イジリー岡田

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イジリー岡田
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本名: 岡田 昇
生年月日: 1964年9月23日(44歳)
出身地: 東京都北区
事務所: ホリプロ
活動時期: 1988年 - 現在

イジリー岡田いじりーおかだ1964年9月23日 - )は、東京都出身のお笑いタレントものまねタレントである。本名は岡田 昇おかだ のぼる)。ホリプロ所属。浦和実業学園高等学校卒業。

目次

[編集] 経歴

東放学園専門学校在籍時代から番組制作に携わり、当初は裏方を志していたがMC役を任されているうちにタレント業に興味を持つようになる。小堺一機関根勤の下積み時代のライブにも裏方のバイトとして参加経験がある。素人時代に出場したフジテレビ「発表!日本ものまね大賞」での敢闘賞が認められ、ホリプロにスカウトされる。高校時代の友人を強引に相方に誘い、1986年コントコンビキッドカットを結成。ホリプロお笑い部門の第1号タレントとして、数多くのバラエティ番組のオーディション大会で優勝するなどの活躍を見せる。レギュラーも決まり出し順風満帆に思えたが、相方が度重なる遅刻癖が原因で事務所に解雇され、1990年にコンビ解散となり、ピン芸人としての活動を始める。

コンビ時代からホリプロのアイドルイベントで前説や司会を担当していたことから、学研の雑誌「Momoco」でデビューしたてのアイドルと対談するコーナーの連載が決まる。そこで何かペンネームを付けようとなり、客いじりが上手いからペンネームは『イジリー岡田』、コーナーのタイトルは『イジリー岡田のアイドルいじり』に決まる。最初はあくまでペンネームだったが、コーナーの人気が上がるにつれ事務所もその気になり、あくる日、電話で怖い上司に「明日からお前はイジリー岡田だぞ!問題ないな!」と一方的に通告され正式芸名が決まってしまう。イジリー曰く「そんな最低な名前、嫌に決まっているじゃないですか!」

[編集] ギルガメッシュないと

改名して数週間後、ゴールデンを狙うための足掛かりに、あくまで3ヶ月の予定で伝説の深夜番組、『ギルガメッシュないと』(テレビ東京)のレギュラーに抜擢される。萩本欽一を尊敬し、下ネタ嫌いを公言していた本人の気持ちとは裏腹に、番組は午前2時台にも関わらず5%以上という深夜枠では脅威的な高視聴率を叩き出すことになり、結果的に放送は91年10月から、98年3月終了までの6年半も続いてイジリーは自他共に認める日本一のエロタレントのジャンルを確立することになる。

  • 最初はあくまで都内のデートスポットや流行の映画・芝居を紹介するお洒落な情報番組だったが、イジリーの出番だけ「AV女優のお宅訪問」であった。
  • 番組企画の一環として、1993年12月にはAV女優憂木瞳とデュエットしたシングル、『マンゴ・ナタデ・ココ』(ポニーキャニオン)をリリースしている。ちなみにノーギャラであった。

[編集] ギルガメッシュないと終了

『ギルガメ』終了後は、事務所の命令で下ネタ封印や子供向け特撮番組出演やHIPのイベントの司会を務めるなどのイメージ改革に取り組むが、2001年27時間テレビ」深夜枠「裏めちゃイケ」で冒頭から陰核を連想させるギャグを連発する型破りな司会ぶりが業界内で伝説化され、本格的なエロ芸解禁となり現在の活躍に至っている。ただしギルガメ終了直後の1998年の27時間テレビの深夜コーナーで司会をした際にはエロならおまかせと言いながら登場するなどノリノリで司会をしていた。

  • 『ギルガメ』終了後もその影響は未だに根強い。NTV系「まねキン」ではお台場のパレットタウン、ヴィーナスフォートにロケの立ち入りを禁止されていた。
  • AV男優と誤解される事も多く、たまにアダルトビデオへの出演オファーがある。

[編集] 番組収録中に骨折

2008年3月、日本テレビ系「ものまねバトル47! そっくり軍団大集合オール新ネタ春祭り」で新潟県スキー場でのロケ中に、ドラマ「薔薇のない花屋」のエンディングでの竹内結子のモノマネをして右肋骨と右足首を骨折。その後のスタジオ収録には松葉づえで臨んだ。全治一ヶ月だったとされる。その状態で『げりらっパ』(メ~テレ)「スーパースローで見てみよう!」の撮影に参加し、スーパースローカメラにより高速ベロが秒間18回であることが確認された。

[編集] 人物・芸風

基本的にはしゃべりやものまねを得意とするタレントである。『ギルガメッシュないと』(テレビ東京)に出演していたこともあり、イジリーという芸名は卑猥な印象を与えるが、「イジリー」は「素人いじり」「客いじり」(=観客などをネタにして笑いをとる事)が上手いことから名付けられた芸名である。ちなみに、NHKではこの芸名は使えずに、本名の岡田昇で出演することが多い。『ギルガメ』出演時は、フジテレビの『ものまね王座決定戦』に出たがっていたと言われるが、現在、日本テレビの『ものまねバトル』に出演中。ギルガメ時代に鍛えたのか、舌を異常に高速でレロレロさせる「高速ベロ」が得意。一秒間に18回上下させる記録を持つ。「天才エロ芸人」の異名を持つ。

三沢光晴のものまねからも分かるようにプロレスファンとして知られ、2005年7月18日の『プロレスリング・ノア 東京ドーム大会』には後輩・ダウソタウソダウンタウンのそっくりさんコンビ)の松本等しいを引きつれ、プライベート(自費)で来場した。また、 2006年3月21日に行われた全日本プロレスのファン感謝デー興行で、三沢光晴に扮して小島聡とタッグを結成。武藤敬司神奈月(神奈月は武藤敬司に扮して登場)と、本当のプロレスの試合を行い、好評を得た。

1994年から1996年にかけ、日本テレビの早朝の子供向け英会話番組『Hayami English Network (HEN)』に、めんどりの着ぐるみで登場していたことがあったが、エロ芸人ぶりは子供相手の番組のせいか封印されていた。

アメトーーク」では女性ゲストの楽屋にスペアキーで入り、ゲストの私物を物色し、歯ブラシを舐める、食べかけのお弁当を食べる等のお決まりの役割を果たしている。結果、苦情と賞賛が殺到した。『ギルガメッシュないと』などでのイメージから女性からは1番嫌いな有名人ベスト10で1位になったこともある。しかし、普段は下ネタが嫌いで真面目な性格であり、芸能界を目指したのも欽ちゃん劇団に入りたかったことがきっかけである。

テレビ番組で、自分の学生の頃の写真を出され、「元祖アキバ系だから」と発言していた。

[編集] 主なものまねのレパートリー

なお、歌唱力もプロ並である。

[編集] 出演作品

[編集] テレビ

ほか

[編集] 映画

[編集] 過去の出演作品

[編集] テレビ番組

[編集] テレビドラマ

[編集] テレビアニメ

[編集] 外部リンク