久保田利伸

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久保田 利伸
くぼた としのぶ
基本情報
出生名 久保田 利伸
別名 クボジャー、ファンキー久保田、キング・オブ・Jソウル・久保やん・クボトシ等
出生 1962年7月24日(49歳)
血液型 O
学歴 駒澤大学経済学部
出身地 日本の旗 日本 (現)静岡市清水区
ジャンル R&B
J-POP
職業 歌手音楽プロデューサー
活動期間 1985年 -
レーベル CBS/SONY→Sony Records
1986年 - 1998年
SME Records
1998年 - 2006年
MASTERSIX FOUNDATION
2007年 - 2009年
SME Records(2010年 -)
事務所 FUNKY JAM
公式サイト 公式サイト

久保田 利伸(くぼた としのぶ、1962年7月24日 - )は、日本のシンガーソングライター音楽プロデューサー静岡県庵原郡蒲原町(現・静岡市清水区)出身。身長170cm、体重59kg。血液型O型。別名・愛称は「ファンキー久保田」「クボジャー」「キング・オブ・Jソウル」「久保やん」「クボトシ」等。自他共に認めるファンキーなキャラとして知られている。

目次

[編集] 人物

実家は青果店を営んでおり、父親はスイカを叩くだけで、良し悪しがわかるほどであったという。また、『笑っていいとも!』に初登場した際に久保田が語ったところによれば、一家揃ってファンキーなキャラクターで[1]、青果店の店主である父親は客が来ると、フィンガーチップスを鳴らしながら「らっしゃい」と言っていたという[2]

少年時代は野球少年で、元日本ハムファイターズ広瀬哲朗は地元・中学時代の2年先輩・チームメイトだった(後年、久保田と広瀬は日本ハムCMで共演している)。広瀬の入団以来ファイターズを応援し続けている。高校時代まで野球に勤しみ、いわゆる球児だった。

静岡県立静岡商業高等学校卒業。受験勉強を経て高校卒業後は駒澤大学に入学した。高校時代は商業高校に通っていたこともあって、簿記検定等の資格も取得している。駒大同期にはAV女優の森田水絵がいる。

2004年ノルウェーの外資系企業に勤める11歳年下の日本人女性と入籍した。2004年12月には、第一子となる男児が誕生した。

頻繁に髪型を変える[3]

1985年の大学卒業後、当初は音楽プロデューサーとしてキティミュージックとの作家契約で音楽業界に入ってきており、1980年代には20代前半という若さで多くの歌手、アイドルに楽曲提供をしていた。主な相手としては、田原俊彦中山美穂小泉今日子鈴木雅之GWINKO荻野目洋子芳本美代子小山水城、とんねるず、バブルガムブラザーズ。特に田原には1985年から1993年までの間に多くの楽曲を提供している。1990年代に入ってからも、清水美恵、西田ひかる森高千里TOKIO高橋真梨子などに楽曲を提供、ここ数年にもCHEMISTRYMISIAISSA山田優などに提供している[4]

好きな食べ物はエビフライ担々麺以外のラーメン、シャウエッセン。特にラーメンは久保田の実家の近所に有る食堂「蒲原館」のラーメンを大変気に入っている。又、西麻布の百貨店にある惣菜店の焼きそばも大変気に入っている[5]。嫌いな食べ物はセロリで、柿については本人曰く「柿は柔らかくても硬くても食えない」との事である。また、10年以上に亘り体重は59kgを維持しており、出前は好きな物を食べているが、玄米を主食としていることでこの体重を維持している[6]

久保田の作品はテレビドラマへの起用が多く、特にフジテレビ系列への起用が目立っている。なお、テレビ東京系列の番組に久保田の楽曲が起用されたことは現在までのところない[7]

デビュー当時には日本ではまだ市民権を得ていなかったブラックミュージックを浸透させるのに一役買った功績は大きく、現在も国内外でR&Bシンガーとして活動している。ブラックミュージックと言う事で、久保田自身の音楽スタイルは山下達郎大沢誉志幸吉田美奈子佐野元春井上陽水、ハイクオリティなシティ・ポップスという点で角松敏生稲垣潤一小田和正等によって確立されたジャンルであるが、ヴォーカルスタイル、リズム感、ソングライティング等の部分でブラックミュージックに大きく影響を受け、又それを自身の音楽性に取り入れ、さらにセールス的にも大成功を収めたのは、彼以前には居なかったと言っても過言では無く、その事から彼自身は「ブラック・ミュージックのパイオニア」とも称されている[8]

[編集] 略歴

[編集] 関連人物など

1987年にフジテレビ系「夜のヒットスタジオDELUXE」で共演して以来、とんねるずの二人と仲が良く、彼らが司会をするバラエティー番組にはよくゲスト出演する(「とんねるずのみなさんのおかげです」、「とんねるずのハンマープライス」、「木梨サイクル」、「うたばん」)。ちなみに、当時歌っていたのは『TIMEシャワーに射たれて』。

石井竜也は1988年のツアーパンフレットでインタビューを寄せていたり、デビュー前では同じライブハウスでライブ活動も行っていた。米米CLUBでは「TIMEシャワーに射たれて」のパロディ曲『ライスシャワー』を歌っている。1990年の野外イベントで米米と久保田が出演した際、先に登場した米米が「ライスシャワー」を歌った。その後本家の久保田が登場した時の一曲目が「TIMEシャワーに射たれて」だった。米倉利紀とは『Gift』というアルバムで彼が久保田の楽曲をカバーした際、久保田が絶賛したことがきっかけで付き合いが始まる。同じ事務所の面々でバーで飲んでいた際、同じバーに山下達郎がいたので、久保田が山下に同じ事務所の後輩である森大輔を紹介した。そのとき、「あまりにもファッションが若いもんだから久保田君に似てる人かと思った」と言われたエピソードがある。(携帯サイト スタッフコメント)ミュージック・ソウルチャイルドが来日した際、客席にいた久保田はステージ上から彼に呼ばれ、サプライズゲストとして出演した。

平井堅については、何度か久保田が平井のレコーディングにプロデューサーとして参加したことがあり、平井自身も久保田のファンだったこともあって付き合いがスタート。今年は雑誌での対談が一度あった。

松任谷正隆とは、1986年に小泉今日子のアルバム「今日子の清く楽しく美しく」に楽曲提供を行った際、そのアレンジをしていたのがきっかけで知り合った。1991年には、松任谷由実のアルバム「DAWN PURPLE」にコーラスでゲスト参加している。デビューアルバムのレコーディングには武部聡志らユーミンクルーと中村哲山下達郎クルーが参加しており、レコーディングスタジオにスマイルガレージも入っている。

富樫明生とは、1989年の仙台市での野外ライブイベントJT SUPER SOUNDでバブルガムブラザーズ、アマゾンズらと共に共演している。

作家の山田詠美の(何という?)エッセイにしばしば「久保田君」として登場する。

2006年のライブツアーの代々木公演の会場には、岡村隆史、飯島直子ゴスペラーズ黒沢薫高木ブーCHEMISTRY堂珍嘉邦仲間由紀恵オセロ中島知子、平井堅、山田詠美、KREVA島谷ひとみ天海祐希加藤茶らが来ていた[11]

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

1986年から1987年迄はアナログレコード、1988年から1999年迄は8㎝シングル、それ以降はマキシシングルで発売。[12]

発売日 タイトル
日本
1st 1986年6月21日 失意のダウンタウン
2nd 1986年9月10日 流星のサドル/Missing
3rd 1986年12月21日 TIMEシャワーに射たれて・・・
4th 1987年2月26日 GODDESS ~新しい女神~
5th 1987年10月21日 CRY ON YOUR SMILE
6th 1988年2月26日 You Were Mine
7th 1990年6月21日 GIVE YOU MY LOVE
8th 1990年10月1日 Be wanabee
9th 1991年3月21日 FOREVER YOURS /TOSHINOBU KUBOTA & ALYSON WILLIAMS
10th 1991年9月1日 Honey B/Keep On JAMMIN'
11th 1991年11月1日 雨音
12th 1993年5月14日 夢 with You
13th ふたりのオルケスタ
14th 1994年11月2日 夜に抱かれて 〜A Night in Afro Blue〜
15th 1994年12月1日 ZA-KU-ZA-KU Digame/SUNshine, MOONlight
16th 1995年7月7日 虹のグランドスラム
17th 1996年5月13日 LA・LA・LA LOVE SONG /久保田 利伸 with Naomi Campbell
18th 1996年9月21日 Just The Two Of Us -Butcher Bros. LP Remix- /TOSHI KUBOTA Duet with Caron Wheeler
19th 1996年10月10日 BODY-CATION
20th 1997年2月21日 Cymbals
21st 1998年9月18日 AHHHHH!
22nd 1999年7月28日 SOUL BANGIN'
23rd the Sound of Carnival
24th 1999年9月8日 Messengers' Rhyme ~Rakushow, it's your Show!~/No Lights... Candle Light
25th 2000年8月30日 ポリ リズム
26th 2000年11月1日 Always Remain
27th 2001年11月14日 Candy Rain
28th 2002年2月20日 Respect (this & that)
29th 2003年12月10日 Our Christmas
30th 2005年4月27日 a Love Story
31th 2005年8月24日 Club Happiness
32st 2005年11月2日 君のそばに
33nd 2007年8月8日 M☆A☆G☆I☆C /久保田利伸 meets KREVA
34rd 2008年3月26日 Flying Easy Loving Crazy /久保田利伸 feat. MISIA
35th 2010年1月27日 Tomorrow Waltz
36th 2010年6月16日 LOVE RAIN 〜恋の雨〜
37th 2011年6月29日 流れ星と恋の雨
38th 2011年9月28日 声にできない
米国
1st 1995年8月29日 FUNK IT UP
2nd 1996年6月25日 Just the two of us
3rd 2000年6月21日 Nothing But Your Love
4th 2000年 Masquerade
5th 2004年 Living for Today
6th 2004年 Breaking Through

[編集] ミニアルバム

12センチCDで発売。現在の基準でマキシシングルと呼ばれるものにあたるが、発売当時3曲以上収録されたものはミニアルバムと呼ばれることが多く、公式サイトではアルバム(もしくはミニアルバム)として分類されている。[13]

発売日 タイトル
1st 1988年11月26日 Dance If You Want It
2nd 1989年1月21日 Indigo Waltz
3rd 1989年3月21日 High Roller
4th 1995年10月21日 Funk It Up/Nice & EZ

[編集] オリジナルアルバム

発売日 タイトル
日本
1st 1986年9月10日 SHAKE IT PARADISE
2nd 1987年4月22日 GROOVIN'
3rd 1988年9月30日 Such A Funky Thang!
4th 1990年7月15日 BONGA WANGA
5th 1991年9月21日 PARALLEL WORLD I“KUBOJAH”
6th 1992年7月1日 Neptune
7th 1995年1月28日 BUMPIN' VOYAGE
8th 1996年12月2日 LA・LA・LA LOVE THANG
9th 2000年9月27日 As One
10th 2002年4月10日 United Flow
11th 2006年3月1日 FOR REAL?
12th 2010年2月24日 Timeless Fly
13th 2011年8月3日 Gold Skool
米国
1st 1995年9月10日 SUNSHINE, MOONLIGHT
2nd 2000年7月25日 Nothing But Your Love
3rd 2004年9月21日 Time To Share

[編集] ベストアルバム

発売日 タイトル
1st 1989年10月8日 the BADDEST
2nd 1993年9月22日 the BADDEST II
ラヴソング 2002年7月24日 THE BADDEST ~Only for lovers in the mood
3rd 2002年12月4日 THE BADDEST III
ラヴソング 2010年11月24日 LOVE & RAIN ~LOVE SONGS~
4th 2011年11月23日 THE BADDEST ~Hit Parade~

[編集] コンピレーションアルバム

  • KISS MY THANG~トシノブ・クボタズ・セレクション(1990年12月1日)
久保田監修による洋楽コンピレーションアルバム。現在は廃盤となっている。

[編集] トリビュート・アルバム

[編集] その他

公式に認められたデモテープ。デビュー前に関係者のみに配布され、その後のデビューへの足がかりとなった。
  • THE BRIDGE(1997年)
マイケル・センベロ主導による企画アルバム。久保田は「send me an angel」、「gone」、「change on change」の3曲で歌声を披露。センベロの歌う「send me an angel」の日本語バージョンでは、作詞、コーラスを担当している。
  • GHETTO BLASTER
1988年、KIRINから発売された清涼飲料水「Mets」CMソングに、新曲「OH, WHAT A NIGHT」起用されたのを記念に、同商品の懸賞(2等。ちなみに1等は、MICHIKO LONDONの自転車)としてプレゼントされた非売品カセットテープ。同曲は後にベストアルバム「the BADDEST」が発売されるまでは、このカセットテープでしかフルコーラスを聞くことが出来なかった。
(尚、このカセットに収録されているオリジナルバージョンと「the BADDEST」収録曲はバージョンが違う為、CMに起用されたオリジナルバージョンは、このカセットでしか聞くことが出来ない。)
収録は同曲と、既発売曲のリミックス3曲。
尚、同じ内容でCDも製作されたが、CDはプロモーション用の完全非売品。

[編集] その他音楽関連事項

  • プロデュース
    • こんな気持ち 〜ハリハリヘリヘリ〜 - 吉野紗香 with NANSHO boppers(1998年7月17日、ポニーキャニオン
    • HEAT UP 、unifit love - 平井堅
    • Keep Holding U - SunMin thanX Kubota
    韓国の新人歌手をフックアップするという形態をとってリリースされたシングル。映画『日本沈没』主題歌。
    • fiesta fiesta - 山田優

[編集] ラジオ番組


[編集] テレビ

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 当時の家族構成は本人、両親、姉2人で、いずれも一般人のため氏名は公表されていない。
  2. ^ また、久保田自身は幼少時代から野菜を自転車で配達する等の手伝いもさせられていたとの事。その青果店は明治時代から6代続いているが、久保田自身は青果店を引き継ぐことなく、音楽業界に飛び込んでいる。
  3. ^ 1986年から1990年代は髪を突き上げたツンツンヘアー、1996年頃はチョンマゲ、現在はアフロ金髪にしていたこともある。
  4. ^ 本人が歌手デビューする前、母親からは相当心配されていたが、父親からは反対はされていなかったとのことである。
  5. ^ 日本テレビ製作のしゃべくり007に於いて久保田自身が発言。
  6. ^ 玄米は本人が食事をする際、楽屋で炊飯器を持参して炊いているとのことである。
  7. ^ テレビ東京制作の番組に出演したことはある。番組出演もフジテレビ系列の番組が圧倒的に多い。久保田の楽曲は過去に幾度かフジテレビ系列の月曜夜9時枠のドラマ(いわゆる月9)の主題歌に起用されたことがあり、2010年春季のドラマの主題歌にも起用されている。
  8. ^ 久保田に影響されたアーティストとして、KREVA、平井堅、EXILEのATUSHI等が有名。
  9. ^ 2010年現在の久保田も口ひげにアフロヘアーである。
  10. ^ NISSAN あ、安部礼司〜BEYOND THE AVERAGE 第203回放送分より)
  11. ^ その時、岡村が久保田に呼び出されて壇上に上がり、そこで自身の特技であるブレイクダンスを披露した事もある。
  12. ^ 1990年以前の作品でも再発売の物はマキシシングル。
  13. ^ 1stから3rdまでのミニアルバムは何れも3作目のアルバムからの実質シングルカット。4thミニアルバムはアメリカデビューシングルにリミックス曲を加えたもの。

[編集] 外部リンク

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