柳井正
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やない ただし
柳井正 |
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| 生誕 | 1949年2月7日 |
| 出身校 | 早稲田大学政治経済学部 |
| 職業 | 実業家 |
柳井 正(やない ただし、1949年(昭和24年)2月7日 - )は、日本の実業家。カジュアル衣料の製造販売「ユニクロ」を中心とした企業グループ持株会社であるファーストリテイリング代表取締役会長兼社長。早稲田大学政治経済学部卒業。ソフトバンクの社外取締役でもある。
フォーブス発表の2006年度世界長者番付では、推定資産42億米ドル(邦貨換算4200億円 換算レート100円=1ドル)で78位にランクされている。2007年度世界長者番付では同37億米ドルで95位(日本人で6位)、2009年(平成21年)「日本の富豪40人[1]」では、同61億米ドル(邦貨換算約5700億円 換算レート93円=1ドル)で日本人首位となった。 (2011年、推定資産76億米ドル日本円で約6308億円、世界ランク122位の日本富豪ランク2位である。)(フォーブス誌による発表)
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[編集] 経歴
父(柳井等)はファーストリテイリングの前身「小郡商事」を山口県宇部市に創業した人物。1984年(昭和59年)まで代表取締役社長を務め、1999年(平成11年)2月に80歳で死去。遺産総額は、当時の税務署公示によると27億1,500万円。
柳井正本人は山口県宇部市中央町生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、父親の勧めでジャスコ(現在のイオンリテール)に入社。ジャスコ四日市店で家庭雑貨売場を担当したが、働くのが嫌になり9ヶ月で退職、半年程友人の家に居候した後帰省して実家の小郡商事に入社。当時小郡商事が展開していた店舗「メンズショップOS」で取り扱っていたのは紳士服などの男性向け衣料が中心であったが、12年経営に携わる間、洋服の青山やアオキなどの郊外型紳士服店が業績を拡大したため、後発を避け安価で、日常的なカジュアル衣料の販売店を着想し全国展開を目指した。カジュアルに拘った理由は紳士服(スーツ)のように接客を必要としない、物が良ければ売れるという点が自身の性に合ったためという[2]。
1984年(昭和59年)、父の後を受け小郡商事社長に就任。「ユニークな衣料 (clothes) 」ということで「ユニーク・クロージング・ウエアハウス(Unique Clothing Warehouse、略称ユニ・クロ)」と銘打って同年6月、まず広島市にその第一号店を開店。その後中国地方を中心に店舗を拡大していく。
ユニクロの路線が、徐々に陽の目を見るようになった1991年(平成3年)、社名を「ファーストリテイリング」に変更。2002年(平成14年)、代表取締役会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。いったん社長を退くも、2005年(平成17年)には再び社長に復帰。同年、持株会社制への移行を受けて、グループ各社の会長職を兼務している。
[編集] エピソード
- 2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震の義援金として私財から10億円を寄付した[3]。
[編集] 著書
- ほぼ日ブックス#001 個人的なユニクロ主義(糸井重里と共著、2001、朝日出版社) ISBN 4255001189
- 一勝九敗(2003、新潮社) ISBN 4104642010
- 仕事学のすすめ 2009年6-7月(NHK知る楽/木) ISBN 4141895237
- 成功は一日で捨て去れ(2009、新潮社) ISBN 4104642037
- ユニクロ思考術(2009、新潮社) ISBN 4104642029
[編集] 関連書籍
- 川嶋幸太郎 『ユニクロ・柳井正—仕掛けて売り切るヒット力』(2009、ぱる出版) ISBN 4827204942
- 川嶋幸太郎 『ユニクロ・柳井正の進化し続ける言葉』(2009、ぱる出版) ISBN 4827205035
- 片山修 『柳井正の見方・考え方』 (2009、PHP研究所) ISBN 4569772277
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 40 Richest - フォーブス公式サイト2009年2月18日付(英語)
- ^ Gainer 光文社 2009年5月号 147頁
- ^ “東北地方太平洋沖地震の被害に対する支援について”. FAST RETAILING. (2011年3月14日) 2011年3月21日閲覧。
[編集] 外部リンク
- 株式会社ファーストリテイリング企業情報サイト
- 柳井正 (yanaitadasi) - Twitter