小杉竜一

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小杉竜一
本名 小杉竜一
ニックネーム ハゲ、こっすー、こすっちょ、コスえもん、ひらパー兄さん、コスモ
生年月日 1973年7月5日(39歳)
出身地 京都市西京区
血液型 O型
身長 170.3cm
方言 京都弁
最終学歴 京都府立桂高等学校
出身 NSC大阪校13期
コンビ名 ブラックマヨネーズ
相方 吉田敬
芸風 漫才
立ち位置
事務所 吉本興業
活動時期 1995年 -
同期 次長課長アンタッチャブル など
配偶者 既婚(2010年より)[1]

小杉 竜一(こすぎ りゅういち、1973年7月5日 - )は、日本お笑い芸人であり、ブラックマヨネーズツッコミ担当である。立ち位置は向かって左。

京都府京都市出身。吉本興業所属。京都府立桂高等学校卒業。相方は吉田敬

目次

来歴 [編集]

  • 小学校時代に転校を繰り返し、なかなか友達ができず幼少時代は根暗だった[2]
    • 休み時間にドッジボールをしても、1人だけ仲間に入れてもらえなかった。
    • ある年の夏休みは、自宅から外に出ず、日々ベランダから祖母に貰った双眼鏡で外を眺めて過ごしていた。
  • 「関西キング」というお笑いコンビを組んでいたが解散し、1998年吉田敬と「ブラックマヨネーズ」を結成し、現在に至る。2005年、第5回M-1グランプリで優勝。
    • 関西キングは高校時代の同級生と組んだコンビであり、コンビ仲は良かった。吉田はNSC在学中から小杉と組みたいと思っていたが、「関西キングは仲が良いし解散なんてしないだろうな」と思っていたという。
    • 関西キング解散から数年後、町で偶然出会ったが、元相方は小杉が驚くほど禿げていた[3]
  • 2010年11月12日、吉田の紹介で知り合い、約2年前から交際を始めた14歳年下の大阪府の元歯科助手の女性と11月7日に婚姻届を出していたことを発表。同時に女性が妊娠4ヶ月であることも発表された[1]

プロフィール [編集]

  • サイズ:身長170.3cm、体重94.8kg、B113、W113、H113[4]、ジーンズのサイズが2005年は29インチだったが、2011年は40インチになった。
  • 趣味:USJ通い
  • 特技:空手(一級茶帯。かつて極真会館京都支部に在籍。川畑幸一の門下生だった)、伝統芸能ハゲ踊り
  • 好きなアーティスト:B'zT-BOLANWANDSSKE48
  • 好きな女性芸能人:安めぐみ木崎ゆりあ(SKE48)

人物 [編集]

風貌 [編集]

  • 頭髪が薄いのにもかかわらず、苗字が「小杉(濃すぎ)」、イニシャルが「K・R(毛・有る)」、実家が京都の「桂(かつら)」、出身高校は「桂高校」であることがよくネタにされる。相方の吉田からは、KAT-TUN亀梨和也の呼び名をもじって“髪無し君”と言われることがある。有吉弘行からは「愛嬌あるハゲ」と評された。また、M-1グランプリの紹介VTRの時に、自分のハゲていく様子を一気に公開されたことにショックを受けていた。
    • 大阪時代、本人は少しずつ頭髪が薄くなっているのを感じてはいたが、いじられるのが嫌で周りには隠していた。ある日、ロケのVTRをスタジオで観るという番組で、小杉が水中に転落するというロケのオチだったが、水面から上がってきた小杉の髪が明らかに薄かったことで周囲にバレた。
    • 頭髪の薄い有名人の名前には敬称を付けて呼ぶ(ショーン・コネリー師匠、ブルース・ウィリス兄さん、ジダン先輩、歌丸大師匠など)。
    • 芸人育毛企画「K-BO-BO-プロジェクト」に参加したが、『伝統芸能ハゲ踊り』を守り次世代に託すためにプロジェクトメンバーから脱退した。
  • ふくよかな体型も特徴の1つである。M-1グランプリ優勝の頃の体重は73kgだったが、その後も増え続け、最大106.2kgまで増えた[6]
    • マヨブラジオ」の企画などで何度も減量に挑戦したが失敗している。自分が太ってきたのは、仕事が忙しい時は太り、暇だと痩せてくる経験から、自分は忙しくなると食べることに逃げるからだとしている。
    • 相方の吉田は、自分の日記の中で、何の危機感もなく太っていく小杉に対しての不満を度々記している[7]
  • 松本人志からは、「小杉の首から上は、台湾の新種のフルーツ」、「16分の1アメリカ人の血が入っているのに、その恩恵を受けたのが、まつ毛がクリン(くるんとしているところ)だけ」「アメリカ人の血以外はカナブン」と評されている。

芸風と評価 [編集]

  • イジリに対する切り返しは「打てば必要以上に響く」と評され、共演経験のあるお笑い芸人やスタッフからは「業界内では高い評価を得ているが、世間では小杉の凄さがあまり知られていない」と言われている[8]
  • フリートークでのツッコミは、ラジオ番組『ゴー傑P』で小籔千豊笑い飯に「小杉がいるのと、いないのとでは場の空気が変わる。あの人のツッコミがあると安心する」と賞賛されている。
  • アメトーーク』の人気企画である「芸人ドラフト会議」においても、第1回目から第3回目まで全てドラフト1位で指名(第1回目はドラフト1位で重複、第2回目は外れ1位)されている唯一の人物であり、芸人からの評価の高さがうかがえる。
  • しゃべくり007』出演時に相方の吉田よりNSC時代から「こいつツッコミめちゃくちゃ上手いな」と思われており、当初別々のコンビだった二人が後のコンビ結成のきっかけになった。吉田曰く「なんでやねん、の使い分けが巧みだった」。
  • 生粋のツッコミ芸人である浜田雅功を尊敬し、彼のようなツッコミ芸人を目指していると数々の番組で発言しているが、現在バラエティ番組での需要はボケに偏りつつある。
    • 浜田への憧れから、「スカジャンを着る」、「(25歳になって初めて)タバコを吸い始める」など浜田の真似をしていると吉田から暴露されている[10]
  • 「ヘイヘイオーライ!」というギャグを持っていたが、現在はほとんど使用されず、代わりに「ヒーハー!」というギャグが持ちネタになっている。
    • 「ヘイヘイオーライ!」は、大阪時代の中心的な活動拠点であったbaseよしもとが、観客投票でランキングが決定されるルールを採用しており、「少しでもお客さんに喜んでもらえるようなギャグを」ということで考案した。しかし、小杉自身も女子中高生などの一部の層にしか受けないということを分かっており、NGKで漫才をした際には、いつもより控え目の「ヘイヘイオーライ!」を披露した。出番終了後、吉田からそのことを指摘され、「客によってテンションを変えるようなギャグならやめてしまえ」と言われたことをキッカケにこのギャグを封印した。[11]
  • 「ヒーハー」は2009年4月18日放送の『土曜はダメよ!』の中で、藤井隆マイケル・ジャクソンのモノマネを無茶ぶりされた時に、とっさに出たもの。その後、『もしものシミュレーションバラエティー お試しかっ!』の企画「帰れま10」において、「ヒーハー!」の文字とカウボーイ風男性のイラストがプリントされているTシャツが、1万枚限定で作られた。このギャグを本人はいたく気に入っており、様々な番組で使用、爆笑を誘っている。しかし、GACKTにファンクラブ限定ライブのステージ上に招待された際、緊張の余りに登場後数秒で使ってしまい、その後のコメントもダダスベりしてしまった。ちなみに、漫画ONE PIECE』の登場人物、エンポリオ・イワンコフが「ヒーハー!」を口癖にしている。しかし、元々この「ヒーハー!」はカウボーイの掛け声で使われたものであり、どちらがオリジナルというものではない。
    • このギャグを浜田雅功はあまり良くは思ってないらしく、『ダウンタウンDX』などの、テレビ朝日系列局以外で共演すると必ずと言っていいほど、「お前、テレ朝以外でヒーハー! 言うなよ」と釘を刺されてしまう。

その他 [編集]

  • 25歳からタバコを吸い始めた。だが喉が痛くなったので、現在は吸っていない。
  • 中古車のE46型BMW・3シリーズを所有している(M-1の賞金で購入)。それまでは70ccのバイクに乗っていた。
  • マヨブラジオ』にて、初詣や正月旅行などで女性と一緒にいたことを視聴者や吉田からよくバラされている。また二股をかけていることを、テレビ番組で他の共演者に散々ネタにされたため、彼女にフラれた経験がある。
    • M-1優勝後、一時的に三股交際をしていた。その際、吉田に語ったところでは「女性への愛情は33%ずつだが、残りの1%を巡って3人が競っている感じを見るのが楽しい」とのこと[12]
    • 二股交際中に、片方の女性が家に遊びに来る際は、別の女性の私物を、同じマンションに住む吉田の部屋に預けていた[13]
  • 普段から帽子やメガネで顔を隠さずに、普通に街中を歩いている。その際、声を掛けて連絡先を聞くと、通りすがりの女性でも美人であればすぐに教える。と『ハテナの缶詰』にて後輩に暴露された。
  • 吉田に隠れがちだが自身も金属アレルギーがひどく、ベルトのバックル程度でも肌荒れを起こしてしまう。
  • かなりひどいイボ痔を持つ「イボ痔芸人」であり、その画像を見た高須光聖は、あまりの凄さに悶絶した。また、2009年初めに手術をして肛門に管を通したが、寒さに弱く「爆発」するらしい。そのイボ痔を松本人志は、「ポン・デ・リングのようだ」としている。
  • B'zのファンであり、特に稲葉浩志の大ファン。金属アレルギーにもかかわらず彼と同じネックレスを着用したり、後輩のNON STYLE・井上に「稲葉さんに会わせてくれたら1億円やる。」と本気で相談したほど。また、好きすぎるが故に稲葉の実家に行って「吉本で芸人をしていて稲葉さんの大ファンです」と自己紹介し、稲葉家に歓迎された。その際、なぜか稲葉の実家に自分のサインを置いて帰ってきた。自分では稲葉のサインと似ていると語っているが、あまり似ていない。「めちゃイケ」で稲葉の物真似を披露したこともある。
  • 大阪のテーマパークユニバーサル・スタジオ・ジャパン」の常連客。『人志松本の○○な話』に「好きなものの話」で出演した際には、ウッディー・ウッドペッカーのファンだと語っている。その一方で、同じく大阪に存在する遊園地ひらかたパーク」においても、イメージキャラクター「ひらパー兄さん」を担当しCMにも出演している。その後、同番組では吉田によりこの二股疑惑が追及され、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」には50回以上行っているが、「ひらかたパーク」には1回しか行ったことがないことを白状している(CM撮影では3回来園)。この結果、吉田との間で「2代目ひらパー兄さん選挙」を行なうこととなり、来園者によって投票が行なわれた結果、小杉が圧勝し引き続き「ひらパー兄さん」を務めることになった。
  • 海外ドラマ『24 -TWENTY FOUR-』のファンで、懸賞で当たった腕時計G-SHOCKの24モデルをしている。
  • 漫才中に集中力を無くすことがあり、女性の観客の胸元に目がいって、台本をきれいに一行ずつ飛ばしたり、オチを先に言ってしまったりすることがある。
  • M-1グランプリ優勝の瞬間、吉田と握手を交わしている。これは2002年にますだおかだがM-1で優勝を決めた際に握手をしていたのを見て、「俺もM-1で優勝したら、相方と握手しよう」と思っていたから。
  • 父親は失踪しており、父親との記憶があまり無い。また乗り捨てられた父親の車が発見された際、車のドアが半開きだったため、半開きのドアが嫌いになった。
  • スター姫さがし太郎』で共演して以来、SKE48・木崎ゆりあの大ファン。他番組でも何度か共演しているが、その度に本気で恥ずかしがったり、木崎のグッズが当たった時に大はしゃぎするほどである。

芸能界一性器が小さく相方吉田からは、プルトップサイズと言われている。

出演 [編集]

映画
CM

著書 [編集]

脚注 [編集]

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  1. ^ a b “ブラマヨ小杉、半年後にパパに!14歳年下一般女性とオメデタ婚” (日本語). オリコン. http://beauty.oricon.co.jp/news/82010/ 2010年11月12日閲覧。 
  2. ^ 2009年10月11日 『スクール革命!
  3. ^ 2011年3月7日 『ブラマヨとゆかいな仲間たち』
  4. ^ 2009年1月27日放送回『ロンドンハーツ』の企画「男芸人奇跡の1枚」で明かされた。ただし、2010年9月24日放送の『ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!』では、体重105kgと発言しており、増加傾向は止まっていない模様。
  5. ^ 2007年8月5日放送回『ヨシモト∞』出演時に発言
  6. ^ 2011年11月3日放送回『スパモク!! 大ヒットのアノ本! 試してみます』で測定
  7. ^ 2009年10月11日 『スクール革命!
  8. ^ 2009年4月23日放送回『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』
  9. ^ 2009年6月30日放送回
  10. ^ 2010年10月13日 『イチハチ
  11. ^ 2009年4月13日 『バナナマンのバナナムーン
  12. ^ 2009年10月11日 『スクール革命!
  13. ^ 2010年10月13日 『イチハチ