ソフトバンクテレコム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ソフトバンクテレコム株式会社
SoftBank Telecom Corp.
ソフトバンクテレコムのロゴ
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 SBTM
本社所在地 東京都港区東新橋一丁目9番1号
東京汐留ビルディング
設立 1999年3月24日(ソフトバンク・ファイナンス株式会社)
(1984年10月創業)
業種 情報・通信業
事業内容 電気通信事業
代表者 孫正義(代表取締役社長CEO)
資本金 1億円 
売上高 3,883億円(2011年3月期)
従業員数 約5,700名(2014年3月末)
決算期 毎年3月末日
主要株主 ソフトバンク株式会社 100%
主要子会社 関連子会社の項目を参照
外部リンク tm.softbank.jp
特記事項:旧法人は1986年設立(鉄道通信株式会社、現在はソフトバンクモバイル株式会社)。
2007年2月1日ソフトバンクテレコム販売株式会社が存続会社として合併。
テンプレートを表示

ソフトバンクテレコム株式会社(英称:SoftBank Telecom Corp.)は、日本の大手電気通信事業者の一つである。本社は、東京都港区東新橋一丁目9番1号に所在。

概要[編集]

ソフトバンクテレコムは、国鉄設立の日本テレコムを出発点とし、数回の合併、資本提携、経営権の変更を経て、現在はソフトバンクの100%出資会社として、法人および個人向けに電気通信業務を行う企業。 法人向けでは、音声サービスやクラウドサービス、ネットワークサービスを中核としデータセンターなどの提供も行う。 識別番号は国内電話が0088、国際電話が0061である。

歴史[編集]

日本テレコム株式会社[編集]

第二次臨時行政調査会の提言のもと中曽根内閣によって進められた行政改革のひとつである三公社五現業の民営化に伴い、日本電信電話公社の民営化が既定路線となり、同時に通信自由化もなされる事となった[注 1]

日本国有鉄道は、既定路線となりつつあった通信の自由化に備え、東海道等の新幹線沿いに敷かれている管路を利用して光ファイバーを敷設し通信事業に参入できないかと考え、国鉄関連会社として1984年昭和59年)10月三井物産三菱商事住友商事等と資本金90億円にて日本テレコム株式会社を設立した[注 2]

通信の自由化に伴う新規参入通信事業者は、新電電(NCC)と呼ばれ、日本テレコムの他に、第二電電株式会社(DDI),日本高速通信株式会社(テレウェイ),日本通信衛星株式会社及び宇宙通信株式会社が第一種電気通信事業として通信事業へ参入した[注 3][注 4]

同社は、東海道新幹線山陽新幹線東北新幹線上越新幹線沿いに光ファイバケーブルを敷設し、1986年(昭和61年)8月から企業等を対象とした専用サービスを、1987年(昭和62年)9月から市外電話サ-ビスを開始した。また、1988年(昭和63年)8月からJRの駅構内で公衆電話サービスの提供を始めた。

鉄道通信株式会社[編集]

1986年(昭和61年)11月28日、日本国有鉄道改革関連8法案が参議院本会議で可決され、国鉄分割民営化が翌1987年(昭和62年)4月1日に実施されることとなった。通信について、戦前から鉄道省は全国の駅との業務連絡に逓信省に依存しない独自の業務用電話網「鉄道電話」を張り巡らせていた。旅客部門の民営化に先立ちこの部門の継承会社として、分割民営化の新会社第1号として、1986年(昭和61年)12月に鉄道通信株式会社が日本国有鉄道の100%出資会社として設立された[注 5][注 6]

当初は旅客会社なども使用する「JRロゴ」の灰色のロゴを使用していた。現在でもこのロゴは、商標登録が権利者がソフトバンクテレコムとして登録されている [1]

日本テレコム株式会社[編集]

鉄道通信との合併[編集]

1989年(平成1年)5月に鉄道通信株式会社が日本テレコムを合併することとなった。合併後の存続会社名は日本テレコム株式会社とした。

証券取引所への上場[編集]

1994年(平成6年)9月6日に東京証券取引所第二部、大阪証券取引所第二部に上場(証券コード9434)した。1996年(平成8年)9月2日には東京証券取引所第一部、大阪証券取引所第一部に指定替えとなった。

  • ロゴについては、1996年(平成8年)3月29日に、他のJRグループ各社同様のJRロゴに、灰色がかった色で、商標登録されている(先願権発生日・出願日1992年4月30日、権利者ソフトバンクテレコム株式会社)[注 7]。また、JRグループ共通ロゴをモチーフにした社員バッジも制作されていた[2]

日本国際通信(ITJ)との合併[編集]

日本テレコムは、1997年(平成9年)10月1日に日本国際通信株式会社(英略称:ITJ[注 8] と合併した[3]

AT&Tとブリティッシュ・テレコムの資本提携[編集]

1999年(平成11年)にアメリカ合衆国AT&Tイギリスブリティッシュ・テレコムという国際的な大手通信事業者と資本提携(日本テレコムにブリティッシュ・テレコム20%、AT&T10%出資)による、国際通信事業を強化をはかった。BTの国内子会社であるBTコミュニケーションズ・サービスおよびBTネットワーク情報サービス、AT&Tの国内子会社であるAT&T Jensは日本テレコムの100%子会社となり、それぞれ、日本テレコムコミュニケーションズサービス、日本テレコムネットワーク情報サービス、ジェンズと社名が変更された。

英ボーダフォンによる日本テレコム株式の取得[編集]

2000年(平成12年)9月20日、イギリスの携帯電話会社ボーダフォンJR西日本JR東海から株式の15%を取得した。AT&Tとブリティッシュ・テレコムに加え英ボーダフォンという複数の会社の出資を受けたのは、1社に飲み込まれないようにする日本テレコムの計算もあった。しかし、日本テレコムの予期に反して、2001年(平成13年)にAT&Tは同社の経営が悪化したため、保有していた日本テレコム株10%を英ボーダフォンに売却した。これにより英ボーダフォンの出資比率はJR7社の20.7%を超える25%となった。その後、株式争奪に敗れ筆頭株主ではなくなったブリティッシュ・テレコムは経営が悪化したこともあり、英ボーダフォンに日本テレコム株を売却し、英ボーダフォンの出資比率は45%になった。

英ボーダフォンによる経営権の掌握[編集]

2001年(平成13年)9月、英ボーダフォン、日本テレコム、JR東日本は会見を開き英ボーダフォンの100%子会社であるオランダのボーダフォンインターナショナル・ホールディングス社が日本テレコムの普通株式を公開買い付けすると発表した。この公開買い付けにより英ボーダフォンの保有する株式は66.73%となり英ボーダフォンが日本テレコムの筆頭株主となり経営権を掌握することとなった。この結果、設立以来の国鉄・JR各社との資本関係が切れることとなった。なお、日本テレコムが同年5月に取得した弘済出版社(現:交通新聞社)の株式はこの流れで現在のソフトバンクテレコムが現在も保有している。

さらに、英ボーダフォンは、日本テレコム系列の携帯電話グループであるジェイフォン(J-フォン)[注 9]の株式も取得し英ボーダフォンの保有する株式は69.7%となり、固定電話事業と携帯電話事業両方を傘下におさめることとなった。

2001年(平成13年)の公開買い付けに際し、携帯電話会社である英ボーダフォンは、当初から携帯電話事業のジェイフォン(J-フォン)にしか興味が無いと評されていた。これに対して、英ボーダフォンは当初「売却の可能性は非常に高いが、収益を改善することが最優先であり、現時点では固定電話事業を売却することはない」とした。また、JR東日本社長も「日本テレコムは、JRの鉄道システムの基幹インフラを担っている重要なパートナー。株式売却後も日本テレコムとの連携は継続する」と発表をおこなった。

日本テレコムホールディングス株式会社[編集]

経営権を掌握した英ボーダフォンは、2002年(平成14年)8月1日に、日本テレコムを商号変更して日本テレコムホールディングス株式会社として持株会社に移行し、固定電話通信事業は新会社とし分社化することとした[注 10]。これにより100%出資子会社として日本テレコム株式会社を設立して固定電話通信事業を同社に移管した。また、この持株会社の45.08%出資子会社としてジェイフォン(J-フォン)株式会社が携帯事業を行う事業体制となった。その後、2003年(平成15年)10月に子会社であるジェイフォン(J-フォン)株式会社はボーダフォン株式会社に商号変更された。

日本テレコム(固定電話事業)をリップルウッド・ホールディングスへ売却[編集]

2003年(平成15年)11月に100%出資子会社である日本テレコムを、新生銀行の買収で一躍有名となったアメリカの米投資会社リップルウッド・ホールディングスへ売却した[注 11]。売却額は2,613億円で同社の現経営陣は当面在任する予定と発表した。これにより、持株会社である日本テレコムホールディングス株式会社の下での主要事業は、携帯電話事業を営むボーダフォン株式会社となった。

ボーダフォンホールディングス株式会社に商号変更[編集]

日本テレコムホールディングス株式会社は、2003年(平成15年)12月10日には、ボーダフォンホールディングス株式会社と商号変更した。商号の変更は、リップルウッド・ホールディングスへの固定通信事業をボーダフォンを中心に移動体通信事業に特化するに伴い、持株会社の社名もブランド名を統一するというものであった。

ボーダフォン株式会社に商号変更[編集]

さらに、同社は携帯事業に特化することになったため、持ち株会社という会社形態としてを取る必要がなくなったことから、組織を一本化するため、ボーダフォンホールディングス株式会社は、2004年(平成16年)10月1日に子会社であるボーダフォン株式会社と合併し、社名をボーダフォン株式会社に商号変更した。

2005年(平成17年)5月には、英ボーダフォングループが保有する株式が96.1%を超え、上場廃止基準に該当することとなったため、同年8月1日に上場廃止となった[注 12]

日本テレコム株式会社[編集]

ソフトバンクは、2004年5月27日に、取締役会においてリップルウッド・ホールディングスに売却された日本テレコム株式会社を買収することを決定。買収価格は約3,400億円[注 13]で買収にあたっては、日本テレコムの発行済み普通株式約1億4,400万株すべてを取得しソフトバンクの100%子会社にすると発表した。2004年(平成16年)7月30日にで日本テレコムの発行済み普通株式をすべて取得しソフトバンクの100%子会社となった。

ソフトバンクテレコム株式会社[編集]

ソフトバンクは、2006年(平成18年)8月28日、100%子会社の日本テレコム株式会社の商号をソフトバンクテレコム株式会社に変更すると発表した。ソフトバンクは、2006年(平成18年)3月17日にボーダフォン株式会社の買収について、英ボーダフォンと合意し4月27日に買収完了を発表していた。商号変更は「ソフトバンクグループ各企業との連携を一層深めることにより、同社の強みをさらに強化すること」が目的とし、ボーダフォンより買収した携帯事業もソフトバンクモバイル株式会社とすると併せて発表した。これにより、2006年(平成18年)10月1日に日本テレコム株式会社からソフトバンクテレコム株式会社に変更した。

ソフトバンクテレコム株式会社の商号について[編集]

現在の法人は、「日本テレコム」を商号としていた時代も含めれば4代目で(以下、特段の断りがない限りにおいては、日本テレコムを商号としていた時代から起算して「○代目」と表記する)、1999年3月24日に「ソフトバンク・ファイナンス株式会社」として設立された法人である。2006年10月に事業内容を変更し「ソフトバンクテレコム販売株式会社」と商号変更したのち、2007年2月1日に旧ソフトバンクテレコム株式会社(3代目)を吸収合併して「ソフトバンクテレコム株式会社」(4代目)に商号変更した(逆さ合併)。この吸収合併以前の本法人については、ソフトバンクテレコム販売を参照のこと。 3代目の法人は2002年8月1日に日本テレコム株式会社として設立されたが、これは、2代目の法人(1986年12月9日設立)が同日付で固定通信事業を3代目法人に会社分割して純粋持株会社に移行したためである。ただし、2代目の法人はその後、数度の商号変更および吸収合併により、現在はソフトバンクモバイル株式会社になっている。

沿革[編集]

事業内容[編集]

データセンター[編集]

2014年5月現在、日本国内の14ヶ所(東京の第一〜第五含む)でデータセンターが稼動している。また2011年11月には、データセンター需給から韓国通信事業大手のKT社(주식회사케이티, KT Corporation)との合弁会社 kt-SB data service を韓国金海市に設立、これに伴いプサンデータセンターが稼働している[6]

なお、当社が展開するデータセンターの詳細については、ソフトバンクの法人向けサービスに関する公式サイト内「データセンターのページ」を参照のこと。

日本拠点
  • 札幌
  • 福島白河
  • 東京第一〜第五
  • 大阪
  • 大阪中央
  • 大阪第三
  • アジアン・フロンティア(北九州)
  • 北九州e-PORT
  • 北九州e-PORT第二
  • 大分
韓国拠点
  • プサン(慶尚南道金海市内) 
  • ソウル※2014年5月時点で、上記公式サイトのページに記載なし

関連子会社[編集]

なお、日本テレコムシステム株式会社は社名が似ているが、ソフトバンクテレコム株式会社およびソフトバンクグループとは一切関連がない。

テレビCM出演者[編集]

すべて旧日本テレコム時代

備考[編集]

  • 2006年10月1日の社名変更以前は業界内では「JT」と略され、日本たばこ産業の略称と紛らわしかった。現在の略称「SBTM」はソフトバンク・テクノロジー株式会社の略称「SBT」と区別されている。
  • 2009年3月17日2010年4月入社を目標に応募してきた学生全員にメールで送られた採用条件として「特別採用コース」というものが報告された。内容は学生に対し2009年3月23日から同年4月12日までにソフトバンクモバイルの携帯電話の新規契約を取らせ、その結果を筆記試験・面接と共に選考基準に加えるというものである。なお、同社では採用するか決まっていない学生に対し営業をさせることについて「筆記試験・面接には無い選考基準を設けただけで営業目的ではない」とコメントしている。なお、グループ会社のソフトバンクBBソフトバンクモバイルも同様の採用条件を設けている。この行為について学生らの批判が高い上に労働基準法違反に抵触する疑いがあるとして、厚生労働省が調査を開始したため、内容を新規契約数ではなく販売モデルの提案という形に変更した[7]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 日本専売公社と日本電信電話公社は1985年4月1日に民営化され、それぞれ日本たばこ産業日本電信電話となった。日本国有鉄道1987年4月1日に分割民営化された。
  2. ^ 日本国有鉄道の出資比率は33.3%。30.1億円。従業員数約220名。
  3. ^ 5社は1985年(昭和60年)6月21日に郵政大臣により第一種電気通信事業の許可を得た。同年の日本テレコムの資本金は90億円であった。
  4. ^ 第二電電と日本高速通信は、合併し現在はKDDIとして事業を行っている。
  5. ^ 従業員数563名。
  6. ^ 日本国有鉄道改革法第十一条「国は、日本国有鉄道が行つている電気通信、情報の処理及び試験研究に関する業務のうち、すべての旅客会社及び貨物会社の事業の運営に関連するため一体的に運営することが適当であると認められるものについては、旅客会社及び貨物会社以外の法人であつて運輸大臣がこれらの業務の性質を考慮して指定するものに引き継がせるものとする。」による承継会社。
  7. ^ 商標登録:登録番号 第3126644号、出願番号 商願平4-109409。
  8. ^ 日本国際通信株式会社は、国際通信の自由化に伴い三井物産、三菱商事、住友商事、松下電器産業(現:パナソニック)等の出資で設立された国際電話サービスを提供する電気通信事業者。合併当初は「国内電話は0088。国際電話は0041。」というキャッチフレーズであった。
  9. ^ 日本テレコムは関連会社として株式会社東京デジタルホンを、日産自動車とデジタルツーカーを設立して携帯・自動車電話事業に参入した。その後両社とも営業範囲を拡大しデジタルホン3社およびデジタルツーカー6社の計9社となった。1999年(平成11年)11月に9社はデジタルホンおよびデジタルツーカーをジェイフォン(J-フォン)に商号変更した。
  10. ^ 証券コード9434の会社名も日本テレコムから日本テレコムホールディングス株式会社に変更された。
  11. ^ これにより、日本テレコム株式会社は日本テレコムホールディングス株式会社との関係解消により未上場会社となる。
  12. ^ 東京証券取引所の基準では、大株主の上位10人と役員の所有株式と自社所有株式数の合計が、上場株式数の90%を超えた場合は上場廃止となる。
  13. ^ 普通株式を買い取るための金額1433億円のほか、純有利子負債1640億円の肩代わと優先株が325億円を総合すると3400億円という買収額になる。

出典[編集]

外部リンク[編集]