宝塚大劇場
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| 情報 | ||||
| 通称 | ||||
| 正式名称 | ||||
| 旧名称 | ||||
| 完成 | 1924年 | |||
| 開館 | 1993年1月1日 | |||
| 開館公演 | 星組『宝寿頌/Parfum de Paris』 | |||
| 閉館 | 年 | |||
| 最終公演 | ||||
| 収容人員 | 人 | |||
| 客席数 | 2,550 | |||
| 延床面積 | m² | |||
| 設備 | 売店・飲食店 | |||
| 用途 | 宝塚歌劇団の公演 | |||
| 旧用途 | ||||
| 運営 | 株式会社宝塚舞台 | |||
| 所在地 | 〒665-8558 兵庫県宝塚市栄町一丁目1番57号 |
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| 電話番号 | 0570-00-5100(インフォメーションセンター) | |||
| アクセス | 該当項目を参照 | |||
| 公式サイト | 宝塚歌劇団公式サイト 劇場案内 | |||
宝塚大劇場 (たからづかだいげきじょう)は兵庫県宝塚市栄町にある劇場。宝塚歌劇団の本拠地であり、各組による公演が行われる。1階席と2階席があり、客席数は2,550席。
劇場の管理と舞台装置などの製作を行っているのは、阪急電鉄の子会社「宝塚舞台」である。
同じ敷地内には客席数約500の小劇場「宝塚バウホール」も併設されている。
目次 |
[編集] 宝塚大劇場(初代)
1924年開場。宝塚歌劇の創設当初に公演を行っていた『パラダイス劇場』(プールを改造したもので火事により焼失)に代わり、1992年まで多くの作品が上演された。
竣工当初は歌舞伎座や南座などの歌舞伎劇場と同じような花道が設置されていたが『銀橋』の新設に伴い撤去され、銀橋と舞台袖の道に、花道の役割が当てられるようになった。
1927年9月1日に日本で最初のレビュー『モン・パリ』を上演して以降、レビュー作品を次々と上演して黄金時代を迎えた。
1935年、火事に見舞われたが早急に復興され、4月に再開。 天津乙女、三浦時子、橘薫、小夜福子、葦原邦子、草笛美子、初音麗子、霧立のぼる、轟夕起子等の多くのスターがこの時代を彩った。
しかし、戦局の悪化につれて戦争を意識した作品が多くなり、1944年『勧進帳/翼の決戦』を最後に大劇場は閉鎖、海軍に接収された。
1945年、日本の敗戦でアメリカ軍に接収されたが、後に返還され、1946年『カルメン/春のをどり(愛の夢)』で再開。春日野八千代、乙羽信子、越路吹雪、月丘夢路、淡島千景、久慈あさみ、有馬稲子などのスターが戦争で傷ついた人々の心を癒した。 その後1950年代から60年代にかけては、『虞美人』、『シャンゴ』、『ジャワの踊り子』、『華麗なる千拍子』、『ウエストサイド物語』など数々の代表作を上演し、寿美花代、高千穂ひづる、明石照子、新珠三千代、八千草薫、淀かほる、浜木綿子、那智わたるなどのスターが活躍する。
1958年4月1日、花組が公演していた『宝塚春のおどり/花の中の子供たち』の上演中に、代役で出演していた月組の香月弘美がせり出し装置に衣装の裾をはさまれ、衣装に仕込まれていた鋼のベルトにより胴体を切断され即死するという事故が発生した。
1974年に『ベルサイユのばら』、1977年に『風と共に去りぬ』が上演され、初風諄、榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳、松あきら、上原まり、瀬戸内美八、順みつきなどのスターが彩りを添える。
1980年代には麻実れい、峰さを理、高汐巴、大地真央、黒木瞳、剣幸などのスターを輩出した大劇場であったが、60年以上の歳月で老朽化。
同じ敷地内に新しい設備の整った新大劇場が建設され、1992年11月の杜けあきさよなら公演『忠臣蔵』を最後に68年の幕を閉じた。
宝塚歌劇以外では、ヘルベルト・フォン・カラヤンとNHK交響楽団の演奏会(1954年)やNHKイタリア歌劇団の上演(1956年、1959年)、越路吹雪リサイタル(1975年)なども行われた。
[編集] 宝塚大劇場(2代目)
1993年1月1日開場。南ヨーロッパ風の外観を持つ。初代と異なる点として、
- 宝塚歌劇団専用の劇場であること
- 吊り装置は2段式とし次回公演のリハーサルもステージ上で可能にしたこと
- 3階席を設けず、座席空間を広く取ったこと
などが挙げられる。
杮(こけら)落とし公演は紫苑ゆう率いる星組の『宝寿頌/Parfum de Paris』。
1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、盆を支える柱が折れるなど大きな被害を受ける。安寿ミラの退団公演などが全日程中止に追い込まれるも、3月には復興を果たし『国境のない地図』で再開された。
1996年、ウィーンミュージカル『エリザベート』が日本初演で大成功を収める。
1998年、宙組が発足。東京宝塚劇場建て替え工事期間中の仮設劇場TAKARAZUKA1000days劇場の開場時から宝塚、東京共に通年公演が実施され、公演形態にも変化が生じた。
2004年末には銀橋のカーブを緩やかにして1階最前列中央の客席を27席増やす改修工事を実施。2005年から、客席数は2,550席となった。
2009年より、1階最前列を0列から1列に改称し、合わせて席のグレードの見直しを行った。
[編集] その他
先代・2代目とも宝塚ファミリーランド内にあったが、先代の時代には歌劇のチケット代金に宝塚ファミリーランドの入園料は含まれておらず、現地で入園券を購入する必要があった。2代目大劇場完成後(ファミリーランド閉園まで)はチケット代金に宝塚ファミリーランドの入園料を含む形に改められ、チケットを見せれば入場できるようになった。ファミリーランド閉園後の現在は、宝塚ガーデンフィールズに入場できる。
[編集] 銀橋
オーケストラピットと観客席の間に左右の袖花道をつなぐエプロンステージが設けられており銀橋と呼ばれる。
[編集] 観覧の際の注意点
劇場内および建物全体に空調による温度管理はされているものの、湿度に対する考えはないのか大変乾燥しているので、インフルエンザなどの観点から、公演が終わった後はすみやかに建物から出たほうがいい。
2階席及び1階席後方は双眼鏡等を使用した方が出演者の表情や顔の判別がつくため、より楽しめる。尚、劇場内で双眼鏡の貸し出しや販売も行っている。
[編集] 交通アクセス
JR宝塚線(福知山線)宝塚駅より徒歩10分
[編集] 周辺情報
- 宝塚ガーデンフィールズ
- 宝塚市立手塚治虫記念館
- 宝塚ホテル - 大正15年築の近代建築
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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