木梨憲武
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木梨 憲武(きなし のりたけ、1962年3月9日 - ) は、日本のお笑いタレント、俳優、歌手である。
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[編集] 概要
身長178cm、体重64kg。血液型はO型。
お笑いコンビ・とんねるずの頭(かしら)、小さい方(とは言うものの、決して小さくなく身長は178cm)。相方は石橋貴明。
その飄々としたその体躯から繰り出される細やかで、ライン際スレスレに「画」の中に収まってくる当て勘のいい動きが特徴の芸風である。こういった芸風は岡村隆史らにも影響を与えている。
愛称「ノリさん」。石橋貴明とヒロミの2人は「憲武」と呼ぶ事が多いが、時々「ノリちゃん」と呼ぶこともある。
杉並区議の木梨盛祥は従兄弟にあたる。
[編集] 略歴
- 世田谷区千歳台の自転車店「木梨サイクル(現在は祖師谷に移転)」を経営する父・作三の長男として産まれる。相方の石橋貴明が極端な貧乏だったのに対し、中流家庭で育った。
- 世田谷区立千歳中学校卒業。同中学の先輩にタレントのうじきつよしがいる。辺見えみりは小中学校の後輩。
- 1977年に帝京高校に入学し、サッカー部に入部。部室での喫煙がばれてレギュラーから外される。サッカー部内ではムードメーカーで、当時同校の野球部にいた石橋とよくコンビを組んでネタをやっていた。
- 高校時代、日本テレビ系のバラエティ番組「TVジョッキー」の一般参加コーナー「ザ・チャレンジ」に出場。木梨は正司歌江(かしまし娘)・和田アキ子・ルパン三世等のものまねを披露し、5代目チャンピオンとなる。
- この時、相方の石橋は同番組の常連参加者であった。木梨が同番組のグランドチャンピオン大会に出場した際に石橋が友情出演したのがテレビでの初共演となる。
- 高校卒業後の1980年、東京都内の東京ダイハツ販売の杉並営業所に就職。
- 同時期、所ジョージ司会のバラエティ番組「ドバドバ大爆弾」(テレビ東京系)にも出場。あと一息のところで賞金100万円を獲り逃がす。ちなみに同番組を経てデビューしたタレントに野沢直子やブラザー・コーン(バブルガム・ブラザーズ)がいる。
- 1980年7月、「お笑いスター誕生!!」(日本テレビ系)に石橋とのコンビ「貴明&憲武」として出場する。
- 1981年、「お笑いスター誕生!!」の勝ち抜き6週目から現在のコンビ名「とんねるず」に改名。
- 公式サイト では、とんねるずの結成時期は「1980年」と記載されている。
- 1984年~1986年に深夜ドラマの草分け「トライアングル・ブルー」に可愛かずみ、川上麻衣子、柄沢次郎、前田耕陽等と共演し、好評を得る。
- 1994年、映画『そろばんずく』(1986年)で共演したことがきっかけとなり、女優の安田成美と結婚。
その他コンビとしての略歴はとんねるずを参照のこと。
[編集] 人物
[編集] 芸風
「憑依芸人」と呼ばれるジャンルがあるが、木梨の演じるキャラクターは全くの逆で寧ろ自らのイメージを利用したり、勘だけで作り上げた「奇特人間」を演じる事が殆どである。その為、彼の演じるキャラクターには「人間・木梨憲武」がフィードバックするようなキャラクターが多数存在する。その事はキャラクターの多くに木梨本人の名前の一部が組みいっている事や木梨本人のパーソナリティを押し出したキャラが多い事(例:「ノリ夫」「ノリ子」「ノリユキ」「仮面ノリダー」「木梨ノリゾー」「木梨憲太郎」「憲三郎」「祖師谷ーズ1号」「モジ三(父・作三から一文字拝借)」等)から見てとれる。コントなどでは、その高い表現力を生かしたキャラで独特の芸風を披露し、「とんねるずのみなさんのおかげです」「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」でのコントキャラクター数の豊富さでは相方の石橋を凌駕する。特に「生ダラ」でのロケ企画の際には「木梨憲武」として出る回数と「なんらかのキャラを施した木梨憲武」として出る回数はほぼ半々だった程である。
かつては「運動神経のいい芸能人」No.1の地位を築いていたこともあり、運動センスの良さから生み出されるコミカルな動きは木梨独特の芸風の一つとなっており、1999年まで開催されていたとんねるずのコントライブ「こんと いん なえば」では、時々繰り出されるアドリブの動きで石橋や他の共演者の度肝を抜かすこともしばしば。また、ツッコミにおいても、軽く叩けばすむところを本気でグーパンチしたり延髄蹴り、ドロップキックを見舞うなど、奇想天外な発想の動きが目立つ。
[編集] イメージ
とんねるずとしてのデビュー直後は、相方である石橋貴明が横山やすしの様な破天荒振りで番組内で強烈なまでの暴走を繰り返す事に対し、木梨はその石橋をなだめたりする西川きよしの様な「ストッパー」的な役割を果たしているとの印象が強かった。実際、とんねるず活動初期は女子的な言い回し(「やだーうそー」「しんじらんな~い」等)を多用する、暴れる石橋を実況風に説明する、コントでは奇特な女性のキャラクターを演じるのは殆ど木梨である、などの行動から相対的に「良い人」と見られるイメージがあった。しかし、石橋と共に暴れたりする際には、よく見ると木梨のほうが実はもっと大暴れしているというシーンもあるなどある意味石橋よりも過激な一面も持ち合わせている。しかし、そのキャラクターイメージは石橋の影に隠れたせいか、木梨のイメージとしてはソフトなものとして統一されており現在でも、CMや自らのソロ出演番組ではそのお人よしな性格でお茶の間の好評を博している。
[編集] 趣味・嗜好
嗜好としてはかなりの庶民派で、大のごはん党。「とんねるずのみなさんのおかげでした」の「食わず嫌い王決定戦」ではゲストのお土産にごはんに合う食べ物が出てくるとごはんを用意してもらい、周囲を無視するほど没頭して勢い良く食べるシーンが展開される。「SMAP×SMAP」内のコーナー『BISTRO SMAP』にゲスト出演した際は、オーダーとして『ごはんに合うおかず』をリクエストした。また、とんねるずのみなさんのおかげでしたの中のコーナーヨンダーバードで、ハイチュウの売れ筋を並べる問題が出題された際、他の出演者よりも熱く語った事もあった。マシュマロなどの小さな食べ物を片手に乗せ、もう片方の手で叩いて飛ばし、口で受け止めて食べる「手打ち食い」の名人でもある。
また、各所で牛丼チェーン「吉野家」の素晴らしさを何度も公言したため、「吉野家」から「名前入りMY丼」と「牛丼並半永久カード」が進呈された。また、「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」でハンバーガーチェーン「日本マクドナルド」の研修に行った際、同じく研修ロケに参加した勝俣州和・坂下千里子と共に「半永久バリューセット無料カード」なるものを贈呈され、感涙にむせぶほどの喜びを表した。
趣味もゴルフ、競馬、サッカー、アートと多彩。特にアート面では、今や木梨のライフワークの一つともなっている(後述参照)。
伊藤蘭の大ファンで、キャンディーズの解散コンサートにも行ったほど。伊藤蘭が食わず嫌いに出演した時はすっかり舞い上がり、伊藤がお土産に持ってきたチーズケーキを手打ち食いして大失敗。「俺の面白い所見てもらおうと思って…!」と本人を前にして仕事にならない状態になってしまった。また、伊藤の夫でもある水谷豊からは「目が怖かった」と言われた過去を持つ。
競馬予想家として新聞等に登場するときは「木梨ノリゾー」というペンネームを使っている。ちなみに木梨がよく利用する競馬場は、中央開催以外は、公営大井競馬場である。タレントの見栄晴とは競馬仲間である。
[編集] スポーツ
サッカーでは、帝京高校時代に全国高等学校サッカー選手権大会の予選決勝で途中出場した経験あるほどの実力の持ち主(全国大会では直前にベンチ入りメンバーを外された)。国立霞ヶ丘陸上競技場でもプレイした。同期には三菱(現浦和レッドダイヤモンズ)でプレーしたサッカー解説者の川添孝一、浦和Jrユース監督の名取篤がいる。
現在も芸能界随一のサッカーフリークであり、ワールドカップフランス大会前は、テレビ番組の企画でヨーロッパでプレーする名選手達にPK対決を仕掛けるなど、日本代表の盛り上げに一役買った。実際のプレーに関しては芸能界で群を抜いており、同じサッカー経験者の明石家さんまは、木梨の出現により番組でプレーすることを止めているという。
[編集] 音楽活動
何でも出来る器用さが目立ちソロでのドラマ出演やCD発売も目立つ。96年には「憲三郎&ジョージ山本」名義で「NHK紅白歌合戦」に出場。そのため、木梨は「NHK紅白歌合戦」において別名義での初出場3回(1991年:とんねるず、1996年:憲三郎&ジョージ山本、1999年:野猿)という珍しい経験の持ち主となった。(現在も初出場最多タイ記録で、他の4人は歌手活動を本業としている)
[編集] 交友関係
- 脚本家の三谷幸喜は、小学校の時サッカースクールが同じで、木梨は2軍、三谷は13軍だったという。
- モデルのRIKACOとは旧知の仲。
- 俳優の中井貴一.佐藤浩市とはゴルフ仲間であり、これにヒロミを加えた4人のゴルフ番組がテレビ朝日系列で不定期に放送されている。
- 音楽プロデューサーの矢吹俊郎とは中学時代の同級生であり、木梨の友人とは矢吹もなぜか仲良くなるという。
[編集] その他
ファッションセンスの良さはお笑い界のみならず、芸能界でも随一との評判。ココリコ・遠藤は木梨のファッションを真似することが多い、と公言。実際に木梨に影響を受けたであろうファッションを番組内で見受けられることが多い(しかし、元夫人である千秋からは「憲武さんは線が細いから似合う服装なんだからあなたが着ても似合わない」と止められていたという)。
芸能界長年の長者番付(高額納税者ランキング)の上位ランカーであるが、それほどレギュラー番組を数多く持っているわけではなく、ギャラの単価が高いのでは、と推測される。
私生活では独身時代は業界有数のプレイボーイで知られ旧知の間柄であったブラザー・コーンに「若い時は朝まで飲んで何件もの店に入り浸り店を潰した事もあった。」と言われるほどであったが近年は仕事絡みの付き合い以外は歓楽街に繰り出す事はなく、若手や同世代の芸人仲間とも仕事を超えた範囲での交際も減り、夜は他の芸人の深夜番組等も見ず夜九時前後で就寝し朝は四時頃に起きるという全盛期とは様変わりした生活を送っていると番組等では話している。
1991年に盲腸(虫垂炎)で入院。同年10月31日の「とんねるずのみなさんのおかげです」で、「緊急放送!盲腸で倒れる 木梨憲武さんを偲んで・・・」と木梨が死亡したという設定で、銘打った生放送の追悼特番を放送。木梨の大きな遺影とそれを取り囲むたくさんの菊の花をバックに、石橋と野崎昌一(フジテレビアナウンサー・当時)が悲しみをこらえて語っている背後から、緑のジャージ姿の木梨が現れるというもの。これは同番組のプロデューサー・石田弘が考えた視聴者へのドッキリ企画(ヒントは「吉田拓郎死亡放送事件」と思われる)で、放送終了後フジテレビには約800件もの抗議の電話が殺到した。
2002年12月26日放送の「うたばん」(TBS)の「とんねるずVSSMAP」にてとんねるずチームが勝利した際、カメラに賞品である照明をぶつけてしまい「オールナイトフジ」以来のカメラ倒しをしてしまった。(この時SMAPの中居正広は「オールナイトフジ以来!」と客を煽っていた)結局カメラは無事だったがかなり動揺していた。
[編集] 作品
[編集] 芸術作品
2004年までに四回の個展を開いており、画風は赤を基調とした抽象画・スケッチに文字を書き加えた風景画・シンプルな色表現の静物画がある。インターネット上でインタラクティブな手法を用いた前記の作品展示を行なう一方でゲームのキャラクターデザインも手掛ける。
- 1994年: 初めての個展『太陽ニコニカ展』を名古屋 PARCO で開く(「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」の企画も兼ねていた為、2000年開催の個展まで、アーティスト名は同番組内でのキャラクター「木梨憲太郎」としている)
- 1996年: 仙台七十七銀行の貯蓄預金通帳の表紙デザイン
- 1996年: アーケードゲーム『マーヴル・スーパーヒーローズ VS. ストリートファイター』の「憲磨呂」キャラクターデザイン、および声の出演
- 1997年: 絵本『のりたろうのー、えほんのー、はがきのー』『のりたろうのー、ぬりえのー、はがきのー』をミキハウスより出版
- 1997年: 大相撲・土佐ノ海の化粧回しをデザイン
- 1998年: 営団地下鉄(現:東京メトロ)のポスターをデザイン
- 2000年: 第二回目の個展『きなしのりたけのてんらんかい』をフジテレビで開く(以降、アーティスト名は「木梨憲武」としている)
- 2002年: 第三回目の個展『SCORE展』を東京都渋谷区の代官山ヒルサイドフォーラムで開く
- 2003年: 第四回目の個展『GO WITH THE FLOW展』を東京都渋谷区の代官山ヒルサイドフォーラムで開く
- 2003年: 『第114回アンダパンダン展』(フランス)に作品を出展。図録の巻頭に作品が掲載される
- オムニバスCD『AdagioLounge classics〜』のジャケット
- 後藤次利のアルバム『do not disturb』のカバーデザイン
- 俳優・中井貴一の著書『日記』の表紙デザイン
- 2006年: ミズノから長嶋茂雄氏直筆メッセージをプリントした「3番Tシャツ」をデザイン
[編集] 音楽作品
コンビを離れて単独で活動しているもののみ。
[編集] DVD
- NORITAKE GUIDE FREE LIVE(2004年)
- NORITAKE GUIDE2 PEACE LIVE(2005年)
- NORITAKE GUIDE3 ~9975 PARTY LIVE~(2006年)
- NORITAKE GUIDE4 ONE HALF LIVE(2007年)
[編集] 出演
単独で活動しているもののみ。とんねるずでの出演作品は「とんねるず」を参照。
[編集] テレビドラマ
コントを中心とした芸風から、その高い演技力を買われて数多くのドラマ・映画にも出演している。ただし四十歳を迎える前あたりからはコミカルな役周りだけでなく シリアスな中年役を演じるケースも増えている。
- 3番テーブルの客(1996年、フジテレビ) - 演出も担当している。
- 甘い結婚(1998年1月 - 3月、フジテレビ)
- リストラ刑事(1999年、TBS)
- 小市民ケーン(1999年7月 - 9月、フジテレビ)
- 夏休みのサンタさん(2001年、日本テレビ)
- テレビ朝日開局45周年記念ドラマスペシャル「弟」(2004年11月17日 - 11月21日)※第3夜(11月19日)
- テレビ朝日開局45周年記念ドラマスペシャル 「にんげんだもの -相田みつを物語-」(2004年12月11日放送)
[編集] バラエティ
- 木梨サイクル(2001年11月2日 - 2002年9月27日、フジテレビ)
- 木梨ガイド・週末の達人(2002年10月4日 - 2005年3月25日、フジテレビ)
- ゲンセキ(2005年4月6日 - 2005年9月28日、TBS)
- 10カラット(2005年10月5日 - 2006年3月29日、TBS) - 月1回の出演
- 未来創造堂(2006年4月7日 - 、日本テレビ)
[編集] 映画
- 竜馬の妻とその夫と愛人(2002年、松竹)
- ファインディング・ニモ(日本語吹替の声優として)(2003年、ディズニー/ピクサー)
- 笑の大学(2004年、東宝)(隠れキャスト)
- 明日の記憶(2006年、東映)(友情出演)
- ポストマン(2008年)(特別出演)
[編集] 舞台
2004年より単独のライブを開催している。内容は、歌・コント・ゲストとのフリートークなど。
[編集] CM
- toto
- 味の素(Cook Do 現在は妻の安田成美が出演中)
- サッポロビール(サッポロドラフトワン)
- HONDA(ZEST)中島知子、小清水一揮らと共演。
- 「東京タワー篇」(2006年2月24日 - )
- 「シマウマ篇」(2006年3月 - )
- 「ゾウ篇」(2006年12月 - )
- 「カルガモ家族篇」(2007年6月 - )
- KDDIひかりone (木村カエラと共演、2006年 - )
- 「得意なことが違う篇」
- 「どっちがいい?篇」
- 「アニメにしない?篇」
- 「みてね!(1)篇」
- 「みてね!(2)篇」
- 「ぜんぶひかりで篇」 (2007年2月 - )
- カルピス(アミールS・健茶王)
[編集] その他
- 水谷豊『カリフォルニア・コネクション』(アルバム『TIME CAPSULE』収録曲)のPV(2008年)
- 「食事友達代表」として、警察官の役として友情出演している。このアルバムでは『SNOW BIRD』でコーラスにも参加している。
[編集] 書籍
- のりたろうのー、えほんのー、はがきのー。(1997年)ISBN 4895883183
- のりたろうのー、ぬりえのー、はがきのー。(1997年)ISBN 4895883191
[編集] ものまねレパートリー
相方・石橋貴明のものまねをする人が多いが、木梨のものまねをする人は少なく、原口あきまさが唯一するのみ。ちなみに原口は石橋のまねもする。
木梨自身もものまねをするが、番組スタッフやその他一般人など伝わりづらいものが多い。
- みのもんた(みのりもんた)
- 西城秀樹
- 北島三郎
- 武田鉄矢(金八先生)
- 畑正憲
- 五木ひろし
- 堀内孝雄
- 鈴木雅之
- 和田アキ子
- 郷ひろみ
- 所ジョージ
- さだまさし
- 古舘伊知郎
- 谷村新司
- 森本レオ
- 八代亜紀
- 堺正章
- 石井竜也
- CHARA
- 槇原敬之
- 港浩一(フジテレビ執行役員編成制作局バラエティ制作センター担当局長兼局内監査。通称「小港さん」「小港部長」)
- 木部さいち(木梨の親戚のおじさん・木梨サイクルの上の階にある【なごみカフェ】のご主人)
- 高校時代によく通ったパン屋のおじさん(このネタは面白い方ではあるものの、本筋は高校の同級生であった相方の石橋にしか通用しない)
など。 以前はルパン三世も時折披露していたが、栗田貫一のブレイク後は封印していた。2006年のソロライブにて久々に披露した。

