宮沢 りえ(みやざわ りえ、1973年4月6日 - )は、日本の女優。
東京都練馬区出身。エムツー企画所属。女優として映画、舞台、テレビドラマなどに出演。身長167cm。
[編集] 人物
1973年(昭和48年)、日本人の母親の宮沢光子と、オランダ人の父親との間に生まれる[1]。
11歳の頃にモデルとしてデビューし[2]、程なくして雑誌 『週刊セブンティーン』(当時)の表紙モデルとなった。1987年(昭和62年)、CM『三井のリハウス』の初代リハウスガール“白鳥麗子”役を務めて注目を集め、トップアイドルの一人となった。
同時期から活躍していたのは後藤久美子で、同学年ということもあって仲が良く、また良きライバル関係でもあった。後藤久美子とは11歳の頃、キットカットのCMで共演歴がある。
10代の頃には、ふんどしカレンダーやヘアヌード写真集などの奇抜な話題作り、そしてマネージャーを務めていた母親の光子(通称・りえママ)の存在とで注目された。婚約や婚約解消、また男性との交際、さらに拒食症の噂など、芸能マスコミからのバッシング報道が相次ぎ、アメリカサンディエゴへの移住を発表するなど、一時期は芸能活動休止状態となった[2]。
激痩せから回復して来たと見られる頃から徐々に芸能活動を再開し、2002年(平成14年)の『たそがれ清兵衛』で落ち着いた演技を見せ、映画の成功以降は、女優としての活動の幅が広がり、本格派女優としての評価が定着しつつある[2]。尊敬する岡本太郎が書き綴った「生きること、死ぬこと」「夫婦愛」などの詩を朗読する活動も行っている。柔らかなウィスパーボイスの持ち主で、ナレーション業も多く務めている。
[編集] 私生活
幼少期は、伯母の下で従兄弟達と育つ。オランダ人の父親とは母親が離婚したため、全く交流がなかった。テレビ朝日のワイドショーの取材で異母兄弟がいることが明かされた。また、異父兄弟の日本人男性も1人いる。
桑田真澄やビートたけしなど、大物との交流でも話題となった。大の巨人ファンであり、特に犠打職人、川相昌弘のファンだった。貴花田(当時)との婚約解消騒動以後は、中村勘三郎との不倫や自殺未遂疑惑が報道された。
2009年4月、ハワイ在住の元プロサーファーと婚姻、同年5月20日に女児を出産している。
[編集] 来歴
[編集] 出演
[編集] 映画
[編集] テレビドラマ
- 『春日局』(1989年) - お初(常高院の少女期) 役
- 『太平記』(1991年)- 藤夜叉 役
- 『元禄繚乱』(1999年) - 瑤泉院 役
- 『武蔵 MUSASHI』(2003年) - お篠 役
- 『江〜姫たちの戦国〜』(2011年) - 茶々→淀 役
[編集] 舞台
[編集] その他
[編集] CM
- 「雨の昼下がり 篇」(2005年)
- 「パンプキン 篇」(2005年)
- 「パーティー 篇」(2005年)
- 「風に吹かれて 篇」(2006年)
- 「Day Tripper 篇」(2006年)
- 『バンホーテン ディアカカオ』「本気のコラボ 篇」
- 『バンホーテン ディアカカオ』「オランダ探訪 篇」
- 『アーモンド プレミオ/ディアカカオ』「再会篇」
- 『アーモンド プレミオ/ディアカカオ』「テスト篇」
- 『アーモンド プレミオ/ディアカカオ』「兄妹の今篇」
- 『アーモンド プレミオ』「新しい夢篇」
- 『アーモンド プレミオ』「なつかしい友篇」
- 『アーモンド プレミオ』「実写キティちゃん」
- 『オトナグリコ』「OTONA GLICO 〜25年後の磯野家〜」
- 『オトナグリコ』「アーモンドピーク 大人女子会篇」
- 「楽しいぶんだけ 篇」
- 「優しくなりたいから 篇」
- 「弾んでる 篇」
- 「近づきたい 篇」
- 「カラダが知ってる 篇」
- 日立製作所 環境キャンペーン(2008年6月17日 - )
[編集] 音楽
[編集] シングル
- ドリームラッシュ (1989年9月15日) 作曲・編曲・プロデュースは小室哲哉。ギターでB'zの松本孝弘が参加している。
- (c/w) 秘密がいっぱい
- NO TITLIST (1990年2月15日) 作曲・編曲・プロデュースは小室哲哉。
- (c/w) SHOOTING STAR
- GAME (1990年10月1日) デヴィッド・ボウイ「Fame」のカバー。
- (c/w) Sunshine Boy
- Sweet X'mas Kiss (1991年11月21日)
- (c/w) クリスマスイブは嫌い
- 心から好き (1992年2月14日) 自身が主演したTBS系ドラマ「東京エレベーターガール」主題歌。サックスで伊東たけしが参加。作詞 Kikuji。
- (c/w) TSUKASA'S DREAM
- 赤い花 (1993年5月21日) 作詞・作曲はホブルディーズの市川武也。
- (c/w) My Kick Heart 作曲・編曲は小室哲哉。
- ボーイフレンド (1993年10月1日) 作詞・作曲は甲本ヒロト(THE BLUE HEARTSが演奏で参加)
- (c/w) 恋が命中
[編集] アルバム
- MU(1989年)
- Chepop(1990年)
- GAME(1990年)
- ROSEE(1993年)
- 20ans.〜Best Selection〜(1993年)
- ゴールデン・Jポップ/ザ・ベスト(1998年)
[編集] 写真集
- Pour Amitie(1989年)
- Quelle Surprise(1989年)
- Rie Miyazawa(FRAGILE)(1990年)
- Santa Fe(1991年)
- Santa Fe New Edition(1999年)
- 伊藤佐智子×宮沢りえ STYLE BOOK(2005年)
[編集] 受賞歴
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ “宮沢りえ「すったもんだ」から実力派へ”. nikkansports.com. (2009年02月13日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20090213-460578.html
- ^ a b c d “CM依頼が続々…人気完全復活、宮沢りえの魅力”. ZAKZAK. (2006年11月14日). http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_11/g2006111414.html
- ^ “宮沢りえ妊娠!結婚!お相手は実業家男性”. sponichi Annex. (2009年02月13日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2009/02/13/01.html
- ^ “りえ発表全文「赤ちゃんを授かりました」”. asahi.com. (2009年02月13日). http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK200902130116.html
- ^ “宮沢りえ 結婚相手は40代“ゴツイ系”男性”. sponichi Annex. (2009年02月20日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2009/02/20/01.html
- ^ ““ママ”になっても美しさはその“まま”宮沢りえ”. ZAKZAK. (2009年08月29日). http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20090829/enn0908291506005-n1.htm
- ^ “【芸能ニュース舞台裏】幸せいっぱい!宮沢りえ出産後わずか3カ月で復帰”. ZAKZAK. (2009年09月05日). http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-column/news/20090905/enc0909051246004-n1.htm
[編集] 外部リンク
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オシンドローム(新語)
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まるきん まるび(流行語)
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| 第2回(1985年) |
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| 第3回(1986年) |
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| 第4回(1987年) |
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| 第5回(1988年) |
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ペレストロイカ(新語)
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今宵はここまでに(いたしとうござりまする)(流行語)
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| 第6回(1989年) |
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セクシャル・ハラスメント(新語)
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オバタリアン(流行語)
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| 第7回(1990年) |
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ファジィ(新語)
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ちびまる子ちゃん(現象)(流行語)
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1991年-1999年 |
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「小泉語録」(米百俵・聖域なき構造改革・恐れず怯まず捉われず・骨太の方針・ワイドショー内閣・改革の「痛み」) 小泉純一郎(内閣総理大臣)
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ブルーリボン賞 主演女優賞 |
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| 作品賞 | 主演男優賞 ※ 1967-1974は廃止 |
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