オズの魔法使

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オズの魔法使
The Wizard of Oz
監督 ヴィクター・フレミング
脚本 ノエル・ラングレー
フローレンス・ライアン
エドガー・アラン・ウルフ
製作 マーヴィン・ルロイ
出演者 ジュディ・ガーランド
音楽 ハーバート・ストサート
撮影 ハロルド・ロッソン
編集 ブランシュ・セーウェル
配給 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
公開 アメリカ合衆国の旗カナダの旗 1939年8月25日
日本の旗 1954年12月22日
上映時間 101分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $2,777,000
興行収入 $16,538,431
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メインキャラクター達。左からドロシー、ライオン、ブリキ男、カカシ

オズの魔法使』(オズのまほうつかい、The Wizard of Oz[1]は、1939年に公開されたアメリカ合衆国ファンタジーミュージカル映画

原作はライマン・フランク・ボーム1900年に発表した児童文学小説『オズの魔法使い』(The Wonderful Wizard of Oz)。

この映画の題名を『オズの魔法使』と表現する場合があるが、正式な邦題には送り仮名が存在しない[2]

あらすじ[編集]

エムおばさん、ヘンリーおじさんとともにカンザスの農場に住む少女ドロシー・ゲイルは「虹の彼方のどこかに(Somewhere Over The Rainbow)」よりよい場所があると夢見ている。彼女はトルネード[3]に襲われて気を失った後、愛犬のトトや自分の家とともに魔法の国オズへ運ばれてしまう。

そこで出会った北の良い魔女グリンダは「黄色のレンガ道をたどってエメラルド・シティに行き、オズの魔法使いに会えば、カンザスへ戻してくれるだろう」とドロシーに助言してくれた。旅の途中で彼女は知恵がない案山子、心を持たないブリキ男、臆病なライオンと出会い、彼らと旅をともにする。

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹き替え
ビデオ・DVD版 NHK版 TBS版
ドロシー ジュディ・ガーランド[4] 篠原恵美 荻野目慶子 岡本茉利
案山子
ハンク
レイ・ボルジャー[5] はせさん治 小松政夫 細井重之
ブリキ男
ヒッコリー
ジャック・ヘイリー 関根信昭 玄田哲章
ライオン
ジーク
バート・ラー 八奈見乗児 田中明夫 小林修
グリンダ(北の良い魔女) ビリー・バーク 沢田敏子 梨羽由記子
西の悪い魔女
ミス・ガルチ
マーガレット・ハミルトン 京田尚子 横山道代
オズの大魔法使い
占い師マーヴェル
御者
門番
フランク・モーガン 滝口順平 熊倉一雄 塩見竜介
トト テリー  

当初、ブリキ男を演じることになっていたレイ・ボルジャーは自らの役柄に不満だったために、案山子役のバディ・イブセンと交替することになった。ところが撮影開始後、ブリキ男のメーキャップに使用されたアルミ粉が原因でバディは重篤なアレルギー症状を起こし降板した。このため、急遽ジャック・ヘイリーがブリキ男を演じることになった。すでに録音されていたサウンドトラックの関連箇所は録り直しが行われたが、ブリキ男登場後に歌われる2回の「オズの魔法使いに会いに行こう」は差し替えられなかった。このため、この部分だけはジャックではなくバディが歌っている。

主要な楽曲[編集]

  • 虹の彼方に(ドロシー)  Over The Rainbow
  • みんな出てらっしゃい(グリンダ)  Come Out, Come Out...
  • 鐘を鳴らせ!悪い魔女は死んだ(マンチキン人)  Ding-Dong! The Witch Is Dead
  • 黄色いレンガの道をたどって  Follow The Yellow Brick Road
  • オズの魔法使いに会いに行こう  You're Off To See The Wizard
  • もしも知恵があったなら(案山子)  If I Only Had A Brain
  • もしもハートがあったなら(ブリキ男)  If I Only Had A Heart
  • もしも勇気があったなら(ライオン)  If I Only Had The Nerve
  • これがオズの笑い方  The Merry Old Land Of Oz

評価[編集]

『オズの魔法使』で主演した
ジュディ・ガーランド

当初、この映画は莫大な制作費を費やしたことに関連して、商業的には成功していないと考えられていた(通常ならヒットと呼ばれ得る興収をあげたものの、費やされた制作費を上回るには至らなかった)。ただし、評論家たちの論評はおおむね好意的であり、1939年のアカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされ、作曲賞(ハーバート・ストサート)、歌曲賞(「虹の彼方に」)、特別賞(ジュディ・ガーランド)を受賞した。なお、監督のヴィクター・フレミングは同年の作品『風と共に去りぬ』で監督賞・作品賞を受賞している。

翌年に2本のテクニカラーによるファンタジー映画『青い鳥』(MGMのライバルである20世紀FOXが制作)と『バグダッドの盗賊』(ユナイト映画。本作品上映の41年後、経営不振・企業売却によりMGM傘下入り)がリリースされたのは、『オズの魔法使』の公開が衝撃を与えたからだとも報道された。他、ナチス政権時のドイツにおいても、本作品に感銘を覚えたヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相(当時)がアメリカの象徴の一つともなった本作品に対抗出来る特撮ファンタジー大作として、ウーファー社に命じ『ほら男爵の冒険』が制作・公開されている。

ジュディ・ガーランドの薬物スキャンダルの最中の1954年にアメリカで行われたリバイバル上映は、歴史的な失敗に終わった。しかしテレビ放映は、特に1969年のジュディ・ガーランド死後の時期からは、暖かく受け入れられ、全時代を通じて最も愛される映画の一つになった。実際、テレビ・ビデオでの放映が大きく貢献して、史上最も多く鑑賞された映画になったと考えられている。

アメリカン・フィルム・インスティチュートの選定する「歴代名画ベスト100」で第6位、同じく「歴代名ミュージカル映画ベスト100」では第3位にランクされ、ジュディ・ガーランドが歌った主題歌「虹の彼方に」は同「歴代名歌曲ベスト100」の第1位を獲得した。

この映画は米国人の文化意識に多くの忘れがたい引用句を提供している。「トト、ここはカンザスじゃないみたいよ(Toto, I've got a feeling we're not in Kansas anymore.)」[6]や、「お家が一番だわ(There's no place like home.)」などが特に知られる。

劇場公開時、およびソフト化における画面アスペクト比[編集]

画面サイズの比較。緑色の四角形がスタンダード・サイズ。赤がビスタ・サイズ、青がスコープ・サイズである。

劇場公開およびBlu-ray版、共に地上波アナログTV横縦比4:3に近いスタンダード・サイズ(横縦比が1.37:1または1.33:1)となっている。横長であるビスタ・サイズスコープ・サイズでの他作品劇場公開に慣れ親しんでいる年代層ならついうっかり、地上波アナログTV放送に合わせて強引に左右クロップ加工で横縦比4:3化されてしまった動画がBlu-ray版に収録されてしまっていると勘違いし易いが、前述の通りオリジナルの横縦比を忠実にしているだけである(本作品に限らず、そもそも古い時代に制作された映画作品の殆どはスタンダード・サイズで制作・公開されており、後から発明された地上波アナログTV受像機がブラウン管画面の横縦比を当時の映画作品横縦比に合わせた仕様となっていた)。

撮影方式[編集]

本作品は、テクニカラーで、特殊プリズムで分解された3原色を3本のモノクロフィルムに別々に記録する方式で撮影された[7]

脚注[編集]

  1. ^ OZは一般的には「オージー」オーストラリアを意味する。ニコール・キッドマン主演の『オーストラリア (映画) にはこの映画が上映される場面があり、希望を象徴する重要な要素になっている。
  2. ^ おそらく、の字がIIの字と誤読されることを避けるため。オズの魔法使いは、原作小説の続編や映像化作品が古くから数多く存在していた。
  3. ^ 竜巻ハンターを描いた『ツイスター 』の竜巻調査器が「ドロシー」と名づけられている。
  4. ^ ルーズベルト大統領に 「その笑顔がアメリカに不況を切りぬけさせた」と感謝された シャーリー・テンプルの予定だった。 MGMが自社の 「テンプルちゃん」を二〇世紀フォックスの「プラチナブロンド」 ジーン・ハーロウと交換して主演させようと企画していたが、ハーローが脳水腫で26歳の若さで死亡し、見送られた。この辺の事情については北島明弘『クラシック名画のトリビア的楽しみ方』(近代映画社 )が詳しい。急遽、ジュディ・ガーランドになったのだが、 彼女は当時16歳で、幼くみせるために胸をおさえたり、スカートを上げたり、という苦労の跡が偲ばれる。
  5. ^ 映画『ザッツ・ダンシング 』には最終的に映画からカットされたかかしのダンスの一つでジュディ・ガーランドも出ているのが観ることができる。
  6. ^ 米国映画協会の米映画名セリフのベスト4に選ばれている。
  7. ^ 「オズの魔法使」3D版で復活 : 映画ニュース : 映画 : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]