泉谷しげる

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泉谷しげる
基本情報
出生名 泉谷 茂
出生 1948年5月11日(63歳)
血液型 O型
学歴 目黒区立烏森小学校 - 目黒区立東山中学校 - 東京都立目黒高等学校中退
出身地 日本の旗 日本東京都目黒区青葉台
ジャンル フォークソング
職業 シンガーソングライター
俳優
担当楽器 ギター
活動期間 1971年 -
レーベル IZレーベル
影響 岡林信康
公式サイト http://www.wagasha.co.jp/

泉谷 しげる(いずみや しげる 本名・茂、1948年5月11日 - )は、日本シンガーソングライター(主にフォークソング)、俳優タレント青森県青森市長島出身の両親の元で生まれ、東京都で育つ。

目次

[編集] シンガーソングライター

[編集] エレック時代

  • 1971年にライヴアルバム『泉谷しげる登場』でエレックレコードからデビュー。
  • 古井戸加奈崎芳太郎仲井戸麗市)、ピピ&コット佐藤公彦よしだよしこ)、生田敬太郎らと唄の市コンサートに参加。
  • このころ、RCサクセションや古井戸と一緒にライブを行う。
  • よしだたくろう退社後の看板スターとして、エレックレコードを支える。
  • 1972年セカンドアルバム『春・夏・秋・冬』をリリース。加藤和彦がプロデュースを務める。タイトル曲「春夏秋冬」は彼の代表曲となる。なお、シングルでも発売されたが同名アルバムの音源ではなく、オムニバスライブアルバム『野音 唄の市』収録のライブバージョンでシングル化された。シングル盤ジャケットに「実況録音盤」と書かれている。理由は、エレック関係者が「アルバムの音源はシングルにするにふさわしくない」と言ったからだと言われている[要出典]。また、1988年には、ロックアレンジで再シングル化されている。
  • その後も、『地球はお祭りさわぎ』(1972年)、『光と影』(1973年)をリリース。中川イサト西岡たかしとの連名アルバム『友だちはじめ』(1973年)や、イエローラストショウを従えロック色を打ち出したアルバム『黄金狂時代』(1974年)を発表したのち、エレックレコードを辞める。
  • のちに、デビュー前のスタジオ録音デモテープ集がアルバム『ベースメント・テープス』として発表される。
  • また、フォークシンガーとしてデビューする際に、東京都出身では、ハクがつかないので、エレック社の方針で、青森出身として売り出した。

[編集] フォーライフ時代

  • 1975年小室等井上陽水吉田拓郎フォーライフ・レコードを設立。その第1弾アルバムとして『ライブ!!泉谷-王様たちの夜-』(1975年)を発表。
  • フォーライフ4人衆の連名ライヴアルバム『クリスマス』発表。
  • 1976年アルバム『家族』、『イーストからの熱い風』(1976年アメリカ録音のライヴアルバム)を発売。
  • 当時の泉谷はアルバムを作る際、次のアルバムタイトルを既に決め発表していた。
  • 『ライブ!!泉谷-王様たちの夜-』の帯に『家族の前の…』など記してある(再発物ではない)。
  • 1977年、ストリート・ファイティングメンをバックバンドにしたロックアルバム『光石の巨人』(1977年)を発表し、これを最後にフォーライフレコードを去る。
    吉田拓郎らの歌謡曲フォーク路線に嫌気がさしたという説や、当時「テレビ出演拒否派」の代表だった陽水や拓郎が「テレビ出演推進派」の泉谷にクレームをつけたなどの説がある[要出典]

[編集] 1970年代末・ワーナー時代

  • 加藤和彦プロデュースのアルバム『80のバラッド』、『都会のランナー』を発表。
  • このころの泉谷作品は、ゆったりとしたロック・ヴォーカルを志向。加藤和彦もゲストヴォーカルで参加。
  • 評価は高かったがセールスには結びつかずライブ数を減らし、俳優の仕事が増える。

[編集] 1980年代前半・ポリドール時代

  • 石井聰亙映画『狂い咲きサンダーロード』にて美術を担当。また音楽として『電光石火に銀の靴』、『翼なき野郎ども』、『国旗はためく下に』の各楽曲を提供。
  • 石井聰亙映画『爆裂都市 BURST CITY』にて美術を担当。自らも俳優として出演している。
  • ニューウェイヴ志向のバックバンド"BANANA"を従えた『オールナイト・ライヴ』を発表。
  • 今村昌平映画『ええじゃないか』のタイトル曲「ええじゃないか/IBO!今夜は徹夜だぜ」発表。
  • ポリドールと契約後、スタジオアルバム『NEWS』、『39°8′』、『ELEVATOR』、ライヴアルバム『REAL TIME』発表。

[編集] 1980年代後半~1990年代

  • 自主制作ミニアルバム『スカー・ピープル(忌野清志郎プロデュース)』発表。吉田建村上”ポンタ”秀一(ドラム)を中心としたLOSERをバックバンドに活動。仲井戸麗市下山淳も参加。アナログ志向を全面に打ち出す。
  • 週刊少年ジャンプ』の投稿コーナー・ジャンプ放送局で、泉谷のキャラクター性がギャグ投稿の特集にされ、泉谷人気が復活しはじめる。
  • ビクターからアルバム『吠えるバラッド』『SELF COVERS』『HOWLING LIVE』『'90sバラッド』『叫ぶひと囁く』『下郎参上(下郎名義)』『WILD BLOOD』『メッセージソングス』『追憶のエイトビート』を次々と発表。
  • この当時、テレビ大阪の番組『竜馬で行く!』のメインパーソナリティーを務める(共演:太平サブロー、越前屋俵太)。
  • 氷室京介のソロデビューアルバム『FLOWERS for ALGERNON』に収録の「独りファシズム」の作詞を担当。
  • 北海道南西沖地震被災者救援のために「お前ら募金しろ!」と言うフレーズで、日本ユニセフ協会の協賛を受け「一人フォークゲリラ」と称したゲリラライヴを日本各地で敢行。その模様は自主制作ライヴ盤として発表。シングル『なぜこんな時代に』『激しい季節』は被災した人たちへの応援歌。
  • 1995年1月阪神・淡路大震災発生の際は、いち早く被災者救援のために立ち上がり、震災当日の夜から北海道南西沖地震の時と同じ「お前ら募金しろ!」と言うフレーズでゲリラライヴを日本各地で敢行。また、震災直後の神戸に入り、オールナイトニッポンの特番で被災者の生の声を中継した。そんな中で、同じく被災者救済を訴えていた大江千里と共に嘉門達夫のチャリティーシングル『怒りのグルーヴ ~震災篇~』のレコーディングに参加。その功績により、年度終盤にもかかわらず1994年度(第32回)ゴールデン・アロー賞特別賞受賞。
  • 北海道南西沖地震・長崎雲仙岳噴火・阪神大震災のチャリティーライブを開いた際には、忌野清志郎小田和正吉田拓郎さだまさし大江千里ら多数のアーティストが駆けつけている。

[編集] 1990年代末から現在

  • 2001年アフガニスタン侵攻のとき都内でゲリラライヴを敢行した。
  • メジャーレーベルと自身のIZレーベルからアルバムを並行リリースしている。
  • 盟友忌野清志郎らと忌野・泉谷・スパイスマーケットを結成。ライブツアーを行うなど精力的な活動を行う。レコーディング予定もあったが泉谷は『Dr.コトー診療所』のロケを優先。それ以来、忌野とは音信不通となってしまった。
  • 2004年ガガガSPコザック前田とのユニットでシングル「生活/永遠のウソつき」もリリース。後に前田のソロアルバム『東須磨は夕方6時』にも2人が歌った「生活」が収録されている。
  • 2007年、今作で5期目となるTVアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』のオープニングテーマを歌った(2008年より変わった)。
  • 2008年、5月11日還暦記念ライブを実施。秋、7年ぶりとなるニューアルバムをポニーキャニオンよりリリースすることを発表した。
  • 同年10月4日(土)22:00~5日(日)早朝にかけて60歳を記念して60×60泉谷しげる展覧会と銘打ち60曲のオールナイトライヴを行った。終演は5:28だった[要出典]
    ライブは3部構成で、それぞれの部各20曲を披露。60曲としていたものが3部は20曲の後にアンコール2曲を入れ合計62曲に。
    2部と3部の間、及び全曲終了後には全CD購入者に対するサイン会を実施した。全員のサインが終わったのは開演から8時間40分後の6時40分であった。
    各方面で後世に残るコンサートだと評されている[要出典]

参加メンバー 藤沼伸一(g)、人時(b)、大島治彦(d)、中西康晴(kb)、小林香織(sax,flu)、
仲井戸麗市(g)、下山淳(g)、泉谷しげる(vo,g,バンジョー)

  • 2009年、盟友忌野清志郎の死去に際し、「あいつの死は受け入れたくない、葬儀にも行かないし、冥福も祈りたくない。俺の中ではあいつは生きてるんだ」とコメントする。実際に、2度行われた忌野のロック葬に泉谷が現れることはなかった。また、破天荒な性格が忌野の影響によるとも明かした。5月5日より公式サイトにて「忌野清志郎・伝」という連載を開始した。
  • 2010年より「地方活性化」を合言葉に各地のイベントをギター一本で回る「ロード・オブ・ライブ」を本格的に始動。還暦ライブの際、公式発表されたこのプランをミュージシャンとしての原点回帰と位置づけて精力的に取り組んでいる。
  • 2010年日本における口蹄疫の流行の中、公式ブログ「兎猫豚(うびょうとん)のみらい日記」において、宮崎の応援と、政府やマスコミへの憤りを表明。FAO国連食糧農業機関の支援を日本政府が拒否した事や報道が不十分である事などにも触れ、海外メディアの取材を受ける事で状況の改善を試みている[1][2]
  • 2011年3月、東日本大震災に際してGACKT真矢と共に被災者救援募金活動「SHOW YOUR HEART」(心意気を見せろよ)を展開。

[編集] 人物・エピソード

  • 幼少時に小児麻痺に罹患、後遺症のため歩行が不自由となる。
  • 筋書きのある“乱入”が演出されていることが多い(オープニングから出ているのに新聞のテレビ欄には「泉谷乱入!」と書かれるのが常であり、嘉門達夫の楽曲「マーフィーの法則」でもネタにされている)。
  • 以前、西武球場で行われたサザンオールスターズのライブに花束を持って出演した際、スタン・ハンセンと化した桑田佳祐に花束で殴られ襲われる。花束を奪い返し原由子に襲い掛かるも、サザンメンバーに返り討ちにあった。
  • デーモン小暮閣下によると、「気は真面目なオッサン」だそうである。また小田和正の泉谷評は「あいつはシャイだから」[要出典]武田鉄矢は自身の著書[要出典]で泉谷を「歌と共に生きている男だ」と評価。ただし泉谷は、誉められることを「イメージダウンになる」と嫌う。


[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

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  1. 帰り道c/w義務(1971年)
  2. 春夏秋冬 c/wひねくれ子守歌(1972年9月)
  3. 春のからっ風 c/wおー脳(1973年11月10日)
  4. 眠れない夜c/w乱・乱・乱(1974年10月25日)
  5. 寒い国から来た手紙c/w1/2ブルース(1975年8月25日)*フォーライフ移籍
  6. 彼と彼女c/w紅の翼(1976年5月25日)
  7. 電光石火に銀の靴c/w決定!ホンキー・ふりかけ・トンク(1977年4月10日)
  8. 旅立て女房c/w黄昏のオレンジ・ロード(1977年6月)
  9. 裸の街c/wレイコ(1978年10月) *ワーナー移籍
  10. デトロイト・ポーカーc/w女たちへ(1979年2月10日)
  11. 俺の女c/w王の闇(1979年11月)
  12. レイ・レイ・レイc/w褐色のセールスマン(1980年3月25日)
  13. ええじゃないかc/wI.BO!今夜は徹夜だぜ(1981年2月25日)
  14. サイレントマンc/w地下室のヒーロー(1982年) *ポリドール移籍
  15. 39°8′c/w秘密なきブルー(1983年8月25日)
  16. UNDER PRICKc/wHAIR STYLE(1984年12月21日)
  17. 野生のバラッドc/w肉弾列車に赤いバラ(1987年12月16日)  *ビクター移籍
  18. 長い友との始まりにc/w眠れない夜(ライブ)(1988年4月21日) 
  19. 春夏秋冬 c/w ロックンロールにゃ金かかる(1988年11月21日)
  20. ハレルヤc/w流血のならわし(1989年10月21日)
  21. 叫ぶひとささやくc/wムノウ(1991年3月21日)
  22. なぜ、こんな時代に...c/wディノ・アライヴ~恐竜時代(1993年9月8日)
  23. 激しい季節 c/w 冬の光(1994年4月6日)
  24. 都市の夕映え c/w つなひき(1994年5月21日)
  25. 永遠の約束 c/w ヘッドライト(1995年5月24日)
  26. It's gonna be ALRIGHTc/wゲットー(1995年11月13日)
  27. 明日も今日の夢の続きをc/wソウルでかい噺(1998年6月24日) *ポリドール移籍
  28. 生活/永遠のウソつき(2004年1月21日) *コザック前田と一緒にリリースした。
  29. ゲゲゲの鬼太郎(2007年5月9日)
  30. すべて時代のせいにして(2008年5月11日)
    • ライブ会場・通販限定販売(4曲マキシ)
  31. 生まれ落ちた者へ/BIG BOY!!(2009年6月17日)

[編集] アルバム

  • 泉谷しげる登場(1971年11月20日)
  • 春・夏・秋・冬(1972年4月25日)
  • 地球はお祭り騒ぎ(1972年11月25日)※再発CD (2006/6/21)
  • 光と影(1973年9月25日)
  • 黄金狂時代(1974年10月10日)
  • ライヴ!!泉谷~王様たちの夜~(1975年8月25日)
  • 家族(1976年4月25日)
  • イーストからの熱い風(1976年10月25日)
  • 光石の巨人(1977年6月25日)
  • '80のバラッド(1978年10月25日)
  • 都会のランナー(1979年10月29日)
  • オールナイトライブ(1980年10月25日)
  • NEWS(1982年5月1日)
  • 39°8´(1983年9月1日)
  • REAL TIME(1984年3月1日)
  • ELEVATOR(1984年12月21日)
  • SCAR PEOPLE(1986年7月21日)
  • 吠えるバラッド(1988年1月21日)
  • EARLY TIME(1988年3月21日)
  • HOWLING LIVE(1988年7月21日)
  • IZUMIYA SELF COVERS(1988年12月7日)
  • '90s バラッド(1989年11月21日)
  • 叫ぶひと囁く(1991年4月21日)
  • 下郎参上(1991年10月21日)
  • ケースバイケース(1991年12月16日)
  • リアル・タイム ( 1992/6/1)
  • HOT TYPHOON FROM EAST (1992/11/20)
  • WILD BLOOD(1993年1月21日)
  • 自画自賛(1993年11月21日)
  • メッセージ・ソングス(1994年5月21日)
  • 追憶のエイトビート(1995年7月21日)
  • 全身全霊~Life to soul~(1996年7月24日)
  • 対決~復讐するは我にあり~(1997年6月6日)
  • 私には夢がある(1998年7月15日)
  • ベスト盤(1998)
  • 泉谷しげる LIVE展(1999年2月25日)
  • ベースメント・テープス(1999年4月21日)
  • IRA(2000年1月26日)
  • 起死回生(2001年9月1日)
  • R-15(2002年6月15日)
  • 泉谷しげる10枚組BOXセット「黒いカパン」(DVD付)Box set Limited Edition(2007)
  • すべて時代のせいにして プレミアムセット(2008年10月1日)
  • すべて時代のせいにして (2008年)
  • ベストアルバム(2枚組)(2008)
  • ライヴ!!泉谷~王様たちの夜~(2008)

[編集] 楽曲提供

  • 鬼ごっこ ピピ&コット(シングル「野菜が食べたい」B面)作詞のみ
  • 恋に別れを 佐藤公彦 作詞のみ

[編集] ラジオ・テレビ番組出演

[編集] 現在の出演番組

[編集] 過去の担当番組

[編集] ゲスト出演

[編集] 俳優

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] アニメ

[編集] 画家、漫画家

  • ポップな作風のアートを披露。エレック時代のアルバムの再発版のアートワークは、泉谷自身のデザインに改訂されている。
  • 木梨サイクル』に出演した際は、適当に絵の具を乗せた紙の上に、泉谷がパンツ一丁になり自分の体をこすり付け、「肉体の指紋」と言う作品を完成させた。
  • 映画『狂い咲きサンダーロード』では美術を担当。不良たちの独特な世界を演出。
  • 漫画家としても活動していた時期があり、10代の頃『トツゼン児』というマンガを投稿した雑誌『COM』で手塚治虫から批評を受けている。(ストーリー70点、絵30点)
  • 2010年2月、新宿髙島屋美術画廊で「泉谷しげるコミック展/マンガは爆発だ!!」を開催。過去の作品群を一挙公開した他、新作のキャラクター「うびょ~とん」を発表し、漫画家としての初めての展覧会は大盛況のうちに終了した。この兎、猫、豚が合体したシニカルなキャラは泉谷が初めて子供にむけて創ったものであり、ワイルドな泉谷しげるの別の面を垣間見せる作品として注目されている。
  • このうびょ~とんの“セルロイド風”リミテッドアニメが収録されたDVDコミックには浦沢直樹も参加しており、泉谷の少年時代を描いたマンガを寄せている。

[編集] 映画監督・プロデュース

  • 拳銃殺陣師・第1部 死闘篇(1979年)
  • 怒りの誕生(1981年 8mm作品)
  • 爆裂都市 BURST CITY(1982年)※企画
  • ハーレム・バレンタイン・デイ(1982年)
  • デスパウダー(1986年)
  • ネイビー・ロック・ウォー 撃破せよ!(1990年 ビデオ映画)

なお、主に特撮系の映画・ドラマなどで照明助手を務めている「泉谷しげる」は同姓同名の別人である。

[編集] コメンテーター

  • 1993~1996年の間、『日刊スポーツ』にて「泉谷しげるの治外法権」というコラムを連載したり(このコラムは時事問題を歯に衣を着せない独自の泉谷節で切りまくる。この中には山本コウタロー槇原敬之の実名を挙げて批判する過激な文章もあった。後に同じ題名で徳間書店より単行本化)、現在は『アサヒ芸能』にて「泉谷しげるのバカヤロー人生論」を連載している。

[編集] CM

この会社の社長が泉谷のファンであり、社長自ら泉谷に出演を要請した。

[編集] 著書

[編集] その他

  • 大人時間
  • 2004年、厚生労働省作成の「虐待から子供を守るための5カ条」のポスターに、「許せねえ、児童虐待」とのキャッチコピーとともに登場。
  • 2007年3月、ニューギン社より発売のパチンコ台「CR泉谷しげるの座頭市物語」の中で座頭市に扮する。渋い演出でパチンコ台としてはロングヒットとなった。
  • 女優の小島可奈子とともにネット放送「コラコラ放送局」を配信中。
  • 下戸で、酒を呑むとすぐに顔が赤くなり眠くなる体質。

[編集] 関連項目

  • ドラネコロック - 『月刊少年チャンピオン』で連載されていた鴨川つばめの漫画作品。泉谷の名前をもじった「泉しげる」というキャラクターが主人公を務めている。
  • 中畑昌也すろーらいだーず) - 歌手になりたいと思ったのは、泉谷の「'80のバラッド」を聴いた感動からだと自身のブログで述べている。
  • とんねるず - プライベートでも仲がよく、『うたばん』や『みなさんのおかげでした』など、彼らの番組に出演することが多い。その破天荒キャラからは考えられない程の孫煩悩ぶりから二人には「じいじ」といじられており(実際に泉谷本人が孫たちからそう呼ばれていることからも来ている)、破天荒キャラを取り戻そうとすると「ダメでしょ、じいじ!!」などと諌められている。
  • 後藤香織(オルガン奏者) - パイプオルガンとの競演を後藤が持ちかけたため、泉谷が「頭上の脅威」を作曲しこれに応じた。

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

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