梅田芸術劇場

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梅田芸術劇場
Umeda Arts Theater
梅田芸術劇場があるちゃやまちアプローズ(大阪市北区)
情報
通称 梅芸
正式名称 梅田芸術劇場
旧名称 劇場・飛天
梅田コマ劇場
完成 1992年
開館 1992年11月2日
開館公演 孤愁の岸
客席数 メインホール:1,905
シアター・ドラマシティ:898
延床面積 15,957m²
設備 売店飲食店
用途 演劇ミュージカル
運営 株式会社梅田芸術劇場
所在地 530-0013
大阪市北区茶屋町19番1号
位置 北緯34度42分30.91秒 東経135度29分55.07秒 / 北緯34.7085861度 東経135.4986306度 / 34.7085861; 135.4986306座標: 北緯34度42分30.91秒 東経135度29分55.07秒 / 北緯34.7085861度 東経135.4986306度 / 34.7085861; 135.4986306
アクセス 交通アクセスを参照
公式サイト 梅田芸術劇場

梅田芸術劇場(うめだげいじゅつげきじょう)は、1992年11月大阪市北区茶屋町の「ちゃやまちアプローズ」内に開場した劇場、並びにこれを運営する企業(株式会社梅田芸術劇場)である。メインホール(1階)とシアター・ドラマシティ(地下1階)がある。

メインホール(旧・梅田コマ劇場)[編集]

前身となる「梅田コマ劇場」は1956年11月16日、株式会社梅田コマ・スタジアムによって開場した。現在の「HEP FIVE」の東半分の位置にあり、「梅田コマ・ゴールド」「梅田コマ・シルバー」の2つの映画館も併設していた。長らく「ウメコマ」の愛称で親しまれたが、建物の老朽化などもあり、1992年9月28日の『夫婦善哉』公演を最後に閉場した(劇場跡地には、西接していた「阪急ファイブ」が拡張される形で1998年11月28日、HEP FIVEが開業)。

1992年11月2日、現在地に移転し「劇場・飛天」として再開場した。「梅田コマ劇場」の飛躍発展的移転という位置づけであることや、「コマ」の名称が示す円形舞台を採用しなかったため、敢えて劇場名から「コマ」の名称を外した。だが、移転前の「梅田コマ劇場」と比べ、駅からの移動距離が長くなったことで思うように集客が伸びず、加えて、改称後も「コマ」のイメージが強く「飛天」の名称が浸透しなかったことから、2000年4月に劇場名を再び「梅田コマ劇場」に戻した。2005年4月1日に阪急電鉄がシアター・ドラマシティと併せて買収し、「梅田芸術劇場」(梅芸)としてリニューアルオープン。旧梅田コマ劇場はそのメインホールとなり、現在に至る。

客席の天井中央には、大きなシャンデリアがある。開演前には、低く下ろし、開演と同時に天井に引き上げる仕掛け(現在は常時引き上げた状態)である。客席数:1905席、高さ:11m、間口:21m、奥行:19m。

シアター・ドラマシティ[編集]

  • ミュージカル公演のほか、落語会「朝日東西名人会」の会場としても使用される。
  • 不定期で、宝塚歌劇団の公演にも使用される。主として宝塚バウホールと同じように、若手主体の実験的公演が中心である。
  • 客席数:898席、高さ:6.7m、間口:16m、奥行:14.5m。

交通アクセス[編集]

株式会社梅田芸術劇場[編集]

株式会社 梅田芸術劇場
Umeda Arts Theater Co.,Ltd
種類 株式会社
略称 梅芸
本社所在地 日本の旗 日本
530-0013
大阪府大阪市北区茶屋町19番1号
設立 2004年平成16年)10月
業種 サービス業
事業内容 劇場の経営・運営、各種公演の企画・制作、俳優のマネージメント他
主要株主 阪急阪神ホールディングス(100%)
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本劇場は阪急阪神ホールディングスグループに属する、株式会社梅田芸術劇場が運営している。

もとはメインホール(梅田コマ劇場)、シアター・ドラマシティとも株式会社コマ・スタジアム(現在は東宝に吸収合併)が所有していたが、コマ・スタジアムの経営再建策として、阪急電鉄が2005年3月に両劇場を買収した。株式会社梅田芸術劇場は、両劇場を一体的に運営するために設立された阪急阪神ホールディングス100%出資の連結子会社である。

現在は劇場の運営の他、主催公演の企画制作・公演実施・チケット販売、宝塚歌劇団OGのアーティストマネジメント事業も行っている。

梅田芸術劇場所属アーティスト[編集]

旧TCAプロダクションが前身。

過去に所属していたアーティスト[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]