さまぁ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
さまぁ
SUMMERS
メンバー 三村マサカズ
大竹一樹
別名 バカルディ(旧コンビ名)
結成年 1988年
事務所 ホリプロ
活動時期 1989年 -
影響 ビートたけし
とんねるず
ウッチャンナンチャン
出会い 東海大学付属高輪台高等学校
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 コント 漫才
ネタ作成者 両者(大竹が主導)
現在の代表番組 レギュラー番組
Qさま!!
さまぁず×さまぁ
モヤモヤさまぁず2
日本全国ご自慢列島 ジマング
内村さまぁ
スペシャル番組
とんねるず×さまぁ〜ずの一文無しジャーニー2×2
過去の代表番組 神さまぁさまぁず式ホリさまぁマルさまぁ
キカナイト
おもしろ言葉ゲーム OMOJAN
リンカーン
笑っていいとも!
同期 テンション
月亭方正など
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
2003年 ゴールデン・アロー賞芸能賞
テンプレートを表示

さまぁ: SUMMERS)は、三村マサカズ大竹一樹の2人からなる日本お笑いコンビ。所属事務所ホリプロ。キャッチコピーは「東のコント職人」。

メンバー[編集]

来歴・人物[編集]

デビュー前[編集]

大竹・三村共に東海大学高輪台高等学校工業科(現:東海大学付属高輪台高等学校)に単願推薦で入学し、2年生時に同じクラスとなったことがきっかけで出会う[2]

1988年5月、既に事務所からスカウトされていた高校時代の同級生に連れられ、ホリプロの事務所に遊びに行ったことがきっかけでお笑いの道へ進む事になった。当初は元同級生・大竹・三村のトリオ(トリオ名は「しゃぶしゃぶ」)として活動を開始した。しかし、元同級生がいつの間にか他の芸人とコンビを組んで舞台に出ていたため、三村が「お前は1人で舞台に立ってた方がいい」[3]と発言しトリオを解散する(後年、『リンカーン』に元同級生が登場した際、さまぁずの二人は昔からとにかく面白かったと語り、盛り上げ役の三村に対し「タケ(大竹)はキレのある鋭い笑いを入れ込んでくるタイプだった」と評した[3])。そしてこの後、東海大学在学中であった大竹が大学で知り合った友人を三村に紹介し、再びトリオを結成。なお、2度のトリオ結成について三村は「俺と大竹はちょっとやる気がなくて、一人引っ張ってってくれるリーダー的な人を立てないと一生売れないだろうなと思っていた」と発言している[4]

バカルディ時代[編集]

1989年4月、ホリプロのお笑いライブに出演し、お笑いコンビ「バカルディ(『バカルディー』の表記も混在[5])」として活動を開始。「バカルディ」はネタを考えていた時に着ていたバカルディのTシャツの文字から取った。また、ダブルミーニングとして日本語の「バカ」も込められている[6]。同期に田口浩正小浦一優(芋洗坂係長)が組んでいたお笑いコンビ「テンション」等がいる[7]

1990年代前半、テレビ朝日『ザ・テレビ演芸』の審査員をしていた山藤章二の支持を受け(他の審査員はキリングセンスを支持していた)、関東期待の若手芸人としてテレビ・ラジオ等で活躍。同時期に人気を博したホンジャマカと共に、当時の人気力士に準えて「お笑い界の」とも称され、各局にレギュラー番組を持った。しかし1990年代半ば頃からメディア露出の機会が減り、しばらく不遇の時期を過ごした。当時、『ボキャブラ天国』の出演打診を受けるも大竹は断った。後に番組はヒットし、ボキャブラブームが到来する。その後番組から途中出演の打診を受けるも「一度決めた事を今更変えられない」という想いを固持し続け、『ボキャブラ天国』への出演はなかった。その後は主な活動の場を舞台へと移し、コンスタントにライブ活動を続けていた。

さまぁず時代[編集]

2000年に出演した『新ウンナンの気分は上々。』(TBS系)の企画において、コンビ名を「さまぁず」に強制的に改名させられた(後述)。これをきっかけに再び世間の注目を集め出し、三村独特の「 - かよ!」に代表されるツッコミ芸(通称「三村ツッコミ」)が認知され再びブレイク。これを足掛かりに徐々にその活動の場を広げていった。

2000年以後は人気が定着、お笑いブームの中にあって、ゴールデンタイムから深夜番組まで、八面六臂の活躍が出来る中堅芸人としてテレビ番組を中心に活躍。舞台、書籍などでも活動している。

2003年、第41回ゴールデン・アロー賞芸能賞受賞[8]

2007年フジテレビNHKを除くキー局で新番組が開始するなど飛躍。深夜のレギュラーが多いことから「深夜の帝王」という異名を付けられた[9]

2010年、大竹が第10回M-1グランプリ決勝の審査員に選ばれた。最終決戦では笑い飯に投票し、笑い飯が優勝した。

2011年、大竹が第10回M-1グランプリに引き続き、THE MANZAI 2011の決勝審査員に選ばれる(2012年からは時間帯変更によりモヤモヤさまぁず2と放送時間が重なった影響で、選ばれなかった)。

2014年7月、日本テレビ系で新番組ネリさまぁ~ずが開始し、NHKを含む全てのキー局で同時にレギュラー番組を持つ[10]

芸風[編集]

深夜帯の番組が多いことから、テレビタレントとしてのさまぁずの芸風は「ユルい」と評されることが多い。これについて三村は「ユルいことやってるつもりはないけどそう見られる」、大竹は「ユルいは俺らにとってあまりいいことじゃないのに」と語っている。

芸風は主にコントで、ネタ作りは2人が共同で行う。大竹がネタの大半を作り、三村がツッコミのフレーズを考える。大竹の「大竹ワールド」とも称されるシュールなボケと三村の「 - かよ!」に代表される豪快なツッコミが特徴的で、ダウンタウンの漫才の芸風に似ていると言える。毎年(2005年以降は2年に1回)開催している単独ライブはチケットが即日完売するほど人気や評価が高い[11]。メンバーは自分たちの本分は舞台にあると考えており、多くのレギュラー番組を持っている2011年現在でも、ライブに重きを置いており、「東のコント職人」と評されている。テレビでは、コントをベースとした漫才(コントでは使用する道具を使用しないなど)を披露することが多い。

爆笑問題太田光は、バカルディは「シュールなコントの草分け」で、シュールを売りにした若手がやっているネタも全部バカルディが元だ、と語っている。爆笑問題が事務所を独立して仕事がなかった際にはバカルディの活躍を見て奮起したという[12]

即興芸の場では2人ともに下ネタを好み、セクハラネタも多い。オリコン調べの「好きな男性芸人ランキング」(2008年)では総合9位(明石家さんまと同率)、男性回答だと3位。同調査だと女性回答では5位圏外だが[13]、情報誌『日経エンタテインメント!』が毎年行っている「好きな芸人嫌いな芸人ランキング」では男女での支持の差は、それほどない[14]。また、同調査では若い世代ほど彼らを支持している傾向にあり、同誌はそれを「冠番組のほとんどが深夜帯であるため、視聴者層がそのままランキングの結果に反映されているのでは」と分析している[14]

漫才形式のネタの際は、登場時の「つかみ」として、汗を拭うフリをしながら「夏だからっ、さまぁず!」と言うものがある(夏以外の場合は「○○なのに、さまぁず!」となる)。このつかみの原案を考えたのは有田哲平(後述の改名対決の際)だが、ほとんどの場合大竹はこの動作をやらず、三村に「やれよ!」とつっこまれる。また主にネタ見せ番組などでの出囃子(登場する際のBGM)として、TUBEの『SUMMER CITY』などが使われる。

デビュー当時はツッコミ・ボケ担当を入れ替えてネタを行っていたが、三村がボケていると自覚する笑顔が不評だったため、ツッコミを担当するようになった。元々は、コント以外のフリートークやバラエティ番組などでも、ボケ(大竹)とツッコミ(三村)の役割がはっきりしたコンビだったが、『内村プロデュース』に出演するようになって以降、こうした番組では両者が等しくボケ合ったり、むしろ大竹がツッコミ役に回ることも多くなった。これについて三村は、「以前はいいボケを思いついても大竹の役割だからと遠慮していたが、『内P』でその遠慮が消えた」と語っている[15]

ゲスト出演した『グータンヌーボ』で精神科医の名越康文に「ボケがドSで、ツッコミがドMの珍しいコンビ」という診断結果が出たことがある。実際、コント内でも理不尽な大竹のボケの連続に三村が対応しきれなくなり慌てふためいたところに笑いが起こる、といった状態がよく見られる。

冠番組を多数持つが司会業には苦手意識がある。特に三村は自身の仕切り能力の自己分析の結果「司会はできない」と公言し、周囲も認めている(ただし『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』など司会を務める番組の進行は強制的に三村が担当)。その為か「さまぁずに3人目を入れるなら司会進行のできるアナウンサーしかない」と2人の意見は一致している(3人目のメンバーの例として、『Qさま!!』で一緒に進行しているテレビ朝日の清水俊輔アナウンサーを上げている)[7]

エピソード[編集]

  • 楽屋が2人とも一緒(『さまぁず×さまぁず』など一部の番組を除く[16])、新幹線飛行機などの移動の際に隣同士で座るなどから、「仲がいい」と言われることが多い。後者に関して、大竹は「隣に知らない親父が来るより"知ってる親父"が来たほうがいい」と理由を述べている。
  • 喧嘩なども少ないが、理由としては「他の芸人と戦わねばならないのに、コンビで喧嘩をしている場合ではないから」と語っている[17]
  • 共演者などから「想い出が一緒」と言われることがある。高校の同級生から始まったコンビであり、バイトも一緒にしていたことから二人共通の想い出が多いことが所以である。また、童貞を捨てた瞬間も一緒だった。現在でも年末年始などプライベートで別々にハワイに行っても、結局は現地で合流して行動するなど、オフでも一緒にいることが多い。
  • 低迷していた頃、三村は大竹に「バカルディの核は大竹だ。ヨゴレ仕事は全部オレが引き受けるから、お前は思う存分ネタを書け」と言い続けていた[7]
    • あくまで本業はお笑いであると、お笑い系でない仕事を多く断っており、社内では売れていないくせに態度が大きいと不評だったという[17]
    • 三村はその間、ほぼ手しか映らないようなレポーターなどやや毛色の違う分野で活動し、コンビを支えた[18]その一方、大竹は地上波などのバラエティ番組の構成を担当する時期もあった。
    • コンビ愛は強く、三村は『いろもん』ソロで出演した際のことを「俺の面白さに満足するんじゃねぇよ!と思ってた。バカルディには俺の後ろにもっと面白い奴(大竹)が控えてるんだぞ!」と振り返っている[7]
    • 出川哲朗はさまぁずのコンビ愛の象徴的エピソードとして上記逸話を好むが、大竹曰く「(レポーター等の)ギャラは全て三村のみであり、自分は生活が苦しかったので支えてもらっていたわけではない」と語っている[15]
  • 二人の身長差は特に変らないように見えるが、三村は普段から厚底靴を愛用している。(三村は165cm、大竹170cm)
  • 冠番組にはほぼ全てコンビ名「さまぁず」、もしくは「さまぁず」をもじったものが付いている(特に深夜番組)。これはテレビ欄を見たときに誰が出ている番組かすぐに分かるようにするためと、これならさまぁずに興味のない人はまず見ようとしないだろう、という大竹の戦略によるもの。これを続けている以上、ファンが根強いファンになることはあっても、それ以上増えることも減ることもまずないだろうとメンバーは語っている[7]
  • テレビ番組でのイメージカラー(名前テロップ、発言テロップ、衣装の色など)について、おおむね大竹は青、三村は赤が多い(「トゥルルさまぁ~ず」のみ、大竹はピンク)。
  • 伊集院光は、『大石恵三』が視聴率が悪く打ち切られた事がバカルディ時代の低迷・不遇の原因だと指摘している。また、メンバーは当時の自分たちを「クソつまらなかった」と振り返っている[17]
  • 1996年頃、『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)の番組内で三村のツッコミが何度もネタにされた。岡村隆史は当時から三村を「関東一のツッコミ」と呼び、各所で三村のものまねを披露していたようだが、当時の三村の知名度からテレビでそのシーンが放送されることはまれだった。また『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)のコーナー「笑わず嫌い王決定戦」にもコーナー開始当初から出演。これらもまたさまぁずがのちに再び脚光を浴びる下地となっており、当人たちも様々な場所で「(再ブレイクは)ナインティナインのおかげ」と語っている[17]
  • 学生時代からビートたけしに憧れており、[7]映画監督「北野武」のファンであることも公言している。
  • 所ジョージはバカルディ時代から「俺は面白いと思うよ。俺が面白いだけで売れないかもしれないけどね」とそのコントを評価している[7]
  • 下ネタセクハラも辞さず、既に「エロ芸」の域まで高めている2人だが『モヤさま』アシスタントをしていた大江麻理子アナは「さまぁずのお二人は普段非常に紳士的。だからセクハラも気にならない」と語っている[17]
  • ズージャ語、いわゆる「業界用語」をおどけて使うことが多い(「ションテン(=テンション)が下がる」「ルーシー(=汁)が出る」など)。
  • 事務所の後輩優香には兄と慕われている。さまぁずが『新堂本兄弟』に出演した際VTRコメントを寄せ、「さまぁずのお二人は、本当にカッコいいです。ルックスとかではなくて、ネプチューン名倉さんや、つぶやきシローさんなど、自分たちも売れていない頃から、後輩に対する面倒見が本当に良いのがすごいと思います」「ホリプロにタレントさんとして入ったばかりの女の子は、皆一度はさまぁずさんに惚れる」とも発言している。「A-Studio」出演の際は、「大竹の結婚には嫉妬してしまった」「仕事でどん底まで落ち込み部屋で塞ぎ込んでいたとき、親よりも先に三村に電話した」というエピソードを披露している。
  • 『Qさま』が深夜帯での放送だった際、VTR中でプレゼンターの青木さやかが意味も無く切れているようなシーンがあった。その収録後、司会だったさまぁずの2人はスタッフに対し、「青木は意味もなく切れるヤツじゃないから、切れる前のくだりがあっただろ? そこをカットしたら青木が悪い感じに思われるじゃないか」とクレームを付けた。そのことを人づてに聞いた青木は大変感激したという[19]
  • 出川哲朗ネプチューンキャイよゐこTIMらと共にウンナンファミリーと呼ばれている[20]
  • 2010年はリリースしたさまぁず関連のDVDが30本を超えた。冠番組のDVDについて大竹は「気がついたらこんなに増えていた」「DVDに相応しくないものは出したくないっていうスタンスじゃないとダメ」、三村は「あらかじめDVDにしますって番組が始まるのが一番嫌い。結果、作品としてよかったらDVDにしてくださいって言っています」と述べている。
  • 携帯普及後まもなく二人で一緒に契約しにいった為、携帯番号が2数字しか違わない。その為お互いに相手の番号を覚えている[21]

•二人でじゃんけんをする際、「最初はグー」と発するのは三村である。

改名のエピソード[編集]

TBS系列のバラエティ番組『新ウンナンの気分は上々。』において、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)と因縁の対決として数々の企画が組まれた。当初は芸能界引退を賭けた勝負だったが、いずれも未経験な競技ゆえに試合が白熱してしまい最初は洒落だと思っていたものが徐々に現実味を帯び始め、3回目の対決となった2000年10月20日放送分において陸上競技対決を行い、敗れた方が罰としてコンビ名を屈辱的な名前に改名させられることになった。敗れたバカルディは半年間(後にもう半年延長)「さまぁず」として活動する憂き目に遭った。

「さまぁず」というコンビ名は内村光良によって命名。由来は内村が二人に何が好きかと質問した際に、三村・大竹とも「夏」と答えたこと。脱力感のあるひらがなと「」の表記、また「バカルディ」の名に愛着が湧いていたこともあり、改名決定直後の本人たちは大きな抵抗があったが、所属事務所の対応はスムーズで、社内外の資料や仕事先での応対などは瞬く間に「さまぁず」に移行したという。

当初この改名は期間限定だったが、その期限が過ぎる頃になると徐々にブレイクして「さまぁず」で定着し始めた。2001年3月30日に「さよならさまぁず」と題して番組初の生放送でバカルディへの再改名をかけて再び卓球対決が行われ、白熱した挙句放送時間に間に合わずに終了し、その翌週さまぁずが負けたことが放送された。この白熱は後に「ものすごい葛藤があったから」と三村は語っており、この放送翌日から「さまぁず」として腹を括ったという[22]。その後ビーチバレー対決(2001年9月28日放送)の際は有田哲平が、さまぁずが負けたら個人の芸名をそれぞれ「ビーチ三村」と「大竹すいか割り」にする条件を突きつけたが、結果は海砂利水魚の負けとなり、これにより海砂利水魚は「くりぃむしちゅー」に改名する。

しかし、お笑い芸人の看板とも言うべきコンビ名を安易に変えてしまった内村はその責任を重く感じ、その後両コンビ(特にさまぁず)を自身のレギュラー番組などで積極的に起用していった。これが不遇の時期を過ごしていた両コンビに世間の目に触れる機会を与え、後のブレイクと現在の活躍を後押しする形となった。内村さまぁ135回では三村の口から、当時会う度に謝罪されていたことが明かされた。

めちゃイケでは、笑わず嫌い王決定戦に常連出演しており、第1回当時は「バカルディ」であったが、第2回以降は現在の「さまぁず」に改名していた。そこで、「めちゃイケ大百科事典」では、どちらで用語を収録すればいいかとめちゃイケメンバーが伺いに行ったことがあり、その際に三村が「じゃ、いいよバカルディで」といったことから、「バカルディ」の項目で収録されることになった。

出演作品[編集]

現在の出演作品[編集]

テレビ番組[編集]

ネット配信[編集]

特別番組[編集]

過去の出演作品[編集]

「バカルディ」時代を含む。

テレビ番組[編集]

レギュラー番組
単発・スペシャル

ラジオ[編集]

広告[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

  • ハンブン東京 (2007年11月16日 - 18日)
  • こどもさんかん日 (2008年11月26日 - 30日)
  • エルダーソルジャーズ (2009年11月26日 - 12月1日)

DVD/CD[編集]

DVD[編集]

  • バカルディライヴV せんたくもん[23] (1994年、全労済ホールスペース・ゼロ)絶版
  • バカルディライヴX サラダで白飯くえねーよ![24](1997年、銀座博品館劇場
  • バカルディライヴ なまたまごかけ御飯[24](1998年、青山円形劇場
  • バカルディライヴXII 少年と犬と公園と私[24](1999年、新宿シアターアプル)
  • 冬なのにさまぁずライブ[24](2000年、朝日生命ホール
  • さまぁず ライブ2[24](2001年、グローブ座
  • さまぁず ライブ3[24](2002年、天王洲アートスフィア)
  • さまぁず/バカルディライブ DVD-BOX[24](ライヴXからさまぁずライブ3までのDVDをまとめたもの。マイナスターズのCD付き。)
  • さまぁず ライブ4[24](2003年、天王洲アートスフィア)
  • さまぁず ライブ5[24](2005年、原宿クエストホール)
  • さまぁず ライブ6[24](2007年、恵比寿ザ・ガーデンホール)
  • さまぁず ライブ7[24](2009年、恵比寿ザ・ガーデンホール、初回限定版はおまけ付き。)
  • さまぁず ライブ8[24](2011年、天王洲銀河劇場、初回限定版はおまけ付き。)
  • ライブミランカ さまぁずトークLIVE 三村もいるよ! (2006年、原宿BlueJayWay)
    • ミランカVOD配信されていたソフトのDVD化。ネオから発売。
  • さまぁずの笑ってキレイ!(ビデオヘッドクリーナ内収録、TDK
  • バカルディーの通販コント「ほっぷ、すてっぷ、じゃんぷ通信販売&契約」(1991年、啓発用ビデオ(社)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会[1])一般流通はしていない。

CD[編集]

  • ヤリー BE GOOD!(1998年07月23日、ヤリリン・クリリン名義、プロミスCMソング)
  • 逆境ファイター(2006年7月19日、コーラス、所ジョージアルバム「安全第二」収録、総合格闘家所英男入場曲)
  • 「NO PLAN」として、シングル2枚、アルバム3枚、DVD3枚リリース。
  • 「マイナスターズ」として、シングル・アルバム・DVDを1枚ずつリリース。

書籍[編集]

  • さまぁずの悲しいダジャレ(宝島社、2003年)
  • RUN! DOG! RUN! さまぁずの紙コント(角川書店、2003年)
  • ドッグとキャットとトリとほか(光文社、2003年)
  • さまぁずの悲しい俳句(宝島社、2004年)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b ホリプロオフィシャルサイト さまぁ〜ず”. ホリプロ. 2011年7月12日閲覧。
  2. ^ いろもん弐』1999年10月29日放送回、日本テレビ
  3. ^ a b リンカーン』2010年5月4日放送回、TBS[出典無効]
  4. ^ バナナマンのバナナムーンGOLD』2010年10月22日放送回、TBSラジオ[出典無効]
  5. ^ 例として、ジャンプ・コミックスこちら葛飾区亀有公園前派出所』第78巻巻末に2人がコメントを寄せた際は、この表記が用いられていた。
  6. ^ 象印クイズ ヒントでピント』にゲスト出演した際、コンビ名の由来を尋ねられた大竹は「最初は『バカ』というコンビ名にしようと思った」と語っている。
  7. ^ a b c d e f g QuickJapanvol.85 「22年目のさまぁず」内の20000字インタビューより
  8. ^ GOLDEN ARROW AWARDS 受賞者一覧”. 社団法人日本雑誌協会. 2011年7月12日閲覧。
  9. ^ 「人気者の賞味期限『PARTお笑い芸人編 芸歴1520年「ミドル世代」が人気のワケは?』」、『日経エンタテインメント!』第12巻第5号、日経BP社、2008年4月、 p.42。
  10. ^ “さまぁ〜ず、地上波全局同時レギュラー! 日テレで4年ぶり新バラエティー”. ORICON STYLE. (2014年7月9日). http://www.oricon.co.jp/news/2039564/full/ 2014年7月30日閲覧。 
  11. ^ 大竹の「M-1グランプリ2010」登場時の紹介ナレーション
  12. ^ 2009年12月19日放送『王様のブランチ』内にて発言
  13. ^ “好きな男性芸人は「世界のナベアツ」と「チュートリアル」が同率首位”. オリコン. (2008年7月9日). http://contents.oricon.co.jp/news/ranking/56184/full 
  14. ^ a b 「2008年版お笑い芸人人気ランキング 好きな芸人嫌いな芸人」、『日経エンタテインメント!』第12巻第8号、日経BP社、2008年4月、 pp.36,37。
  15. ^ a b 雑誌「QuickJapan」(第74号、2007年10月刊)のインタビューにて。
  16. ^ 「さまぁず×さまぁず DVD-BOX (1・2)」特典DVDなど。
  17. ^ a b c d e 日刊スポーツ、2011年7月10日付紙面 p.10
  18. ^ 発足したてのフジテレビ739で毎週土曜昼過ぎから放送されていた『CXスポーツサンデー』では三村のみが出演(MC)。
  19. ^ 2012年1月12日『ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツ!』
  20. ^ QuickJapan vol.88 ウッチャンナンチャンのインタビューより
  21. ^ 2013年5月4日 『さまぁず×さまぁず』
  22. ^ 「ウンナンの気分は上々。ベストセレクション」p142-
  23. ^ 株式会社ハゴロモより発売されている。
  24. ^ a b c d e f g h i j k l ポニーキャニオンより発売。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]