日村勇紀

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日村 勇紀
本名 日村 勇紀
ニックネーム ヒムケン、日村さん、ヒム、素っ裸DJ、ラーヒム状態
生年月日 1972年5月14日(41歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県相模原市(出生地は広島県東広島市の旧賀茂郡黒瀬町
血液型 O型
身長 169cm
方言 共通語
最終学歴 神奈川県立相模田名高等学校
出身 アマチュア芸人
コンビ名 陸上部(1990年 - 1993年・解散)
バナナマン1994年 - )
相方 設楽統
芸風 コントツッコミ
立ち位置
事務所 ホリプロコム
活動時期 1990年 -
現在の代表番組 バナナ炎
バナナマンのブログ刑事
乃木坂って、どこ?
他の活動 俳優、声優
配偶者 未婚
公式サイト バナナマン日村勇紀の夢ホームラン
受賞歴
2006年 ACC全日本CMフェスティバルACCファイナリスト
2006年 テレビ朝日虎の門いとうせいこうナイト『話術王決定戦』第2回チャンピオン
2010年 オモバカ8第1回優勝

日村 勇紀(ひむら ゆうき、1972年5月14日 - ) は、日本お笑い芸人俳優声優。お笑いコンビバナナマンツッコミ(基本的にはボケとツッコミは決めていないため、ボケにも回る)担当。相方は設楽統。身長169cm、体重85kg。

広島県東広島市黒瀬町(旧賀茂郡黒瀬町)生まれ[1][2]神奈川県相模原市育ち[2]ホリプロコム所属。

来歴[編集]

神奈川県立相模田名高等学校[3]在学中に同級生の原田健と共に「陸上部」というコンビで活動していた[2]渡辺正行主催のお笑いライブ「ラ・ママ新人コント大会」の情報を同級生から得てオーディションに参加。以後も出演することになる。高校卒業の際に渡辺から進路を尋ねられお笑いを続けたい意向を示したところ、渡辺の事務所に誘われ1990年に正式に芸能界入り。

しかし原田が結婚を理由に芸能界から引退することとなり「陸上部」は解散する。一方的に解散を告げられたために日村はショックを受けたが、 結婚相手は二人の高校の同級生であり、その人に告白しろとしかけたのは高校時代の日村であった。この元相方は、2007年11月25日放送の『さんまのSUPERからくりTV』にVTRで出演している。

その後一年間程は、テレビの再現ビデオに出演したり、1994年3月公開の『横浜ばっくれ隊 夏の湘南純愛篇』のツッパリ役や『機動警察パトレイバー 2 the Movie』にチョイ役の声優として出演したり、細々と芸能活動を続けていた。しかし1993年10月に、西秋元喜から「四人でお笑いをやろう」と誘われ、その集まりの席で現在の相方である設楽統と出会う。その後まもなく、四人組から設楽と日村が脱退する形で現在のバナナマンが結成された。

2008年12月31日から2009年1月3日までの出演数が19番組と、もっとも出演番組が多い芸人だった。同率2位には15番組でFUJIWARAはるな愛などがおり、相方の設楽は同率4位の13番組だった。

プロフィール[編集]

  • 大喜利の腕も高く、吉本興業主催の大喜利イベント『ダイナマイト関西』の2006年オープントーナメント大会に参戦。開幕戦を難なく突破し、ケンドーコバヤシに善戦するも敗退。本来ツッコミでありながらぶっとんだ発想を活かした回答は、関西のお笑いファンにもその存在を大きくアピールした。なお、この大会の予選では相方の設楽とも対戦し、勝利している。その他にもIPPONグランプリ 〜秋の陣〜にも出場している。
  • 数字の読み方が変わっており、3を「ザン」、8を「パチ」と点々をつけて呼んでいる。この日村流数字音読法は、アンタッチャブルおぎやはぎ等が普通に使用している。
  • 左利きであり、幼児期の矯正によってペンは右で使用するが、これを除きや投球等は全て左である。
  • 今はレーシックを受け、視力が良くなったが、かつては自宅で度入りのサングラスをして生活していた。

名前[編集]

  • 愛称は「日村さん」(相方の設楽が使う。日村も相方を「設楽さん」と呼ぶ)・「ヒムケン」など。「ヒムケン」とは、主にくりぃむしちゅー土田晃之爆笑問題アンジャッシュなどから呼ばれている。日村によると「ボキャブラ世代の芸人は大体そう呼ぶ」と述べている。フルネームが「日村勇紀」であるにもかかわらずそう呼ばれているの理由は、本田みずほが「陸上部」時代の相方である原田健(ただし読みは「たけし」)を「ハラケン」と呼んでおり、ついでに日村も「ヒムケン」と呼び出したのがX-GUNを介して広まったものである[4]。他にもラジオの中では「ヒムペキ兄さん」と呼ばれていた。
  • バカリズムが「日村さんがバイブと呼ばれていた」と話していたことを設楽が聞きつけ、2010年7月16日放送のバナナマンのバナナムーンGOLDにて、日村本人に確認したところ事実ということが判明。日村曰く「バイブというあだ名をつけた知り合いの女の子1人しかそう呼んでいない」らしい。ちなみにバイブとつけられた理由を日村は「俺(日村)の携帯のバイブがなった時にキモチーキモチーとギャグをいって、それがウケてそこからバイブと呼ばれるようになった」と自身も曖昧な記憶の中話した。だが後日、日村本人がその女性に確認を取ったところ、本当の由来は「日村を中心にいわゆるアダルトグッズのバイブの話で盛り上がっていた時に、ちょうど日村の携帯のバイブが鳴りそれが大ウケし、その流れから日村自身の見た目もバイブに似ていると言われだしてその女性にバイブと呼ばれだし、その周りの友人たちに広まっていった」というものであった。このことから、バナナムーンGOLD内では度々業界用語風に「ゴイスーブイバー」と呼ばれている。

芸風・風貌[編集]

  • 何といっても他に類を見ない、不細工な顔が特徴。他にはたるんだ顎やおかっぱ頭が特徴的。その独特な風貌はリア・ディゾンから「Sad Monster」(悲しき怪物)と言われた程、強烈なものであることがわかる。
    • めちゃイケの「ブサイクコロシアム」では5回目より「化け物顔」という肩書で「Bのプロファショナル」として出演している。
    • 2010年4月から2011年9月まで放送されていた自身のレギュラー番組「コレってアリですか?」では、「イケメン夫の整形前のブサイクだったころの姿」など、そのブサイクな風貌を生かした役を演じることが多かった。
  • コントでは(ボケ・ツッコミの概念がはっきりしないコントが多いものの)ツッコミ担当ではあるが、バラエティではボケ役となることも多い。『くりいむナントカ』の企画「ボケVSツッコミ お笑いスイッチヒッター選手権」という企画において日村がボケると「ツッコミの人の動きやボケ方じゃない」と言われた。
  • 単独の芸風としてはものまねを得意としており、有名人では郷ひろみ武田鉄矢志村けんなどのものまねを得意とする。ヤギやトドやカラスなど、動物のものまねも得意である。その中でも一般的に広く認知されており、日村の代名詞とも言えるのが「子供の頃の貴乃花」のものまねである。
    • 「子供の頃の貴乃花」のものまねをする際は、顎を引き、顎下の肉をたるませながら、「あ゛どでー、んどね゛ー、つよぐっでね゛ー、かっこよ゛ぐってね゛ー、にんきの゛あるね゛ーパパみたいな力士にな゛り゛だい゛の゛」と言う。似ているわけではなく、どちらかというとモノマネ芸というよりも顔芸に近い。派生系に「アメリカのモンスターバージョン」「武田鉄矢バージョン」「田中邦衛バージョン」などがある。その内容は、上記の台詞をその人物のものまねで喋るという単純なもので、しばし「もはや貴乃花と関係ない」と突っ込まれる。また、応用系で貴乃花からジュリーになるというものまねをすることも出来る。
    • 2006年12月日本テレビのバラエティ番組内で、ネタを始めてから14年目にして初めて貴乃花親方の前でモノマネを披露した。このときの日村の様子は終始ビビリっぱなしであったが、それを見た貴乃花親方は笑いながら「あのシーンは自分で見ても変だと思ったのでいつか誰かに真似されるんじゃないかなー、って思っていたんですよ。まねしてくれて有難うございます」と寛容な返事をし、日村を抱擁し、本人公認の物真似となった。しかし、続いて『モンスターバージョン』を披露すると親方も若干引き気味だった。なお、日村と貴乃花は共に1972年生まれの同い年である。
    • ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円には初回からコンビで出ている常連であるが、毎回最初に「モノマネ」を選択し、必ずと言っていいほどこの「子供の頃の貴乃花」のものまねを披露している。その破壊力は抜群で、一時期は日村が「子供の頃の…」とネタ振りをしている時点で笑っていた審査員も少なくなかった(イロモネア内で「もはや名人芸」というテロップが出たほど)。しかし、近年ではこのものまねで一発クリアする確率が低くなっている。
  • 上記のようにものまねを得意とはしているが、『徹子の部屋』に出演した際に黒柳徹子から「ヨン様のモノマネはできるの?」と無茶振りされ、酷いクオリティのモノマネを披露するハメになったこともある。また、VS嵐に出演した際も、のメンバーから「大橋のぞみさん?」と何度か無茶振りで呼びかけられ、その都度本人とは程遠い物まねを披露した。
  • 2009~2010年以降からはテレビ番組(主にゴッドタン)でおネエのキャラ・ヒム子を演じることが多くなっている(当然キャラ上の設定であって、日村自身はもちろんおネエではない)。
    • 「ヒム子」を演じている際にはおネエ独特の「決め台詞」的な言葉を多数使用している。代表的なものとして、「ちょっと、お会計して~。」「その○○取って、エイ!技あり~。」などがある。
    • 「ゴッドタン」の人気企画「マジ歌選手権」でも2010年頃からはほぼ毎回「ヒム子」の姿で演奏をしている(代表曲に「ヒム子の恋する独裁国家」などがある)。2014年1月4日に放送された「マジ歌選手権」に出場した際には新たに加わった女性メンバー二人とヒム子でアイドルユニットを結成しており、更に披露した曲の作曲をヒャダインが手掛けるなど非常に手の込んだ設定となっていた。
    • 上記の「マジ歌」の他にも、「ゴッドタン」内では「ヒム子のおネエドッキリ」や「怒りおネエ」など、ヒム子の登場する企画が多数存在する。

趣味・特技[編集]

嗜好[編集]

家族[編集]

  • 家族構成は父、母、兄。
  • 母親は度々テレビ(『内村プロデュース』、『リンカーン』、『さんまのSUPERからくりTV』、『ロンドンハーツ』など)やラジオ(『WANTED!火曜日バナナマン』)に登場している。日村曰く「若手が憧れる番組はほとんど出ている」らしい。
  • 父親は定年退職するまで戦車を作っていた。芸人を目指すことを初めて父親に話した時は全く反対されず、むしろ「他に何があるんだ?」とまで言われ、あっさり了承した。

交友関係[編集]

  • バカリズムと同居していたことがある。これがきっかけで2010年1月3日の「新春イロモネアSP」ではバカリズムとのコンビで出演。
  • 構成作家で元事務所の後輩である及川とも、一時期同居していた。
  • 事務所の後輩ではスピードワゴン井戸田潤イマニヤスヒサと仲がいい。他事務所ではアンタッチャブル柴田英嗣アンジャッシュ児嶋一哉と仲がいい。
  • 同世代で同時期に売れたケンドーコバヤシとも親しく飲み会合コンに連れ添って参加することもある。にけつッ!!では「ケンコバの親友」ということでゲスト出演したこともある。2012年と2013年には一緒に正月旅行に行っている。
  • またケンコバとともに「東京ポテトサラダボーイズ」という旨いポテトサラダ食べる会を開いている。[6]
    • ケンコバと仲はいい反面、仕事で絡むと全く面白いことが起こらない。番組で四国に行ったときもハプニングなども何も起こらず、ケンコバ曰く「ただ四国に行ってうどん食って帰ってきただけ」だった。ケンコバは同様に「波長が合いすぎているから」と述べている。
  • 格闘家の所英男とは、一緒に正月旅行に行く仲。

学生時代[編集]

  • 小太り体型だがスポーツ万能で、中学時代はテニス部でキャプテンをつとめていた。

[編集]

  • 歯並びは悪く、本人曰く「ガチャ歯でスキっ歯」。
  • 2011年1月よりインプラントのための治療を開始。その際もともとあった上の奥歯も抜くこととなり、上下ともに奥歯がなくなった。
  • 2011年5月20日の金曜JUNKバナナマンのバナナムーンGOLDにて、既に下の奥歯を入れたことについて触れ、その感想を「歯磨きってこんなに泡立つんだ~」と述べている。また数週間後には治療のため前歯を全て抜くことも決定しているという。
  • 2011年6月5日のUstreamにおいて歯の治療には500万円程かかったと述べている。
  • 2011年11月4日のTBSはなまるマーケットにゲスト出演した際に、前歯は既に抜き、現在は仮歯を装着していることを明かした。しかし、元来のものぐさな性格が災いしてか仮歯装着後本歯が完成しても装着することなく3年以上も仮歯で過ごしており、そのことを先輩である加藤浩次がラジオで言及し非難された[7]
  • その後、2013年3月にようやく本歯を装着。治療の様子は「バナナムーンGOLD」で録音実況され、加藤に対しても手紙で報告した[8]

エピソード[編集]

  • 内村プロデュース』の企画で彼の家を内村光良らが訪問し、部屋中の物をばらばらにされたり、勝手に風呂に入った有吉弘行が部屋を泡だらけにする被害を受け、激怒した。被害を受けた事もさることながら、相方の設楽もその企画に協力し、率先して暴れていたことに何よりも怒っていた。その後、設楽の家も同番組の企画で同じ被害を受けることになる。
  • 一時期、設楽を車で家まで送り迎えをしていた事がある。
  • ラジオ(『WANTED!火曜日バナナマン』)で「スピードワゴン井戸田潤安達祐実結婚式はどうでしたか?」と聞かれ、「別になんてことねぇよ」と言った。一部では井戸田との不仲説が流れるも、その様な事実はなく、番組内で両者はアゴパンチにより平和的に和解。また、2007年7月30日放送回「バナナマンのバナナムーン」でスピードワゴンが出演し、このときにも話題に上った。その日は井戸田とそのとき着ていたシャツを交換し、再度和解。井戸田とは安達祐実と離婚の話し合いを始めた頃からよく飲みに行っているとラジオで語っている。

出演[編集]

単独での出演番組を記載。コンビとしてはバナナマンを参照。

バラエティ番組[編集]

現在レギュラー
過去の出演番組

テレビドラマ[編集]

放送年 放送局 作品名 役名 備考
1993年 テレビ朝日 ネオドラマこだくさん
1997年 テレビ朝日 土曜ワイド劇場 京都お見合いツアー 滋賀県警刑事
1998年 テレビ朝日 土曜ワイド劇場“繭の密室”連続殺人事件 田坂勝彦
2005年 BSフジ RUN AWAY GIRL 流れる女 絵里香のファン
2006年 TBS アキハバラ@DEEP ダルマ
ABC 富豪刑事デラックス 野村紀男 第9話ゲスト
2007年 テレビ東京 去年ルノアールで 店員C
フジテレビ 暴れん坊ママ 金井玉男
2009年 テレビ東京 ケータイ捜査官7 カズ 第39話ゲスト
テレビ朝日 就活のムスメ 白藤龍之介
テレビ朝日 マイガール 木村英生
2010年 日本テレビ 笑う女優「青い鳥」 山田純平
2011年 テレビ朝日 ハガネの女 season2 屋台の客 第5話ゲスト
フジテレビ 謎解きはディナーのあとで 店員 第6話ゲスト
テレビ朝日 11人もいる! 不動産 最終話ゲスト
2012年 TBS イロドリヒムラ 週ごとに変わる 主演
2013年 TBS 放課後グルーヴ 村田哲 第4話ゲスト
2014年 テレビ東京 牙狼-GARO- -魔戒ノ花- セキヤ 第1話ゲスト

テレビ、ドラマ番組以外の出演[編集]

映画[編集]

公開年 作品名 役名 備考
1993年 機動警察パトレイバー 2 the Movie 声優としての出演
1994年 横浜ばっくれ隊 寛一 シリーズ全3作 出演
1995年 BAD GUY BEACH
2003年 Jam Films2「HOOPS MEN SOUL」 ユーキ
2005年 恋骨 KOIBONE 劇場版
ホールドアップダウン 通り魔の男
2007年 キャプテントキオ 署長
舞妓haaaan!!! カメラ小僧
2008年 ビルと動物園 社員
ハンサム★スーツ ブサイク男
2009年 エト-eto- エト 声優としての出演
守護天使 田舎の青年
モンスターVSエイリアン ボブ 声優としての出演
2010年 最高でダメな男・築地編「築地で一番ダメな男」 主演
インシテミル 7日間のデス・ゲーム インディアン人形 声の出演
2011年 ハッピー フィート2 踊るペンギンレスキュー隊 オキアミのビル 声の出演(日本語吹替)

CM[編集]

ゲーム[編集]

脚注・出典[編集]

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外部リンク[編集]