日本車輌製造

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日本車輌製造株式会社
Nippon Sharyo, Ltd.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7102
名証1部 7102
略称 日本車両、日車
本社所在地 〒456-8691
愛知県名古屋市熱田区三本松町1番1号
電話番号 052-882-3316
設立 1896年(明治29年)9月18日
業種 輸送用機器
事業内容 鉄道車両橋梁・農業用プラントなどの製造・販売
代表者 生島勝之(取締役社長)
資本金 118億1千万円
発行済株式総数 1億4,675万129株
売上高 単独828億92百万円
連結861億40百万円
(2009年3月期)
純資産 単独433億36百万円
連結437億84百万円
(2009年3月31日現在)
総資産 単独1,221億46百万円
連結1,271億58百万円
(2009年3月31日現在)
従業員数 単独1,738名(2008年10月1日現在)
決算期 3月31日
主要株主 東海旅客鉄道 50.86%
(2008年10月15日現在)
主要子会社 株式会社日車エンジニアリング
重車輛工業株式会社
日車ワシノ製鋼株式会社
株式会社日車ビジネスアソシエイツ
外部リンク http://www.n-sharyo.co.jp/
  
名古屋市熱田区の本社ビル。1996年より“日本車両”と呼称
豊川製作所
車内銘板の一例

日本車輌製造株式会社(にっぽんしゃりょうせいぞう、英文社名:Nippon Sharyo, Ltd. )は、鉄道車両特装車基礎工事用建設機械橋梁農業用プラントなど、特に「大型」と呼ばれる分野をメインに生産を行う大手企業である。1996年より日本車両の呼称を使用している。略称は「日車」。

1896年に名古屋で創業した老舗である。本社は愛知県名古屋市熱田区東京名古屋証券取引所の第1部に上場している(証券コード7102)。2008年8月東海旅客鉄道(JR東海)と業務資本提携契約を締結。JR東海がTOBを実施し、成功。株式の50.1%を取得しJR東海の連結子会社となった。

目次

[編集] 事業所

鉄道車両、特装車の生産は愛知県豊川市の豊川製作所が担当する。NHK名古屋放送センタービル内にオフィシャルショップ・「日車"ゆめ"ステーション」がある。

かつては、鉄道車両の生産拠点として本社周囲に名古屋製作所(本店工場)と、埼玉県川口市1934年に東京より移転、当時の住所は北足立郡芝村)に東京支店蕨工場があった。現在、名古屋工場の跡地には中日ハウジングセンターKDDI熱田事業所(旧ツーカーセルラー東海・本社)、中京倉庫が立地している。東京支店蕨工場の跡地は川口芝園団地となっている。

[編集] 沿革

  • 1896年明治29年)9月 - 会社設立。
  • 1920年大正9年)4月 - 東京都墨田区の天野工場を買収、東京支店工場とする。
  • 1934年昭和9年)4月 - 東京支店工場を移転、蕨工場を新設。
  • 1938年(昭和13年)6月 - 鳴海工場(現・鳴海製作所)を新設。
  • 1949年(昭和24年)5月 - 東証、名証、大証にそれぞれ上場
  • 1961年(昭和36年)10月 - 名古屋市港区に大江工場を新設。
  • 1964年(昭和39年)7月 - 豊川工場(現・豊川製作所)を新設。
  • 1970年(昭和45年)4月 - 茨城県古河市に大利根工場を新設。
  • 1971年(昭和46年)3月 - 工場を製作所に改称。鉄道車両製作を豊川製作所へ統合。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 蕨製作所閉鎖。豊川製作所を「豊川蕨製作所」に改称。
  • 1975年(昭和50年)6月 - 衣浦製作所を新設。
  • 1983年(昭和58年)5月 - 名古屋製作所閉鎖。
  • 1984年(昭和59年)11月 - 大江製作所閉鎖。
  • 1996年平成8年)4月 - 豊川蕨製作所を「豊川製作所」に改称。
  • 1996年(平成8年)9月 - 創立100周年を迎え、企業活動上の呼称を「日本車両」とする。
  • 2003年(平成15年) - 大証上場廃止
  • 2004年(平成16年) - 日経225から除外される。
  • 2005年(平成17年)6月 - 大利根製作所閉鎖、衣浦製作所に統合。
  • 2007年(平成19年) - 国土交通省と旧日本道路公団の橋梁工事をめぐる談合事件をうけ、国土交通省より建設業法に基づき45日間の業務停止命令を受ける。
  • 2008年(平成20年)8月 - 東海旅客鉄道(JR東海)と業務資本提携契約締結。連結子会社化を目的としたTOBを開始。
  • 2008年(平成20年)10月 - 東海旅客鉄道が株式50.86%を取得し、同社の連結子会社となる。

[編集] 製品

創業以来、旧国鉄・私鉄・産業用向けに多くの鉄道車両を製作した実績を持つ。

なお、鉄道車両以外の分野、特に橋梁構造物、水門などの事業は近年の公共事業削減の影響を受け売上が減少、営業赤字となっている。

新分野への進出を目指しPCBの処理プラントを愛知県半田市内で試験運転していたがトラブルが相次いだため事業化を断念。2007年度に特別損失として35億7600万円を計上し、中間期(2007年9月)は大幅な赤字決算となった。

鉄道車両部門でも原材料の高騰の影響を受け、JR東海西日本の「N700系特需」などにより受注残は過去最高となっているものの採算は低下しており2008年3月の通期決算でも54億7300万円の当期純損失を計上する結果になった。

今般JR東海が当社を子会社化した背景には同社のリニアモーターカー開発強化策に当社を組み込むことが挙げられている。

[編集] 鉄道車両

海外

過去には以下の事業も行った。

  • 地方私鉄用の標準型気動車、車体リニューアルなど(1960年代に多かった)
  • 電気機関車(台数は少ないものの、EF58・EF65などの製作実績あり)
  • 蒸気機関車(昭和時代ではD51・C11など貨物用が多い)

[編集] 日車型ガソリンカー

戦前のガソリンカーの製作では日本車両が圧倒的なシェアを占めており、鉄道省に先駆けて軽量車体を備える機械式18m級ガソリンカーを製作し、簡易式連結器や軽量自動連結器を独自開発するなど、技術面でも業界をリードしていた。鉄道省キハ36900形(=キハ41000形)も、日本車両の設計を基に開発されている。

  • 芸備鉄道の各車→加悦鉄道キハ51・紀州鉄道キハ40801など
  • 関東鉄道キハ82
  • 筑波鉄道初代キハ300形→南武縦貫鉄道キハ103
  • 江若鉄道の気動車各形式→キニ49形(川崎車輌との競作)など
  • 加悦鉄道キハ101
  • 中国鉄道の気動車各形式(加藤車両との競作)

[編集] 日車標準車体

昭和30年代に、地方私鉄の老朽化していた木造車や初期の半鋼製車の車体を更新する際に、日本車両が設計した標準車体を採用した私鉄が全国に存在した。

[編集] 日車ロマンスカー

日本車両製造で開発された、名鉄5000系電車に準じた車体や設備を持つ地方私鉄向けの車両をこう呼ぶことがある。

[編集] 日車式ブロック工法(日車式SUSブロック構体)

詳細は「ブロック工法#鉄道車両」を参照

小田急新3000形、京王9000系、京成新3000形とその同型車、名鉄300系名古屋臨海高速1000形横浜市営地下鉄3000形R・S名古屋市交通局N1000形など、日本車両が設計幹事会社となって導入された私鉄の通勤電車では、側窓・ドア上の長い幕板を廃止し、構体のドア部分とそれ以外の部分を別々のブロックとして製作して結合するという工法で作られたものが多い。これらの低コスト軽量ステンレス車体は、鉄道ファンの間で“日車ブロック工法”などと呼ばれているが、正式名称ではなく、正しくは“日車式ブロック工法[1]あるいは“日車式SUSブロック構体[2]である。

JR東日本東急車輛川崎重工を中心としたE231系グループのステンレス製通勤電車や、日立製作所が開発したA-train(新工法のアルミ製電車)とともに、標準化された通勤電車の製造法である(通勤・近郊電車の標準仕様ガイドラインの項を参照)。

[編集] 車両輸送について

新製車両の出荷である甲種輸送を行う際は、豊川工場から専用線を通り豊川駅から飯田線を走り日本全国へ輸送される。甲種輸送を行うのは火曜日が多い。JR東海在来線車両は、豊川工場から専用線を自走し、豊川駅から試運転を兼ねて、各車両区へ自力回送される。

新幹線など大型車両の場合は在来線を利用できないのでトラックなどで搬出される。以前は新幹線車両も車体と台車に分けて大物車に載せる乙種輸送ではあるが飯田線・東海道本線を鉄道で国鉄浜松工場まで輸送していた。

[編集] 豊川製作所

豊川製作所は日本屈指の鉄道車両生産工場で数々の鉄道車両を生み出してきた。正門付近には上野動物園の初代モノレールや新幹線0系、8620型蒸気機関車等が展示されている。

[編集] その他

航空機ULD
LD-3V
いすゞ3LB1、クボタD905-KA

[編集] 関連会社

  • NIPPON SHARYO U.S.A.
  • 上海日車科技コンサルタンツ有限会社
  • PT.REKAINDO GLOBAL JASA
  • 日泰サービス株式会社

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク


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