笑い飯

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笑い飯
WARAIMESHI
メンバー 西田幸治
哲夫
結成年 2000年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪吉本
活動時期 2000年 -
出身 吉本興業オーディション
影響 バッファロー吾郎おぎやはぎ
出会い お笑いのイベント
旧コンビ名 たちくらみ (西田)
スキップ (哲夫)
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才
ネタ作成者 両者
現在の代表番組 笑い飯のおもしろテレビ
過去の代表番組 笑い飯・千鳥の舌舌舌舌
シャバダバの空に
トランジスタラジオくん など
同期 品川庄司
ラーメンズ など
受賞歴
2002年 オールザッツ漫才優勝
2002年 M-1グランプリ3位
2002年 笑わん会優秀賞
2003年 ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞
2003年 上方漫才大賞新人賞
2003年 上方お笑い大賞新人賞
2003年 M-1グランプリ2位
2004年 NHK上方漫才コンテスト最優秀賞
2004年 MBS新世代漫才アワード優勝
2004年 上方お笑い大賞新人賞
2004年 M-1グランプリ5位
2005年 上方お笑い大賞最優秀新人賞
2005年 M-1グランプリ2位
2006年 M-1グランプリ4位
2007年 M-1グランプリ5位
2008年 M-1グランプリ4位
2009年 M-1グランプリ2位
2010年 M-1グランプリ優勝
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笑い飯(わらいめし WARAIMESHI )は、日本漫才コンビ。西田幸治哲夫の2人からなる。所属事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪吉本)。M-1グランプリ2010王者。

メンバー[編集]

概要[編集]

それぞれ西田は「たちくらみ」、哲夫は「スキップ」という別のコンビで、どちらもボケを担当していた2人が2000年に共通のライブイベントに出演したことをきっかけに組んだコンビである。コンビ名は哲夫の元相方が付けた自主開催イベント名「笑い飯」から由来。

芸風[編集]

二人ともそれぞれのコンビでボケを担当していたことがきっかけとなり、役割を固定せずボケとツッコミが交互に入れ替わるというこれまでの漫才にはなかった独自のスタイルを築き上げた[1]。このことから「漫才界の革命児」と呼ばれることがある。また、この独特のスタイルは「Wボケ」と呼ばれ松本人志島田紳助から高い評価を受けている。

  • ただし二人とも、笑い飯がWボケの祖であるという見方には懐疑的である。哲夫は「昔の漫才を見ると両方ともボケているのがたくさんあった」という認識から、温故知新という考えのもと現在のスタイルを生み出したと語っている。[2]

漫才の本筋は基本的に全て哲夫が説明する。主に哲夫が先にボケて、最後に西田のボケで締める場合が多い。また、後半になってくると、哲夫が西田のボケをパクるというボケを挟んでくるパターンもある。
また、コンビ結成当初、哲夫がボケで西田がツッコミを担当しているネタもあった。現在でも、ネタの一部でWボケではない箇所を行う時はこの役回りになることが多い[3]

Wボケ・ツッコミという、スタイルのイメージが強いが、ネタにおける絶妙な間と空気を作ることができることも大きい。この芸風はおぎやはぎからの影響を受けている。

ネタ作りの方法はテーマを出して互いにボケ合い、お互いにネタが尽きるまで続けるという独自のスタイル[4]。哲夫は「ネタのシチュエーションは自分が考えているが、西田のほうが抜群に面白いボケを考える」と冗談交じりに述べている[5]

略歴[編集]

2001年より、吉本興業(大阪本社、2002年より同本部)に所属。所属への経緯について、インディーズでの活動中に第1回M-1グランプリの予選へ出場した事から吉本の目に留まり所属したとの情報があったが、実際はオーディションで入社している[6]

2002年、第2回M-1グランプリに無名かつノーシードながら決勝進出を果たす。その斬新な「Wボケ」で注目を浴び3位に終わるも知名度を上げるきっかけとなる。この年から9年連続M-1グランプリ決勝進出(大会最多記録)を果たしている。

baseよしもとの舞台に立っていたが、2008年4月6日の「ガンガンライブFINAL」でbaseよしもとを卒業。

2010年春、大阪に家を残したまま東京に進出する。所属も大阪吉本のままで東京吉本へ移籍はしていない。同年12月26日、第10回M-1グランプリでついに悲願の優勝を果たした。コンビで歴代総出場と歴代最年長で優勝となった。

エピソード[編集]

M-1グランプリが大きなきっかけとなって飛躍した彼らだが、最初に彼らの才能を見出したのはバッファロー吾郎の2人だった。彼らが自らプロデュースするイベント「バッファロー吾郎の爆笑新ネタ逆転満塁ホームラン寄席」に出演させたりと、無名だった2人に活躍の場を与えたという話は有名。現在でも彼らと親交は深く、いわゆる「バッファロー軍団」の一員とされている。また、インディーズ時代、千鳥ヘッドライトソラシドらと共に「魚群」というインディーズライブを行っていた。その頃から苦楽を共にしてきた千鳥とは、兄弟同然の仲(哲夫は、大阪時代にノブと一緒に住んでいたことがあり、また東京に進出してきたソラシドの水口を居候させたりしている)。

麒麟、千鳥、南海キャンディーズの3組とはbaseよしもと時代からの仲間であり、ライバルでもあった。田村裕曰く「この(4組)中から誰か(M-1)獲ろうぜみたいな気持ちがあった」[7]。後に麒麟が第1回、笑い飯が第2回、千鳥が第3回、南海キャンディーズが第4回大会に無名ながら初めて決勝進出し、それをきっかけにブレイクしている。特に第4・第5回大会では4組とも決勝進出した[8]

2人とも大喜利が大好きで、得意としている。月に一度、千鳥と共に「笑い飯・千鳥の大喜利ライブ」というライブを祇園花月・5up・ルミネtheよしもとで行っている。以前はbaseよしもとで1時間ライブとしてやっていた。2006年の初めには全国ツアーも行なった。ちなみに、関西で行われている大喜利のライブは「ダイナマイト関西」とこのライブだけであり、笑い飯の2人はダイナマイト関西にも頻繁に参加している。

めちゃ×2イケてるッ!』に出演する際は、西田のドM、哲夫のドSに対する性的嗜好を暴露するのが定番化している。また、2人ともロリコンを自称している。哲夫はデイリースポーツのインタビューで辻希美の大ファンだと答えている。ヨシモト∞では、西田はブス専だと千鳥に暴露された。

ジャイケルマクソン』で、「クイズ!吉本芸人122人に聞きました」という企画の「憧れの芸人は?」というアンケートで1位 - 4位にダウンタウン明石家さんまなどがランクインする中で、若手ながら5位にランクインしており、後輩芸人たちからの信望は厚い。

ダイノジは笑い飯について、アイドル的要素の強い芸人ではなく単純に面白い芸人が評価されるという、baseよしもとにおける価値観をつくりあげた功労者であると述べている。

「笑い飯」としての芸歴は2000年から(吉本入社は2001年)だが、西田、哲夫個人の芸歴は共に1996年からのため、年数のみからみると大阪NSC15期(ストリークランディーズなど、西田も実際に在籍したが後に中退)・東京NSC1期(品川庄司など)とほぼ同期にあたる。NSC出身以外では、同じ1996年に初舞台を踏んだロザンすっちー(元ビッキーズ)、りあるキッズなどが同期と思われる。しかし、ロザン、りあるキッズ、品川庄司らは彼らを後輩扱いしている。芸歴は下だが先に吉本に入社した千鳥は「さん」付けだが、仲が良いためか半分タメ口混じりで呼んでいる。

年々2人きりで会話することも減っていき、最近ではネタ合わせ以外で会話している所を見た人はあまりいないという。シャバダバの空に内の企画で2人きりにされた時は、5分以上沈黙が続いた事もあるが不仲ではない。コンビ結成から数年は、2人で飲みに行ったり、2人でプリクラを撮ったこともあるという。ちなみにそのプリクラには、「ともだち」という文字を書いた[9]

2011年度は不参加であったが、翌2012年度でTHE MANZAIに出場。認定漫才師50組に選ばれ、予選3位の成績で決勝進出。

M-1グランプリ[編集]

M-1グランプリ決勝戦は第2回から第10回まで過去9回進出。第1回(2001年)は2回戦敗退。審査員の得点はいずれも100点満点。

第2回大会(2002年) 決勝3位 【出番:6番 得点:567 / 700点 】
キャッチフレーズは「今年もM-1予選にノーシードの新星が現れた」。
この大会がほぼテレビ初出演だった(「麒麟枠」)。決勝では「パン工場見学」というネタを披露。斬新な「Wボケ」で前大会準優勝のハリガネロックを退けて暫定3位で最終決戦進出。ノーシードから最終決戦進出を果たしたのは本大会の笑い飯が初めてだった[10]。審査員の松本人志は優勝したますだおかだよりも10点高い80点を付け「何や? あの面白さ[11]ラサール石井は「ビジュアルとネタが全く合っていないのがいい」、島田紳助からは「完成してないのが僕は変におもろかったですね。完成がええ加減なんでね。変にハマってしまいましたね」、と高評価を受ける。最終決戦では2番手で「機関車トーマス[要曖昧さ回避]」というネタを披露したが、票の獲得には至らなかった。哲夫はこの結果に未だに納得していないらしい。[12]西田は「僕らとしては紳助さんと松本さんの評価が高ければいい、みたいなところがあればいいなところがあったので、めっちゃ笑ってくれて嬉しかった」と振り返った。余談だが松本人志は最終審査の際、「笑い飯とフットボールアワーで悩んでいた」が「ネタの完成度が一番高かった」という理由でフットボールアワーに投票した。[11]その一方で後の「放送室」では「笑い飯に投票すべきだったかもしれない」と言う趣旨の発言もしている。
第3回大会(2003年) 決勝2位 【出番:4番 得点:656 / 700点 】
キャッチフレーズは「∞(インフィニティ)」。
前大会での“無名の新星”扱いから一転、優勝候補の1組として決勝進出。1回戦では「奈良県立歴史民俗博物館」というネタを披露。緩急をつけたスピードとオチまでに張り巡らされた完璧な伏線[12]が高く評価され、大会初の審査員全員から90点以上の評価を受けた。このネタは未だに「伝説のネタ」と評されている[13]。審査委員長の島田紳助からは「100点でもよかったんですけどね。後の(順番のコンビの)ために99点(当時のM-1の個人最高得点)にしただけでね。去年は未完成だったけど今年は完成してる。感動しました」、松本人志からは「去年よりセンスそのままで技術がアップしているんですよね。凄い変わり方ですね、1年間で(司会の西川きよしも同調した)」と絶賛された。ネタ後、フットボールアワー後藤輝基を見ると西田曰く「人殺しのような眼をしていた」らしい。岩尾望は「笑い飯の直後だったらメンタル的にヤバかったかも。それくらい動揺した」と振り返っている。[12]最終決戦では1番手で「かわいそうなゾウ」というネタを披露。哲夫はネタ後、絶対優勝だと思っていたが、フットボールアワーのネタを見てあきらめた。[12]結果は3対4とフットボールアワーに1票差で2位。松本人志は自分の投票したコンビが2年連続で優勝しなかったことから後に「あの2回は番狂わせだったかも」という趣旨の内容を述べた。
第4回大会(2004年) 決勝5位 【出番:7番 得点:615 / 700点】
キャッチフレーズは「予測不能」。
「指の名前」というネタを披露。審査員のラサール石井から「完全にネタを二つやっちゃってるんだよね。だからそれが中途半端だったかな」と評された。タカアンドトシと同点になるが、審査員7名中3名の点数が割れ、その内2名の点数が笑い飯の方が低かったことから、最終決戦進出を逃した。哲夫は2002年、2003年の高評価で今から思えばあぐらをかいていたと振り返っている。[14]松本人志はこの年は審査員ではなかったが、「放送室」で「どうした!?笑い飯」「あそこであのネタを持ってくるのはなぁ…」と発言していた。なお、M-1グランプリ決勝でのネタ時間は4分以内とされていた(ただし、当時はあくまでも目安程度だった)が、6分以上ネタを披露してしまった[15]。そのためか第5回大会からはネタ時間が厳守されるようになった。
第5回大会(2005年) 決勝2位 【出番:1番 得点:633 / 700点 】
キャッチフレーズは「予測不能のWボケ」。
「靴がない」というネタを披露。不利とされる1番手だったが、ファーストラウンドで1番目にネタをやったコンビでは歴代2位の633点を記録(歴代1位のナイツとわずか1点差)し、暫定3位に付けた。最終決戦では2番手で「ハッピー・バースデイ」というネタを披露。最終決戦3組に残った際、ブラックマヨネーズ小杉竜一から「ネタ何やんの?」と聞かれ、哲夫が「マリリン・モンローです」[16]と答えたところ、「あれか!?」と小杉は非常に驚いた。「お化けみたいな漫才を持っている先輩がビビッてくれた」と、哲夫はモチベーションが上がったらしい[14]しかし結果は3対4とブラックマヨネーズに1票差で2位。千鳥からは「よく、あれ(2本目のネタ)を4分の漫才にできましたね」と高評価を受けた[14]。大会後の記者会見で島田紳助は「笑い飯が初出場ならブラックマヨネーズと同点、もしくは笑い飯の勝ちだったかも」という趣旨の内容を述べた。[17]
第6回大会(2006年) 決勝4位 【出番:8番 得点:626 / 700点】
キャッチフレーズは「予測不能のWボケ」。
の持ち方」というネタを披露。この年のM-1はメンバーが「(会場の空気が)全体的にフワフワしてた」と語ったほど客席に緊張感が漂っており、笑い飯より前の出番(6番)だったチュートリアルが哲夫曰く「爆発的にウケて」しまう。島田紳助が「やっと(いいコンビが)来た」という趣旨の発言をしたことも影響し「今年はチュートさん(が優勝)やわ」と思い、そんな雰囲気の中で哲夫は子供のしつけのくだりでネタを途中で飛ばし、いきなり「うがらい(うがい+手洗いをごっちゃにした言葉)」のボケを披露してしまった。M-1にもう慣れてしまい、ネタ中に他のことを考えられるようになったことも影響したと語る。3位だった麒麟(627点)にわずか1点差で敗退し、最終決戦へ進めず4位に終わった(この年はネタ時間が4分30秒を越えた「4分31秒」だったので審査の段階で減点されていた可能性もある)[18]。審査員の松本人志からは「相変わらずスロースターターなんですよね。だからもうちょっと盛り上がりが最初のほうに欲しかったですね」と評された。
第7回大会(2007年) 決勝5位 【出番:1番 得点:604 / 700点】
キャッチフレーズは「予測不能のWボケ」。
この大会で麒麟の持っていた決勝進出回数(5回)を抜き、単独最多記録を樹立した。不利とされる1番手で「ロボットのしゃべり方」というネタを披露。哲夫曰く、「積み上げ式のかなりゆったり目のネタ」[12]。初出場のハリセンボンに4点差で逆転されて最終決戦進出を逃す。審査員の松本人志からは「結局普通の漫才に戻ってしまった、(中略)スロースターターなので4分のネタにするにはああするしかなかった、考えすぎた」と評された。[19]後に哲夫は「順番が悪かった。初っ端からあんな変わったことやってもお客さんは付いて来ない」と嘆いていた。[12]
第8回大会(2008年) 決勝4位 【出番:2番 得点:637 / 700点】
キャッチフレーズは「孤高のWボケ」。
敗者復活組を含めた9組中6組が決勝初出場(第1回を除けば最多)となった大会。「闘牛士」というネタを披露。哲夫曰く、「自分らのスタイルいじり」。[12][20]審査員のオール巨人から「何回も見ていると、それに対して強みと弱みがあると思うんですよ。何遍も見てると100点のネタでも100点に見えなくなってくるんですよ。その弱みを今日は感じなかったですね。何遍も見ていることを利用している、頭の入り方。ネタは変わっているんですけど、非常に分かりやすくて良かったと思いますよ」と高評価を受けた。不利とされる2番手にもかかわらず8組目まで暫定3位だったが、敗者復活枠のオードリーに抜かれて3年連続で最終決戦進出を逃した。637点での敗退はM-1史上最高点数[21]。松本人志は後に「スロースターターと言われたことを意識したからか、前半はすごく良かったが後半の失速感がハンパなかった」[22]と評している。
第9回大会(2009年) 決勝2位 【出番:5番 得点:668 / 700点 】
キャッチフレーズは「孤高のWボケ」。
敗者復活組を含めた9組中7組が決勝経験者だった大会。「鳥人(とりじん)」というネタを披露。初めの設定だけで今田耕司が笑い、それでとてもやりやすくなったらしい。鳥人が焼き鳥を食べながら現れる、小学校に転入したら出席番号はチキン南蛮だったという馬鹿馬鹿しすぎるボケ、同じ説明を繰り返すしつこさ、鳥の被り物を使えばつまらなくなるかもしれないネタを漫才としてやりきった話術[23]が高評価を生み、舞台袖で出番を待っていたハライチは会場の大爆笑に押されてネタ合わせを中断してしまった。[24]審査では大会初の3人の審査員から98点以上の評価を受けた。審査委員長の島田紳助は大会初にして唯一の「100点」を付け、「100点付けたら後で困るから、100点付けたらあかんと思ったんですよ。上沼さんの98点もたぶん100点の気持ちやったと思うんです。僕、98(点)にしようと思ったんですよ。でも困ってもええわっていうくらい感動しました」と絶賛した。余談だが松本人志が選評で、「後で鳥人をウィキペディアで調べてみる」と発言、それを受けてウィキペディアに作成された記事が即座に削除される事態が起こり[25]、放送日の2009年12月20日におけるウィキペディア日本語版への「鳥人」という文字列での検索は61000以上に上った[26]。さらに余談だが大会後日、小籔千豊主演の「コヤブ新喜劇」に、タキシードに鶏の頭の「鳥人」として出演、「未公開ボケ」を披露した。
このとき哲夫は「やっと優勝できるんや」と思っていたが、西田は100点が出て、審査員が感動したこともあり、危機感を持っていた。(本人曰く、「3組には残れるだろうと思っていたが、あそこまでハマることは想定していなかった」。)
最終決戦は3番手で「野球の審判&ラグビーのゴールキック」というネタを披露。ネタ終盤のオチに哲夫は「チンポジ[27]」という下ネタを連呼。そのせいか最終審査では1票も得る事が出来なかった[28](ただし、第5回大会でも下ネタは使用している)。哲夫は一本目からの流れもあり優勝を確信していたため、パンクブーブーに逆転されたことが信じきれずにいたが、帰宅してから「そういえば俺、下ネタしてたわ。そらそやわ」と初めて気付いたらしい[2]。このネタは昔からある笑い飯の初期のネタであり、後日オール巨人が「なぜあのネタをしたのか」と聞いたところ、「一度(M-1で)やってみたかった」とのこと。また、西田は「すごいと思わせるネタよりも、『笑い飯はアホやな』、と思わせて優勝したかった」とも語っている。
パンクブーブーは、「鳥人」のネタで凄まじい勢いを見せていた笑い飯に「自分たちの優勝はない」と感じたらしく、「それならばいつも通りやろう」と決めた結果、変な緊張感が抜けて漫才ができたと優勝直後のよしもとオンラインや『おしゃれイズム』で語っている。逆に、笑い飯がスベっていたら、もしくは笑い飯より出番が先だったら重圧と緊張で優勝は無理だったろうとも語っている。笑い飯にとって最高のネタが、パンクブーブーの勢いを増す決定打になったという、皮肉で数奇な結果を二組にもたらすことになった。松本人志はチンポジのネタを以前から知っており、後日哲夫に「『チンポジ気にすな』から入るのが面白いと思ってたのに、はじめに『チンチンのポジション気にするな』って説明入れたやろ?あれはいらんと思ってん」と敗因を指摘された。哲夫がそれを千鳥・大悟に話すと彼もまったく同じことを思っていたらしい[2]。西田は審査員が「こいつら、ホンマにアホやな」という狙い通りの笑い方をしていたのでその点は良かったと振り返っている。

悲願の初優勝[編集]

第10回大会(2010年) 決勝1位 【出番:6番 得点:668 / 700点 】
キャッチフレーズは「孤高のWボケ」。
10度目の挑戦となった2010年大会で、M-1グランプリが終了することになった。しかし、結成10年目を迎えたため、大会が終了しなくてもこれがラストチャンスだった。過去最多の4835組が出場した中、大会最多記録となる9年連続決勝進出を果たし、最後の挑戦となった大会。5組が初出場(そのうち4組が笑い飯より順番が先だった)し、9組の平均点が過去最高の「631.1点」、さらに7位から4位までの差はわずか9点と接戦だった中、「サンタウロス」という前年度の「鳥人」と似たパターンのネタ(西田曰く「味を占めた」)を披露。審査員の大竹一樹から「思わず笑ってしまうんですよね。去年と同じくらい面白い」、渡辺正行からは「鳥人のパターンを見ているだけに、それを超えるものを客は、求めていた。求められているものを、きちっとだす。期待を裏切らない出来。これは、なかなか出来ない。[29]と高く評価された。6人の審査員から95点以上の評価を受け、暫定1位だったスリムクラブに大差をつけて自己最高得点タイの「668点」を記録。常連の安定感を見せ付け、2年連続、通算5回目の最終決戦進出を決めた。この「サンタウロス」は単独ライブでは「サンタナカイ[30]」という名目で披露されていたが、哲夫曰く「『ウロス部分[31]』と言いたかったからサンタウロスに変えた」。
しかし前大会優勝者のパンクブーブー(敗者復活枠)が「668点」を記録。笑い飯と同点だが審査員4名が[32]パンクブーブーに高い点を付けたため、大会規定により暫定2位でファーストラウンドを終える。2年連続で上位を競り合っていることから司会の今田耕司には「ライバル関係」と言われた。
大竹一樹は「(パンクブーブーは)さすがチャンピオンですね。敗者復活を差し引いて、その期待値をさらに超えてくる」、島田紳助は「僕の中で今日(の1本目)の1番はパンクブーブー、2番が1点差で笑い飯。笑い飯は去年より3点[33]低かった。ただ、皆の気持ちがスリムクラブが本物かどうか見たい」と述べた。さらに今田耕司がスリムクラブの2本目のネタ後に「会場(の空気)、だいぶスリムクラブに持っていかれてません?」と発言、会場客はスリムクラブ、審査員はパンクブーブーという、笑い飯の優勝は厳しい状況を示唆した。メンバーは最終決戦の出番を待っている間、過去のどの大会でも味わったことのない恐怖を感じたという[34]
最終決戦では2番手で「小銭の神様」というネタを披露。最終審査の発表を前に心境を尋ねられた西田は「もう、頼むわぁー!」と真顔で懇願、哲夫は「あんなにいい臭いだった西田君の口も最近大便の臭いがしてきた」と発言、緊張感漂う会場が笑いに包まれた。結果は7人中4票を獲得、最後の大会にして有終の美を飾った。西田は優勝が決まると目に涙を浮かべ、「やっとやーっ!」と絶叫、哲夫は「2本目に『チンポジ』やらなくて良かったです」とボケながらも目に涙を滲ませた。9年間の苦節を知る島田紳助や松本人志も感無量の面持ちだった。
残りの3票は初出場のスリムクラブが獲得しており、優勝後の会見で西田は「スリムクラブが怖くて怖くてヒヤヒヤした」と語っている。後日のインタビューでは「2002年の自分達を見ていたようだった」とも語った。なお、西田が優勝後スタッフから聞いた話によると最終審査の際、笑い飯とスリムクラブが同票だったが、松本人志だけまだ投票するコンビを決めておらず、しばらく票を入れなかった。そのためスタッフも「どっちだ!?」という空気になったらしい。[7]

決勝の常連[編集]

  • M-1では一度も準決勝敗退経験がなく、第2回から第10回まで9年連続決勝進出を果たしており、内5回は最終決戦まで進んでいる(優勝1回・準優勝3回・3位1回)。さらに決勝戦では全てベスト5に入っている(第4回はタカアンドトシと同点で5位、第6回は麒麟と1点差で4位、第7回は敗者復活枠のサンドウィッチマンに抜かれて5位、第8回はナイツと3点差で4位)。このことから「ミスターM-1」、「M-1の申し子」と称されていた。
  • 2003年度から毎年“優勝候補”と言われ続けていたが優勝を逃していたこと、ネタの傾向がスロースターターのため「ネタ時間4分」のM-1では圧倒的に不利だったこと、連続して決勝に進出したために、年々観客や審査員のハードルが上がってしまったこと等から、2008年度のM-1を前に、島田紳助からは「もう優勝は難しいのでは」、松本人志からはラジオ番組「放送室」で「もうM-1に出ないほうがいいのかもしれない」、高須光聖からは「初登場の時(2002年)に獲らせてあげるべきだった」と評されていた(2003年の優勝は笑い飯だと発言したこともあり、松本もこれに同調していた)。松本は同番組で笑い飯をジェロム・レ・バンナに例えたこともある。[35]

M-1に関するその他のエピソード[編集]

2007年度の会見で、「7回中6回出るということは、もはやレギュラー番組」とボケていた。2010年度には、M-1が2010年で終了することを受け「僕たちの貴重なレギュラー番組が終わってしまう」「9年連続出場ということで、我々のM-1義務教育もようやく終わる」とボケた。『アメトーーク!』の「M-1芸人」では「金のキョロちゃん・銀のキョロちゃんみたいに、5回決勝行ったら1回優勝、みたいなルールにならないものか」とボケた。

最終決戦に進出できず4位以下で終わった年は毎回敗退時のインタビューで笑いを取っている(主に西田)。

最終決戦進出を逃した時の笑い飯のコメント
  • 第4回 (笑い飯 5位)
    • 西田 「えー僕らが決勝進出ですってー?」
    • 哲夫 「2本目に用意してたネタめっちゃ面白いんですよ!」
  • 第6回 (笑い飯 4位)
    • 西田 「何とか出してもらえないですかね?」[36]
    • 哲夫 「お金だけでももらえないですか?」[37]
  • 第7回 (笑い飯 5位)
    • 哲夫 「茶の間が怒ってますよ、茶の間が! 『笑い飯を出せ』って!」
    • 西田 「一歩も動かんぞ!」[38]
  • 第8回 (笑い飯 4位)
    • 哲夫 「あんな気持ち悪い奴に負けなあかんのですか? あんな気持ち悪い奴に!」[39]
    • 西田 「思ってたんと違ーう!」[40]

また、毎年控え室でのリアクションで笑いを取っている(主に西田)。

「M-1リターンズ2008」では2009年がラストチャンスと言われていた。しかし、M-1の出場資格は、開催年の4月30日現在に於ける芸歴(10年未満)であり、2000年7月結成の笑い飯は2010年がラストイヤーであった。よって、2009年の時点での出場権は2009年度と2010年度の2回あったが、2009年度の会見で何故か「今年がファイナル」と発言しており、大会後島田紳助にも「ラストイヤー」と言われていた。しかし、M-1直後のよしもとオンラインに西田が電話で出演したとき、来年も出るかと聞かれ「出るねん」と答え、出る可能性を示唆していた。

そして2010年度大会にその通り出場、悲願の初優勝を果たした。しかし、優勝後は準優勝のスリムクラブがマスコミに注目され、オファーはスリムクラブの十分の一となった。そのことを自虐ネタにし続けたためか、『お笑いワイドショー マルコポロリ!』でスリムクラブを一日密着するロケを行うオファーが来た(このこともネタにした)。また、M-1をきっかけにスリムクラブと親しくなり、缶コーヒー「ジョージア」のCMで共演した。

優勝後、最終決戦で披露したネタ「小銭の神様」にちなみ500円玉2万枚(総量140キロ)で賞金1000万円が授与された。また、「小銭の神様」にちなんでM-1グランプリ2010完全版のDVDには初回限定特典として2円還元された。

    • 2011年3月7日放送の『ブラマヨとゆかいな仲間たち』によると、500円玉で用意された賞金1,000万円はさすがに重くて持って帰ることができず(1人70kgずつ)、後日振り込まれることになったが、同番組の収録時点ではまだ振り込まれておらず、西田はM-1優勝の先輩であるブラックマヨネーズに、「あの賞金っていつもらえるんですか?」と尋ねていた。

受賞歴[編集]

出囃子[編集]

出演作品[編集]

テレビ番組[編集]

現在のレギュラー番組[編集]

過去のレギュラー番組[編集]

過去にメイン出演した単発番組[編集]

  • 笑い飯飯店(読売テレビ、2004年3月)
  • 笑い飯藩(読売テレビ、2004年7月)
  • 空想深夜番組 どエンゼル(読売テレビ、2004年11月)
  • 特製笑い飯・ボケしろデラックス!毎日放送、2004年12月)
  • 空想深夜番組 どエンゼル2(読売テレビ、2005年3月)
  • 笑い飯の臭い飯 〜ザ・監獄漫才〜(日本テレビ、2005年6月)

テレビドラマ[編集]

  • もやしもん(2010年7月、フジテレビ)西田幸治が美里薫役(西田は美里の外見上のモデルである)で出演。哲夫も第10話で研究員A役で出演。

ラジオ番組[編集]

テレビCM[編集]

出演DVD[編集]

  • M-1グランプリ2002完全版〜その激闘のすべて〜
  • M-1グランプリ2003完全版〜M-1戦士の熱き魂〜
  • M-1グランプリ2004完全版〜いざ!M-1戦国時代へ"東京勢の逆襲"〜
  • M-1グランプリ2005完全版〜本命なきクリスマス決戦!“新時代の幕開け”〜
  • M-1グランプリ2006完全版〜史上初!新たなる伝説の誕生〜完全優勝への道〜
  • M-1グランプリ2007完全版〜敗者復活から頂上へ〜波乱の完全記録〜
  • M-1グランプリ the BEST 2001〜2003
  • M-1グランプリ the BEST 2004〜2006
  • M-1グランプリ the BEST 2007〜2009
  • M-1グランプリ the BEST 2001 - 2006 DVD BOX
  • M-1グランプリ2008完全版〜ストリートから涙の全国制覇!!〜
  • M-1グランプリ2009完全版〜100点満点と連覇を超えた9年目の栄光〜
  • M-1グランプリ2010完全版〜最後の聖戦!無冠の帝王vs最強の刺客〜
  • M-1グランプリ the FINAL PREMIUM COLLECTION 2001-2010
  • 笑い飯・千鳥の大喜利ライブDVD
  • 笑い飯・千鳥の大喜利ライブDVD2
  • 新風baseよしもと ネタトウタ2004
  • baseよしもと ネタトウタ2007
  • バトルオワライヤル
  • 〜漫才ファッションショー〜漫服
  • ダイナマイト関西〜全日本大喜利王決定トーナメント大会〜
  • ダイナマイト関西2006〜オープントーナメント大会〜
  • ダイナマイト関西2008〜オープントーナメント大会〜
  • ジャッカス・ザ・ムービー 日本特別コメンタリー版
  • ZAIMAN ZAI
  • YOSHIMOTO PRESENTS LIVE STAND 07
  • YOSHIMOTO PRESENTS LIVE STAND 08
  • YOSHIMOTO PRESENTS LIVE STAND 09
  • メッセ弾「ある意味コワイ」爆笑トーク編
  • コバヤシケンドーのすべらない話
  • 雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!DVD
  • 幼獣マメシバ
  • プレミアステージ2009
  • もやしもん
  • オールザッツ漫才 20周年記念 永久保存大全集!! DVD-BOX
  • 笑い飯「ご飯」〜漫才コンプリート〜
  • 笑い飯「パン」〜笑いの新境地〜
  • 祇園笑者
  • IPPONグランプリ03
  • 品川祐・27 時間トークライブ(8)

出演ミュージック・ビデオ[編集]

  • BAKI『あなた』

連載[編集]

単独ライブ[編集]

  • 2003年
    • 2月24日 「ガブンチョ1Hスペシャル〜笑い飯〜」(baseよしもと/大阪)
    • 10月13日 「近鉄超特急」(baseよしもと/大阪)
    • 12月5日 「近鉄古大宮」(baseよしもと/大阪)
  • 2004年
    • 2月13日 「近鉄佐々木新社長」(baseよしもと/大阪)
    • 4月23日 「近鉄あやめダム遊園地」(baseよしもと/大阪)
    • 6月19日 「近鉄俊徳道行 アーバンライナー」(baseよしもと/大阪)
    • 8月14日 「近鉄バッファローズvsヤクルトおいし〜ず」(baseよしもと/大阪)
    • 10月8日 「笑い飯のおもしろライブ〜大阪公演〜」(baseよしもと/大阪)
    • 11月18日 「笑い飯のおもしろライブ〜東京公演〜」(銀座ガスホール/東京)
  • 2005年
    • 1月15日 「笑い飯のおもしろ近鉄ライブ」(baseよしもと/大阪)
    • 2月5日 「笑い飯のおもしろ近鉄ライブ〜東京公演〜」(ルミネtheよしもと/東京)
    • 3月8日 「笑い飯のおもしろライブくん」(baseよしもと/大阪)
    • 5月21日 「笑い飯のおもしろライブ会場」(baseよしもと/大阪)
    • 5月22日 「笑い飯のおもしろライブ会場」(baseよしもと/大阪)
    • 7月5日 「笑い飯のおもしろライブゼミナール」(銀座 博品館劇場/東京)
    • 7月25日 「笑い飯のおもしろ漫才」(baseよしもと/大阪)
    • 8月6日 「笑い飯のおもしろオールナイトライブ」(baseよしもと/大阪)
    • 9月13日 「笑い飯のおもしろ漫才」(baseよしもと/大阪)
    • 9月17日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」石川公演(石川県教育会館/石川)
    • 9月18日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」長野公演(長野NBSホール/長野)
    • 9月19日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」新潟公演(新潟LOTS/新潟)
    • 9月24日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」高知公演(高知県立美術館ホール/高知)
    • 9月25日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」愛媛公演(ベスト電器松山本店7F特設会場/愛媛)
    • 9月26日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」名古屋公演(ASUNAL HALL/愛知)
    • 10月1日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」青森公演(下田町民交流センター/青森)
    • 10月2日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」札幌公演(五番館 赤レンガホール/北海道)
    • 10月8日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」岡山公演(岡山3丁目劇場/岡山)
    • 10月9日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」広島公演(よしもと紙屋町劇場/広島)
    • 10月10日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」仙台公演(エルパーク仙台ギャラリーホール/宮城)
    • 10月15日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」福岡公演(ベストホール/福岡)
    • 10月16日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」東京公演(シアターアプル/東京)
    • 10月22日 「笑い飯のおもしろライブツアー2005」大阪公演(baseよしもと/大阪)
  • 2006年
    • 1月17日 「笑い飯のおもしろ正月」(baseよしもと/大阪)
    • 3月20日 「笑い飯の近鉄の長谷寺の牡丹は只今満開となっておりますライブ」(baseよしもと/大阪)
    • 5月10日 「笑い飯のおもしろ漫才」(baseよしもと/大阪)
    • 6月24日 「年末は忙しくなる予定ですライブ」(ルミネtheよしもと/東京)
    • 7月31日 「笑い飯のさくらんぼライブ P.S.女子中高生限定で〜す♪」(baseよしもと/大阪)
    • 9月11日 「笑い飯のおもしろ漫才」(baseよしもと/大阪)
    • 9月17日 「笑い飯のオールナイトトークイベント」(バナナホール/大阪)
    • 10月11日 「笑い飯のおもしろ漫才」(baseよしもと/大阪)
  • 2007年
    • 3月15日 「さくらライナーライブ」(baseよしもと/大阪)
    • 5月17日 「おもしろ田植えシーズン」(baseよしもと/大阪)
    • 7月12日 「海水浴行くなら伊勢志摩ライナーライブ」(baseよしもと/大阪)
    • 9月6日 「おもしろ残暑」(baseよしもと/大阪)
    • 10月12日 「笑い飯のおもしろライブツアー2007」名古屋公演(ASUNAL HALL/愛知)
    • 10月13日 「笑い飯のおもしろライブツアー2007」東京公演(ルミネtheよしもと/東京)
    • 10月20日 「笑い飯のおもしろライブツアー2007」福岡公演(大博多ホール/福岡)
    • 11月11日 「笑い飯のおもしろライブツアー2007」大阪公演(baseよしもと/大阪)
    • 11月13日 「笑い飯のおもしろライブツアー2007」香川公演(サンポートホール高松/香川)
    • 11月16日 「笑い飯のおもしろライブツアー2007」北海道公演(ターミナルプラザことにPatos/北海道)
    • 11月23日 「笑い飯のおもしろライブツアー2007」新潟公演(NIIGATA LOTS/新潟)
  • 2008年
    • 3月14日 「ホワイトデー」(baseよしもと/大阪)
    • 5月23日 「笑い飯のワッハ上方ライブ」(ワッハホール/大阪)
    • 7月29日 「笑い飯のワッハ上方ライブ2」(ワッハホール/大阪)
    • 9月30日 「笑い飯のワッハ上方ライブ3」(ワッハホール/大阪)
  • 2009年
    • 4月3日 「笑い飯のABCホールLIVE」(ABCホール/大阪)
    • 5月31日 「笑い飯のABCホールLIVE2」(ABCホール/大阪)
    • 9月26日 「笑い飯のABCホールLIVE3」(ABCホール/大阪)
    • 11月30日 「笑い飯のABCホールLIVE4」(ABCホール/大阪)
  • 2010年
    • 8月23日 「笑い飯のABCホールLIVE5」(ABCホール/大阪)
    • 9月13日 「笑い飯のルミネLIVE」(ルミネtheよしもと/東京)
    • 10月25日 「笑い飯のABCホールLIVE6」(ABCホール/大阪)
  • 2011年
    • 6月5日 「笑い飯のなんばグランド花月LIVE」(なんばグランド花月/大阪)
    • 6月12日 「笑い飯のルミネLIVE」(ルミネtheよしもと/東京)
  • 2012年
    • 6月21日 「笑い飯のABCホールLIVE7」(ABCホール/大阪)
  • 2013年
    • 7月28日 「笑い飯のルミネLIVE」(ルミネtheよしもと/東京)
    • 8月4日 「笑い飯のABCホールLIVE8」(ABCホール/大阪)

脚注[編集]

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  1. ^ 「ツッコミの役回りの人間も便乗してボケる」というスタイルでのWボケ漫才はすでにシャンプーハットが確立していたが、「役に固執せずボケツッコミを交互に入れ替える」というスタイルのWボケは笑い飯が初であった。
  2. ^ a b c 「笑い飯全一冊」 ヨシモトブックス
  3. ^ 例としては、M-1グランプリ2008で披露した「闘牛士」というネタの「車上荒らし」のくだりなど。
  4. ^ 踊る!さんま御殿!!にて
  5. ^ 2009年12月20日よしもとオンラインより
  6. ^ お笑いタイフーンインタビューより
  7. ^ a b 「M-1完全読本2001-2010」のインタビュー
  8. ^ 第4回では麒麟、第5回では千鳥が敗者復活で決勝進出。
  9. ^ お笑いさぁ〜ん』2010年7月5日
  10. ^ ノーシードからの最終決戦進出を果たしたのは第3回のアンタッチャブル(前年3回戦敗退)、第7回のキングコング(前年不参加)とこの回の笑い飯のみ。ただしアンタッチャブルとキングコングは以前にもシード経験があった。
  11. ^ a b 「放送室」2003.2.6放送
  12. ^ a b c d e f g マンスリーよしもとPLUS vol.4
  13. ^ マンスリーよしもとplus平成22年1月号
  14. ^ a b c 「splash!!」 vol.2 双葉社
  15. ^ ちなみに2003年の笑い飯のネタも1本目は4分半を、2本目は5分を超えていた。
  16. ^ ネタの途中にマリリン・モンローが登場する
  17. ^ DVD 「M-1グランプリ2005完全版 〜本命なきクリスマス決戦! "新時代の幕開け"〜」 YRBY-50040〜41 Disc1
  18. ^ ネタ時間が4分を超えると減点の対象となり、4分30秒を越えると1秒につき1点減点されるルールがある
  19. ^ 「放送室」2008.1.5放送
  20. ^ 「闘牛士」の部分において、いつも西田と哲夫が交互に役を入れ替えてすることに触れ、哲夫が西田に闘牛士をやらせないまま次のネタに行こうとして西田がキレるというボケを挟んだ。
  21. ^ 島田紳助からは単独1位評価(95点)を受けている。
  22. ^ ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』2009年2月8日放送
  23. ^ AERA Mook「読んでから笑え!」
  24. ^ M-1グランプリ the FINAL PREMIUM COLLECTION 2001-2010 <Disc2> YRBY-90369〜70
  25. ^ 「M-1」にネットわく Wikipedia「鳥人」編集合戦、pixivにイラスト続々 - ITmedia News、2009年12月21日。
  26. ^ Wikipedia article traffic statistics
  27. ^ (衣服内での男性器の収まり具合をさす俗語)
  28. ^ この大会で最終決戦最多進出4回目での敗退、1位と2位の点数差が17点は過去最高の点差での敗退及び、初めてファーストラウンド1位通過のコンビが最終決戦で票を獲得できなかったと言う最終決戦でのワースト記録を更新。
  29. ^ 渡辺正行 公式ゴルフブログ
  30. ^ サンタクローストナカイが合体していることから。
  31. ^ 下半身の、トナカイの部分。
  32. ^ 島田紳助、松本人志、渡辺正行、宮迫博之の4名
  33. ^ ただし実際には前年の100点よりは4点低い96点だった。
  34. ^ M-1グランプリ2010完全版 〜最後の聖戦!無冠の帝王vs最強の刺客〜 YRBY-90367〜68 Disc2
  35. ^ 松本人志の放送室 第275回 2007年1月6日放送。
  36. ^ このコメントに対し審査員の松本から「声小さいねん!」と言われ、さらに今田耕司からは「無理やわ」と返された。
  37. ^ このコメントに対し今田から「もっと無理やわ」と返された。
  38. ^ このコメントが会場の大爆笑を誘い、この時暫定2位の席にいたトータルテンボス大村朋宏も大爆笑していた。
  39. ^ 「あんな気持ち悪い奴」とはオードリー春日俊彰のこと。
  40. ^ これを聞いた今田耕司は「何があるか全く分からない所でそんなん言う人初めて見ましたよ!!」と語った。また、会場では前年同様大爆笑が起こった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]