マッコイ斎藤

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マッコイ斎藤(マッコイ斉藤)
生誕 1970年2月9日(44歳)
日本の旗 日本 山形県最上郡鮭川村牛潜[1]
職業 演出家
テレビプロデューサー
テレビディレクター
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マッコイ斎藤(まっこいさいとう、1970年2月9日 - )は、日本のテレビディレクター、演出家、テレビプロデューサー。また、番組制作プロダクション笑軍様」の代表取締役。

名称は、場合によってはマッコイ斉藤と表記されることもある。本名:斎藤 誠(さいとう まこと)。山形県立新庄農業高等学校(現・山形県立新庄神室産業高等学校)卒業[2]

二児の父である。

来歴[編集]

ビートたけしに憧れてテレビ業界への道を志し、IVSテレビ制作に入社、テリー伊藤に師事する。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)でディレクターデビュー。その後も深夜番組を中心に活動。『おねがい!マスカット』シリーズ(テレビ大阪→第3期以降はテレビ東京)では総合演出を務めていた。

後に独立し、2001年に制作プロダクション笑軍様」を立ち上げ、代表取締役を務める。お笑いDVDの演出も多数担当している。2002年には、映画『PLAY BALL』で映画監督デビューした。

親交関係[編集]

極楽とんぼ

極楽とんぼとは親交が深く、極楽とんぼの多くの番組を出がけていた。特に、加藤浩次とは学年が一緒で19歳の頃からの付き合いがある親友である。また、「マッコイ斎藤」という名前の名付け親は山本圭一である。山本によると「テリー伊藤(本名:伊藤輝夫)のようなディレクターになれ」という意図によるものである。

おぎやはぎ

矢作兼おぎやはぎ)とも親交が深く、自身の番組におぎやはぎを多く参加させている。元々は加藤浩次と矢作兼が仲が良く、全員で一緒に遊んで親交を深めた。斎藤曰く、「矢作には総額3000万くらいは奢ってきてる」と語っている。

とんねるず

石橋貴明とんねるず)との初対面は、斎藤が担当していた番組『極楽とんぼのとび蹴りゴッデス』の打ち上げに石橋が呼ばれた際であったが、そのときは顔合わせ程度であった。後日、ネプチューン堀内健との飲み会で、堀内が石橋を誘う。そこで意気投合し、石橋は「ディレクターとしてウチラの番組(『とんねるずのみなさんのおかげでした』)、手伝ってくんない?」と斎藤を誘う。しかし、当時「フジテレビ出入り禁止」となっていた斎藤は躊躇するも、石橋が港浩一(フジテレビジョン取締役編成制作局バラエティ制作担当局長)に進言し、出入り禁止を解除してもらう。その後、『とんねるずのみなさんのおかげでした』にディレクターとして参加する。

担当番組[編集]

現在[編集]

過去[編集]

以下は総合演出を担当

ほか

映画[編集]

著書[編集]

  • ポエム番長(監修/マッコイ斎藤 解説/ピエール瀧) サンクチュアリ出版、2006年6月、ISBN 4861130123

脚注[編集]

  1. ^ とんねるずのみなさんのおかげでした』2012年7月19日放送
  2. ^ マッコイ母校に帰る shogunsamaのブログ 2010-10-23 19:01:50

関連項目[編集]

外部リンク[編集]