ブラックマヨネーズ

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 ブラックマヨネーズ
BLACK MAYONNAISE
メンバー 吉田敬
小杉竜一
別名 ブラマヨ
結成年 1998年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1998年 -
出身 NSC大阪校13期
出会い NSC
旧コンビ名 関西キング(小杉)
ツインテール(吉田)
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才
ネタ作成者 両者
現在の代表番組 ブラマヨとゆかいな仲間たち
このへん!!トラベラー
過去の代表番組 マヨブラジオ
ブラックマヨネーズのずぼりらじおなど
同期 徳井義実
次長課長
野性爆弾など
受賞歴
2002年 ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞
2002年 上方漫才大賞新人賞
2002年 NHK新人演芸大賞演芸部門大賞
2003年 上方お笑い大賞最優秀新人賞
2005年 M-1グランプリ優勝
2011年 上方漫才大賞大賞
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ブラックマヨネーズBLACK MAYONNAISE)は、小杉竜一吉田敬の2人による日本のお笑いコンビよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1998年4月結成。2005年M-1グランプリ王者。略称はブラマヨ

目次

[編集] メンバー

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[編集] 来歴

1994年、大阪NSC13期生の同期として出会う。在学中から、小杉は「関西キング」、吉田は「ツインテール」という別々のコンビを組んでいたが、小杉の元相方が結婚を期に引退。それをきっかけに吉田が小杉を誘う形で、1998年にコンビを結成した。

小杉がコンビを解散してから、小杉の母親が「アンタ、吉田君と組み」ときっかけを作った。その発言の後、吉田のコンビを組むプロポーズに小杉がOKを出した。また、2009年に小杉が「やりすぎコージー」で明かしたところによると、当時、吉田とコンビを組んでいた和田義浩が小杉が自分を気遣って、吉田とコンビを組むことを躊躇しているだろうと思い、自ら小杉に吉田とコンビを組むように説得しに来たという。番組で小杉がその話をするまで、吉田はそのことをまったく知らなかった。和田義浩は現在、放送作家をしており、ブラックマヨネーズを裏方として支えている。

コンビ名は、日本のロックバンド「Mr.Children」のように正反対でアンバランスな意味の単語を組み合わせたもの。マヨネーズという身近なものの名前を入れることで「マヨネーズを見るたびに自分たちのことを思い出してくれたら」という願いも込められている。ただし、当初はこの名前を吉本興業に申請した際、「ブラック」はイメージがいまいち良くないとして一時保留扱いとなっていたが、同時期にブラックビスケッツのヒットがあったため、イメージが払拭されて話を通った事を明かしている[1]

2005年、第5回M-1グランプリ決勝に進出し、優勝。翌年2006年東京進出する。優勝直後、他のM-1優勝コンビに比べて優勝後のメディア出演が少なかった(実は関西ですでに売れ始めていたため、すぐに東京に拠点を移せなかった)。2007年頃からはキャラも浸透し始め、少しずつ全国区でのテレビ出演が増え、M-1覇者には珍しい「時間差ブレイク」を果たした[2]とも言われた。しかし、メンバーはこれに対してやや否定的であり、「関西での仕事ばかりしていただけ」「自分達では全力疾走してたけど周りからは歩いているようにしか見えてなかったのかも」と振り返っている。[3]

[編集] 芸風

漫才は吉田のネガティブでやや屈折した世界観を持つ独特のボケに、小杉がツッコミを入れるスタイルの正統派上方漫才
松本人志は「どつかない、どつき漫才」と形容したことがある(正確には吉田が小杉をビンタしたことがある)。ネタ作成は吉田を中心に二人で行っている。

フリートークでのセンスは早くから認められていたものの、漫才コントネタになると途端に勢いを失うため、実力を持ちながら売れずに終わることを心配されていた。しかし2005年頃、「ラジオのフリートークのような漫才がやりたい」という吉田の提案で、吉田が1人でネタを作る方法から2人の前にノートを置き、その場の思いつきを会話形式で書き込んでゆく方法に変更。その結果、現在のスタイルが確立されていった。M-1を制した「考えすぎ」のネタも同じ手法で生まれた。

「ハゲの小杉」「ブツブツの吉田」と、2人の特徴的な風貌はキャッチコピー化している。

ロケ先や雛壇などあらゆる場面で、漫才の延長のような掛け合いのフリートークを展開するのが持ち味。同様の例にバナナマンなどがいる。

[編集] M-1グランプリ

2001年から2004年まですべて準決勝敗退に終わっていたが、2005年のM-1グランプリで初めて決勝進出。
決勝戦で披露した2本のネタは半年以上前の2月ごろに完成できており、ネタの鮮度を保つために封印していた。春先の漫才特番で我慢できず、腕試しも兼ねて一度だけ披露したがその後は一度も披露せず、準決勝でも披露しなかった。
決勝ファーストラウンドでは直前の出番だったチュートリアルが「バーベキュー」のネタで松本人志から絶賛され、吉田は「死ぬほど羨ましかった」という。小杉は舞台袖で人のネタを聞くのが嫌いなため、控え室で見ていた。ブラックマヨネーズは5番手で登場し、「ボウリングの球の扱い方」というネタを披露。王道だがオーソドックスな漫才の強さ、ネタの完成度が高く評価されファーストラウンドを1位で通過、審査員の大竹まことから「あまりオーソドックスは好きじゃないけど、オーソドックスの凄さにびっくりした。別に新しいことをやらなくても十分面白いんだと再認識しました」、島田紳助からは「4分の使い方、抜群。4分の使い方に感動したね。噂は聞いてたけど、ほんまに凄かったわ。昔、僕の番組の前説来てくれてたからよう見てたんやけど、ほんまに成長してるし、4分の使い方上手い」と絶賛された。最終決戦は3番手を選び、「喧嘩の強い男を目指そう」というネタを披露。7人中4票(3票は笑い飯)を獲得して優勝を果たした。彼らの登場以後、4分間をいかに上手く使うかがM-1で勝つための大命題になったとされる。[4]
優勝後に受けたインタビューで吉田の「結果求めんとやったのがよかった」というコメントが、誤って「結果求めてやったのがよかった」と新聞に載ってしまった。
2006年度以降のM-1グランプリには、「今の環境では自分たちの納得できる漫才を披露することはできない」という理由から、出場を辞退している。

[編集] 評価

ダウンタウンの松本人志はブラックマヨネーズを高く評価している。ラジオ番組『松本人志の放送室』で、彼らが出演していたフジテレビのネタ番組を見て、「あいつら楽しんどるもんなー。技術、才能はもちろんやけど、本人らが楽しんどるかどうかが大きい。ブラマヨばっかり誉めて申し訳ないけど、やっぱ面白い。」「あの漫才スタイルはやろうと思ってできるものやない。きっと自然にああいう形になったんやと思うけど、クオリティがめちゃめちゃ高い」と賞賛した。また、ダウンタウンに影響を受けたコンビが多い中で、ダウンタウンに影響を受けずにやってきた点も称賛している。同番組の共演者の高須光聖も「何度見ても笑える漫才」と絶賛し、ネタを見てこんなに笑ったのはダウンタウン以来かもしれないと述べた[5]。また、M-1優勝後の放送回ではM-1時のメンバーの風貌(彼曰く、「汚い、華がない」)が若手時代のダウンタウンによく似ていると語っている。これに対して松本は「あそこまでひどくないやろ」と苦笑している。

ビートたけしは気に入っているお笑い芸人としてブラックマヨネーズの名前を挙げ[6]、特に雛壇芸人としての彼らの才能を称賛し、「失礼な言い方だけど、メインがいて、横にいてサポートするのは巧えなあと思う。」と述べている[7]。また自身が審査委員長を務める『ビートたけしのエンターテインメント賞』で、日本芸能大賞を受賞したブラックマヨネーズについて「バラエティでの“保険”だね。この二人がいると安心して見ていられる」と絶賛した。[8]

ブラックマヨネーズが全国区になる以前から、評価をし番組のレギュラーに採用していたABC朝日放送の演出家矢澤克之はTV雑誌のインタビューで「この業界に入って早々に、ダウンタウンの面白さを目の当たりに受けた時の衝撃と同じモノを彼らから感じました」と絶賛。関西TV界での才能発掘の天才と呼ばれる演出家が、自身の初プロデュースする「ビーバップ!ハイヒール」にブラックマヨネーズをレギュラー出演させたその年に彼らはM-1チャンピオンになった。その翌年には同じくレギュラーのチュートリアルも優勝している。

ただ、チュートリアル徳井義実は、同期のブラックマヨネーズが先にM-1チャンピオンになったことに関して、「M-1を先に獲られたことよりも、ブラマヨの面白さが全国にバレてしまった。一旦噴火したらどこまでも行くだろうな、と思った」と語っている[9]

陣内智則もブラマヨの才能に早くから気付いており、自らがMCをつとめるイベントのレギュラーにブラマヨを抜擢し、売れるキッカケを作った。このことはブラマヨの2人も感謝しており、「陣内さんがいなければ今のブラックマヨネーズはなかった」と語っている。また陣内は、2005年のM-1決勝前に、ブラマヨからどのネタでいくのかを聞いており、「あのネタなら間違いなく優勝する」と確信。M-1決勝が行われた時間帯に陣内は移動中であり、結果を知らなかったが吉田に「優勝おめでとう」というメールを送った。 ただし、自分がかわいがっていた後輩がブレイクしてしまったことに寂しさも感じているようで、「俺のブラマヨが遠くに行ってしまったと感じるのが嫌」という理由で、ブラマヨが出演しているテレビは観ないという[10]

シンドバットの森詩津規もブラマヨの才能を認めていた1人。ブラマヨが大阪で人気を高めるキッカケとなった「ずぼりらじお」の構成作家は、シンドバットを解散し構成作家に転進した森であった。

吉本興業の専門誌『マンスリーよしもと』の編集長を7年半務めた尾北有子が編集長を卒業する2007年12月号で、最後にやりたい企画として巻頭特集「ブラックマヨネーズA to Z なぜ あなたは彼らを愛さないのか?」を企画した。この企画でテリー伊藤が「飼いならされた笑いに慣れてしまった人たちよ、ブラックマヨネーズを観ないでどおすんだよ!?」とコメントしている。

[編集] コンビ仲

コンビ仲がよく、吉田の携帯メモリのNo.0は小杉、小杉の携帯電話のメモリのNo.1は吉田になっている。吉田は小杉の代わりがいないという意味でNo.0、小杉は有事の際に一番に連絡を取りやすいことからNo.1に登録している。東京の吉田の新居に小杉が遊びに行ったりすることもある。ネタを中心に書いている吉田の気を遣い、小杉は吉田が休めるように月に一度大阪でソロライブをやったり、M-1優勝時は吉田に「賞金を折半してええんか?」と聞いてきたりなど、優しさをのぞかせている。また、楽屋で2人きりでも、会話をよくする珍しいコンビであると自ら認めている。恋愛に関する相談をお互いにする。

吉田にとっての優先順位は「弟>小杉>両親」だと語っており、「親と小杉が同時に溺れたら小杉を先に助ける」とも語っている。

吉田が小杉にコンビ結成を申込みに行った際、吉田は母親の軽自動車を借りて小杉宅へ行ったが、小杉宅には高級車が止まっており、「こいつ、すぐに芸人に見切りをつけるんちゃうか?」と心配した吉田は、「コンビ解散を切り出したら3,000万円支払う」という誓約書を小杉に書かせようとした。[11]

小杉の髪の毛が薄くなり始めたころ、まだ気持ちが吹っ切れていなかった小杉は、楽屋で先輩芸人たちにネタにされる度に芸人を辞めてやろうと何度も考えたことがあった。しかし、吉田は小杉が「ネタにして笑いを取っていい。」と言い出すまで、楽屋ネタとしてはもちろん、プライベートでも小杉の髪についてふれることは決してしなかった。小杉は、吉田のこの気遣いに非常に感謝している。

『ビーバップ!ハイヒール』で、今言いたい事をボードに書いて見せるという企画が行われた際、他の出演者が無難な内容を書く中、吉田は「小杉へ、いつもありがとう。お前のお陰で今の俺がいる。本当にありがとう」と小杉への感謝のメッセージを書いた。

大阪時代、同じアパートの別の部屋に住んでいた。入居を決めた際、4階と5階に1つずつ空き部屋があったが、そのアパートにはエレベーターが付いていなかったため、「吉田はいつもネタを考えてくれたりして大変だから、せめて1階分の上り下りだけでも楽をさせたい」と、小杉は自ら進んで5階を選択した。吉田はそのことに感謝しているという。[12]

2008年7月現在、仕事などでコンビでタクシーに乗る際は、後部座席に二人とも座るのではなく、助手席と後部座席に分かれて座っている。理由は隣同士座るのが飽きたからと、後部座席の「こんもり」している所にどちらが足を乗せるかで揉めたので小杉が助手席に座るようになった。しかしその状態でも普通に会話はする。助手席に座っている小杉の携帯のメールの内容を後部座席に座っている吉田がのぞいたりすることもよくあるという。

タクシーのお金を払うのは毎回小杉だが、吉田はタクシーを先に降りても建物の中には絶対に入らず、支払いを終えた小杉を待って、「(払ってくれて)ありがとう」と声を掛けてから一緒に建物に入る。このエピソードを聞いたフットボールアワーの後藤は、「そんなんなかなかできないですよ」と驚いていた。[13]


2011年9月現在、吉田は一度もコンビを解散しようと思ったことはない。小杉は、ブラックマヨネーズとして最初の単独ライブに向けた練習で、吉田からの指示が厳しく、また日によってコロコロ内容が変わることに嫌気が差し、「このライブ終わったら解散しようかな」と一度だけ解散を考えたことがある。しかし、吉田の指示通りにやったライブの受けが良かったため、思いとどまったという。[14]


2010年結婚した小杉の夫人は、吉田からの紹介で知り合った。吉田と夫人が呑んだ際、夫人が小杉のファンである事を知り、紹介したのがきっかけだった。夫人は小杉を「竜にゃん」、小杉は夫人を「ポコにゃん」と呼び合う仲。 後輩のNON STYLE・井上曰く「お姉ちゃん関係だと異常に仲良しになる」。

[編集] その他

ブラックマヨネーズのファンを公言できない女性ファンが多いとの説から、こっそり応援できるようにと、公式グッズのクリアファイルには2人の顔が内側に印刷されており、表面は黒字にロゴのみで、一見彼らのグッズとは分からないようになっている。ラジオ番組『ブラックマヨネーズのずぼりらじお』内で2003年に作成されたMARS16(大阪のファッションブランド)とのコラボレーションTシャツが近年話題になり、希少価値からかオークション等で高値で取引されている。

バラエティ番組『ネプリーグ』(フジテレビ)にはゲスト出演者としては最多出演を誇り、比較的ネプチューンチームに出ることが多い。その番組内では、吉田が相手チームの出演者の女性に恋をし、それに小杉や名倉潤らが突っ込んでいくのがお約束。2008年12月29日の年末SPでは、珍しくゲスト(吉本芸人)チームとして参加し、優勝を果たした。

2009年4月13日付けのバナナマンのバナナムーンのポッドキャストにおいて、大阪時代には8か月無休で仕事があったが、月の給料が25万だったと述べている。

GACKTはブラックマヨネーズの大ファン。そのきっかけはGACKTが、映画の海外ロケでスケジュールが非常にタイトで、精神的に追い込まれていた時に、事務所のスタッフから「これを見てみてください」と言われて、見たのがM-1グランプリのブラックマヨネーズの漫才だった。後に、GACKTが「ブラマヨは命の恩人」と言うほど救われたらしい。 GACKTはコンサートに2人を招いたことがある。そこで彼らはネタを披露した。ネタ終了後、GACKTは、自分のファンに向かって、「俺たちの力で、次の時代のダウンタウンをつくろうぜ!」と呼びかけた。また、SMAP木村拓哉も「GACKTさんと同じぐらい好きだ」、「テレビにブラマヨが出ているとつい見てしまう」と発言している[15]

二人ともアイドルには興味がなかったが、「スター姫さがし太郎」の共演を機に二人ともSKE48のファンになっている。ちなみに小杉の推しメンは木崎ゆりあ、吉田の推しメンは小野晴香

[編集] 受賞歴

[編集] 出演歴

[編集] テレビ番組

レギュラー


その他

[編集] 過去の出演番組

テレビ


テレビドラマ
  • RESET SP(読売テレビ、2009年1月15日)


ラジオ


[編集] CM

テレビ
  • コジマ 決算一斉値下げ(2006年)
  • 無添 くら寿司(2008年)声のみ出演
  • am/pm(2010年)声のみ出演
  • ひらかたパーク
    • 「ひらぱー兄さん登場」編 (小杉のみ出演・2009年)
    • 「ひらぱー兄さんつっこむ」編 (小杉のみ出演・2009年)
    • 「真夏のひらぱー兄さん」編 (小杉のみ出演・2009年)
    • 「ひらぱー兄さん居直る」編 (小杉のみ出演・2009年)
    • 「何も言えなくて・・・兄」編 (小杉のみ出演・2009年)
    • 「ひらぱー兄さん出会い」編 (2010年)
    • 「ひらぱー兄さんすり込み」編 (2010年)
    • 「ひらぱー兄さん目撃」編 (2010年)
    • 「兄さん選挙・投票開始」編 (2010年)
    • 「兄さん選挙・どっちが好き?」編 (2010年)
    • 「吉田へ」編(2011年)
    • 「世界一の夏へ」編(2011年)
    • 「再び世界一へ」編(2011年)
    • 「三年間の軌跡」編(2011年)
  • ROBRO TV (2010年)
  • 京楽産業 CRびっくりぱちんこ 爽快 水戸黄門2(2010年)
  • エイチ・アイ・エス
    • 「今すぐ飛んでいきたい」篇 (小杉出演・2010年)
    • 「海外行きたいっすわぁ」篇 (吉田出演・2010年)
  • カルビー「うま辛ポテト ヒ〜ハー!!」(2010年12月6日 - )
  • スバル
    • 10万円返ってくる「ヒーハー」篇 (小杉出演・2011年)
    • 10万円返ってくる「どうかしてるぜ」篇 (吉田出演・2011年)
  • サントリー 金麦「それぞれの金麦」(2011年3月 - )
    • 第1話 「花見」(吉田出演)
    • 第3話 「夏祭り」(小杉出演)
ラジオ


[編集] 映画

小鉄役の岡村隆史に「ブツブツ君〜」と作中で呼ばれる。


[編集] PV

[編集] 作品

[編集] DVD

  • ブラックマヨネーズの∞(無限大)番長
  • マヨブラジオ・意地のガチンコマッチ

[編集] 著書

  • 時事マヨ―「ブラックマヨネーズ」のニュースプロファイリング
  • ブラックマヨネーズ吉田敬のぶつぶつ

[編集] 連載

  • マンスリーよしもと「ブラックマヨネーズ吉田のぶつぶつ」(連載終了)
  • 週刊ヤングサンデー「ブラックマヨネーズのニュースプロファイリング『時事マヨ』」(連載終了)
  • 週刊プレイボーイ「ブラックマヨネーズのオレのが不幸や!選手け〜ん」(連載終了)
  • YOOH!「ブラックマヨネーズの今月のヨシモト∞大阪な人」

[編集] ライブ

  • 2001年
    • 5月29日 ブラックマヨネーズの吠えて吠えてうるさい(baseよしもと/大阪)初単独
    • 10月18日 ブラックマヨネーズのホワイトケチャップ(baseよしもと/大阪)
    • 12月6日 ブラックマヨネーズのブラッキンマヨネイズ(baseよしもと/大阪)
  • 2002年
    • 2月21日 ブラックマヨネーズのチャンピオンビーチ(baseよしもと/大阪)
    • 4月11日 ブラックマヨネーズの春よっしー春こっすー(baseよしもと/大阪)
    • 6月10日 ブラックマヨネーズの攻めて攻めてしつこい(baseよしもと/大阪)
    • 9月2日 ブラックマヨネーズの夏よっしー夏こっすー(baseよしもと/大阪)
    • 12月8日 ブラックマヨネーズの吠えて吠えて名古屋(吉本栄3丁目劇場/愛知)
    • 11月4日 ブラックマヨネーズのキレてキレて泣いた!(baseよしもと/大阪)
  • 2003年
    • 1月16日 ブラックマヨネーズの雪よっしー餅こっすー(baseよしもと/大阪)
  • 2004年
    • 3月28日 爆風(うめだ花月/大阪)
    • 11月21日 ブラックマヨネーズのヘイヘイライブ(うめだ花月/大阪)
  • 2005年
    • 6月 芝居もん ベルサイユのバラ(うめだ花月/大阪)
  • 2006年
    • 2月26日 ブラックマヨネーズのイボ猪最強説(うめだ花月/大阪)
    • 2月27日 陣内智則&ブラマヨ吉田 うだうだうしゃべります(うめだ花月/大阪)吉田のみ
    • 3月27日 陣内智則&ブラマヨ吉田 うだうだうしゃべります(うめだ花月/大阪)吉田のみ
    • 4月24日 陣内智則&ブラマヨ吉田 うだうだうしゃべります(うめだ花月/大阪)吉田のみ
    • 5月21日 ブラックマヨネーズのソロロイベント(うめだ花月/大阪)
    • 6月23日 ブラックマヨネーズのソロイベント(うめだ花月/大阪)
    • 6月26日 陣内智則&ブラマヨ吉田 うだうだうしゃべります(うめだ花月/大阪)吉田のみ
    • 7月22日 ブラックマヨネーズの、ザ・ソロイベント(うめだ花月/大阪)
    • 7月31日 陣内智則&ブラマヨ吉田 うだうだうしゃべります(うめだ花月/大阪)吉田のみ
    • 10月30日 陣内智則&ブラマヨ吉田 うだうだうしゃべります(うめだ花月/大阪)吉田のみ
    • 11月27日 陣内智則&ブラマヨ吉田 うだうだうしゃべります(うめだ花月/大阪)吉田のみ
  • 2007年
    • 9月18日 小杉ライブ〜吉田とケンカした訳やないよ〜(うめだ花月/大阪)
    • 9月26日 陣内智則&ブラマヨ吉田 うだうだうしゃべります(うめだ花月/大阪)
  • 2009年
    • 4月30日 ブラックマヨネーズの東京引っ越し 祝11か月(新宿シアターモリエール/東京)

[編集] 脚注

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  1. ^ブラマヨとゆかいな仲間たち』2011年6月25日放送
  2. ^ 「ブラックマヨネーズ 2005年のM-1覇者、ここにきて時間差ブレイク」、『日経エンタテインメント!』第13巻第13号、日経BP社、2009年8月、 pp.7頁。
  3. ^ M-1完全読本2001-2010
  4. ^ DVD「M-1グランプリ the FINAL PREMIUM COLLECTION 2001-2010」 YRBY-90369〜70
  5. ^ 2007年10月6日放送回『松本人志の放送室』より
  6. ^ “エンタがビタミン♪】『ひな壇芸人』にたけしが警告。「タモリ、紳助を引っ張り降ろせ」とも。”. TechinsightJapan. (2010年6月17日). http://japan.techinsight.jp/2010/06/takeshi-wakateni-katu.html 
  7. ^ 2010年6月12日放送回『メレンゲの気持ち』出演時に発言
  8. ^ たけしが人気お笑いコンビ2組にお墨付き!『第20回 東京スポーツ映画大賞』 OROCON STYLE 2011年2月28日
  9. ^ splash!! vol.2 2009年11月より
  10. ^ テレビ朝日「ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!」2011年8月6日放送分より
  11. ^ 2006年2月3日放送 「さんまのまんま」より
  12. ^ 「ブラマヨ無限大」より
  13. ^ 2010年10月11日放送『ブラマヨとゆかいな仲間たち』より
  14. ^ 2011年9月3日放送『ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!』より
  15. ^ 2010年3月1日放送回『SMAP×SMAP』
  16. ^ ブラマヨ、東京での初冠番組が放送! OROCON STYLE 2010年7月9日
  17. ^ お願いランキングの1コーナーとして放送
  18. ^ お願いランキングの1コーナーとして放送

[編集] 外部リンク

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