ミュージック・ビデオ

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ミュージック・ビデオ(music video)とは、主にポピュラー音楽楽曲の発表に際して制作される、楽曲を含む映像作品。CDの販売促進が目的のため、日本ではプロモーション・ビデオ(promotion video)ともよばれる。プロモPV(ピーブイ)と略すが、海外ではミュージック・ビデオビデオ・クリップなどという呼び方が一般的である。

目次

[編集] 概要

ミュージック・ビデオの概念は1970年代以前から存在しており、ポップミュージック以前ではディズニー制作の「ファンタジア」などが音楽と映像を融合させた作品として著名である。イギリスロックバンドザ・ビートルズが新曲リリースの度に、様々なテレビ番組に出演しなければならない事を疎ましく思い、演奏シーンとイメージ映像を組み合わせた映像作品を予め作成し、テレビ局へ提供したのが始まりという説が一般的に浸透している。実際、ビートルズのメンバーでギタリストのジョージ・ハリスンは「MTVは俺たちの発明品だよ(笑)」と、冗談半分、本気半分で語っている他、ビートルズの主演映画「ハード・デイズ・ナイト」「ヘルプ!」の監督を務めたリチャード・レスターは、MTVから「あなたはMTVの父だ」と賞状を贈られている[1]。その後、クイーンによる「ボヘミアン・ラプソディ」の演奏シーンにとどまらない映像技術を使ったビデオでその存在が一躍有名になり(なお、このボヘミアンラプソディは世界で初めての「プロモーションを目的としたビデオ」として一般的に認識されている)、アメリカ合衆国1980年代にMTVの登場によって急速に一般化した。特にマドンナマイケル・ジャクソンはミュージックビデオを駆使した例である(ジャクソンの「スリラー」は当時非常に話題を呼んだ)。

現在のような形態のプロモーション・ビデオの最も早い例はバグルズ1979年のヒット曲、「ラジオ・スターの悲劇」のイメージビデオだったと言う見方が多い。このビデオが評判となり、ロック系ミュージシャンが新曲をリリースする度に、凝ったプロモーション・ビデオを制作するのが当然になっていった。前述のMTVの誕生と発展もほぼ軌を一にしている。

[編集] 邦楽シーン

日本におけるプロモーション・ビデオの発展は、生放送音楽番組が衰退した1980年代中頃〜1990年代初頭以降、アーティストの音楽番組出演に代わるプロモーション手段の一つとして、また洋楽シーンの影響も受け、増えていくようになる。この頃の先駆けはオフコースTM NETWORK小泉今日子サザンオールスターズなど。EPICソニー(現エピックレコードジャパン)は所属するアーティストのプロモーション・ビデオやライブ映像をメインにした音楽番組『eZ (音楽番組)』を放送するなど、レーベル独自の展開も見られるようになった。

従来はプロモーションのみが目的であったので、店頭での視聴や音楽番組(洋楽では「ベストヒットUSA」や「SONY MUSIC TV」が有名)での放映に限定されていたが、1990年代中頃からは、アーティストが映像作家と共に作品の世界観を表現し、一般に伝える手段のひとつとして重視されるようになっていった。プロモーション・ビデオから切り出された映像が、CMや出演しない音楽番組でのスポットで使用されることも多くなっていった。

この頃にはすでにビデオデッキの普及が成されていたこともあり、パッケージ販売される機会も増加した。現在ではDVD-Videoによる販売が主流であるが、CDとDVDをセットにして割安な価格で販売する商品が売上を伸ばすケースが多い。

1993年の『第35回日本レコード大賞』に初めて「ミュージックビデオ賞」が登場した。受賞したのはtrf「EZ DO DANCE」と米米クラブ「THE 8TH OF ACE」。ただしこの賞が設置されていたのはこの年と翌1994年の『第36回日本レコード大賞』のみ。

[編集] 近年

一般にシングル曲のプロモーションのために制作されることが多いが、2000年代に入るとシングルCD市場の衰退などの要因によりアルバム収録曲のミュージック・ビデオが制作されるケースが多くなった。50セント2005年のアルバム『The Massacre』のスペシャルエディション(再発盤)やベックの2006年のアルバム『The Information』には収録曲全曲のビデオを収録したDVDが付き話題となった。近年日本でも海外の手法を取り入れる形で、アルバム発売に際してそのリードトラックをシングルCDとしては発売しないままビデオのみ制作するケースも増えてきている。

ミュージック・ビデオにストーリー性を加味する物も多く、最も有名なものにマイケル・ジャクソンの「スリラー」(1983年)がある。ユニークな例では、同じ曲で違う歌詞の全12曲(12章、約40分)でストーリーを展開したR・ケリーの「トラップト・イン・ザ・クローゼット」(DVDとして纏めてられている)がある。

日本国内でミュージック・ビデオはスカパー!や、ケーブルテレビ局などを介した音楽専門チャンネル(MTVジャパンスペースシャワーTVなど)で視聴できる。また近年はインターネットの動画配信ウェブサイトiTunes Storeなどでも視聴できる。他にも、テレビ神奈川 (tvk) が古くからミュージック・ビデオを多数放送している。また邦楽のミュージック・ビデオについては、1990年代中頃からバラエティ番組などのエンディング時のスタッフロールのバックにタイアップ曲のミュージック・ビデオを流す手法が見られはじめ、2000年代以降には同様の手法を取る番組が数多く見られるようになった。ただしこの場合はサビの部分のみの30秒前後だけ流されることが大半である。

最近はハイビジョン撮影される作品も増えている。しかし放送技術上の問題から公開される際に標準画質に落とされて放送されたり、DVD収録時にレターボックスで収録される形が殆どである。近年では16:9で収録される作品も増えているが、アルバム付属DVDやPV集で以前の作品と同時に収録されると、それらとの兼ね合いからレターボックスに落とされて収録される事が多い。

[編集] 問題点

日本国内・国外を問わず、映像のアイデアや演出が何を基準に盗作なのかという著作権ルールが明確に定まっていないため、ミュージック・ビデオに他の作品などからアイデアを盗用した疑いが浮上して問題になるケースが多々ある。

例えば2003年にデヴィッド・ラチャペルが監督したジェニファー・ロペスのミュージック・ビデオ「アイム・グラッド」は、映画フラッシュダンス」を似せて制作された。ジェニファー側は「これはオマージュである」としたが、「フラッシュダンス」制作側との事前確認がされなかったため、「オマージュであれば著作権が守られないのか」と問題になった。特に訴訟にはならなかったが、「フラッシュダンス」制作側はこの件に対して苦言を呈した。

日本国内や韓国中国などでこのような行為が多く見られ、倖田來未はミュージック・ビデオの類似性を指摘された際、「私のはパロディだ」と発言した。「オマージュ」「インスパイア」「リスペクト」「パロディ」など、同様の模倣を正当であるかのように装う言葉は多数あるが、いずれも無断盗用と指摘される可能性がある。

替え歌に合わせてミュージック・ビデオもパロディ化しているアル・ヤンコビックは必ず本人とレコード会社から許可を得て製作・公開しており、ヤンコビックに物まねされることを成功の証として喜ぶミュージシャンも多い[2]

[編集] ミュージック・ビデオの監督として有名な人物

ミュージック・ビデオで注目を集め、映画監督などに進出した人物も多い。

[編集] 自らミュージック・ビデオの監督を務めるアーティスト

[編集] 脚注

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  1. ^ 「ヘルプ!」DVD特典インタビュー
  2. ^ "Weird Al" Yankovic 2007年5月21日14:43UTC版

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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