008年12月15日〜19日)ほか

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ a b 同社の商品「塩豆大福」のCMに起用された際、字幕で紹介された。以来、「塩豆大福」のCMに出演する。2009年1月の時点では字幕表示は消えたが、ロケの休憩中にほおばり続けるというものである。
  2. ^ 青島幸男 『わかっちゃいるけど・・・―シャボン玉の頃 』(文藝春秋、1988/09)ISBN 4163426205
  3. ^ 日本喜劇人協会の新会長に小松政夫さん 読売新聞 2011年6月20日閲覧
  4. ^ 「ガ〜ッチャマン〜」の台詞を言う際には、両手の親指と人指し指で輪を作り、手を逆さに顔にマスクの様に被せて云う。
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