梅小路蒸気機関車館

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Japanese Map symbol (Museum) w.svg 梅小路蒸気機関車館
Umekoji Steam Locomotive Museum
C581&B2010Img545.jpg
施設情報
専門分野 交通
事業主体 西日本旅客鉄道(JR西日本)
管理運営 公益財団法人交通文化振興財団
開館 1972年昭和47年)10月10日
所在地 600-8835
京都府京都市下京区観喜寺町
ウェブサイト 梅小路蒸気機関車館(JR西日本)
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梅小路運転区
鉄道事業者 西日本旅客鉄道
帰属組織 近畿統括本部
所属略号
蒸気機関車配置両数 5両
内燃機関車配置両数 2両
合計配置両数 7両
備考 2014年4月現在のデータ

梅小路蒸気機関車館(うめこうじじょうききかんしゃかん、英語Umekoji Steam Locomotive Museum)は、京都府京都市下京区観喜寺町にある西日本旅客鉄道(JR西日本)が所有し、公益財団法人交通文化振興財団が運営する蒸気機関車保存展示施設博物館)である。

また、本項では、JR西日本の車両基地としての梅小路運転区についても記述する。

概要[編集]

1968年(昭和43年)3月26日の国鉄常務会で、1世紀にわたり日本の鉄道輸送を支え続けた蒸気機関車が1960年代後半以降は急速に姿を消していくことに対し、貴重な産業文化財と位置づけをした上で動態保存を目的とした日本初の施設を設置することが正式決定された。

上述決定を受けて1972年(昭和47年)10月10日日本国有鉄道(国鉄)により日本の鉄道開業100周年を記念して京都市下京区にある梅小路機関区の扇形庫を活用して開設された。

  • 当初は首都圏に近いということで栃木県小山駅構内にあった小山機関区が保存機関区の最有力候補であったが、「日本の中央部に立地」「周辺に集客力の大きい名所旧跡がある」「大型蒸機の保守実績がある」「蒸機運転可能な路線が近くにある[1]」という観点から、1970年(昭和45年)に梅小路機関区(当時)が保存機関区に正式に選定された。

保存対象車両は原則としてその当時現存していた最若番車(できれば1号機)を選定するものとして当初12形式[2]が選定されたが、その後、小山機関区より車両収容力が大きいため再検討が重ねられた結果16形式17両に拡大された。

  • 保存選定の過程でC62 2はスワローエンジェル人気で選定されたほか、当初案では選定されていたC59 1(小倉工場九州鉄道記念館保存)・D52 1(広島工場保存)のようにSL動態保存の基本構想のため当時現役の車両に変更されたケースもある。

1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化によりJR西日本に承継された。また本施設自体が現役の車両基地(梅小路運転区)であり、蒸気機関車のほか嵯峨野観光鉄道で使用するDE10形ディーゼル機関車が所属し、検査・修繕も行なわれている。

なお、隣接して京都市の梅小路公園(総面積117,133m²)があり、京都市電の車両が8両保存されている。このうち狭軌1形電車27号(旧京都電気鉄道車両の復元車)が動態展示され、他に7両が静態保存されている。

2014年10月25日放送NHK総合テレビ妻たちの新幹線』をはじめ、ドラマ撮影などにも使用されることがある[3][4][5][6]

施設[編集]

扇形庫と転車台
扇形庫と転車台
旧二条駅舎
旧二条駅舎

施設は、旧梅小路機関区の扇形庫及び転車台を活用した「蒸気機関車展示館」と、旧二条駅舎を移築・復元した「資料展示館」からなる。

扇形庫1914年(大正3年)に建設された鉄筋コンクリート造で、2004年(平成16年)12月10日に5t電動天井クレーン(1915年(大正4年)完成)、引き込み線とともに国の重要文化財指定ならびに土木学会選奨土木遺産に選奨された。

2006年(平成18年)にはJR西日本により、旧二条駅舎(展示館)と扇形車庫・保存されている蒸気機関車一式・点検修理の工具一式などが、準鉄道記念物に指定された。

旧二条駅舎は、1904年(明治37年)に京都鉄道が本社社屋を兼ねて建設した日本現存最古の木造2階建和風駅舎で、景観に配慮しながら平安神宮を模して造られた。

  • 京都鉄道は1907年(明治40年)に国有化され、以後は国鉄→JR西日本の駅舎として利用されたが、1996年(平成8年)の山陰本線嵯峨野線)二条駅 - 花園駅間高架化にともなって駅舎としての役目を終え、1997年(平成9年)に本館敷地内に移築・復元して玄関口として使用、内部は昔の切符売り場などを残し、資料展示館として活用している。

1996年4月に京都市の有形文化財に指定された。

扇形庫には、蒸気機関車18形式20両(開館当初は16形式17両)が収容・展示される。

  • 開館当初は動態保存が原則であり、梅小路への搬入前から静態保存されていたC53 45・C51 239の2両を除き15両は1979年まで車籍を持った動態保存(書類上)であった[7]
  • その後保存対象車両の見直しが何度か行われ2008年現在、動態保存機は7形式7両となった。うち5形式5両は現在も車籍を有しC57 1・C56 160の2両は、山口線の「SLやまぐち号」や北陸本線の「SL北びわこ号」など本線上での列車牽引に充当される。この2両は一度も廃車(車籍抹消)になっていない日本で唯一のSL動態保存車両である。
  • 上述2両以外の動態保存機は車籍こそあるものの、全般検査を受けていないため本線上での走行はできないが、館内展示用の動態保存機の牽引による「SLスチーム号」を館内の展示運転線で運転される。


現在も車両基地としての機能を有しており、営業線とも接続されている。さらに1997年からは蒸気機関車の検査・整備を鷹取工場より移管している[8]

  • 開館当初は検査担当工場として長野工場(現・JR東日本長野総合車両センター)が指定されていたが、営業用蒸気機関車が全廃されたことによって保存機の保守継続が問題となったため1979年(昭和54年)になって動態保存機の両数を削減するとともに検査担当工場を鷹取工場へと変更した。

施設の中央に位置している転車台(ターンテーブル)は太平洋戦争期間中に原子爆弾の投下目標になっていた。

  • 大都市の割に空襲の被害をほとんど受けなかった京都市だが、広島市と並び原子爆弾投下の最有力候補で、原爆の性能を確認しやすいように投下まで町を無傷にしていた。最終的には古都の破壊が永遠に日本人の反感を買ってしまい、戦後政策に重大な影響を与えることが懸念されたため投下目標を変更したことがアメリカの文書から明らかになっている。詳しくは日本への原子爆弾投下を参照のこと。

配置車両の車体に記される略号[編集]

」…梅小路を意味する「梅」に由来する。

SLスチーム号[編集]

梅小路機関車館内にある片道500mの展示運転線を用いたSL列車で蒸気機関車が専用の客車2両をけん引して往復し、牽引機はC62形(C62 2)、C61形(61 2)、D51形(D51 200)、8620形(8630)の何れかが担当する。(D51 200は2014年10月に本線復帰が発表されて以降、8630は2015年2月に担当後、C61 2は2015年4月に担当後、整備のためそれぞれ担当から離脱している。) またこの指定牽引機以外の他の機関車がslスチーム号の牽引に担当される事がある。

運転時刻は11時・13時半・15時半であるが人が多い場合は何度も往復する事があり、3回目の運転後には機関車に石炭や水を補給するため、ターンテーブルで蒸気機関車が回転する姿を見る事が出来る。 因みに梅小路からの出発時は配線の関係から推進運転となる為、注意喚起ブザーを数回鳴らしながら発車している。

展示運転線[編集]

梅小路蒸気機関車館の一角に設けられた延長500mの展示線で、SLスチーム号の構内運転に使用されている。 この展示線はこれまでに3回程位置と線形が変化しており、変化は以下の通りである。

  • 開館当初

開館当初は扇形庫から北、かつては館内の休憩施設と公園が合って現在は大型車駐車場になっている敷地の北端にかけて延びていた(扇形庫の12番線の線路が車庫の北側に向かって延びる形となっていた)。 運転内容は蒸気機関車単機による展示運転であった。 [9] [10]

  • 1992年2月以降

展示線が現在の場所に近い所に展示線を移転した。[11][12] 長い直線を持ち、複線である事を活かして蒸気機関車の三重連や並走等と言った展示運転をしていた。

  • 1994年9月以降

9月23日、第11回全国都市緑化フェア開催に合わせて同機関車館の展示線は梅小路公園南端を嵯峨野線を潜り併走する形に移転され、同時にSLスチーム号の運用開始された。 移転当初は400m(往復800m)だったが、1998年から始まった同博物館の大規模リニューアル工事(97年完成)の一環として1996年10月10日に展示線が100m延伸されて往復1000mとなった。[13]

因みに京都鉄道博物館の開館に際し、展示線の更なる線形改良をする可能性がある。 [14]

配置車両[編集]

ほとんどの車両が、1972年に前所属機関区から現役車両として転属の手続きがとられている[15]が、一部は当初から無車籍・静態保存だった。

1976年(昭和51年)に指定されていたC62 1、2009年(平成21年)に譲り受けた1080を除く全車が、2006年に車歴簿・保守用工具とともに準鉄道記念物に指定されている。2014年に交通科学博物館から移設された7105(義経号)も、それ以前の2004年に鉄道記念物に指定されている。

現在の配置車両[編集]

2014年4月1日現在の配置車両は以下の7両である[16]

蒸気機関車[編集]

ディーゼル機関車[編集]

保存車両[編集]

蒸気機関車[編集]

B20 10と8630の2両が、車籍は有しないが動態保存されている。7105も2014年10月10日に動態復元された。

「◎」は、入館当初から静態保存であったもの。

その他の車両[編集]

その他の車両[編集]

  • 「SLスチーム号」用客車(番号なし2両)
    1990年に大阪市鶴見緑地で開催された「国際花と緑の博覧会」で運行された7105「義経」牽引のSL列車に使用するために製造された窓ガラスのないトロッコ風客車で、黄・緑・ベージュ色をしていた。同博覧会終了後に館内で運行するSL列車「SLスチーム号」に3両のうち2両(黄と緑)が転用され、その際に屋根や側面部分が改装され、2号車(緑)には推進運転用の前照灯や簡易運転台(主に緊急時用)が設置された。また客車間は棒連結器で連結されているが、機関車と連結する側や、推進運転時に先頭になる側には牽引する蒸気機関車の連結器に対応した簡易連結器を装備している。*: 2014年10月10日、17年ぶりに動態復元された7105「義経」がこのスチーム用客車を牽引した。
  • 50系客車(オハフ50 68)
    休憩室として利用されている。塗装や座席は原形のままであるが、車内に家庭用エアコンが設置され、裏側に配管と室外機が設置されている。またトイレは使用不可。
  • スハ43系客車(オハ46 13)
    宮原総合運転所に在籍していた客車(2011年10月31日除籍)で、2000年頃にオハ33 48とともに構内に持ち込まれた。使用用途は不明(一説にはSLスチーム号用客車として使うつもりだったらしい)で同機関車館脇の留置線に留め置かれ、時には蒸気機関車と連結した事もあった。
    オハ33 48は2009年3月14日~16日の間に解体(一説では台風によって屋根が破損してしまったのが原因とされる)されたが、当車は2013年に再整備がなされている。車内に入る為の立て掛け式階段が設置されているが、現在車内は非公開の為、中に入る事は出来ない。

過去の配置車両[編集]

交通[編集]

拡張計画[編集]

2009年2月23日24日の複数の報道によれば、交通科学博物館が老朽化し、手狭となっているため本施設を拡張して新しい博物館を建設。車両などの展示品の一部を交通科学博物館から新博物館へ移転し、交通科学博物館については規模を縮小すると報じられていた[19]。そして、JR西日本は2012年12月19日に、2016年春をめどに新しい鉄道博物館を建設する計画を正式に発表した[20][21]。それによると、地上3階建てで延べ床面積18,800平方mの建物を新築し、交通科学博物館から移転する車両も含めて約50両の車両を展示するとしている。完成後は本施設と一体化されることにより、全体で展示面積は約31,000m²になる。

完成すると、JR東日本の鉄道博物館(埼玉県さいたま市、2017年に拡張予定)やJR東海のリニア・鉄道館(愛知県名古屋市)を面積・展示車両数で上回ることになり、日本最大の鉄道博物館となる。なお、これに伴って交通科学博物館が2014年(平成26年)4月6日に閉館した[22]。そして2013年12月19日に館の名称が京都鉄道博物館に決定したとのJR西日本からの公式発表が行われた[23]

現在の梅小路蒸気機関車館は、2015年8月30日をもっていったん閉館し、2016年春に併設される新館と合わせて京都鉄道博物館として再出発する。

また、京都鉄道博物館の開館後の、2019年に嵯峨野線京都 - 丹波口間に新駅が設置される予定である[24][25][26][27]。 この新駅の設置に伴い、駅設置場所に支障する東海道本線貨物支線の京都貨物 - 丹波口間3.3kmについて、2016年に廃止する旨の届出書を国土交通大臣に提出した。これにより、梅小路のデルタ線は廃止される[27][28]

歴史[編集]

  • 1876年明治9年)9月5日:京都機関庫として仮開設。
  • 1880年(明治13年)7月14日:馬場駅(現・膳所駅)構内に馬場機関庫が開設。
  • 1897年(明治30年)2月15日:京都鉄道が二条機関庫を開設。
  • 1914年大正3年)10月10日:京都機関庫と二条機関庫が統合され、梅小路機関庫が発足。
  • 1921年(大正10年)7月29日:馬場機関庫が廃止され、梅小路機関庫馬場分庫に改称。
  • 1936年昭和11年)9月1日:梅小路機関庫から梅小路機関区に改称。
  • 1972年(昭和47年)10月10日:梅小路蒸気機関車館が開館。
  • 1977年(昭和52年)
    • 開館5周年記念入場券が発行される(大阪鉄道管理局発行)。1978年の「第1回記念きっぷ大賞」で国鉄部門大賞を受賞した。
    • 6月26日:蒸気機関車館の入館者が100万人に達する。
  • 1982年(昭和57年)2月11日:蒸気機関車館の入館者が200万人に達する。
  • 1987年(昭和62年)3月1日:梅小路機関区から梅小路運転区に改称。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道に継承。
  • 1990年平成2年)3月14日:所属していた乗務員が京都電車区米原列車区に異動し、乗務員の配置がなくなる。
  • 1997年(平成9年)
    • 7月4日:旧二条駅舎が移転
    • 7月5日:蒸気機関車館がリニューアルオープン。
  • 2015年(平成27年)
    • 8月30日:京都鉄道博物館開館準備のため閉館[29][30]
    • 秋:SL専用検修庫を新設予定。
  • 2016年(平成28年)春:京都鉄道博物館として、一体で整備される予定。

脚注[編集]

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  1. ^ 当初は定期運転コースとして京都 - 姫路間往復、団体向けコースとして奈良線草津線・山陰本線等での運行を予定しており、前者については「SL白鷺号」として1972年から1974年までの間にC62形やC61形を使用して運行されている。
  2. ^ 当初案での保存形式は8620形・9600形・C11形・C51形・C53形・C56形・C57形・C58形・C59形・C62形・D51形・D52形
  3. ^ NHK総合「妻たちの新幹線」”. ロケ地めぐり. 西日本旅客鉄道. 2015年2月19日閲覧。
  4. ^ 映画「せなかあわせ」、映画「彼方」、CM「乗車試験」、CM「公共マナー向上」”. ロケ地めぐり. 西日本旅客鉄道. 2015年2月19日閲覧。
  5. ^ ALWAYS 三丁目の夕日”. ロケ地めぐり. 西日本旅客鉄道. 2015年2月19日閲覧。
  6. ^ 光る壁画”. ロケ地めぐり. 西日本旅客鉄道. 2015年2月19日閲覧。
  7. ^ 運転上の制約などからC59 164・D52 468は梅小路転属後に早い時期から事実上の静態保存となった。
  8. ^ SLの検査・修繕を担う 山崎悦男さん(57)YOMIURI ONLINE(読売新聞)、2013年6月29日付
  9. ^ http://rail.hobidas.com/kokutetsu/archives/2010/06/post_1333.html
  10. ^ http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-22-8a/hal_rail/folder/1586876/89/37528189/img_0?1209283133
  11. ^ 現在使われている展示線の隣に位置し、現在スチーム号用の乗り場がある所は観覧スペースとなっていた。
  12. ^ http://www.rjnet.jp/esse/index.php?%C7%DF%BE%AE%CF%A9%BE%F8%B5%A4%B5%A1%B4%D8%BC%D6%B4%DB
  13. ^ http://www.city.kyoto.lg.jp/kensetu/cmsfiles/contents/0000158/158984/hakubutukangaiyou.pdf
  14. ^ http://www.kk.jcca.or.jp/recital/pdf/015.pdf
  15. ^ 1971年11月に国鉄は記録映画撮影のため全国から蒸気機関車を梅小路区に集めたが、C55 1は撮影終了後も所属機関区に戻ることなくそのまま梅小路区に残存した。
  16. ^ 「JR各社の車両配置表」『鉄道ファン』2014年7月号、交友社
  17. ^ [http://www.westjr.co.jp/press/article/2014/10/page_6307.html 持続的なSL動態保存の体制の整備について- 西日本旅客鉄道ニュースリリース 2014年10月17日
  18. ^ 蒸気機関車1080の受け入れについて[リンク切れ] - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2009年7月23日
  19. ^ JR西が京都に新鉄道博物館 2014年度にも - 共同通信 2009年2月23日
  20. ^ 2016年(平成28年)春、京都・梅小路エリアに新たな鉄道博物館が開業します - 西日本旅客鉄道プレスリリース、2012年12月19日。
  21. ^ 梅小路蒸気機関車館、8月30日で閉館 SL「頭出し」イベントなど実施”. Yahoo!ニュース. 2015年2月19日閲覧。
  22. ^ 52年分の感謝と共に、交通科学博物館の営業を終了します - 西日本旅客鉄道プレスリリース、2013年7月24日。
  23. ^ JR西 展示施設名は「京都鉄道博物館」 - 2013年12月18日、神戸新聞
  24. ^ “京都-丹波口間に19年春新駅 JR西と京都市、開業へ合意”. 京都新聞. (2015年1月31日). http://kyoto-np.jp/politics/article/20150131000023 
  25. ^ “嵯峨野線都〜丹波口駅間 新駅設置に関する京都市との合意について” (プレスリリース), 西日本旅客鉄道株式会社, (2015年2月2日), http://www.westjr.co.jp/press/article/2015/02/page_6764.html 2015年3月11日閲覧。 
  26. ^ “京都-丹波口間に新駅”. 交通新聞: pp. 1. (2015年2月4日) 
  27. ^ a b “嵯峨野線 京都~丹波口駅間新駅設置に関する事業基本計画の変更認可申請ならびに東海道線(梅小路~丹波口間)の廃止届出書の提出について” (プレスリリース), 西日本旅客鉄道株式会社, (2015年2月27日), http://www.westjr.co.jp/press/article/2015/02/page_6878.html 2015年3月11日閲覧。 
  28. ^ 京都のデルタ線、2016年に一部廃止へ 「梅小路新駅」などが理由
  29. ^ [1]
  30. ^ JR西の豪華寝台列車、名称は「瑞風」=京都・梅小路機関車館は8月閉館

参考文献[編集]

  • 『梅小路90年史』西日本旅客鉄道、2004年。ISBN 4-7770-5071-8
  • 関崇博「梅小路蒸気機関車館」『国鉄の車両12 東海道線III』保育社、1984年。ISBN 4-586-53012-X
  • 鉄道ファン交友社
    • 1968年5月号 No.83 「実現する蒸気機関車の動態保存」
    • 1972年12月号 No.140 「梅小路蒸気機関車館」が開館
    • 1994年12月号 No.404 特集・梅小路蒸機の現役時代
    • 1998年1月号 - 2月号 No.441 - 442 高山禮蔵「梅小路も・の・が・た・り」1・2

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

座標: 北緯34度59分13.0秒 東経135度44分34.2秒 / 北緯34.986944度 東経135.742833度 / 34.986944; 135.742833